先日、書かせて頂いた、
「サザンの楽曲・勝手に小説化」シリーズの「第23弾」、
『悲しい気持ち(Just a man in love)』
を読んで頂いた方から、このようなコメントを頂いた。
それは、
「リアルな話ですね」
という内容のコメントだったのだが、実はそれは当たっている。
何故かといえば、今回の小説は、実は私の「実体験」が元になっているからである。
だから、そのコメントを頂いた方は、とても鋭い。
それに、その方以外でも、もしかしたら今回の小説は、
「妙にリアリティーが有るな…」
と、思われた方も居るかもしれないが、そう思われたのだとすれば、それは「正解」である。
先程も書いた通り、今回の小説は、私の「実体験」が元になっているのだから、リアリティーが有るのも当然といえば当然である。
勿論、小説を書くに際して、設定や登場人物などは脚色してあるが、
私が学生時代に体験した事が、この小説の元になった。
それが無ければ、私は今回の小説を書く事は出来なかったに違いない。
では、それはどういう事なのかというと、実はこの私は、学生の頃、半年間だけ、早稲田大学の某演劇サークルに入り、演劇に携わった事が有った。
私は法政大学の学生だったが、そのサークルは、他大学の学生でも入って良いという事になっていたので、私も参加する事が出来たのである。
というわけで、普段、私は、このブログで書いた「サザン小説」の「裏話」などは、基本的にはあまり書かないが、今回は、
「サザンの楽曲・勝手に小説化」シリーズの「特別編」として、私が早稲田の某演劇サークルで過ごした半年間の「思い出」を書く。
なお、その話も少し「脚色」して書かせて頂くが、どの辺が「脚色」なのかは、皆様のご想像にお任せしたい。
それでは、ご覧頂こう。
<早稲田に行った友人・A君からの誘い~早稲田の某演劇サークルの舞台を見に行く>
私の中学時代の同級生で、A君という友人が居た。
私とA君は、別々の高校に行ったので、高校に入ってからは離れ離れになってしまったが、中学時代、私とA君はとても仲が良かった。
その後、私は法政大学に入ったのだが、私が法政の2年生になって、暫くした頃、そのA君から、久し振りに連絡が有った。
「久し振り。元気か?」
「おー、元気だよ」
私とA君は、電話でそんな会話を交わした。
「ところで、俺、早稲田に行ったんだよ」
A君がそう言ったので、
「早稲田か!それは凄いな」
と、私は言った。そして、
「自分は法政に入った」
という話をした。
そして、お互いの近況報告を話した後、早稲田に入ったというA君が、意外な事を言った。
「実は俺は、早稲田の演劇サークルに入っているんだよ」
というのである。
「へー!演劇!?それは凄いな…」
私はビックリしてしまった。
中学時代のA君は、そういうタイプには見えなかったからである。
「それで、今度、その演劇サークルの舞台が有るから、良かったら見に来ないか?」
A君に誘われた私は、その誘いを受け、その演劇サークルの舞台を見に行く事となった。
早稲田は、伝統的に「演劇」が盛んな大学であり、
『悲しい気持ち(just a man in love)』
の小説でも書いた通り、それこそ早稲田には演劇系の部やサークルは、掃いて捨てるほど有る。
演劇サークルといっても、ピンからキリまであるが、
A君が入っているという、早稲田の某演劇サークルは、その中でも、とても活発に活動しているようだった。
そして、私がA君に誘われ、見に行ったのが、その某演劇サークルの舞台であった。
「どんな舞台なのかな?」
と、私は興味本位で見に行ったが、その時の舞台は、ドタバタなコメディーだった。
そして、何と言うか、学生ならではの若さと熱気というか、とにかく活気に溢れた舞台だった。
その舞台を見に来た人達は大笑いしながら見ていたが、気が付くと、私もゲラゲラ笑っていた。
「すげー、面白かった!!」
舞台が終わった後、私はA君に感想を伝えた。
「な!?面白かっただろ!?」
A君も、私の反応に、とても満足そうだった。
「うん。何か迫力が有るというか、圧倒されちゃったよ。芝居って、面白いね」
私がそう言った時…A君の目がキラリと光った…かどうかは、わからないが、A君は「待ってました」とばかり、こんな事を言った。
「お前も、ここに入らないか?」
そう、A君は、私をその某演劇サークルに入らないかと誘うために、私にそのサークルの舞台を見せたのだった。
「ええっ!?」
と、私は思ったが、何しろ、私はそれまで演劇の経験など全く無い、ただのド素人である。
その事をA君に言うと、
「そんなの気にしないで良いよ。ここに入っている人達も、最初はみんな素人だったんだから…」
と、彼は答えた。
「とにかく、今度、練習が有るから見に来いよ」
A君が、あまりにも熱心に私を誘うものだから、とうとう私は根負け(?)してしまい、その某演劇サークルの練習を見に行く事になった。
<見学を経て~某演劇サークルへの入部を決めた私>
さて、早稲田大学には、一般的に皆が知っているようなキャンパス、
そう、早稲田の創立者・大隈重信の銅像が有ったり、正門から道を挟んだ向かい側に有る大隈講堂が有ったりという、
「本部キャンパス」
の他に、もう一つ、その「本部キャンパス」から少し離れた場所に、
「戸山キャンパス」
という所が有る。
私が、某演劇サークルの舞台を見に行った当時、つまり、今から20数年前は、「戸山キャンパス」には早稲田の第一文学部、第二文学部が有った。
そして、文学部の本拠地という事で、早稲田の学生達は、「戸山キャンパス」の事を、
「文キャン」
と呼んでいるようだった(※今も、そう呼ばれているかどうかは、わからない)。
それに対し、前述の「本部キャンパス」は、
「本キャン」
などと呼ばれていた(※それは、文学部の人しか言っていなかったかもしれないが)。
そして、私が舞台を見に行った某演劇サークルは、第一文学部、第二文学部に所属する学生が多く、主に「文キャン」を拠点に活動しているようだった。
今は、この「戸山キャンパス」も、すっかり綺麗になってしまったが、今から20数年前は、結構ボロい建物が有った。
さて、A君に誘われた私は、その「文キャン」の敷地内での、某演劇サークルの練習を見学に行ったが、
その某演劇サークルは、私が思っていたよりも大所帯で、多分、4学年合わせて100人ぐらいは居たのではないだろうか。
そして、私は練習を見学させてもらったが、皆それぞれ、発声練習をしたりとか、寸劇をやったりとか、とても楽しそうな雰囲気だった。
練習の見学が終わった後、
「このサークルは、早稲田の人だけじゃなくて、他大学の人も入って良いんだよ」
と、そのサークルの部長と思しき人から、説明を受けた。
そのサークルには女子も多かったが、早稲田だけではなく、女子大から来ている人も居るという。
私は、どうしようかと迷ったが、
「こういう経験をしてみるのも、面白いかも」
と思い、遂に、そのサークルに入る事に決めた。
こうして、大学2年生の初夏の頃、私は早稲田の某演劇サークルに入る事となった。
<某演劇サークルの活動~春と冬の大きな公演を目指して活動>
こうして、思いもかけず、私は早稲田の某演劇サークルへと入った。
ちょっと記憶が曖昧なのだが、確か、曜日を決めて全体練習をする日が週に何日か有り、
それ以外の日は、皆、それぞれ「自主練」をしていた。
そして、その某演劇サークルは、春と冬に、それぞれ大きな公演が有り、その公演を目指して活動している。
私が見に行ったのは、ちょうど春の公演だった。
また、年に2度の大舞台以外にも、そのサークル内で、それぞれ何人かずつで「ユニット」を組み、「自主公演」もしたりしていた。
要するに、大きな「母体」として、そのサークルが有り、そのサークル内部での「分派活動」も有った。
このサークル内で、気の合う仲間同士で「小劇団」のような活動をしても良いが、最終的には皆、年に2度の大舞台を目指すわけである。
「何か、サザンが居た頃のベターデイズみたいだな…」
と、私は思っていた。
桑田佳祐や原由子が所属していた、青山学院大学の音楽サークル、
「ベターデイズ」
では、それぞれ気の合う仲間同士で、バンドを組んだりして、離合集散を繰り返し、その中から最終的に生まれたバンドが、サザンオールスターズであった。
それはともかく、この某演劇サークルも、皆、それぞれ「分派活動」は有ったが、
先程も書いた通り、最終的には皆で、大舞台を成功させるのが目標だった。
そして、勿論、全て学生達によって運営されているので、
「自分達で、一つの舞台を作り上げる」
という、手作りの面白さが、そこには有った。
「なるほど、これが学生演劇の世界というやつか…」
私は、自分の知らなかった世界を見る事が出来て、興味津々であった。
<演劇サークルの個性的な面々>
さて、早稲田の某演劇サークルに入った後、
私は、法政の講義が終わると、法政の最寄り駅・飯田橋駅から、地下鉄の東西線に乗り、早稲田へと通う日々を過ごした。
毎日ではなかったが、そのサークルの練習が有る日には、極力、顔を出すようにしていた。
そして、私をこのサークルへと引きずり込んだ、あのA君であるが、
「俺は、脚本を書きたい」
と言っていた。
実際、A君が書いた脚本で、前述の「分派活動」の小劇団で、芝居も行なわれていたが、A君の書いた脚本は、コメディー・タッチで、なかなか面白かった。
「俺は、今度の冬の舞台での脚本を狙っている」
A君は、私にそう宣言していた。
しかし、年に2度の大舞台での脚本は、立候補制である。
そして、脚本家志望の人達が、大舞台に向けて脚本を書き、部員達の前でプレゼンをする。
その後、部員達の投票によって選ばれた脚本により、上演される…という仕組みであった。
そう、その仕組みは、
『悲しい気持ち(Just a man in love)』
の小説の設定として、活かさせて頂いた。
勿論、A君以外にも、大舞台での脚本家を狙っている部員は、何人も居たから、水面下では熾烈な競争が有った。
また、この演劇サークルには、本当に個性的な人達が沢山居たが、
その人達の事を詳しく書いていたら、それこそ記事がいくつ有っても足りないので、その中の、ごく一部について、触れておきたい。
まず、その演劇サークルで、右も左もわからなかった私に対し、
「先輩」として、色々と優しく教えてくれた、私よりも1学年上の女性が居た。
その方は、仮にBさんという名前とさせて頂くが、Bさんは、とても穏やかというか、優しそうな雰囲気の人だった。
だが、このBさんは実は、今度の冬の大舞台での脚本家の座を狙っているという。
つまり、A君にとっては「ライバル」という事になる。
だが、最初の頃、私はそんな事は全く知らなかった。
「優しそうな人だな…」
と、思っていただけである。
だが、実はこの方は、内に秘めた闘志は、相当なものだったと、私は後に知る事になる。
そのサークルは、
「みんなで、お手々繋いで、仲良しこよし」
という雰囲気ではない、という事に、私はすぐに気付いた。
勿論、演劇を楽しむという目的のサークルではあるのだろうが、
「楽しく芝居をするためには、真剣にやるべし」
という気持ちが、皆の根底に有った。
だから、遊び半分の人は来なくて良い…という暗黙の了解が有った。
先輩方も、中には超厳しい人が居たが、私がお世話になった、男性の先輩のCさんは、特に厳しい人で、私はその人から、ビシビシと鍛えられた。
最初、私は舞台の「上手(かみて)」と「下手(しもて)」も知らないような「ド素人」だったが(※客席から見て、向かって右側が「上手(かみて)」、客席から見て、向かって左側が「下手(しもて)」である)、
Cさんは、そんな私に対し、普段の練習から容赦なく、ダメ出しをしまくっていた。
「お前、舞台に立つからには、真剣にやれ」
私は、Cさんからは、そんな風にいつも言われていた。
また、Cさんが私に口を酸っぱくして言っていたのは、
「喉からじゃなくて、腹から声を出せ」
という事と、
「舞台の上では、絶対に素(す)になるな。その役の人になりきれ」
という事だった。
「まかり間違っても、舞台の上で照れ笑いしたりしてはならない。それは客から見たら凄くカッコ悪い。とにかく舞台に立ったら、お前は、その役になりきれ。舞台の上に居るのは、お前ではない」
Cさんは、私に懇々と言っていた。
「それが、役者の心得か…」
私は、Cさんから役者の「イロハ」を叩き込まれていた。
なので、この時の「教え」は、未だに脳裏に焼き付いている。
また、これは演劇サークルの「あるある」かもしれないが、
そのサークルでも、
「実は、あの人とあの人は、付き合っている」
という話は、それこそ沢山聞いた。
私が、このサークルに入った当初、とても真面目でクールなDさんという女性の先輩にも、色々とお世話になったが、
そのDさんが、このサークルでも「チャラ男」と言われていたEさんと、実は付き合っている…と知った時は、私もビックリしてしまった。
しかも、かなり「ラブラブ」な恋人同士だという。
「もはや、誰と誰がくっつこうが離れようが、全然不思議ではない…」
と、私は思ったものである。
また、このサークルは、かなり厳しい面も有ったので、精神的に持たずに、辞めて行く人も結構居た。
だから、その厳しい環境を共に乗り越えて行く内に、絆が生まれて行く…という事は有ったかもしれない。
「では、お前はどうだったのか?」
と言われそうだが、残念ながら(?)私は、そのサークルでは、そんな浮いた話など全然無く、
とにかく、超厳しい環境(※と、私は思っていたが…)に、どうにか付いて行くのに必死で、それどころではなかった。
「何で、こんな事をやってるんだろう…」
と、思わなくもなかったが、入った以上、冬の舞台までは頑張ってみようと私は思っていた。
そんな中、私と同様、他大学から来ていた女の子…明治大学から来ていた、Fさんという、同い年の女の子が居たが、私が一番仲良くなったのは、その人だった。
「何か、ここ大変だよね…」
「でも、もう少し、頑張ってみようか」
私とFさんは、そんな風に励まし合っていたものだった。
<冬の大舞台で、ひと波乱が…?>
さて、いよいよ冬の舞台の脚本を決める段になり、
脚本家として、何人かが立候補したが、投票の結果、選ばれたのは、
私を優しく指導してくれた、あの先輩のBさんだった。
ちなみに、A君が書いた脚本はコメディーだったが、
「春と冬、2回続けてコメディーなのは、どうなのか?」
という声も有ったのかもしれず、結局、今回はBさんが書いた、割とシリアスな脚本が選ばれた。
「何だよ、俺が書いた本の方が絶対に面白いのに…」
A君は、そうボヤいていたが、決まったものは仕方が無い。
こうして、Bさんが栄えある冬の大舞台の脚本家に選ばれ、演出も行なう事となったが、
あの優しかったBさんから、冬が近付くにつれ、どんどん笑顔が消えて行った。
この大所帯をまとめ、舞台を成功させなければならない…それは、凄いプレッシャーだったに違いない。
Bさんは、ピリピリとしていて、近寄り難い雰囲気になってしまっていた。
また、演劇の世界では、どうしても「やっかみ」が有り、
良い役を貰えた人と、そうでない人とでは、どうしても「温度差」が出る。
今回の舞台で、私を厳しく指導してくれた、あのCさんも、思ったような役を得る事が出来ず、不満を募らせていた。
実力的に見れば、Cさんは主役に選ばれても、全くおかしくなかたのだが…。
そうは言っても、どうしても、全員を良い役にするわけには行かず、Bさんも、色々と苦慮していたに違いなかった。
「何か、Bさん、可哀想だな…」
私から見て、Bさんは孤独に耐えているようにも見えた。
「舞台って、ここまでやらなきゃいけないのか…」
私は、演劇の世界の厳しさを見たような気がしていた。
そして、これは一応言っておくと、私も通行人に毛が生えたような、ほんの「端役」だが、何と舞台に立つ事が出来た。
それは、間違いなく、あのCさんのお陰だった。
こうして、冬の大舞台を迎えたが、様々な葛藤を抱えながらも、最後は全員一丸となって、この舞台を大成功させた。
その事は、ここで強調しておきたい。
<半年間で、早稲田の演劇サークルを去った私…>
冬の大舞台が終わり、私は「決断」を迫られていた。
このサークルでは、春と冬、それぞれの大舞台が終わった後、
「続けるか、それとも辞めるか」
を、その都度、決めなければならない。
私は、A君に対し、
「ここは、辞める事にした」
と、告げていた。
A君からは、随分と引き留められたが、
「ここは、自分の居るべき場所ではない」
と、私は正直に、自分の気持ちを伝えた。
このサークルに入り、途中で投げ出す事もなく、冬の大舞台まで、どうにかこうにか持ち堪えた。
だが、色々な意味で、
「ここらが潮時だろう…」
と、私は思っていた。
そして、お世話になった先輩方にも挨拶したが、私を厳しく指導してくれたCさんは大変残念がっていた。
しかし、最終的には快く送り出してくれた。
そして、あの脚本を書いたBさんも、まるで憑き物が落ちたように、穏やかな顔になっていた。
「大変だったと思うけど、協力してくれて有り難う」
Bさんはそう言っていたが、本当に大変だったのは、Bさんだろう。
「何だか、凄い世界を覗いて来たな…」
私はそう思い、半年を過ごした、この某演劇サークルを去った。
そして、私は元の普通の学生(?)に戻ったのであった…。
<ある人の経験談から生まれた!?『悲しい気持ち(Jusr a man in love)』の小説>
さて、それから20数年が経ち…。
私は、半年だけ「演劇」の世界に居たが、その後は「演劇」の世界に戻る事はなかった。
ただ、映画や芝居を見たりするのは好きなので、完全に「見る側」として過ごして来た。
そんな私だが、あるキッカケで、主に舞台で活動しているという、役者の女性と知り合った。
そして、これは割と最近の話なのだが、私はその方と、こんな話をした。
「役者って、舞台の共演者を、本気で好きになったりする事って、有るの?」
私は、そう聞いていた。
あの早稲田の演劇サークルでは、私はほんの「端役」だったし、そういう役を演じる機会も無かったので、その辺の事は、よくわからないままだった。
なので、前々から気になっていた、その事を聞いてみたのである。
すると、その方は、
「私は、舞台の相手役を本気で好きになった事は無い」
と、前置きしつつ、こんな事を言った。
「それでも、舞台って不思議な魔力が有るから、舞台に立つと魔法がかかったようになり、相手役の人を、『私、この人の事を好きなのかな?』って、つい思ってしまうような事は有る」
その方は、そう言ったが、更に、
「その魔法が解けないまま、本当に恋人同士になってしまう場合も、勿論有る」
と、言っていた。
「でも、私の場合は、舞台が終わったら魔法が解けてしまうタイプだから、結局は、相手役の事を本気で好きになったりはしない」
との事だった。
「でもね…」
その方は、こういう出来事が有ったと言っていた。
「ある舞台で、恋人役の男の人と稽古を積み重ねていたけど、演出側の都合で、突然、相手役を変えられてしまった事が有った。私はそのままだったけど、相手役が、突然、変わったの。そうしたら何故か、本当に悲しくなっちゃって、私は大泣きしちゃった…」
というのである。
「それだけ、役に入り込んで稽古をしていたから、何か、突然、別れたみたいな気持ちになってしまった」
と、その方は言っていた。
「…。それって、本当に相手役の事を好きになってたって事なんじゃ…」
と、私は思ったが、
「それは、わからない。舞台に立つって事は、本当に、魔法がかかるみたいな事だから」
と、その方は繰り返した。
「なるほどねえ…」
私は、「舞台」という物が持つ、不思議な「魔法」とやらに、思いを馳せたが、大変面白く、興味深い話であった。
そして、ここまでお読み頂ければ、もうおわかりだと思うが、その時、私は、
『悲しい気持ち(Just a man in love)』
の小説のアイディアを思い付いた…。
という事で、今回の小説は、私の実体験などを元に、想像を膨らませて書かせて頂いた次第である。
だから、この小説のヒロイン・夏美は、果たしてどんな気持ちだったのか…。
それについては、読んで頂いた方のご想像にお任せしたい所である。
そういうわけで、私の個人的な「思い出話」にお付き合い頂き、有り難うございました!!