名古屋のとあるホストのブログ。 -5ページ目

割らなければいけないタマゴ

欲しい結果を得る過程として、 「変化を受け入れる」という過程がある。


現状は、今までの価値観が生み出した結果。



だから、現状を変えるには価値観の変化が必要だ。


しかし、きっと自分にとってよいはずなのに、 事を動かそうとすると、なぜかブレーキがかかる。



そういった「変化」に抵抗する感情というものが、 人には、少なからずあるものだ。




結婚を間近に控えてマリッジブルーになる。


これも、幸せになる変化への漠然とした不安。


たとえ、それが正当に評価された結果だとしても、思わぬ収入を手にしたときに感じる罪悪感。





一生懸命、自分を犠牲にして働いてこそ、収入を得る権利があるはずという観念。




こうした価値観を変えていかなければ、現状手にしている結果を、将来も変えることはできない。


自分は、幸せになって当たり前。

提供した価値の対価として受け取る正当な報酬。


こうした価値観の変化を、意識的に受け入れていくことだ。




「タマゴを割らなければ、オムレツは作れない」


変化を恐れないことを、こう表現した人がいる。


オムレツを作りたいなら、タマゴを割る覚悟が必要だ。




自分にとってのタマゴは何なのか。


それに気付くには、自分自身を知ることが必須。




成功の基本は、「己を知る」ことである。
まさに、そのとおりだと痛感する。


成功や幸せにブレーキをかけていたのは、周囲の誰でもなく、自分自身だったかもしれない。





割らなければいけないタマゴ。


今日、それに気付く努力をしてみよう。



そして、思い切って、そのタマゴを割ってみよう。





真央

客観視

世の中には、いろいろ人がいる。



そのため、いろいろなことが身の回りで起きる。


それは、もちろんいいことばかりではなく、ストレスとなる要因の出来事も少なくない。




興味深い話を聞いたことがある。


「世の中で起こる出来事は、
映写機で映し出される映像のようなもの」


この意味するところは、「客観性の大切さ」だ。



まるで映画館で映画でも見るように、 様々な出来事を俯瞰してみてみる。


映画では、いろいろなことが起こる。



しかし、それを客観的に見ている自分がいるはずだ。



実際、現実では、そこで起こっている事が、あたかも、自分の人生に多大な影響を及ぼすように感じる。



しかし、その捉え方次第で、現実は変わる。


「リストラ」という事象も、ある人にとって見れば不幸でしかないかもしれない。


しかし、ある人にとってみれば、それは、自分の人生を歩き出すチャンスかもしれない。


そして、全く自分に関係のない出来事であれば、映写機の前に手をかざせばいい。


自分の手の影で、スクリーンは見えなくなる。


いくら周りが騒いだとしても、そのスクリーンには、実際何もなかったのだ。


「自分には関係ないこと」と手で映写機をふさぐ。


マザーテレサがいったように、「世界の平和を望むなら、まずは自分の家族に平和を」



自分本位の考え方は、決して悪ではない。



自分にとって必要な情報を選択し、自分自身の人生を自分で選んで歩んでいく。


それが、結果的には社会のためになる。


なぜなら、本来、人はそれぞれの役割があるから。


まずは、それが先だ。


誰かのためにと、自分を犠牲にしていないか。


将来のためにと、今を犠牲にしていないか。



その見返りを期待しても、それは、期待通りに訪れてくれることはない。


一度、スクリーンの前に座って見てみよう。


本当に、自分にとって大切なことはなんだろうか。





真央

プライド

プライドというのがある。


それは、どんな人にもあるだろう。
そして、そのプライドは、時に傷つく。


いや、傷つかないプライドなどない。



問題は、そのプライドが傷つけられたとき。
そのときに、どう対応するかが自尊心を守る。




自尊心を失えば、悲観的になる。



そして、時にうつ病的な症状も見せ始める。



自尊心を保つために必要なことは、


「プライドを傷つける言動」の捉え方。


いや、実際には、
「プライドを傷つけるようにみえる」言動だ。


プライドが傷つけられ、バカにされたと感じたとき。

その多くは、「勘違い」であることが多い。


多くの人は、他人のプライドを傷つけることより、
自分を誇示したいという感情の方が強い。


だから、悪意を持って相手を傷つけようとする以外は、 ほとんどの場合、「自分を誇示する」ための行動だ。


しかし、そうした言動を受けた人は、 「プライドを傷つけられた」と感じてしまう。


「人を馬鹿にしようとした行動ではない。 自分を認めて欲しいということなのだ」


そう理解して、相手を「認めて」あげよう。

それが精神的に一段上の対応だ。


それが出来れば、相手の自尊心は満たされる。
そして、自分のプライドは傷つかない。


他人が、自分をバカにしてると感じるのは勘違いだ。
勘違いでストレスを感じていては人生は疲れるばかり。


精神的に一段上に上がって対応しよう。
「大人の対応」をすれば、もっと楽になる。




真央