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 アンデルセンの短編小説『』を読んだ。
 が主人になり、主人から独立したが幸福を得る一方で、の出生を知る主人は殺されてしまう。
 村上春樹氏は、アンデルセン文学賞の受賞スピーチ「と生きる」で、「暗く、希望のないファンタジー」と言っている。

 氏は、小説を書く過程について述べる。
 

「僕が小説を書くとき、筋を練ることはしません。
 いつも書くときの出発点は、思い浮かぶ、ひとつのシーンやアイデアです。
 そして書きながら、そのシーンやアイデアを、それ自身が持つ和音でもって展開させるのです。

 言い換えると、僕の頭を使うのではなく、書くプロセスにおいて手を動かすことによって、僕は考える。
 こうすることで、僕の意識にあることよりも、僕の無意識にあることを重んじます。

 だから僕が小説を書くとき、僕に話の次の展開はわかりません。
 どのように終わるのかもわかりません。
 書きながら、次の展開を目撃するのです。」


 氏の言う「シーンやアイデア」は、無意識として隠れている世界へ入る扉だろう。
 私たちも、何年経とうと鮮やかな光景や、繰り返し問いかける問題を溜め込む。
 多くはそのまま忘却されてしまうが、数十年後にようやく、ゆっくりと扉が開くものもある。
 氏は書くプロとして扉を開く。
 

「『』を読んだとき、アンデルセンも何かを『発見』するために書いたのではないかという第一印象を持ちました。
 また、彼が最初、この話がどのように終わるかアイデアを持っていたとは思いません。

 あなたの影があなたを離れていくというイメージを持っていて、この話を書く出発点として使い、そしてどう展開するかわからないまま書いたような気がします。」

僕自身は小説を書くとき、物語の暗いトンネルを通りながら、まったく思いもしない僕自身の幻と出会います。
 それは僕自身の影に違いない。


 そこで僕に必要とされるのは、この影をできるだけ正確に、正直に描くことです。
 影から逃げることなく。
 論理的に分析することなく。そうではなくて、僕自身の一部としてそれを受け入れる。

 でも、それは影の力に屈することではない。
 人としてのアイデンティティを失うことなく、影を受け入れ、自分の一部の何かのように、内部に取り込まなければならない。

 読み手とともに、この過程を経験する。
 そしてこの感覚を彼らと共有する。
 これが小説家にとって決定的に重要な役割です。


 無意識の世界に在る者が「影」である。
 私たちは、自分が意識し、考える内容だけで動き、生きているのではない。
 思考と行動の多くが無意識に衝き動かされて起こり、時として、それは、表面の意識とぶつかりもする。
 そうした全体が自分というものなので、自分を知り、世界を知り、人間として過たずに生きて行くには、そして他者の不幸の原因をつくらないためには全体像を観る力が必要である。
 この力を磨く読書において、小説が持つ役割は大きい。
 

アンデルセンが生きた19世紀、そして僕たちの自身の21世紀、必要なときに、僕たちは自身の影と対峙し、対決し、ときには協力すらしなければならない。

 それには正しい種類の知恵と勇気が必要です。
 もちろん、たやすいことではありません。
 ときには危険もある。
 しかし、避けていたのでは、人々は真に成長し、成熟することはできない。
 最悪の場合、小説『影』の学者のように自身の影に破壊されて終わるでしょう。

 自らの影に対峙しなくてはならないのは、個々人だけではありません。
 社会や国にも必要な行為です。
 ちょうど、すべての人に影があるように、どんな社会や国にも影があります。

 明るく輝く面があれば、例外なく、拮抗する暗い面があるでしょう。
 ポジティブなことがあれば、反対側にネガティブなことが必ずあるでしょう。

 ときには、影、こうしたネガティブな部分から目をそむけがちです。
 あるいは、こうした面を無理やり取り除こうとしがちです。
 というのも、人は自らの暗い側面、ネガティブな性質を見つめることをできるだけ避けたいからです。」


 世界は「影と対峙し、対決」する時代に突入しているのではなかろうか?
 フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領は、麻薬撲滅の旗を掲げ、人権無視の殺戮を容認した。
 確かに犯罪者は減るだろうが、その一方で、どさくさ紛れに、自分にとって都合の悪い人間を殺す非道な殺人事件がどれだけ起こっているかわからない。
 これまで軍事行動を共にしてきたアメリカの大統領を「地獄に堕ちろ!」などと罵ることは常軌を逸している。
 アメリカの時期大統領トランプ氏の言動も異様だ。
 イスラム教徒やメキシコ人を嫌い、犯罪者として閉め出そうとしている。
 アメリカにいる白人そのものが移民であり、原住民を圧殺した人々なのに、後から来た移民を差別・軽蔑し、忌避するのはおかしい。

 両者共、「もう嫌だ!」と感じている人々の情念を煽り、地道な努力無しには実現され得ない共生や融和といった価値を無視するかのようだ。
 共生や融和の根拠となっている人権や自由や平等などの理念は吹き飛ばされそうになっている。
 

「影を排除してしまえば、薄っぺらな幻想しか残りません。
 影をつくらない光は本物の光ではありません。」


 グローバリズム一辺倒の資本主義は、「これさえやっていれば大丈夫」と原理主義的に世界を席巻してきた。
 一部の人々が太陽のように富と力を得る一方、抑圧される人々の影もまた深く濃くなってきたにもかかわらず、無視されてきた。
 ドゥテルテ大統領やトランプ氏の登場は、「影」からの逆襲を意味しているのかも知れない。
 

自らの影とともに生きることを辛抱強く学ばねばなりません。
 そして内に宿る暗闇を注意深く観察しなければなりません。
 ときには、暗いトンネルで、自らの暗い面と対決しなければならない。

 そうしなければ、やがて、影はとても強大になり、ある夜、戻ってきて、あなたの家の扉をノックするでしょう。
『帰ってきたよ』とささやくでしょう。

 傑出した小説は多くのことを教えてくれます。
 時代や文化を超える教訓です。」

 
 私たちに必要なのは、「自らの影とともに生きることを辛抱強く学」ぶことではなかろうか?
 さもないと、強大になり、コントロールから離れた影は、小説で主人公を殺したように、世界を破滅させるかも知れない。
 ほどほどの光と穏やかな影との共生を求めるならば、指導者も私たちも叡智包容力を持たねばならないと思う。
 




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〈善男善女の願いを込め、続けられる例祭の護摩法〉

 福島で出会った自衛隊員から話を聴いた。

 南スーダンへの派兵は、自衛隊からの離脱者を続々と生み出している。
 たまりかねた政府は、戦死した場合の弔慰金を6千万円から9千万円へ引き上げ、指示通り「駆けつけ警護」に当たれば1日2万3千円を支給するという。
 しかし、現場の本音は、金銭などではごまかしきれない問題の核心を衝いている。

 Aさんは日本を守ろうとして入隊した。
 もちろん、見知らぬ外国で戦死するつもりなどまったくなかったので、現在の自衛隊の動きは想定外だ。
 それに、現場ではたらく日本人から求められていないのに、戦闘要員として出兵させられることにも納得できない。
 災害時に請われ、丸腰ででかける時のような使命感を持ちようがない。
 国会では、南スーダンは戦闘行為が行われていない安全な場所だから、武装した自衛隊が出かけても安全だという議論が繰り広げられている。
 そもそも安全であれば軍隊は不要なはずだし、スーダン出兵がどうして国是である専守防衛になるのか。
 納得できないので、いくらお金を積まれようが自分のいのちはかけられないし、仲間がいのちをかけることにも耐えられない。

 もっともだと思わされた。
 次の話には胸を衝かれた。

 隊員は口を閉ざしたまま、共通のイメージを持っている。
 それは、最初に出る犠牲者はきっと、撃つ前に撃たれるということだ。
 厳しく訓練された隊員は、必ず命令で動くし、命令されないことは勝手にやらない。
 一方、戦闘が起こる時、撃てという命令は必ず、危機的状況から遅れて出されるだろう。 
 一発の発射が日本という〈国を背負った行為〉になることをよく知っている優秀な隊員たちは、自分のいのちに危機が迫ったからといって、指揮官でない者がバラバラに判断をくだすことはないと、互いに信じ合っている。
 だから、きっと、射撃命令が出る前に撃たれてしまうだろうというのが、若いまじめな隊員たちの共通認識だという。

 涙が流れた。
 現場の隊員たちにとって、これほどまでに切羽詰まった出兵であることを、どれだけの国民が認識しているだろう?
 安全な場所に征くのだから大丈夫だと主張している人々へ、〈真実を知って出かける〉彼らの本音を聞かせてやりたい。
 あるいは、崇高な理想を諦め、安定した収入を捨ててまで〈辞めないではいられない〉彼らの本音を聞かせてやりたい。
 しかも彼らは、やがて生じるであろう犠牲者が軍神として祭り上げられかねない日本の空気に恐ろしさを感じ、固唾を呑んで仲間の無事を祈っている。

 砲弾の飛び交うアフガニスタンでさまざまな活動を行ってきた医師の中村哲氏は「ペルシャワール会報」の10月5日号で述べた。
 

テロとの戦い』を声高に叫ぶほどに、犠牲者が増えました。
 そして、その犠牲は、拳をあげて戦を語る者たちではなく、もの言わぬ無名の人々にのしかかりました。

 干ばつに戮れ、空爆にさらされ、戦場に傭兵として命を落とす──アフガン農民たちの膨大な犠牲は、今後も語られることはないでしょう。
 私たちは、このような人々にこそ恩恵が与えられるべきだとの方針を崩さず、現在に至っています。
 多くの良心的な人々の支持を得て、事業は着実に進められてきました。
 PM5は、誰とも敵対せず、仕事を進めてまいります。


 彼らの地道な活動こそが、世界における日本の信用と価値を守っている。
 彼らは、自衛隊に来てもらいたいとは決して言わない。
 武器を持った敵対行為こそが最も危険であると、骨身に沁みて知っているからだ。

 南スーダンの気温は35度前後だが、作業現場の体感気温は50度にもなるらしい。
 日本の若者たちはそこへ征く。
 武器を携えて……。
 これからの日本を背負う若者が、戦争に加担するか、それとも無職になるかと悩んでいる姿はあまりに痛々しく、こうした日本をつくった世代の一員として、詫びる言葉も見つからなかった。
 




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〈改装中の守本尊道場に、ようやく仏像が建ち始めました〉

 12月は、大雪(ダイセツ)と冬至(トウジ)の師走(シワス…12月7日より1月4日まで)です。
 12月は子(ネ)の月なので、守本尊千手観音(センジュカンノン)様です。

 千手観音〈センジュカンノン)様は天眼無礙智力(テンゲンムゲチリキ)をもって、人々の過去までも見通し、どのような因縁で、何に苦しみ何を求めているかを、無限の(仏教における「千」は無限を意味します)智慧の眼をもってご覧になり、無限の慈悲の手を差しのべ、お救いくださいます。
 ご供養し、ご守護いただき、1年の締めくくりとなる月を心豊かに、無事安全に過ごしましょう。

 千手観音〈センジュカンノン)様は、子年(ネドシ)生まれの善男善女を一生お守りくださる守本尊でもあります。
 身体においては、特に腹腰をお守りくださるので、お腹が不調の時などは真言を唱え、ご加護をいただきましょう。
 

「尊く聖(キヨ)き観世音(カンゼオン)○菩薩(ボサツ)の行を果たさんと○人間界に降り立って○衆生(シュジョウ)の苦しみ同じくし○衆生と共に喜びを○分かち合わんと哀愍(アイミン)し○衆生済度(サイド)に勤(ツト)め往(ユ)く。」


(尊く清らかで聖なる観音様は、菩薩としての務めを果たそうとして人間界に降り立ち、生きとし生けるものの苦しみを自分の苦しみと感じ、生きとし生けるものと喜びも分かち合いたいものだと切に願い、その救済に励む)

 観音様のお救いは、「そうしてはなりません、こうしなさい」と教えるのではありません。
 もしも病気で苦しむ人がいたなら、自分も病人に姿を変えて一緒に苦しみ、それにじっと耐えたり、花に憩いを感じてホッとする姿を見せるなどして、救われる様子を教えてくださるのです。
 

「善(ヨ)き人々よたとえ百○千万億の衆生(シュジョウ)あり○この世の中の諸々の○苦しみ受けて悩めども○観音菩薩の在(ア)るを聞き○その名至心に称(トナ)うれば○観音菩薩はその音声(コエ)を○即時に観じ応現(オウゲン)し○皆の解脱(ゲダツ)を得せしめん。」


(善男善女よ、無数の生きとし生けるものの世界にあっていかなる苦しみに悩もうと、観音様がおられると知り、その御宝号を一心に唱えておすがりするならば、観音様はその声をただちに聞いて願いを知り、そばに現れて皆をこの上ない安心の世界へお導きくださる)

 私たちは、何かを渇望する時、それを持っており分かち与えてくれるような相手にすがらないではいられなくなります。
 病気になれば、治す術を知っている医師のもとへ走り、お金が必要になれば、銀行へ走ります。
 そのようにして、お互いさま、おかげさま、と生きますが、いよいよどうにもならなくなった時には、「これが欲しい」ということではなく、〈救い〉そのものを求める気持になります。
 これが、おすがりするという状態です。

 だから、具体的な手段を失い尽くし、困り果てた人でなければ、すがらずにはいられないという状態はなかなか理解できません。
 そうしておすがりする者に対して、観音様はすぐさま追いつめられた状態から解放してくださるというのですから、まことにありがたいというしかありません。 
 それが信じられるかどうかは、そこに立ち至り、「南無観世音菩薩」あるいは「おん あろりきゃそわか」、あるいは千手観音様へ「おん ばざらたらま きりく」とおすがりした体験者にとってのみ、意味のある問いとなることでしょう。
 ちなみに小生は、幾度も〝もはやこれまで〟を乗り越えて今、生きており、信じている人の部類に入ります。

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 写真は、永代供養を行ってご加護を受けるため、当山の講堂へ納められた千手観音様です。
 総丈は約35㎝あり、日本で唯一、護摩を焚いてできた灰が体内へ納められたご本尊様です。(奉納受付中)

 12月守本尊様をご供養しお守りいただきたい時、願いを成就させたいと念じる時、つらい時、悲しい時、淋しい時は、合掌して真言(真実世界の言葉)をお唱えしましょう。
 たとえ一日一回でも、信じて行なえば、必ずご本尊様へ思いが届きます。
 回数は任意ですが、基本は1・3・7・21・108・1080回となっています。

「おん ばざら たらま きりく」
 

今月の真言をお聞きになるにはこちらをクリックしてください。音声が流れます


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「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA
 

 




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