名古屋のとあるホストのブログ。 -2ページ目

なんだかんだ

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ホスト続けて4年半かぁ




長いようでめちゃくちゃ早い



今日からマメに更新してみようかなって思う。



なんか固い文章ばっかりなblogってつまんないなぁって品川庄司の品川のblogを見て思った。





ホストって勉強になる事もたくさんあるし嫌な思いもちょっとしたけどいい仕事だよ



人のいい所を真似て成長するって事しか知らなかったけど

人の悪い所を見て自分の悪い所を直すって事も知れた


人の悪い所って自分が絶対に持ってる部分だから



その部分を自分が直せた時にはそういう部分を見ても大きな気持ちで見れるんだなって



そう思うなぁ




こう見えて大卒のホスト




今度大学の友達が結婚するらしい





二次会の司会を頼まれた




27歳で二回目の司会



前は22だったな




昨日は二次会の打ち合わせだった



今の歳で思ったけどみんな頑張ってる



なんか考えさせられたなぁ



大丈夫かなオレ

その時

やると決めた事に、時間をかけない!


やらなければならない事は、笑って素直にやる。


たったこれだけのことを意識するだけで、あなたの人生が劇的に変わってきます。


やるべき事にぐずぐずと時間をかけ、嫌そうな顔でため息をつけば、あなたに運を供給する神様が、あなたから音もたてずにそっと離れていってしまいます。



よく、神や仏なんているものかという人がいますが、それは違います。


神様や仏様はいます。



昔、こんな喩え話を聞いたことがあります。


ある老人が深夜、パチパチと音がするので起きてみると、一階の居間から火が出ているではありませんか。



火事だ!



しかし、老人は 動じません。



この老人は、神仏を深く信じていたからです。


いかなる状況にあっても、神仏は私を見捨てない!



必ず私を救いにくる!


そう固く信じているこの老人は、今こそ「その時」なのだと強く思いました。



「飛び降りてください!」



火事を見つけた若者が、必死の形相で二階にいる老人に叫びました。



「私が受け止めますから」


老人は、その若者を無視しました。



私には神仏がついているのだ。


さあ、神様仏様、どうか私をお救いください!


老人は、強く心のなかで念じました。


「もう時間がありません。私を信じて、そこから飛び降りて。私が受け止めますから」


「フン、何を言うか。そんな危ないことができるか。今に神仏が、私を迎えにくるのだ」


老人が、そう思った瞬間でした。


一階から出た火は、凄まじい勢いで火柱となって、この老人を包み込みました。


遠のく意識のなかで、老人は思いました。



この世に、神も仏もあるものか!


しかし、神仏はいました。



神仏は、確かに老人のもとへ来ていたのです。
若者という形をとって、いち早く火事を見つけて、この老人に三回も救いの声をかけていたのです。



ただ、老人にはそれが分かりませんでした。
あまり後味の良い話ではありませんが、この話を通して、運は人が持ってくるということを、私たちは理解しなくてはなりません。


運を引き寄せるスイッチは、クイック・アクションと素直さなのです。




真央

意識の分岐点

興味深い話を聞きました。



私たちがくよくよ後悔している時、脳はそれをキッカケにして成長しようとしているのだそうです。


深い後悔が、人を壮絶な練習に駆り立てていくからです。



単なる反省ではなく、過去の経験を振り返るのでもなく、こうありたいという想像を現実と比較しながら、未来のあるべき自分を模索する!




後悔したその時、自分は一体どうすることが良かったのかを、理想という想像と比較することによって、現実に起こったことだけを振り返るのではなく、こうすれば良かったかもしれないと深く思うことによって、未来の自分の感じ方や考え方を変えることが、後悔の持つ真の意味であると。



こうした視点から後悔を捉えてみると、なるほどそういうものかもしれないという思いがしてきます。



「悔しさをバネにする」とよく言われますが、自分自身の今までの人生を振り返ってみても、何かにこだわって何かをやり遂げた動機は、強烈な悔しさであり、それは深い後悔から発せられた壮絶な力となって自分を目標へと近付けました。



後悔を、輝く未来の力に変えるのか。

それとも、事あるごとに引きずるトラウマとするのか。



優れた魂ほど大きく揺れて、大きく悩んで、大きく後悔します。



優れた魂は、多感だからです。


後悔したのはその事の中に、魂が諦めきれない何かがあったからに違いありません。


どうせ悩むなら大いに悩み、どうせ後悔するならこれ以上ない後悔をして、それらを脳が更に力強く活性するためのキッカケとしてしまいましょう。



中途半端に悩んで、中途半端に後悔しているから、いつまで経っても引きずるのです。



「今に見ていろ!」



これくらいの覇気を胸に湛えて、力強く前に進むのです。


悔しさも栄光も、みな思い出の中に宿ります。



思い出を敵に回すのではなく、味方に付けていけるかどうか。


ここが、意識の分岐点となることを知りましょう。





真央