たった1日の出来事(その2) | ほうしの部屋

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 ジェイムズ・ジョイスの長編小説『ユリシーズ』の[2][4][8]の内容を紹介します。[8]でちょうど丸谷才一訳の第1巻が終わります。いよいよ、主人公のユダヤ人ブルームが登場します。妻モリーとのやや疎遠な関係が、ブルームの生活のあちこちに影響を及ぼし、ブルームの思索や妄想にも影を落とします。ブルームは、自分の息子が幼くして死んだのは自分の性的問題のせいだと思い込み、そのせいで、妻モリーとも疎遠になっています。教師で詩人のスティーブンとブルームは新聞社で出会います。

 

[2]

[4章「カリュプソ」]

 午前8時。ダブリン市内エクルズ通りのアパート。この小説の主人公、レオポルド・ブルームはユダヤ人で、新聞社の広告取り。妻のマリアン(愛称モリー)はソプラノ歌手。ブルームは台所でモリーのために朝食のパンを焼き、猫にミルクを与えて、自分の朝食用の豚の腎臓を買いに近所の肉屋に行きます。道すがら、色々空想しますが、ほとんどは商売や金勘定のことばかりです。家に戻ったブルームは、腎臓をフライパンで火にかけ、トーストと紅茶を寝室にいるモリーに持っていきます。別居している娘のミリーからブルームに手紙とモリーへ葉書が、そして興行師のボイランからモリーに手紙が来ていました。モリーは昨晩読んでいた本の中に出てくる「輪廻転生」という言葉の意味を尋ね、ブルームは壁に飾ってあるニンフの絵で説明します。台所に戻って朝食の腎臓を食べながら、ミリーの手紙を読み、おてんば娘の行状を心配しつつ、妻モリーとの倦怠期にも思いをはせます。ブルームは、娘ミリーが乱行を働き、妻モリーが浮気をすることを何となく想像します。ブルーム夫妻には、生後まもなく死亡した息子がいて、そのことでブルームは妻と何となく疎遠になっていました。そして便意を催したブルームは、共同便所へ新聞を持って駆け込み、排便しながら新聞を読み、昔の仕事(牧場)のことなどを思い出しました。章題の「カリュプソ」は、ブルームの寝室に飾ってある絵のニンフに相当します。カリュプソは、叙事詩『オデュッセイア』で、難破したオデュッセウスを7年間もてなしました。

 

[5章「食蓮人たち」]

 午前10時。リフィ川南岸の通り。ブルームは、通りを歩きながら、目に映る光景から様々な妄想をたくましくします。郵便局に入り局留めの郵便物を受け取ります。ブルームは、ヘンリー・フラワーという偽名で、マーサ・クリフォードという女性(これも偽名)と浮気まがいの文通をしています。郵便局を出ると、友人のマッコイと出会います。マッコイとの世間話は上の空で、ブルームは、目に入る街を行き交う女性たちの様子を眺めながら、妄想をたくましくします。マッコイと別れてブルームは文通の手紙を読みます。相手からはブルームを慕うようなメッセージとともに花が一輪入っていました。ブルームは封筒を破り捨て、花を胸に挿し、花言葉のことなどを考えます。次にブルームは、オール・ハローズ教会の裏口から中へ入り、司祭があげているミサの様子を見物します。儀式を眺め祈りの言葉を聞きながら、ブルームはキリスト教(カトリック)に対する批評めいた見解を頭の中で巡らせます。教会を出て、ブルームは薬局に寄り、妻モリーの化粧水を注文し、今日の予定の葬式に参列する前に風呂に入ろうと考えて石鹸を買います。薬局を出たところで、競馬キチガイのバンタム・ライアンズに出会い、競馬の記事を見たいという彼に、ブルームは持っていた新聞をあげようとします。ブルームは自分が入浴している姿を想像しながら、トルコ式公衆浴場へ向かいます。章題の「食蓮人」は、叙事詩『オデュッセイア』の中で、蓮を食べたために帰郷の欲望を失い、蓮の国で怠けているオデュッセウスの部下たちを表します。ブルームが街中で色々見かけた、暑い日の怠惰に見える人びとを象徴します。

 

[6章「ハデス」]

 午前11時。葬式。ダブリン市内南東サンディマウントのディグナムの家から、三台の馬車に分乗して、ブルームたち会葬者は、墓地へと向かいます。ブルームの乗った馬車では、没落しながらも皆の人気者であるサイモン・ディーダラスを中心にとりとめもない会話を交わします(ディーダラスは作者ジョイスの父親がモデルとされています)。ブルームは会話に乗りつつも、車窓からの景色や人の群れを眺めて妄想をたくましくします。ディーダラスの息子スティーブンを見つけて、ブルームはふと、幼くして死んだ息子のルーディのことを思い出します。ブルームは子供の早死は父親の性的能力に問題があったためではないかと想像しています。馬車は墓地に到着し、司祭の礼拝の後、ディグナムの遺体は埋葬されます。儀式の間、ブルームは敬虔な素振りで跪きながらも、頭の中では、無神論、唯物論に類するような思索を巡らし、葬儀を茶化すような妄想を繰り広げます。ブルームの父親が自殺したことを知らない友人のジャック・パワーが自殺を非難すると、友人のマーティン・カニンガムが話題をそらします。ブルームはあれほど唯物論的な妄想をしたのに、自分が13番目の参列者として記載されるのを、縁起が悪いと恐れます。章題の「ハデス」は、叙事詩『オデュッセイア』の中で冥府の四つの河を表し、ダブリンのドダー川、グランド運河、リフィ川、ロイヤル運河に対応します。

 

[7章「アイオロス」]

 正午。新聞社。新聞社の広告取りのブルームは、『フリーマンズ・ジャーナル』『イブニング・テレグラフ』を刊行している新聞社で、自分が他新聞の切り抜きから思いついた広告(観光地「鍵の家」の宣伝)を新聞に載せるよう、印刷現場監督に頼み込みます。ブルームは、植字工のマンクス爺さんが活字を拾うのを見ながら、聖書の一節を思い浮かべ、皆が皆を食い合っているという皮肉めいた想像を巡らします。それからブルームは、『イブニング・テレグラフ』の編集室で、マクヒュー教授、ネッド・ランバート、サイモン・ディーダラスらの雑談に加わります。彼らは、新聞記事のような詩篇のような、即興の思いつき文章を口ずさんで、批評し合います。そこに若手弁護士のオモロイがやって来ます。編集長のマイルズ・クロフォードも加わります。レネハンが競馬の掛率表を持ってきます。ブルームは電話をかけてから、広告の件をまとめるために、新聞社から外出します。残った面々は編集長クロフォードを中心に雑談に興じますが、そこに、教師で詩人のスティーブン・ディーダラスが入ってきて、校長ディージーに託された口蹄疫に関する投書を編集長に渡します。面々は再び雑談に興じ、編集長はスティーブンに何か書いてみることを勧めます。そして、昔のスクープ記事(アイルランドの独立運動に関すること)の思い出などを皆と語り合います。スティーブンとマクヒュー教授は、居酒屋へ行くために新聞社を出ます。途中、食物を買ってネルソン塔からダブリンの風景を眺めることにします。後から、クロフォード編集長、弁護士のオモロイもやって来ます。そこへブルームも戻ってきます。塔を上る二人の老婆を眺めて、一同は妄想を言い合います。章題の「アイオロス」は、叙事詩『オデュッセイア』でオデュッセウスに順風以外の風を封じ込めた袋を与えた風の神アイオロスで、編集長クロフォードに対応します。

 

[8章「ライストリュゴネス族」]

 午後1時。ダブリンの都心の通り。ブルームは新聞社を出て国立図書館へ向かいます。菓子店の前でYMCAの青年からチラシを受け取ります。その文面を皮肉を込めて眺め、ディーダラスのみすぼらしい娘を目撃します。カトリック教徒のディーダラスの多産の所業を皮肉を込めて思い浮かべます。オコネル橋で鴎の群れを見かけて、リンゴ売りの老婆からケーキを買って、餌として投げ与えます。ボートの広告板から性病医を連想したブルームは、自分の息子が幼くして死んだのは自分の性病が原因ではないかと想像しかけて打ち払います。すれ違う人びとや風景を眺めながら、ブルームは広告のアイデアや昔の仕事のこと、家族の暮らしなどに思いを巡らせます。妻モリーや娘ミリーとの楽しいやりとりを思い出します。出会ったミセス・ブリーンと世間話をしながら、食堂の料理の匂いが鼻をくすぐり、空腹を意識させます。ライバル紙の新聞社の前を通り過ぎ、広告や新聞記事、旧知の人などに皮肉を込めて思いを巡らせます。自分の妻も含めて、出産にまつわる妄想にかられます。警官隊を眺めて学生運動の取り締まりや私服の密偵刑事の思い出が蘇ります。政治家を目撃して彼の一族への皮肉、菜食主義者への皮肉を思い浮かべます。双眼鏡の修理や天文台長へのおべっかのことなどを思います。酒場の酔っ払いから、自分と妻モリーが若くて幸せだった頃を思い出します。妻との愛のやりとりを回想しながらも空腹にかられてバートン食堂へ入ります。しかし、下品な客たちの食事の様子を見てうんざりして店を出ます。そしてデイヴィ・バーンの店に入り、ワインとゴルゴンゾーラのサンドウィッチを注文します。友人のフリンと、妻モリーの公演の話をしていて、興行師ボイランの話題になり、ボイランがかなりやり手であることを聞かされます。ブルームは、食物や料理についての妄想を巡らせます。ワインを飲み下しながら、妻モリーとの若い頃の情交の様子を回想します。女(女神)の美しさと食事に伴う排泄の汚さが混在して意識が乱れたまま、ブルームは店を出ます。金勘定が頭に浮かび、妻モリーにペチコートを買ってやり、南へ旅行しようというアイデアが浮かびます。ブルームは盲目の青年に出会い、彼をエスコートしてやります。青年と別れて、ブルームは障害者の特殊な能力に思いを巡らせます。そして図書館の前まで来て、興行師ボイランを見かけ、慌てて隠れるように博物館に逃げ込みます。章題「ライストリュゴネス族」は叙事詩『オデュッセイア』に出てくる食人族。その王アンティパテスにブルームらの飢えが、ブルームらの歯がライストリュゴネス族に対応します。