私が大好きな、サザンオールスターズや桑田佳祐の楽曲の歌詞を題材に、私が「短編小説」を書くという、
「サザンの楽曲・勝手に小説化」シリーズは、これまで「22本」を書いて来た。
そして、一応ここで敢えて言わせて頂くとすれば、これは、あくまでも私が敬愛するサザンや桑田氏に敬意を込めて、
「この歌詞から、どういう物語を描くか?」
という事を、私なりに書かせて頂いている…という事である。
従って、「原案:桑田佳祐」という基本線は変わらないので、そこは御承知おき頂きたい。
なお、私がこれまで書いて来た、
「サザンの楽曲・勝手に小説化シリーズ」
は、下記の「22本」である。
①『死体置場でロマンスを』(1985)
②『メリケン情緒は涙のカラー』(1984)
③『マチルダBABY』(1983)
④『Ya Ya(あの時代(とき)を忘れない)』(1982)
⑤『私はピアノ』(1980)
⑥『夢に消えたジュリア』(2004)
⑦『栞(しおり)のテーマ』(1981)
⑧『そんなヒロシに騙されて』(1983)
⑨『真夜中のダンディー』(1993)
⑩『彩 ~Aja~』(2004)
⑪『PLASTIC SUPER STAR』(1982)
⑫『流れる雲を追いかけて』(1982)(※【4部作ー①】)
⑬『かしの樹の下で』(1983)(※【4部作ー②】)
⑭『孤独の太陽』(1994)(※【4部作ー③】)
⑮『JOURNEY』(1994)(※【4部作ー④】)
⑯『通りゃんせ』(2000)(※【3部作ー①】)
⑰『愛の言霊 ~Spiritual Message』(1996)(※【3部作ー②】)
⑱『鎌倉物語』(1985)(※【3部作ー③】)
⑲『夕陽に別れを告げて』(1985)
⑳『OH!!SUMMER QUEEN ~夏の女王様~』(2008)
㉑『お願いD.J.』(1979)
㉒『恋するレスポール』(2005)
…という事で、今回、私が「短編小説」の題材として選ばせて頂いた楽曲は、
1987(昭和62)年にリリースされた、桑田佳祐のソロデビュー曲、
『悲しい気持ち(Just a man in love)』
である。
この曲は、ファンの間でも、とりわけ人気が高い曲であり、
「切ない詞に、ポップな楽曲」
という、桑田佳祐の楽曲の黄金パターンとも言うべき曲である。
勿論、私もとても大好きな曲だが、今回は、この曲の「小説化」に挑んでみる事としたい。
それでは、「サザンの楽曲・勝手に小説化シリーズ」の「第23弾」、
『悲しい気持ち(Just a man in love)』(原案:桑田佳祐)
を、ご覧頂こう。
<序幕・『お気に召すまま』>
「この世は舞台、人はみな役者だ」
これは、シェイクスピアの戯曲、
『お気に召すまま』
に出て来る、有名な台詞である。
だとすれば、人は皆、
「人生」
という舞台に立ち、それぞれの役を演じている、
「役者」
という事になる…。
しかし、私が経験した、あの出来事は、果たして舞台上の幻だったのか、はたまた現実の出来事だったのか…。
それは、今でもよくわからない。
でも、今もなお、私の心にハッキリと刻印が残されているという事だけは確かである。
というわけで、今日は、私の「個人的な体験」を物語ってみる事としたい。
それを読んで、どう感じるのかは、読んで頂いた皆様の御心のままに…と言っておく。
<第1幕・『夏の夜の夢』>
私は、かつて早稲田大学で学んでいた。
いや、その言い方は、あまり正確ではない。
私は、早稲田では「芝居」ばかりをして、過ごしていた。
早稲田という大学は、伝統的に「演劇」が盛んな大学であり、演劇系の部やサークルは沢山有った。
私は、中学・高校と演劇部に居たので、元々、芝居はとても好きだった。
「早稲田は、どうやら演劇が盛んな大学らしい」
という評判を聞き付けた私は、
「それなら、俺も早稲田に行ってみたい」
と思った。
しかし、そうは言っても、早稲田に入るのは、なかなか難しい。
どうにかこうにか、私は二浪して早稲田に入った。
なお、私が入ったのは「第二文学部」…そう、当時は有った、夜間の学部である。
「二文」
という通称で知られていた「第二文学部」には、勿論、働きながら大学に通う勤労学生も沢山居たが、
私のように、
「どうしても早稲田に行きたい」
という一念で、どうにか潜り込んで来た、私のような人間も沢山居た。
というわけで、めでたく早稲田の「二文」に潜り込んだ私は、早速、演劇サークルに入る事にした。
とは言っても、それこそ早稲田には掃いて捨てる程、沢山の演劇系サークルが有ったので、私は迷ってしまったが、その中の、
「グローブ座」
という名前を名乗る演劇サークルに入った。
そう、このサークルは学生サークルの分際で(※と言っては、怒られてしまうが…)、あのシェイクスピアの劇団の名前を名乗っていた。
私は、まずそれが気に入った。
そして、体験入部をしてみたところ、これがなかなか本格的な活動をしており、毎年、大きな劇場を借りて、
「夏公演」
をやっており、それを目指して、部員達は研鑽に励んでいるという。
しかも、お客さんから、しっかりと入場料を頂くので、
「お客さんに来てもらう以上、いい加減な芝居は出来ない」
という事で、皆、真剣に取り組んでいた。
そして、この「夏公演」に出る事が出来るのは、この「グローブ座」内部でのオーディションに受かった者だけだという。
「そういうわけで、芝居がとにかく好きで、楽しく、かつ真剣に取り組む人なら、大歓迎だよ」
説明会の時に、ここの部長と思しき人は、そんな事を言っていた。
「よし!!ここに入ってみよう!!」
私は、その人の説明が終わる頃には、既にそう決意していた。
こうして、私の「グローブ座」での日々が始まった。
勿論、ここに入ったからには、「夏公演」の舞台に立つ事が、私の夢であり、目標だった。
<第2幕・『アントニーとクレオパトラ』>
さて、私が入った「グローブ座」には、「夏公演」が有ると、先程述べたが、
「グローブ座」は、この「夏公演」を区切りとして活動しており、
4年生は、一応この「夏公演」を以て引退する事になっている。
それは、勿論、就職の事なども考慮されているとの事だが、
中には、留年していて、本当は何年生だかわからないような、怪しい人(?)も居たりした。
「そういう怪しい人間が居るのも、早稲田らしいな…」
と、私は思っていた。
それはともかく、「夏公演」は、「グローブ座」の部員であれば、何年生だろうと、全員平等にチャンスが有った。
オーディションに受かりさえすれば、何年生でも、舞台に立つ事が出来た。
だから、私のような入ったばかりの1年生だろうと、オーディションに挑戦し、受かりさえすれば「夏公演」に出る事が出来る。
「オーディションっていうけど、じゃあ誰が審査するんだ?」
と、思われた方も居ると思うが、それは、その芝居を書いた脚本家と、「演出側」の部員達である。
「グローブ座」では、まず「夏公演」の脚本を書きたい人が立候補し、プレゼンを行なう。
複数の人が立候補した場合、脚本を書き、それぞれの人達がプレゼンを行ない、
「どの脚本が良いか?」
を、部員達の投票で決める。
そして、最も得票が多かった脚本が、「夏公演」の舞台にかけられる…という仕組みだった。
そして、「役者」ではなく「演出」を希望する人は「演出」側に回る事となる。
という事で、さっきも書いた通り、「夏公演」の「脚本家」に選ばれた人と、「演出」サイドによって、その芝居に出る「役者」をオーディションで選ぶのである。
さて、我が「グローブ座」の仕組みは、おわかり頂けたと思うが、
私が「グローブ座」に入って、初めてのオーディションは、とにかくボロボロで、私は箸にも棒にもかからず、アッサリと落とされてしまった。
「まあ、それはそうだよな…」
私は、自嘲気味に、そう呟いていた。
だが、何と私と同期、つまり1年生の女子が、このオーディションに受かってしまったのである。
しかも、彼女は見事に、この芝居の「ヒロイン」に選ばれた。
「この子、凄いな…」
私は、目を見張った。
そのヒロイン…夏美という名前の子は、とにかく人目を引くというか、一見、派手な顔立ちの子だったが、
彼女が一度、舞台に立つと、誰もがその芝居に引き込まれてしまうような魅力が有った。
台詞回しは、それほど上手ではないと(※生意気にも)私は思ったが、とにかく存在感という意味では、夏美はダントツだった。
「貴方は、文句無しのヒロインよ」
その時、脚本を書いていたのは、4年生の先輩の女性だったが、その人に認められ、夏美はヒロインに抜擢された。
その先輩に、手放しの賛辞を受けた夏美は、ニッコリ笑うと、
「有り難うございます」
と言って、優雅な笑みを見せていた。
「…まるで女王様みたいな子だな…」
私は、そう思った。
ちなみに、私は「二浪」しているが、夏美はストレートで早稲田の第一文学部に入っている。
従って、学年は同じだが、夏美は私よりも2つ年下だった。
「おめでとう」
私は、同期生として、夏美を祝福した。
「有り難う」
夏美は、私に対しても笑顔で返してくれたが、何と言うか、とても気品に満ちているように見えた。
「何か、クレオパトラみたいな子だな…」
内心、私はそんな事を思っていた。
そして、「夏公演」では、私は「裏方」に回ったが、夏美はヒロインとして、情熱的な恋愛劇の主役を見事に演じきり、観客からも大喝采を浴びていた。
私は、舞台袖から、それを見ていたが、
「スポットライトを浴びるために生まれて来たような子って、居るんだよな…」
と思い、すっかり夏美に見惚れてしまっていた。
正直言うと、私はすっかり夏美にベタ惚れだった。
いや、もしかしたら、それは舞台上で光り輝く夏美に惚れていたのかもしれないが、とにかく私は、クレオパトラにゾッコンだった、ローマ帝国のアントニウスのような心境であった。
<第3幕・『恋の骨折り損』>
さて、それからというもの…。
私は、2年生の「夏公演」でもオーディションに落ち、またしても「裏方」に回ったが、
3年生の時、ようやくオーディションに受かり、どうにか端役を得て、念願の「夏公演」の舞台に立つ事が出来た。
だが、そんな私を尻目に、何と、夏美は毎年オーディションに受かり、しかも毎回ヒロインの座を手にしていた。
本当に、夏美はまさに「主役」になるために生まれて来たような子だった。
夏美の相手役は、毎回、違う人だったが、夏美は誰が相手役でも、舞台上では情熱的なヒロインを演じたり、時には恋に悩む女性を演じ、涙を流したりしていた。
「夏美は、本当に、相手役に恋をしているみたいだな…」
私には、夏美が本気で相手役の人に恋をして、その恋に生きる女性にしか見えなかった。
ある時、私は夏美に、
「なあ、夏美は本気で相手役を好きになった事は有るか?」
と、聞いてみた事が有った。
すると、その時、台本に目を通していた夏美は肩をすくめ、
「ああ。それは無いわね」
と、アッサリと言った。
私は、ちょっとビックリしてしまった。
「何か、どう見ても、舞台上で恋をしているように見えるよ…」
私がそう言うと、夏美は、
「私、舞台の時は別人に成りきろうって、決めてるから。だから、あれは私であって、私じゃないのよ」
と、答えた。
「私、共演した人を本気で好きになった事って、無いわね。舞台は舞台、現実は現実よ…」
夏美は、あっけらかんとした調子で言っていたが、
「何か、この子は切り替えるのが早いんだな…」
と、内心、私は思っていた。
「とにかく、舞台が終わったら、それっきりよ。それに、私、彼氏居るから」
夏美は、これまた至極アッサリとした調子で言ったが、
「そ、そうなんだ…」
と、私はちょっと動揺(?)してしまった。
「…夏美には、現実の彼氏が居るから、舞台は舞台で関係無いんだな…」
私が呟くように、そう言うと、
「まあ、そうね」
と、夏美は言った。
「これは、俺は完全に脈無しだな…」
その時、私は内心、傷付いてしまったが、人生という舞台は、何処でどうなるかわからない。
この後、私にとって、思いがけない出来事が有った。
<第4幕・『じゃじゃ馬ならし』>
私にとって、4年生の「夏公演」のオーディションがやって来た。
私にとっては最後のチャンスだったが、私は誠に幸運な事に、この「夏公演」の芝居の主役の座を手にする事が出来た。
「ええっ!?俺が主役!?」
嬉しいというより、私は自分で驚いてしまったが、私如きを選んでくれた、この時の脚本家と「演出」陣には、感謝の気持ちしかなかった。
そして、ヒロインは…つまり、私の相手役は、あの夏美だった。
これで夏美は4年連続で、「夏公演」のヒロインを務めるという快挙を達成した。
「4年間、ずっとヒロインなんて、グローブ座始まって以来だ」
と、この時は早稲田の演劇系サークル界隈では、かなり話題になっていたという。
だが、それだけ女優としての夏美の力がズバ抜けていたという事であり、それも当然だと、私は思っていた。
「よろしく…」
私は、主役を演じる事が決まった後、夏美に言った。
「こちらこそ、よろしくね」
既に、「大女優」の風格さえ身に着けていた夏美は、悠揚迫らぬ様子で、私に挨拶を返した。
しかし…。
稽古が始まってみると、とにかく夏美は、とことん芝居に入り込み、凄まじい気迫を見せていた。
この芝居には、私と夏美が抱き合う場面も有れば、キスシーンも有った。
その「稽古」をする時、最初は柄にもなく(?)、私もドキドキしていたが、
「貴方、何やってんのよ!!そんなんじゃ、全然ダメよ」
などと、私は夏美からはダメ出しばかり食らってしまった。
とにかく、夏美は勝ち気というか、舞台上では「じゃじゃ馬」そのもので、稽古は常に夏美のペースで進んでいた。
「貴方が、しっかりしてくれないと、この芝居は成立しないんだからね!!」
夏美は、時には目を吊り上げ、私には、とにかく超厳しい態度で接していた。
「はいはい、わかりましたよ…」
などと言おうものなら、私は夏美に物凄い目で睨まれそうだったので(?)、夏美に怒られた時は、とにかく素直に言う事を聞いていた。
「流石は、4年間、ヒロインを張って来ただけの事は有るな…」
とにかく、夏美はヒロインとしての自分に、絶対の自信を持っていたし、それだけのプライドを持っていた。
ところが…。
その夏美の自信を粉々に打ち砕いた奴が居た。
それは、この芝居を書いた脚本家の男だった。
<第5幕・『リア王』>
「ダメダメ。そんなんじゃ、全然ダメだよ」
そんな風に、厳しい叱責の声が飛んでいた。
それを聞き、夏美は、まるで凍り付いたように、その場に立ち尽くしていた。
「さっきも言っただろう?この場面の解釈は…」
その厳しい声の主は、この芝居の脚本を書いた、田中という男だった。
この男は、後にプロの脚本家としてデビューしたぐらい、実力が有る男だったが、
当時、田中は3年生で、この「グローブ座」で初めて「夏公演」の脚本を書く事となり、とても張り切っていた。
そして、田中は脚本を書いた上、この芝居の総合演出も買って出ていた。
とにかく、田中は「完璧主義者」だったから、稽古でも容赦なくダメ出しをしていた。
田中は、相手が夏美だろうと誰だろうとお構いなく、自分の意図通りの芝居をしない役者には、
「全然ダメ」
と言って、容赦なくダメ出しをする男だった。
その田中の王様ぶりに対し、「グローブ座」の部員達は密かに、
「リア王」
と呼び、陰口を叩いていたが、田中はそんな事はどこ吹く風で、
「とにかく、良い芝居にしたい」
という一心のようだった。
私は、夏美の百万倍ぐらいダメ出しをされていたのだが、夏美は今までの舞台で、こんなに演出家にダメ出しを食らった事は無かった。
従って、あまりのダメ出しの連続に、夏美はすっかり自信を失っているように見えた。
「…。ごめんなさい…」
田中に叱責された夏美は、唇を噛み、俯いていた。
夏美は、必死に涙を堪えているようだった。
あの、勝ち気な女王様だった夏美が…。
私は、何とも言えない気持ちだった。
「私、もうダメかも…」
その日の稽古が終わり、皆が帰った後、暗くなった舞台上で、私と夏美は2人で残っていたが、
夏美は膝を抱えて座り込み、俯きながら、そんな事を言っていた。
そこに居たのは、すっかりしょげ返り、心細そうな様子の、1人の女の子だった。
私は、そんな夏美の姿は初めて見た。
だが、私は夏美のそういう姿は見たくなかったし、元気を取り戻して欲しいと願っていた。
「…。夏美、ちょっと付き合ってくれないか?」
私は、そう言って、夏美を促した。
「…。今から?何処へ行くの?」
顔を上げた夏美に言われたが、
「いいから!ちょっと来いよ!!」
と言って、私は夏美の手を引き、ある場所へ向かった。
<第6幕・『十二夜』>
私は、夏美の手を引き、外へ出た。
外は、すっかり夜の帳も落ちていたが、早稲田のシンボル、大隈講堂が、月に照らされていた。
「夏美、ここで練習をしよう!!」
私がそう言うと、夏美は目を丸くしていた。
「ここで?」
夏美は戸惑っていたが、私は大きく頷いた。
「大隈講堂って、舞台みたいだろ?ここなら雰囲気が有って、良いんじゃないかな」
私は、そう言った。
大隈講堂の入口には、何段かの石段が有り、その上は、ちょうど舞台のようになっていた。
「ここで、改めて通しで芝居をやってみようよ」
私がそう言うと、戸惑っていた夏美も頷き、
「いいわ。やりましょう」
と言って、同意してくれた。
それから、私達は大隈講堂を舞台に見立て、芝居をやってみたが、これが効果抜群というか、とにかく楽しかった。
気が付くと、私達は夢中になって芝居をやっていたが、いつしか広場には何人かの「ギャラリー」も居て、拍手を送ってくれていた。
「あー、楽しかった!!お芝居って、こんなに楽しかったのね…」
通し稽古が終わった後、夏美は笑顔を取り戻し、そんな感想を言っていた。
私は、久し振りに笑顔の夏美を見て、とても安堵していた。
「夏美。良かったら、これからもここで練習しようか?」
私がそう言うと、夏美は、
「ええ、いいわよ!!」
と、返事をしてくれた。
それからというもの、私と夏美は「グローブ座」の稽古が終わった後、毎晩、大隈講堂の前で「自主練」をした。
夜の大隈講堂は、まるで私と夏美に「魔法」をかけてくれたかのようだった。
私と夏美は、毎夜、大隈講堂という「舞台」で、情熱的な恋人同士の役を演じていた。
<第7幕・『ロミオとジュリエット』>
私と夏美の、夜の「自主練」の成果が出たのか、
あの「リア王」の田中も、
「すっかり、芝居が良くなったな」
と言って、褒めてくれた。
私と夏美は、顔を見合わせ、
「やったね!!」
と小声で囁き合い、笑顔を交わした。
そして、私と夏美の夜の「自主練」が続いていた、ある日、気が付くと深夜になっていた。
夏美は、ハッとしていた。
「どうしよう、終電が無くなっちゃった…」
夏美は困った顔をしていた。
その頃、私は学生の分際で生意気にも(?)、バイクで「通学」をしていた(※もっとも、あまり授業には熱心には出ていなかったが)。
私は、困っている夏美を見て、
「しょうがないな、送ってやるよ…」
と言って、夏美をバイクの後ろに乗せてやった。
夏美が、彼氏と共に住んでいるという場所は、早稲田からは少し遠い場所に有ったが、私は夏美をバイクの後ろに乗せ、夏美をそこまで送って行った。
思わぬ形で、私と夏美はバイクの「2人乗り」をしたが、夜風がとても気持ち良かった。
「ここか?」
程なくして、バイクは夏美が住んでいるというマンション(※アパートに毛が生えたような所?)に着いた。
「ここよ。どうも有り難う…」
夏美は、そう言って、私にお礼を言ってくれた。
「ここで、夏美は彼氏と同棲してるのか…」
と、私は思ったが、私は何も言わなかった。
「じゃあ、またな…」
夏美を送り届けた私は、そのままバイクに乗って帰ろうとした。
「ねえ、待って」
そのマンションの、1階と2階の踊り場に立っていた夏美が、私を呼び止めた。
「今日は、有り難うね」
そう言うと、夏美は芝居の「小道具」で使っていた、薔薇の花を、その踊り場から私に投げて寄越した。
「それじゃあ、おやすみなさい…」
夏美はそう言い残すと、階段を上って行った。
夏美が投げて寄越した花を受け取った私は、しばし呆然としていたが、
「何か、まるで『ロミオとジュリエット』みたいな場面だったな…」
と思い、ちょっと笑ってしまった。
私と夏美は、この芝居の練習を通して、少し距離が縮まったようだった。
しかし、「夏公演」が終われば、公然と夏美に会う事は出来なくなってしまう…。
私は、ふと、心に寂しさを感じていた。
<終幕・『ハムレット』>
あの鬼脚本家・田中が脚本を書き、私と夏美が主役を務めた舞台…。
早稲田大学の演劇サークル「グローブ座」の夏公演の演目、
『夏の女神』
の本番の日を迎えていた。
そう、このタイトルからもわかる通り、何だかんだ言って、田中は夏美のために「当て書き」をしていたのだった。
だからこそ、田中は本気で、夏美が舞台上で輝くために、あれだけ厳しい事を言っていたのである。
私と夏美は、本番の舞台でも、日頃の練習の成果を、充分に発揮していた。
私と夏美は、舞台上で「運命の恋人」同士のように、激しい恋に落ち、葛藤を乗り越え、そして絆を深めて行った。
だが、結局は、この「恋人同士」は、それぞれの親同士が敵同士だったため、結ばれる事は無かった。
そう、あの『ロミオとジュリエット』のように…。
別れの間際、私と夏美は、固く抱き合い、そして最後のキスを交わした。
「さようなら、有り難う…」
ヒロインの夏美が、私に別れを告げ、そして涙を堪えながら、走り去って行った…。
舞台は、そこで幕を下ろした。
気が付くと、観客席からは万雷の拍手が起こっていた。
その観客席を見ると、多くの人達が涙を流していた。
やがて、舞台上に、私や夏美をはじめ、役者達が出て来て、カーテンコールに応えた。
そして、私達は最後に全員で手を繋ぎ、そして客席に向かって一礼をした。
拍手は、いつまでも鳴りやむ気配は無かった。
「本当に、よくやったよ!!有り難うな…」
あの、鬼の田中が、今まさに感激の面持ちで、私と夏美に言ってくれた。
田中は、ボロボロと泣いていたが、どうやら田中は、こう見えて「泣き虫」だったらしい。
私と夏美は、思わず顔を見合わせ、
「フフッ」
と、笑っていた。
「さあ、みんな!!打ち上げに行こう!!」
無事に大舞台を終え、私達「グローブ座」の一行は、そのまま「打ち上げ」へと直行した。
その打ち上げの席で、私はアルコールは口にしなかった。
何故かと言えば、私はこの日もバイクで来ていたからだった。
私は、打ち上げの間、ずっと、悩んでいた。
「言うべきか、言わざるべきか…」
そう、あの『ハムレット』ではないが、私は大いに迷っていた。
この日が終わってしまえば、私と夏美は、堂々と会う事は出来なくなってしまう。
その前に、私は夏美に、自分の気持ちを言おうかどうしようかと、悩んでいたのだった。
やがて、打ち上げが終わり、皆が三々五々、家路に着く頃、私は夏美に、
「夏美、送って行くよ…」
と言って、いつぞやのように、夏美を私のバイクの後ろに乗せた。
「有り難う…」
夏美は、そう言って素直に私のバイクの後ろに乗った。
そして、2人を乗せたバイクは、夏美の住むマンションへと着いた。
「色々と、有り難うね…」
「いや、こちらこそ…」
私と夏美は、バイクを降り、言葉を交わすと、あとは2人とも黙り込んでいた。
私と夏美は何も言わずに、見つめ合った。
「…。夏美、あのさ…」
私は意を決して、夏美に自分の気持ちを伝えようとした。
その時、夏美はハッとした顔をした。
「ダメよ。それ以上は言わないで…」
夏美はそう言うと、私に近寄り、
「今まで、本当に有り難う…」
と言って、手を握った。
俯いた夏美の顔は、とても辛そうだった。
「さよなら…」
夏美はそう言い残し、踵を返し、マンションの方へと走って行った。
私は1人、夜風に吹かれ、呆然と立ち尽くしていた…。
「この世は舞台、人はみな役者か…」
私は、シェイクスピアの戯曲で、最も好きな台詞の一節を口にした。
やはり、夏美にとって、
「舞台は舞台、現実は現実」
という事なのかもしれない。
しかし、私はそう簡単に割り切れそうもなかった。
この先、私が誰かと恋に落ちたとしても、果たして、これほど人を好きになる事は有るのだろうか…。
気が付くと、私の頬に涙が伝っていた。
悲しみに沈む私の心は、張り裂けそうな思いだった。
「喝采を。喜劇は終わった…」
これは、シェイクスピアではなく、ベートーベンの最期の言葉だっただろうか…。
今まさに、私の不思議な「恋」も幕を閉じようとしていた…。
『悲しい気持ち(Just a man in love)』
作詞・作曲:桑田佳祐
唄:桑田佳祐
夏の女神に 最後のKissを
抱き合うたびに溶けそうな 瞬間(とき)にお別れ
夢で逢えたら あの日に帰ろう
夜空に舞う星に 願いをこめて
Just a man in love, Oh, yeah
涙に濡れて
Just a man in love, Oh, yeah
心に咲く花は君の香り
やがて誰かと 恋に落ちても
胸に残る言葉は 消えないままに
泣くのはやめて 愛しい女性(ひと)よ
君のことを今も 忘れられない
Just a man in love, Oh, yeah
悲しみの My Heart
Just a man in love, Oh, yeah
愛されたあの頃が遠ざかる
Anyone would be holdin'on
夏は終わり 夜風に身を病んで
I won't lose, if I just have you
いついつまでも 君は My sweet babe
Just a man in love, Oh, yeah
涙に濡れて
Just a man in love, Oh, yeah
悲しみの My Heart
Wow, Wow, Wow.
Just a man in love, Oh, yeah
またいつか逢えたなら
Hold me close to you