皆さんこんにちは。
神戸市灘区の個別指導塾、
加古川市野口町の集団指導塾、
WinStarの北浦です。
 
 
ご機嫌麗しゅう。
 
 
 
さて突然ですが皆さん、
インテリジェンス(intelligence)を磨いてますか?
 
 
なんやねん急に意味分からんイラッとくること聞いてくんなー
とか思わないでね。
 
 
インテリジェンスってのは「知性」とか「知能」とか訳す言葉ですが、
知識(knowledge)とはまた別の概念で、
ここでは「知性」として使いたいと思います。
 
 
いや実は最近、
「こいつホンマ話通じへんなーええ年こいて頭悪すぎるやろ話しててイライラすんなーアホボケカスー」
と思うことがあったんですよ。
(ボクはボクで口悪すぎて頭悪そうですけど。)
 
 
もうホンマによく分からんことで色々ケチつけてくるんですけど、
そもそも話が通じないから話し合う気すら生まれない。
なんなら関わり合いたくない。
そんな人がいるんですよ。
(生徒・保護者さん・同僚じゃないですよ)
 
 
 
なんつーか、
話してて「この人の話オモロいなー」とか「(勉強できるとかじゃなく)この人頭良さそうやなー」とか感じる人っているじゃないですか。
 
その頭の良さってのは学歴とか資格とかとはまた違って、
醸し出される知的な雰囲気というか、
いや知的な雰囲気っつっても別にメガネかけて髪の毛は七三に分けて「シャキーン」て効果音が聞こえてきそうなあの漫画的な知的じゃなくて、
(↑何言うてんねん)
フとした瞬間に面白さだったり興味深さだったりを感じさせる人っていますよね。
 
 
そういう人ってインテリジェンスがあると思うんです。
 
 
人って日々何らかの形(勉強だったり読書だったり)で知識を溜め込んで、
それまでの人生でストックした知識を基にそのインテリジェンスを醸成していくんだと思うんですけど、 
ただ溜め込んだ知識を出していくだけでは
「ハイハイ凄いですねーよく知ってますねー」
って周囲から思われるような知識をひけらかすだけのイタい人になっちゃうし、
逆に何も知らなければ(知識がなければ)そもそもインテリジェンスを感じさせるような話すら出来ませんし、
インテリジェンスって結構ムズかしいなぁと思うんです。
 
 
てかそもそもそのインテリジェンスがあったら何やねんってハナシなんですけど、
インテリジェンスはその人の信用(credit)を高めるんじゃないかと最近とみに思うんです。
 
 
人生って選択の連続で、
いや急に人生語り始めますけどお許しください。
常に何らかの選択をしながら誰しも生きてるじゃないですか。
 
今日何食べるか、
週末何するか、
今勉強するかゲームをするか、
どの高校を受験するか、
どんな職業に就くか、
どの会社の採用試験を受けるか、
ありとあらゆる選択の上に今の自分は成り立ってますよね。
 
 
その選択の基になるのが知識で、
その選択の信用を担保するのがインテリジェンスだと、
そんな風に思うようになってきまして。
 
自分一人で出来る選択もあれば自分だけでは出来ない選択もありますよね。
さらに人生の節目節目で迎える大きな選択って大抵自分一人じゃ出来ないモンじゃないですか。
 
 
「そこまで言うのなら信じて任せる!」とか、
「こいつやったら一緒に仕事してもええかな」とか、
そんな感じで人から信用されてはじめて出来る選択もあって、
中には確かに学歴や家柄や資産や情熱やその他色んなモノが無いと得られない信用もあるかもしれんのですけど、
人から信用を得るための一つの要素としてインテリジェンスがあると僕は思うのです。
 
 
そしてそのインテリジェンスは、
ある特定の知識だけでは絶対に身に付かないと思うんです。
ありとあらゆる色んな知識が混ざり合って出来てくるモンだと思います。
文章力だったり語彙力だったり、
理系的な知識だったり社会的な知識だったり、
そう考えたら中学校の勉強って最適なんですよね。
 
だって英数国理社に加えて音楽に美術に保健体育に技術家庭に、
自分が中学生の頃には全く思えませんでしたが、
今にして思えば全てバッチリ理解してたら相当幅広い知識を網羅できてたなぁと思います。
 
音楽の授業の時にブラームスの顔にホクロ描きまくって満足して寝ることなく、
「ほぅ、これがブラームス交響曲第3番か。なかなか良いじゃないか。」
とか言いながらクラシックの知識溜め込んどけばよかった。
まぁ今の気持ちのままあの頃に戻ったとしても結局ホクロは描くと思いますけど。
 
 
 
こういう感覚、
大人になってから気付いたけど改めて子供らに言うほどでもないかなと思うようなことこそ、
日々伝えていける先生になりたいなぁと思うんですけど、
もしかしたら中学生の頃は気付かんかった(または聞いてなかった)だけで、
「インテリジェンスを磨けよ」とか言ってくれてた先生もいたかもしんないですね。
 
 
願わくば自分の生徒らが大人になった時に、
「おっ、こいつインテリジェンス感じるやないか」
と思える人になってて欲しいなぁと思う今日この頃です。
 
(そもそもお前にはインテリジェンスあるんか?という声が聞こえてきそうですけどもそれは置いといて。)
 
 
 

 
参考までに、かつてホクロまみれになってたブラームスさん。
皆さんこんにちは。
神戸市灘区弓木町の個別指導塾、
加古川市野口町長砂の集団指導塾、
WinStarの北浦です。
 
 
ご機嫌麗しゅう。
 
 
さて。
加古川では一部の学校を残してテストが終わりつつあり、
六甲では今週来週がテスト本番といった感じの今日この頃ですが、
皆さんのところはどうですか??
 
 
テスト結果が出始めたらきっと日本中で出るであろう「成績上がらんから塾変えようと思ってる」って声。
 
「成績上がらんから」ってホンマ、
アホか!
と言いたいところですが、
いや自分とこの生徒には言ってますが、
その言い分はマジでやめて欲しい。
 
「授業が分かりにくいから」
「授業中騒がしいから」
「嫌いなヤツがおるから」
この辺の理由ならスゴい真っ当で、
おぉそれは確かに塾変えた方がいいなって思いますけど、
「成績上がらんから」ってお前、
んなもん全部自分のせいやないかっていつも思ってます。
 
 
その塾選択したのは自分、
または親が選択したけど「塾変えたい」と言わずに通ってるのは自分、
(言っても塾を変えさせてもらえない子は別ね)
提出物溜め込んでるのは自分、
勉強しないのは自分、
基本的に天災とか巻き込み事故とか通り魔とか除けば今の結果招いてるのは全部自分ですよ。
 
 
 
社会人になってもいますよ。
仕事溜め込んで忙しくしてるのは自分、
仕事振られて断れないのは自分、
その会社選んだのは自分、
なんで今こういう状況なのかを省みることもなく、
ただただ思考停止して所属してる組織に責任転嫁して文句言いまくって逃げるヤツ。
 
 
今の状況作ったのは自分。
「成績上がらんから」って理由で塾移ってくる(または塾辞める)こと考えるなら、
その前にまずは一回でも「何で成績上がらんのやろ?」って考えてからアクション起こしてよ。
 
じゃないと何回塾変えても何回職場変えても同じこと繰り返すだけだよ。
 
 
とか言いつつ、
まぁ自分も散々責任転嫁して生きてきたから気持ちは分かるんですけどね。
 
経験者は語る。
 
 
結局最後は自分に原因を見つけるヤツが上手くいくんじゃないかと思います。
 
 
といったところで、
溜まりに溜まったボクの仕事も全部自分のせいということで、汗
まだまだ頑張りまーす。
 
皆も勉強頑張ってね。
皆さんこんにちは。
神戸市灘区の個別指導塾、
加古川市野口町の集団指導塾、
WinStarの北浦です。
 
 
ご機嫌麗しゅう。
 
 
さてさて、
長年塾やってると「おっ!この教材アツい!」とか「この会社なんか好き!」とか、
そういうのが出てきます。
 
そんな感じでボクの好きな会社の1つにArTeC(アーテック)って会社がありまして、
理科教材、
例えば学校に置いてる人体模型とか天秤とか売ってる会社なんですが、
カタログとか見てたらかつて実験大好き少年だったボクはもう大興奮です。
 
 
日常生活で絶対使わんのに分銅とか買いそうになります。
 


↑分銅
 
 
 
さてそのアーテックさんのブログにとても興味深い内容がありました。
 
タイトルにも書いたラテラルシンキングという言葉、
皆さんご存じですか?
ボクも初めて知りました。
 
ロジカルシンキング(論理的思考)と対になる概念のようなんですが、
ブログではこんな風に紹介されてました。
 
 
問:リンゴ2つを3人に分ける方法を考えてください。
 
 
 
どうですか?
皆さん分かりますよね?
これは大人で分からんかったらちょっとアレですよ。笑
 
 
 
答:それぞれ3等分して2つずつ配る
 
 
 
うん、
分数の考え方ですね。
ボクも答え分かって良かったです。
 
これはロジカルシンキングらしいのですが、
これがラテラルシンキングだとこうなるみたいです。
 
 
 
答:ジュースにして3人に分ける
 
 
 
 

 
 
 
一休さんか!!
 
 
とツッコミそうになりましたが、
上手い!!って感じですね。
うーんなるほどな。
 
 
 
つまりこれまで学校等で学んできたのは答えが1つの勉強ばかりでしたが、
これから求められる(というか既に求められ始めてる)能力として、
様々な答えが存在する問題で自分なりの答えを見つける
 
そんな風に求められる能力が変わってきているということなんですね。
 
 
イマドキっぽい言葉を使えばアクティブラーニングとでも言うんでしょうか。
実際もう結構前から新学力観PISA型学力という言葉で特に中高一貫校などの入試で問われるようになってきてまして、
ここ数年我々のような塾でも意識せざるを得なくなってきてます。
 
 
自分としてももちろん対策していかないといけないワケですが、
実はこの4月から六甲道校にて新しい取り組みを始めました。
 
 
Benesseさんの語彙・読解力検定や国際算数・数学能力検定協会さんの思考力検定の準会場に認定されたり、
(詳細はまた追ってご報告いたします)
何より一番の目玉として、
最初にご紹介したあのアーテックさんに協力していただき新しい授業がスタートしました。
 
 
 
その名も自考力Kids'と言いまして、
毎週金曜日の16時からアーテックさんの専用教材を使って楽しみながら勉強してます。
 


 
 
こんなブロックを使って色んなタイプの問題を解いていきます。
 



こんなんとか、



こんなんとか、
ホントに様々なタイプの問題があって全て終わるのはいつになるんだろうかと思うくらい。
 
 
この自考力Kids'は答えが1つじゃない問題がいっぱいで、
下は小学1年生から上は小学5年生まで、
皆頭をひねりながら必死に考えてます。
 


 
 
まだ4人しかいないこじんまりとした授業ですが、
“塾に行かせるその前に!”というスローガン(笑)の下、
これからも楽しみながらラテラルシンキングを身に付けていきたいと思います。
(覚えたての言葉を早速使うヤツ。)
 
 
といったところで、
今日は営業色の非常に強いブログとなりましたが、
興味ある方はいつでも見学に来てくださいね!
 
 
お待ちしております!
皆さんこんにちは。
神戸市灘区の個別指導塾、
加古川市野口町の集団指導塾、
WinStarの北浦です。
 
 
 
ご機嫌麗しゅう。
 
 
 
さてさて、
随分お久しぶりの更新ですが皆さんはどんなGWを過ごされましたか?
 
私は普段なかなか自分の子供に会えない日々を送っておりますので、
こういった休みが父親の存在感を取り戻すチャンス、
ここぞとばかりに色んなところに出かけてまいりました。
 
 
その中でも一番楽しかったのがイチゴ狩り。
 

 
 
 
21年前に私が初めて先生として勉強を教えた生徒が今南大阪で車屋さんをやってるんですが、
その子(といってももう32歳の汚いオッサンなんですが)の実家が趣味でイチゴを栽培し始めまして。
去年から呼んでもらって子供らとイチゴ狩りを楽しんでます。
 
 

 
 
 
 
いわゆる商売としての農園ではないので、
食べ放題の上に好きなだけ持って帰ることができるという贅沢なイチゴ狩りです。
イチゴ好きな人にはたまらんでしょ?
ウチの塾生になってくれたら一緒に連れて行ってやらんこともないがね!
( ↑ やらしい!)
 
 


 
 
 
この仕事やってて嬉しいのが、
教え子達がどんどん大きくなっていって色んな仕事に就いて、
その恩恵にあずかることができることですね!笑
 
誰か高級温泉旅館とか経営してくれへんかね。
 
 
 
 
ただ一つ注意してることもあります。
生徒達はどんどん大人になって巣立って行き、
立派になった姿を見せに来てくれたりするワケですが、
こちらはもう身体的に老いに向かっているという点です。
 
生徒達には成長を促しときながら、
自分はちゃんと人間的に成長してるのか?
と常に自問自答しています。
 
毎年毎年同じことを繰り返してただ老いていくだけの大人にはなりたくないですし、
卒業生たちから「なんか、先生ショボくなったね」なんて死んでも言われたくない。 
 
 
逆に「先生も成長してるんや!!笑」って言ってもらえるような人間を目指してこれからも頑張りたいと思います。
 
 
 
それではまた。
アデュ―。
皆さんこんばんは。
神戸市灘区の個別指導塾、
加古川市野口町の集団指導塾、
WinStarの北浦です。
 
 
さてさて、
皆様から預かっていた募金の入金が完了しましたので報告させていただきます。
 


正直エクアドルはあまり日本とは関わり合いの少ない国って感じがしますよね。
そもそも場所すらも分からんのじゃないですかね。
ボクも社会とか教えてなかったら南米ってこと以外は絶対分からんです。
 
因みにエクアドルが東日本大震災の時に送ってくれたお見舞いってのを見てたらなかなかに込み上げるものがあります。
在エクアドル日本国大使館のHP
コスプレ協会って気になるなぁ…


お次は熊本・大分に向けての窓口です。





今回募金先を色々調べるに当たって、
支援(救援)金と義援金の違いというものを随分意識しました。
義援金と支援金の違い
 
 
熊本・大分に関してはやはりその後の生活が重要ということで義援金窓口に、
エクアドルに関しては義援金を受け付けている窓口が無かったので救援金の窓口に入金しました。
(義援金の公平な配分、というのがそもそも難しいのかもしれないですね)
 
 
熊本・大分でもまだまだ大変な日々が続いてますし、
エクアドルの状況もヒドいもんです。
 
 
 
なんだったらボクの敬愛する平松愛理さん(部屋とワイシャツと私、の人ね。)は未だに阪神大震災の遺児を支援する活動を続けています。
(東日本大震災後は双方に向けて支援)
 
阪神大震災から21年ですよ。
こんな人みたことない。
 
 
 
過去にこのブログでももう何十万回も言ってるんですけど、
そういう優しさを身に付けたいですね。
 
あと何十年かかるか分からんけど。