奥日光・湯ノ湖からほど近い場所にありながら、観光地の喧騒からは少し距離を置いた、静かな佇まいの寺院「日光温泉寺」。
境内に足を踏み入れた瞬間、ふわりと硫黄の香りが鼻をくすぐります。
平屋の書院造りの庫裏(くり)。
玄関の戸を開けると、奥へとまっすぐに伸びる磨き上げられた木の廊下が目に入りました。
「ごめんください」
――本当にお寺に日帰り入浴の施設があるのだろうか.......?
少し不安になりかけたその時、建物の奥から年配の女性と、小さなお孫さんらしき子どもが現れました。
「どうぞどうぞ」
その一言に促され、玄関で靴を脱いで中へ。
お孫さんに入湯料金500円を手渡し、表示に従って廊下を奥へ進むと、ほどなくして男湯と女湯の札が見えてきます。
男湯の扉を開けると、こぢんまりとした脱衣所、その奥に浴室。
「スッポン!」
という感じの勢いで服を脱ぎ、いざ湯へ。
中は年季の入った木造造りで、浴槽も木枠のまま。
外観からは想像できないほど、何人かがゆったり入れそうな大きな湯船がそこにありました。
身体をさっと流し、いよいよ入湯。
「ああ〜……」
思わず声が漏れるこの瞬間が、たまりません。
この日は雨天で、外気も少し冷え込んでいたこともあり、乳白色の硫黄泉が体の奥へじんわりと染み渡ります。
浴槽のお湯は42度くらいでしょうか(あくまで体感ですが....)。
長湯できそうな、絶妙な心地よさです。体の芯までゆっくりと温まっていくのがはっきりと分かります。
温泉寺のHPによると、泉質は含硫黄‐カルシウム・ナトリウム‐硫酸塩・炭酸水素塩泉で、源泉は 71 度で掛け流しとのこと。
浴室のすぐ裏は湯ノ平湿原。浴室の小さな窓から、白い湯煙を濛々と上げる源泉が見えます。
雨のせいか他の入浴客もおらず、しばらくの間、極上の硫黄泉を独り占めする贅沢な時間を過ごすことができました。
湯から上がったあとは、廊下沿いにある畳敷きの休憩室へ。
なんと、そこには温かい緑茶とお茶受けが用意されていて、ほてった体を冷ましながら、しばし静かにひと息。
「あー、極楽 極楽」
何より印象的だったのは、その「静けさ」。
聞こえるのは湯の音だけ。
自然と心が落ち着き、思考がほどけていく感覚がありました。
温泉寺は、日光開山の祖・勝道上人 によって開かれたと伝えられています。
勝道上人は山岳修行を行う修験者。
温泉寺は、もともと僧侶や修験者が心身を清めるために利用していた湯治場とのこと。
この一帯の硫黄泉は、修行で傷んだ身体を癒し、命をつなぐための「現実的な救い」でした。
観光向けの温泉施設とは異なり、「癒やす」「整える」「祈る」といった意味合いが、今も色濃く残っています。
入浴を終えて外へ出ると、奥日光の冷たい空気が心地よく、体も心もすっと軽くなったように感じました。
日光湯元温泉には大型旅館や共同浴場もありますが、温泉寺は“温泉を楽しむ”というより、“温泉と向き合う”場所。
奥日光を訪れた際には、ぜひ少し時間を取って、この静かな湯と向き合ってみてはいかがでしょうか。


