メタ・フィクションのサイコ・スリラー | ほうしの部屋

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   サラーリ・ジェンティルの長編推理小説『ボストン図書館の推理作家』を読了しました。

 著者ジェンティルは、スリランカの生まれで、ザンビアで英語を学び、オーストラリアのブリスベーンで育ちました。子供の頃から推理小説が好きで、アガサ・クリスティーを愛読していました。大学で天体物理学を学ぼうとしますが、向いていなくて、法学部に転部して、弁護士になります。企業弁護士として働く余暇に、様々な趣味に没頭します。牛の妊娠検査法を学んだり、溶接の技術を習得したり、などなど。多彩な趣味の一環として小説執筆にのめり込み、ついに天職に巡り会いました。2010年に歴史的推理小説でデビューし、芸術家探偵のシリーズ物やファンタジー冒険小説三部作などを上梓しました。2017年に発表した作品で、オーストラリア推理作家協会賞の最優秀長編賞を受賞し、2022年に発売された本作品『ボストン図書館の推理作家』で、国内外の様々な賞を受賞し、高い評価を受けました。夫と息子たちと農場で暮らし、動物の飼育以外にも、絵を描いたり、黒トリュフの栽培をしたり、相変わらず多芸多才なところを見せています。

 本作品『ボストン図書館の推理作家』は、メタ・フィクションです。オーストラリア在住の作家ハンナは新たな推理小説を執筆中です。1章書き上げるたびに、草稿をメールでボストン在住の小説家志望者のレオに送って感想やアドバイスを求めます。レオは親切に、オーストラリアとアメリカの隠語や慣用句の違いを指摘したり、ハンナの小説の舞台であるボストンの風景や生活に関してアドバイスをくれます。ハンナの小説は、ボストン公共図書館で、偶然同じ閲覧机にいた4人の男女が、女性の悲鳴を聞いたのをきっかけに、殺人事件の調査で協力と友情(恋愛感情も含む)を深めていくストーリーです。レオの助言メールに刺激を受け、その一部のアイデアを作品中に盛り込むまでするハンナですが、レオのメールは(添付ファイルの写真も含めて)次第に異常性を帯びていきます。そして、レオの正体が明らかになります。本作品は、ハンナの小説を原テクスト、ハンナとレオとのやりとりのメールをメタ・テクストとした、メタ・フィクションとして書かれています。

 

 それでは、本作品の内容を紹介します。

(本作品はメタ・フィクションとして二重構造を呈しています。推理小説を書くオーストラリア在住のハンナという作家がいて、作品の内容について、メールで、米国ボストン在住のレオという作家志望者とやりとりしています。ハンナが書いている推理小説が本筋ですが、原テクスト(作中作)の扱いになっています。ハンナの小説の中にも、作家が出てきて、推理小説を執筆しています。このように、本作品は二重三重の入れ子細工(メタ・フィクション)の体裁をとっています。そこで、ハンナが書いている推理小説の内容を中心に紹介し、その作品を巡るハンナとレオのメールのやりとりなどは◆で挟んで提示します。読者は基本的には、ハンナが書いている推理小説の筋を追って読むことになります)

 

 オーストラリア出身の新人作家フレディ(ウィニフレッド・キンケイド)は、ボストン図書館で執筆しようとして、壮大な建築に魅了されて、仕事が進みません。閲覧室の机には、フレディ以外に、学生らしい男女2人と、それよりはやや年上のハンサムな男が座っていました。その時、図書館中に響き渡るような女性の悲鳴が上がりました。閲覧室の4人は驚いて立ち上がりました。それを機に、4人は自己紹介をして、コミュニケーションを取り始めます。年上のハンサムな男は、ケインという名前のベストセラー作家でした。学生らしい男のほうは、ウィットという法学専攻の学生で、法曹界の重鎮である実家に反旗を翻して落第(留年)を狙っていました。学生らしい女のほうは、マリゴールドという心理学専攻の学生で、上半身に見事なタトゥーを入れていました。フレディは、オーストラリアで懸賞小説に入選して、奨学金を得てボストンに来ていました。

◆ハンナに充てたレオのメール。レオは、自分の作品が何度も何度もいくつもの出版社に断られて、落胆していました。◆

 フレディは、自分のアパートメントの入り口で、同じく新進作家の仲間で奨学金を得ているレオという男と話しました。レオは、フレディが図書館にいるのを見かけたといいます。悲鳴のことをフレディから聞いて、イタズラではないかと言います。部屋に戻ったフレディは、図書館で知り合った3人を主要人物として、聞こえた悲鳴を交えた、自作の冒頭部を書き始めます。ふと、テレビ音声から、ボストン図書館で、若い女性の死体が発見されたというニュースを聞きました。あの悲鳴は、死んだ女性が発したものに違いないと、フレディは思いました。

◆レオは、自分の名前を冠した登場人物をハンナが自作の中に登場させたことに感謝を示しました。◆

 朝、フレディは、ウィットとマリゴールド、ケインと一緒に朝食を摂りながら、昨日の悲鳴について話し合います。見つかった死体の女性は、キャロライン・パルフリーという名門家系の娘で、イベント会場になっていた図書館の別室のテーブルクロスをかけた机の下から見つかったと、新聞は報じていました。ウィットはキャロラインと軽い知り合いで、共に、地元のタブロイド紙「ラグ」の記者として働いていたといいます。フレディは3人と別れてアパートメントに帰り、執筆に没頭します。3日目に、ケインから電話があって、ランチに誘われます。ベジタリアンのフレディ向けの、豆腐料理の店でした。ケインは、少年時代に家出して、ボストン近辺を彷徨い、アイザックというホームレスに助けられて2週間ほど路上で過ごしたことがあるといいます。ケインは、図書館で死んだキャロラインが悲鳴を上げた直後に、警備員がその場所へ向かったにもかかわらず、死体が見つからなかったことを考え込んでいました。その後、ウィットとマリゴールドも合流して、4人でフレディのアパートメントになだれ込み、宅配ピザを食べてだらだら過ごしました。マリゴールドは、上半身全体に彫られた見事なタトゥーをみんなに見せました。ウィットは警察に尋問されたといいます。取調室に行く途中で、キャロラインの死体写真を見て、彼女は頭を殴られて死んだことを知ります。死体は、イベント準備中の部屋で、テーブルクロスの下から見つかったといいます。犯人は、悲鳴が聞こえてからすぐに、死体をテーブルの下に隠したことになります。

◆レオは、ボストンでの冬の暮らしの描写について助言をします。◆

 ケインからフレディ宛に、食糧の差し入れが届きました。引きこもって執筆するために必要だろうとケインが気を回してくれたのでした。フレディはケインにお礼の電話をかけますが、何度かけてもつながりません。夜中に、パソコンのビデオ通話がケインからかかってきて、ケインは携帯電話を紛失したといいます。ケインとのビデオ通話を終えると、携帯電話に着信がありました。電話に出ると、何とあのキャロラインの悲鳴が聞こえてきました。

◆レオは、オーストラリアで頻発している大規模な山火事について心配している旨を伝え、これまで送られてきた原稿をワクワクしながら読んでいると伝えました。◆

 フレディは、マリゴールドに、電話から聞こえてきた悲鳴のことを話しました。着歴を調べると、ケインが紛失したという携帯電話からかかってきたことがわかりました。電話を拾ったどこかの悪ガキが、いたずら電話をかけてきたのかもしれません。もしくは、フレディをストーキングしているのかもしれないと、マリゴールドは考えました。二人はケインと会い、フレディの携帯電話を調べます。2通のメッセージが来ていました。1通目は、フレディの部屋の玄関ドアの写真、そして2通目は、ウィットの実家の玄関ドアの写真でした。マリゴールドが電話をかけると、ウィットは病院にいるといいます。3人は、急いで病院に向かいます。そこでは、ウィットの母親のジーンが待っていました。ウィットは、何者かに襲われて、刺され、携帯電話を奪われていました。刺し傷は軽いものでした。フレディは自分に送られてきたウィットの玄関写真を見せました。ケインの携帯電話を盗んだ何者かが、キャロラインが殺された時に閲覧室にいた4人を標的にしているのではないかと、ウィットは考えました。ウィットはドーナツが食べたいと言い、マリゴールドがウィットの好みの店を知っていると言うので、今度の面会時に買ってくると伝えました。

◆レオは、ハンナの執筆の参考になるのではと、殺人事件の現場写真を送ってよこしました。◆

 心理学専攻のマリゴールドは、犯人が変態的性欲を満たすために犯罪を犯しているのではないかと推測を述べます。ケインは、ケインの携帯電話からフレディに2通の写真を送った人物は、フレディとウィットに危機が迫っていることを警告するつもりだったのではないかと述べます。

◆レオは、ハンナの原稿に賛辞を送りつつ、自分の原稿がまた不採用になったという不満のメールを送ってきました。◆

 ウィットのリクエストで、かなりジャンキーなドーナツ屋で、マリゴールドは変わり種のドーナツを3ダースも買い込んで、病院のウィットのもとにフレディとケインをつれて行きました。ウィットは、FBIがやって来て、ケインのことを調べているといいます。ケインは、自分の本名はアベル・マナーズだと明かします。フレディは、一人になってから、ウィットとマリゴールドのいずれか、あるいは二人がキャロラインを殺したのではないかという推理を立ててみましたが、うまくいきませんでした。帰りがけに、ジョギング中だというレオに会いました。レオはフレディとあとで食事しないかと自室に誘いました。レオとしばらく話して気分転換できたフレディは、帰宅して執筆の続きを始めました。そして、約束の時間に、レオの部屋を訪れ、ピザを食べながら、原稿について話しました。レオが読ませてくれた彼の原稿は、ゴシック小説的なロマンスでした。

◆レオは、自分と同名の作家を、ハンナが重要人物の一人として登場させてくれたことに感謝しました。自分の原稿を断ったエージェントの一人が何らかの事故で亡くなったといいます。◆

 フレディのもとにまた食料品が届きました。ケインにお礼の電話をかけると、ケインは送ったのは自分ではないといいます。ケインと映画を観る約束をします。映画を観てからイタリア料理店で食事します。ヒッチコック映画の話になり、ケインは、もし自分が殺人者だったら、自分の本、自分の言葉は違うものになるだろうかと、問いかけます。フレディは、作家のモラルは、その作家が示すものを信頼できるかどうかの判断に影響するのではないかと思う、と答えます。二人の背後にマリゴールドがいることにケインが気づきます。

◆レオは、オーストラリア政府が、新型コロナのパンデミックで、国境を閉鎖したことに触れ、ハンナと会う機会が遠のいたことを残念に思うと伝えます。◆

 マリゴールドは、テイクアウトの品物を受け取ってイタリア料理店を出ようとしていました。フレディとケインは、自分たちの席にマリゴールドを呼んで、話をします。マリゴールドがウィットに恋をしているのが見えました。ケインが会計をしようとすると、誰かが先に支払っていると告げられます。フレディとケインがマリゴールドをアパートメントまで送っていくと、ルームメイトのルーカスというドレッドヘアの男が腹を空かせて待っていました。マリゴールドの部屋を辞して駐車場に戻ると、ケインの車のそばに、ブーというあだ名の、ケインの知り合いのホームレスがいて、ケインの車のタイヤがパンクさせられているといいます。

◆レオは、匿名をあらわす黒色のマスクを作ったと報告してきました。◆

 ケインは、ブーは、ケインの面倒を見たホームレスのアイザックは、ケインのせいで死んだと思い込んでいる節があるといいます。しかし、ブーは無害だとケインはいいます。しかし、再び車に戻ったケインを、ブーが襲い、側頭部をビンで殴りつけました。フレディは警察と救急車を呼ぼうと携帯電話を取りましたが、ケインが執拗に止めます。ケインの頭部にはパックリと割れた傷ができています。フレディはケインを自分のアパートメントに連れていきます。しばらく経つと、階下に住む老姉妹の一人、ミセス・ワインバウムが往診カバンを持ってやってきました。彼女は引退した医者だといいます。ケインの傷口を器用に縫い合わせてくれました。ケインは、ブーには短気なところがあり、自分を殺すつもりはなかっただろうといいます。ケインはフレディに礼を述べてキスしました。フレディはケインを寝かせて、執筆の続きに取り組みました。朝になると、玄関チャイムが鳴って、法律事務所の弁護士が来ました。弁護士の話によると、ケインの傷を縫ったミセス・ワインバウムは、過去に医者だったことはなく、たまに妄想で医者の真似をするというのです。感染症などの傷の悪化があった場合、全ての費用を法律事務所のクライアントが負担するといいます。ミセス・ワインバウムは医者以外にも、配管工だと思い込むこともあると弁護士はいいます。免責関連の書類を作成して、弁護士は帰っていきました。

◆レオは、チンピラ同士の酔った上での喧嘩を目撃したといいます。ビンで殴り合い、割れたガラスで傷口は酷いことになっていたといいます。◆

 ケインが帰ったあと、マリゴールドがやって来て、ケインが少年時代に家出したときに面倒を見てくれたホームレスのアイザックのことを調べたといいます。アイザックは、殺人で指名手配されていたというのです。フレディは、ブーがアイザックを殺して、ケインも殺そうとしたのではないかと思いました。マリゴールドは、ウィットを食事に誘ったので一緒に来ないかとフレディも誘いました。ウィットの家の近所のレストランで、セックス・ショップのような淫猥なコンセプトの奇妙な店でした。マリゴールドは、ウィットに、ケインとブーとアイザックのことを話して聞かせました。

◆レオは、ボストンの市街地で、殺人事件などが起こりそうなスポットに印をつけた地図を添付して送ってきました。◆

 数日後、ブー(ショーン・ジェイコブス)が、喉を掻き切られて死体で見つかりました。ケインに電話しましたが出ません。レオが訪れてきました。レオは、ケインとブーの顛末を聞いて驚きます。そして、ブーが殺害されていた現場が捜査されているのを、ジョギングの途中で見かけたといいます。レオは、取材を兼ねて近場でピクニックに行こうと車を借りたので、他の奨学生も数名誘って、一緒に行かないかとフレディを誘いました。その誘いを承諾して、フレディはレオと散歩に出ます。ケインとブーの話になり、ケインがブーの殺害犯である可能性をレオは指摘します。フレディは、ケインの動向がつかめたら警察に協力するといいます。その時は、自分がサポートするとレオは約束しました。

◆レオは、川岸で気絶していたという男の写真を送ってよこしました。◆

 フレディのアパートメントの受付に、二人の刑事が来ていました。フレディは、ケインと殺されたブーのやりとり、喧嘩について刑事に話しました。刑事はケインがかつて殺人罪で7年間服役していたことを伝えます。部屋に来ていたマリゴールドとウィットに、ケインの経歴を話すと、ケインがキャロラインを殺して、それからウィットを狙ったという説をFBIが唱えているとウィットはいいます。計算すれば、ケインは16歳の頃に人を殺したことになります。

◆レオは、また別の殺人事件の現場写真を送ってよこしました。警察が入る直前の写真だといいます。◆

◆米国連邦捜査局から、ハンナに連絡が来ます。レオが送ってきた写真は、警察が到着する直前に撮られたもので、他にもいくつか未解決事件の犯行現場の写真を送っているといいます。捜査局はレオの捜査を始めているといいます。オーストラリアのハンナのもとにも捜査官が派遣されたといいます。そして、これ以上、レオからの連絡を受けつけないように依頼します。◆

◆ハンナを担当する法律事務所が米国連邦捜査局との取り決めについて連絡を送ります。ハンナは、レオの身元と居場所の特定を目的として、彼にかけられた犯罪行為の嫌疑を明かすことなく、通信を継続すること、レオ本人の画像と住所を入手するように試みることなどです。◆

 フレディは、家にいるとケインからの連絡を待って落ち着かなくなるので、図書館に行きます。食事を買いに図書館を出ると、ばったりケインに出くわしました。ケインは、また携帯電話をなくして(警察に押収されて)、ブーの件で警察に取り調べを受けていたといいます。ケインは、15歳の時に、義父を殺したと告白します。正当防衛だったと言いますが、警察は信じませんでした。ケインは素行の悪い子供で、ケインの義父は警察官でした。フレディはケインを連れて、アパートメントに戻りました。受付で、何者かがカップケーキの詰め合わせをフレディ宛に送ってきたことを知ります。ケインは、義父と喧嘩して殴りつけ、家出しました。しかし、ホームレスのアイザックに諭されて家に戻ります。ケインは義父から罵詈雑言を浴びせられ、さらに肛門性交を強いられそうになりました。そこで、枕の下に隠していたナイフで、義父を刺し殺しました。義父が勲章を授与された警官だったこと、ケインが枕の下にナイフを隠していたことなどから、正当防衛とは認められませんでした。ケインは5年間服役して、大学を出ました。そして出所後に何でも仕事をして、小説を書き、それがベストセラーになりました。ケインはブーを探していましたが、ブーの遺体を発見して通報すると、前科があるため、警察で尋問を受けたのです。

◆レオは、ハンナからの通信が回復したので喜んでいました。ロックダウンに関する不満が書かれていました。また、ハンナの小説中で、最も怪しいケインに過去の経緯があることを示したのは好感が持てるといいました。◆

 フレディは執筆に取りかかりますが、フィクションよりも現実のほうが奇異な展開をしているので、書くことが難しくなります。物語が奇襲をかけてきます。フレディはソファで寝ていたケインとセックスします。ケインの背中には、盛り上がったような傷跡がありました。刑務所で、ほかの受刑者に刺されたといいます。ケインに対する罰が目的で、生命の危険が及ぶ部位を避けて刺されていました。マリゴールドがやって来て、ケインはフレディに話した自分の経歴を再び話しました。マリゴールドもケインに同情しました。

◆レオは、ハンナが贈り物をしたいから住所を教えてくれという依頼を、理由をつけて断りました。◆

 フレディとマリゴールドは、ケインの案内で彼のアパートメントに行きました。ケインの部屋は、警察の家宅捜索でめちゃくちゃにされていました。フレディとマリゴールドは、ケインを手伝って、後片付けをしました。宅配ピザで食事を済ませ、ケインは再びフレディの部屋に泊まることになり、マリゴールドを家に送りました。別れ際、マリゴールドはフレディの耳元で「気をつけて」と言いました。ケインは、警察にマークされている以上、その迷惑をフレディにまで及ぼすわけにはいかないといいます。しかし、フレディはもう巻き込まれているといい、フレディにキスして、二人は抱き合いました。アパートメントの受付で、刑事が何かあったら連絡してほしいと名刺を預けて行ったとフレディは言われました。フレディは、ベストセラーになったというケインの処女作を読んでいないことを後ろめたく思いますが、ケインは、むしろ、残酷な本だから、読まない方が正解だったかもしれないといいます。フレディは読んでみることに決めました。

◆レオは、別の殺人事件の現場の写真を送ってきて、犯人が殺人の快楽を得るケースについて自説を述べます。◆

 女性刑事にフレディが電話すると、刑事はフレディに話したいことがあると面会を求めました。刑事は、ケインが義父を殺した時、母親を別室に閉じ込めていたことを明かします。ケインは明らかに危険な男で、キャロラインとブーを殺害した嫌疑がかかっているといいます。キャロラインの祖父は、ケインに判決を言い渡した一審の判事だったといいます。ケインの処女小説は、自分を刑務所行きにした人々に復讐していく物語だと刑事はいいます。刑事は、フレディに、ケインには十分に注意するように警告しました。ウィットが電話をかけてきて、ケインに会って男同士の話をしたいといいます。フレディは、レオの招きを受けて、レオにピクニックに誘われていたことを思い出し、慌てて身支度しました。

◆レオは、自分と同じ名前の登場人物が重要視されていることに喜び、もしかして犯罪の共犯者にさせられるのではないかと不安をいいます。◆

 ピクニックへ向かう車の中で、フレディはレオから、同乗する作家の卵二人を紹介されます。ロックポートという港町に行き、有名な赤い釣り小屋をバックに記念写真を撮ります。フレディの携帯電話が鳴って、ケインの電話からだと分かって出ると、再び女性の悲鳴が聞こえました。そして通話が切られました。フレディはレオに頼んでピクニックを中断して帰ることになり、刑事に電話しました。女性の悲鳴、ケインの家とおぼしき玄関の写真が送られてきたことを告げます。フレディは一度、電話番号を変えていたので、ケインの最初の紛失した電話から再びかけてきた者は、前回の悲鳴を聞かせた時とは異なるフレディの番号を知っていたことになります。刑事は、フレディが脅迫されていると推測し、注意するように警告しました。

◆レオは、ハンナの小説が、パンデミックを舞台にしたり、マスク着用の普及に触れていないことに不満を示します。いまや殺人は、病気や怠慢、人間の生来の身勝手さと競合する必要がある、といいます。◆

 ウィットとマリゴールドが、フレディのもとを訪れます。フレディは、何者かが送ってきた自宅の玄関の写真メールを見せます。ウィットの母親のジーンは、ケインの裁判の時の弁護士だったことが判明します。マリゴールドは、ボストン図書館で、4人、特にウィットとケインが出会ったのは本当に偶然だったのかと疑います。しかし、基本的に、フレディと同様、ウィットもマリゴールドも、ケインの無実を信じていました。

◆レオは、再度、パンデミックの状況を作品に盛り込まないことに不満を表します。◆

 フレディへ、ケインからパソコンのビデオ通話がかかってきます。どこか屋外から通信しているようです。「誰かがおれをハメようとしている」とケインはいいます。フレディは、ケインが義父を殺した時、なぜ母親を部屋に閉じ込めたかを聞きました。ケインは、あのままでは義父が自分に暴行しようとするのを止めようする母親も暴力を受けるはずだから、母親を守るために閉じ込めたといいます。フレディは、キャロラインが図書館で殺されたとき、ケインとウィットが閲覧室にいたことが偶然でないなら、誰かが仕組んだはずだといいます。ケインは、殺されたブーが何かを知っていたはずだから、ブーについて調べてみるといいます。フレディは、ケインを全面的に信頼している自分が少々不思議だったが、彼を信じていて、彼を愛していることは事実だ、と思いました。夜半、玄関ドアの下にメッセージが書かれた紙がはさまっていました。レオからの手紙で、話し相手が必要なら、ゆっくり聞く、と書かれていました。

◆レオは、野球帽をかぶってマスクをした自撮りの写真を送ってきました。◆

 フレディは、レオに、タブロイド紙の「ラグ」で働いているローレンという女性を紹介してくれるように頼みます。図書館で殺されたキャロラインについて何か聞けるのではないかと思ったのです。ローレンの話では、キャロラインは、「ラグ」で、ウィットと共同で取材をする企画を進めていたといいます。キャロラインはウィットと付き合っていましたが、ウィットは仕事に関してはいい加減で、キャロラインは堅い記事を真面目に書いていたといいます。ウィットは女友達が多く、その中には、キャロラインを殺したいと思う人物がいても不思議ではない、とフレディは考えました。ローレンは、図書館の近くをねぐらにしていたブーのことも知っていました。ブーはホームレスに落ちぶれる前は、外科医だったといいます。鎮痛剤の飲み過ぎで中毒になっていたといいます。フレディは、ケインの背中にあった刺し傷の跡も、ウィットが刺されたのも、同じ部位だったことを思い出します。自宅に戻ったフレディは、マリゴールドから、ウィットと付き合いだしたと興奮気味に伝えられました。ボストン図書館の閲覧室で、マリゴールドがいたのは、ウィットを尾行していたからだといいます。しかし、ウィットとケインが同じ時間に閲覧室にいた理由はわかりませんでした。ケインから連絡があり、映画館で待ち合わせる約束をしました。フレディは尾行してくる私服刑事をまき、映画館でケインに再会します。そして、レストランで話をします。フレディは今までに知ったことをケインに話しました。刑務所でケインを刺したのはブーだったとケインは認めました。ケインは、警察が、ケインがブーに指示してキャロラインを殺し、その口封じのためにブーを殺したと考えているといいます。ケインは、プリペイド式の携帯電話を2台用意しており、1台をフレディに渡しました。ケインは、自分はかつて確かに人を殺したが、やってもいない殺人の濡れ衣を着せられるなら、とことん闘うといいます。フレディも同意します。

◆レオは、登場人物たちが白人なのか黒人なのか、人種に異様にこだわりを見せました。有色人種に対する偏見が垣間見えました。◆

 フレディのアパートメントにマリゴールドが来て、ウィットとのデートが、ウィットがフレディに連絡を取りたがっているせいでぶち壊しになったと、怒りました。そのうちに、ウィットが来て、ウィットの母親ジーンが何者かに襲われたといいます。ファイルを盗もうとした人物に殴られて気絶したといいます。ジーンは、ケインが自分を襲ったと証言していると、ウィットはいいます。キャロラインがウィットとともに、ブーについての記事を書こうとしていたことも判明しました。キャロラインが死んだ時、ウィットはキャロラインと待ち合わせしていたといいます。いつまでたっても来ないので、腹を立てていたところ、あの悲鳴が聞こえたそうです。警察は、あの悲鳴はキャロラインのものではなく、発見した清掃員か誰かのものだと考えていると、ウィットはいいます。

◆レオは、ハンナが作品中でパンデミックの状況を扱わないことに不満をいいます。みんながマスクをしていれば、犯人は余計にわからなくなり面白いはずだといいます。刺し殺された中年女性の写真を添付してきました。◆

 フレディは花束を持って、ウィットの母親ジーンに会いに行きました。ケインは極めて危険な人物だとジーンはいいます。ウィットを刺したのも自分を襲ったのも、ケインだといいます。フレディは、この家の本棚からケインの処女作を見つけます。タイトルページでは各紙の書評で絶賛されています。ウィットが、母親のジーンは、ケインが15年前の自分の殺人事件のファイルを取りだしていたと聞かされたというので、そんな昔のファイルをケインが探し当てられるわけがないと、フレディは反論します。ウィットは、キャロラインについて尋ねられて、彼女は他人の手柄を横取りするような卑怯な性格だったといいました。タブロイド紙「ラグ」の記者ローレンにキャロラインは恨まれていたのではないかと、フレディはウィットに聞かされます。帰り道、フレディは、ケインの処女作『決着』を買います。また、数日前にカップケーキを差し入れてくれたのはレオだったことが判明しました。フレディはケインの処女作を読み、単なる復讐の物語ではなく、裁きがいかに裁く側と裁かれる側を作り出すかについての話であり、社会がみずからの破壊的本能を飼い馴らし、報復を更生でごまかそうとする闘いを反映していることを知ります。レオが訪れてきて、ケインは出頭すべきだと言い、フレディがケインへの恋で目が曇らされていると警告します。そして、何か困ったことがあったら遠慮なく頼んでほしいといいます。レオが帰った後、ケインから電話がかかってきます。フレディは、キャロライン殺害、ウィットが刺された件、ブーの殺害、ウィットの母親ジーンが襲われた件は、ケインを通してみなつながっている、ケインをハメようとしている何者かがいると推測を述べました。フレディは、警察をまいてケインに会うために、準備をします。

◆レオは、パンデミックさえなければ、私はあなたにすぐにでも会い、想像を絶するものを見せてあげるのに、と悔しがります。◆

 フレディは非常用の荷物を用意して、携帯電話は置いて、非常用階段から外へ出ます。ゴミの山がある路地裏で、フレディはケインに再会します。エージェントのパーティーで訪れ、冬は空家になっている一軒家にケインは隠れていました。フレディの部屋の灯りが見える場所です。フレディとケインは、今まで集めてきた情報を共有し、謎を解こうとします。

◆レオは、ケインが危険人物であることに満足し、ケインが黒人であることを望むといいます。◆

 朝になって、オーストラリア人が経営するレストランで朝食を摂りながら、フレディとケインは、これまでのことを検討します。ケインは、自分たちを図書館に集めた人物は、ケインの過去、ウィットやキャロラインの家族のことを知っていたのだろうといいます。それを調べるには、記録の調べ方を知っていなければならないといいます。フレディは、ウィットの母親ジーンなら、全てを知っているはずだといいます。昔の弁護のお粗末さの恨みから、ケインがジーンやウィットを襲うと恐れているのではないかといいます。ケインは、ブーが最近、誰かを脅して金を手に入れていたといいます。ブーはボストン図書館の近くにいたから、何かを目撃して犯人を脅していたのかもしれません。ケインは、ダリルという炊き出しボランティアの男がブーと親しかったと調べていました。ダリルに話を聞く役をフレディは引き受けました。フレディは教会の炊き出し所の倉庫で、ダリルに話を聞きます。ダリルによると、ブーは、図書館で悲鳴を上げてみんなに死んだと思わせた女の子の話をしていたといいます。彼女は相応の罰を受けたとブーは言っていましたが、ブーは若い女性を殺すような人間ではないとダリルは断言します。ブーはダリルにドーナツの箱を持ってきたといいます。そのドーナツは、派手で奇妙なフレーバーのものだったといいます。そのドーナツ店の名前を聞いたフレディは、それはマリゴールドが贔屓にしている店であることを思い出します。ウィットを巡ってライバル視していたキャロラインをマリゴールドが殺し、自分を裏切った恨みでウィットを刺したという推理を、フレディはケインに話します。ウィットが再びマリゴールドに襲われる危険もあることから、ウィットに電話しました。

◆レオは、マリゴールドが容疑者になったことに憤慨し、再び、黒人憎悪のような人種差別的発言をし、パンデミックを呪います。◆

◆米国連邦捜査局からの連絡で、レオという人物が、渡航制限にもかかわらずシドニーで入国手続きを行った可能性があることが判明しました。レオというのは偽名で、元警察官であり、ボストンで起きた複数の殺人事件の参考人だといいます。写真を添付するので、もし見かけたら、すぐに捜査官に知らせてほしいといいます。◆

 マリゴールドに注意するように警告した後、タクシーでウィットの家をフレディとケインは訪れます。ノックをしても返事がないので、施錠されていないドアを開けて二人は中に入ります。その時、銃声が鳴って、ケインが腹を撃たれて倒れます。発砲したのはウィットでした。マリゴールドはタオルを持って走り寄り、ケインの止血に努力します。ケインは、歯を食いしばって、マリゴールドのお気に入りのドーナツ店は、もともとはウィットのお気に入りであり、ウィットが刺されて入院中に、マリゴールドに買ってくるように頼んだのが、マリゴールドとドーナツ店を結びつけるきっかけだったといいます。ウィットは、キャロラインと、ケインの過去に関する暴露記事を書くつもりで準備中に、キャロラインがやめたがったといいます。ケインと自分を結びつけるために図書館で悲鳴を上げたのに、仲良くなったのは自分ではなくウィットだったからです。キャロラインは全ての資料を破棄しようとしました。悲鳴があがった晩に、図書館で再びキャロラインと会ったウィットは、彼女を殺しました。それをブーに見られて、正義漢ぶってウィットを刺したブーを、ウィットは殺しました。ウィットは、どんどん事件に足を突っ込んで自分の身を危うくしている目の前の3人を殺そうとします。マリゴールドとフレディは決死の覚悟でウィットに飛びかかり、羽交い締めにして拳銃を奪います。そこに警察が駆けつけてウィットは逮捕されました。

◆レオが、収監されている重罪刑務所からハンナに書簡を送ってよこしました。自分が送ったカップケーキは届いただろうかと心配しています。レオは、結末を読めなかったので、ケインが真犯人だと信じ込んでいました。レオは、オーストラリアで逮捕され2日間拘留されている間にハンナが訪ねてこなかったことに恨み言を残しました。我々はいずれじかに会うことになる、と不気味な言葉で書簡を締めくくっていました。◆

 ケインの手術が行われている最中、刑事からフレディは事の顛末を聞きました。ウィットとキャロラインは、ケインにプレッシャーをかけて、殺人犯が実際に更生できるのかどうかを記事にしようとしました。イタズラを仕掛けて、ケインが人を殺すかどうか見ようとしたのです。ウィットはケインの携帯電話をずっと所持していて、玄関の写真の添付ファイルなども、すべてフレディを怖がらせるため、ケインを疑わせるために送っていました。ケインの手術は成功して、彼は一命をとりとめました。フレディとマリゴールドは、ケインの母親サラに会って、サラから礼を述べられ、サラは、フレディがケインを愛していることをマリゴールドから伝えられて安心したような表情を見せました。ケインはいつも自力で問題を解決しようとしてきた、とサラは言いました。フレディはケインと少し言葉を交わして病室を辞去し、マリゴールドと一緒に血まみれの服のままエレベーターに乗りました。そこには何とレオがいました。「いったい何して……」と驚くフレディに、レオは笑みを浮かべて「あなたがぼくを必要としているんじゃないかと思って」といいました。

 

 ストーリーはざっとこのようなものです。

 

 教科書的なメタ・フィクションの体裁をとったメタ・ミステリーと言えます。オーストラリア在住のミステリー作家ハンナが書いている小説が原テクストであり、その小説を巡ってハンナと協力者と称するボストン在住のレオとのメールのやりとりがメタ・テクストになっています。

 原テクストは、冒険譚的な部分もありながら、基本は若干オーソドックスな推理小説です。読者は主にこれを読み進めることになります。ケインという元犯罪者の作家が最も疑われ、ケイン自身が濡れ衣を晴らすために独自に動き回り、そこに主人公の作家フレディが巻き込まれていきます。そして、ドーナツの趣味が突破口となり、友人の心理学専攻の学生マリゴールドに嫌疑がかかり、最終的に、そのドーナツ趣味をマリゴールドに伝授した元であるボーイフレンドの法学専攻の学生ウィットが真犯人ということが最後の最後に判明します。これはこれで、二転三転するプロット、手に汗握る謎解きの面白さを十分に楽しめる作品になっています。

 しかし、話はそれだけでは済みません。ハンナが書いた原テクストは、章ごとに協力者のレオが読んで、感想やアドバイスをくれるようになっていて、その影響が、原テクストの一部に反映されていくのです。たとえば、協力者のレオと全く同名のレオという作家仲間がフレディに盛んに援助の手を差し伸べてくれます。しかし、このレオの援助はいささか不気味な雰囲気があります。何の見返りも求めないようでいて、どことなく押しつけがましくて、機会あればフレディの活動に干渉しようと様子をうかがっているように思えてきます。そして、エンディングで、エレベーターの中にレオが現われて「あなたがぼくを必要としているんじゃないかと思って」と言うくだりは、ほとんど恐怖であり、原テクストはサイコ・スリラー風の展開を予期させて閉じてしまいます。

 作家ハンナと協力者レオとのメールのやりとりで作られたメタ・テクストのほうも次第に怪しげな展開になってきて、恐怖がにじみ出してきます。レオは参考のためにといって、残虐な殺人事件の現場写真などを添付ファイルで送りつけてきます。新型コロナのパンデミックとマスク着用にイライラしており、人種差別的言動も目立つようになります。殺人を美化するようなコメントも見られるようになります。そしてついにレオの正体がばれます。司法当局からの連絡で、レオは、連続してボストンで起こっている残虐な殺人事件の容疑者であることが判明します。ハンナはレオとのメールのやりとりを続け、レオの顔写真を送らせるなど、出来る限り司法当局に協力します。そしてレオは逮捕され有罪となって刑務所に収監されます。その後、レオはハンナに書簡を送ってきて、「我々はいずれじかに会うことになる」という不気味な予告をします。それはフィクションとしては原テクストの中で実現しています。エンディングのエレベーターでの主人公フレディと作家仲間レオとの対面です。フレディは、驚きというよりも恐怖を感じているように思えます。

 このように、メタ・フィクションの手法を活用することにより、著者ジェンティルは、オーソドックスな推理小説を楽しむと同時に、恐怖を煽られるサイコ・サスペンスの愉しみも味わえるように、二度美味しい作品を築き上げたと言えます。メタ・フィクション(メタ・テクスト)の手法を用いた小説はすでに数多く存在しますが、本作品は、メタ・フィクションにはまだまだ読者を引き込む魅力があることを証明して見せていると思います。