本日(11/23)、関東大学ラグビー対抗戦の、早稲田-慶応の対決、「ラグビー早慶戦」が開催され、
早稲田が慶応を17-10で破り、早稲田が「伝統の一戦」を制した。
先日、私は1903(明治36)年11月21日の、野球の「第1回早慶戦」をテーマにした記事を書いた。
そこで今回は、野球ではなく、「ラグビー早慶戦」の記事を書く事としたい。
そして、ラグビーファンなら誰もが知っている事であるが、毎年11/23は、「ラグビー早慶戦」が開催される日と、昔から決まっているのだが、
何故、11/23が「ラグビー早慶戦」の日になったのかについても、ご紹介する事とする。
<「ラグビー早慶戦」の通算対戦成績…早稲田69勝、慶応20勝、7分~「ラグビー早慶戦」の歴代スコア>
「ラグビー早慶戦」は、毎年11/23に開催されているが、本日(2019/11/23)、早稲田が慶応を17-10で破った事により、
通算対戦成績は、早稲田の69勝20敗7分となった。
という事で、「ラグビー早慶戦」の歴代スコアは、下記の通りである。
(1)1922/11/23 早稲田●0-14〇慶応 三田綱町
(2)1923/11/23 早稲田●3-20〇慶応 戸塚球場
(3)1924/11/23 早稲田●0-17〇慶応 三田綱町
(4)1925/11/23 早稲田●3-8〇慶応 戸塚球場
(5)1926/11/23 早稲田△8-8△慶応 神宮競技場
(6)1927/11/23 早稲田〇8-6●慶応 神宮競技場
(7)1928/11/23 早稲田●5-16〇慶応 神宮競技場
(8)1929/11/23 早稲田●3-6〇慶応 神宮競技場
(9)1930/11/23 早稲田●3-19〇慶応 神宮競技場
(10)1931/11/23 早稲田〇12-5●慶応 神宮競技場
(11)1932/11/23 早稲田〇33-5●慶応 神宮競技場
(12)1933/11/23 早稲田〇11-6●慶応 神宮競技場
(13)1934/11/23 早稲田〇24-16●慶応 神宮競技場
(14)1935/11/23 早稲田〇19-6●慶応 神宮競技場
(15)1936/11/23 早稲田〇26-6●慶応 神宮競技場
(16)1937/11/23 早稲田〇41-0●慶応 神宮競技場
(17)1938/11/23 早稲田〇36-13●慶応 神宮競技場
(18)1939/11/23 早稲田〇37-9●慶応 神宮競技場
(19)1940/11/23 早稲田〇33-11●慶応 神宮競技場
(20)1941/11/23 早稲田〇24-6●慶応 神宮競技場
(21)1942/5/6 早稲田〇21-8●慶応 神宮競技場
(22)1942/11/29 早稲田●5-11〇慶応 神宮競技場
(※戦争により中断)
(23)1946/11/23 早稲田●8-9〇慶応 神宮球場
(24)1947/11/23 早稲田〇41-3●慶応 東京ラグビー場
(25)1948/11/23 早稲田△3-3△慶応 東京ラグビー場
(26)1949/11/23 早稲田〇32-0●慶応 東京ラグビー場
(27)1950/11/23 早稲田〇9-0●慶応 東京ラグビー場
(28)1951/11/23 早稲田〇9-8●慶応 東京ラグビー場
(29)1952/11/23 早稲田〇17-11●慶応 秩父宮ラグビー場
(30)1953/11/23 早稲田〇14-6●慶応 秩父宮ラグビー場
(31)1954/11/23 早稲田△19-19△慶応 秩父宮ラグビー場
(32)1955/11/23 早稲田●5-11〇慶応 秩父宮ラグビー場
(33)1956/11/23 早稲田〇26-8●慶応 秩父宮ラグビー場
(34)1957/11/23 早稲田〇20-9●慶応 秩父宮ラグビー場
(35)1958/11/23 早稲田〇16-11●慶応 秩父宮ラグビー場
(36)1959/11/23 早稲田〇16-3●慶応 秩父宮ラグビー場
(37)1960/11/23 早稲田△0-0△慶応 秩父宮ラグビー場
(38)1961/11/23 早稲田●6-8〇慶応 秩父宮ラグビー場
(39)1962/11/23 早稲田●5-6〇慶応 秩父宮ラグビー場
(40)1963/11/23 早稲田〇29-6●慶応 秩父宮ラグビー場
(41)1964/11/23 早稲田〇27-9●慶応 秩父宮ラグビー場
(42)1965/11/23 早稲田〇20-3●慶応 秩父宮ラグビー場
(43)1966/11/23 早稲田〇27-8●慶応 秩父宮ラグビー場
(44)1967/11/23 早稲田〇39-9●慶応 秩父宮ラグビー場
(45)1968/11/23 早稲田〇22-14●慶応 秩父宮ラグビー場
(46)1969/11/23 早稲田〇33-15●慶応 秩父宮ラグビー場
(47)1970/11/23 早稲田〇24-11●慶応 秩父宮ラグビー場
(48)1971/11/23 早稲田〇30-16●慶応 秩父宮ラグビー場
(49)1972/11/23 早稲田〇19-3●慶応 秩父宮ラグビー場
(50)1973/11/23 早稲田〇25-16●慶応 国立競技場
(51)1974/11/23 早稲田〇11-3●慶応 国立競技場
(52)1975/11/23 早稲田〇16-6●慶応 国立競技場
(53)1976/11/23 早稲田〇46-3●慶応 秩父宮ラグビー場
(54)1977/11/23 早稲田●17-34〇慶応 秩父宮ラグビー場
(55)1978/11/23 早稲田●4-22〇慶応 秩父宮ラグビー場
(56)1979/11/23 早稲田〇15-3●慶応 秩父宮ラグビー場
(57)1980/11/23 早稲田△16-16△慶応 秩父宮ラグビー場
(58)1981/11/23 早稲田〇25-16●慶応 秩父宮ラグビー場
(59)1982/11/23 早稲田〇24-12●慶応 秩父宮ラグビー場
(60)1983/11/23 早稲田〇6-4●慶応 国立競技場
(61)1984/11/23 早稲田●11-12〇慶応 国立競技場
(62)1985/11/23 早稲田〇13-7●慶応 国立競技場
(63)1986/11/23 早稲田〇18-15●慶応 国立競技場
(64)1987/11/23 早稲田〇39-6●慶応 国立競技場
(65)1988/11/23 早稲田〇34-6●慶応 秩父宮ラグビー場
(66)1989/11/23 早稲田〇39-15●慶応 秩父宮ラグビー場
(67)1990/11/23 早稲田〇40-0●慶応 秩父宮ラグビー場
(68)1991/11/23 早稲田〇25-13●慶応 秩父宮ラグビー場
(69)1992/11/23 早稲田〇54-13●慶応 秩父宮ラグビー場
(70)1993/11/23 早稲田〇40-15●慶応 秩父宮ラグビー場
(71)1994/11/23 早稲田〇80-10●慶応 秩父宮ラグビー場
(72)1995/11/23 早稲田〇26-8●慶応 秩父宮ラグビー場
(73)1996/11/23 早稲田●17-18〇慶応 秩父宮ラグビー場
(74)1997/11/23 早稲田●12-42〇慶応 秩父宮ラグビー場
(75)1998/11/23 早稲田〇35-21●慶応 秩父宮ラグビー場
(76)1999/11/23 早稲田〇21-29●慶応 秩父宮ラグビー場
(77)2000/11/23 早稲田●10-31〇慶応 秩父宮ラグビー場
(78)2001/11/23 早稲田〇54-21●慶応 秩父宮ラグビー場
(79)2002/11/23 早稲田〇74-5●慶応 秩父宮ラグビー場
(80)2003/11/23 早稲田〇56-29●慶応 秩父宮ラグビー場
(81)2004/11/23 早稲田〇74-5●慶応 秩父宮ラグビー場
(82)2005/11/23 早稲田〇54-0●慶応 秩父宮ラグビー場
(83)2006/11/23 早稲田〇41-26●慶応 秩父宮ラグビー場
(84)2007/11/23 早稲田〇40-0●慶応 秩父宮ラグビー場
(85)2008/11/23 早稲田〇34-17●慶応 秩父宮ラグビー場
(86)2009/11/23 早稲田△20-20△慶応 秩父宮ラグビー場
(87)2010/11/23 早稲田●8-10〇慶応 秩父宮ラグビー場
(88)2011/11/23 早稲田〇54-24●慶応 秩父宮ラグビー場
(89)2012/11/23 早稲田〇31-10●慶応 秩父宮ラグビー場
(90)2013/11/23 早稲田〇69-7●慶応 秩父宮ラグビー場
(91)2014/11/23 早稲田△25-25△慶応 秩父宮ラグビー場
(92)2015/11/23 早稲田〇32-31●慶応 秩父宮ラグビー場
(93)2016/11/23 早稲田〇25-23●慶応 秩父宮ラグビー場
(94)2017/11/23 早稲田〇23-21●慶応 秩父宮ラグビー場
(95)2018/11/23 早稲田〇21-14●慶応 秩父宮ラグビー場
(96)2019/11/23 早稲田〇17-10●慶応 秩父宮ラグビー場
ご覧の通り、通算対戦成績で見ると、早稲田69勝、慶応20勝、8分という事で、
「ラグビー早慶戦」は早稲田が慶応を圧倒しており、特に21世紀に入ってからは(2001年以降~)、早稲田が16勝1敗2分と、圧倒的な優位が続いており、早稲田が慶応に敗れたのは2010(平成22)年のみである。
しかし、2014(平成26)年に25-25で引き分けて以降は、接戦が続いている。
<「11/23のラグビー早慶戦」以外の、早慶が対決した公式戦(大学選手権など)>
毎年、11/23に開催される、定期戦としての「ラグビー早慶戦」以外にも、
早慶両校が、大学選手権などで公式戦で激突した事も有るが、その対戦成績は、下記の通りである。
1923/5/27 早稲田●6-11〇慶応 極東大会決勝 大阪第2築港(※慶応が優勝)
1969/1/5 早稲田△14-14△慶応 第5回大学選手権決勝 秩父宮ラグビー場(※早慶両校が優勝)
1973/1/4 早稲田〇22-9●慶応 第9回大学選手権準決勝 秩父宮ラグビー場(※明治が優勝)
1976/1/2 早稲田〇36-9●慶応 第12回大学選手権準決勝 秩父宮ラグビー場(※明治が優勝)
1977/1/1 早稲田〇15-13●慶応 第13回大学選手権準決勝 秩父宮ラグビー場(※早稲田が優勝)
1985/12/28 早稲田●6-15〇慶応 第22回大学選手権準決勝 秩父宮ラグビー場(※慶応が優勝)
2002/1/2 早稲田〇36-7●慶応 第38回大学選手権準決勝 国立競技場(※関東学院が優勝)
2005/12/25 早稲田〇26-8●慶応 第42回大学選手権2回戦 秩父宮ラグビー場(※早稲田が優勝)
2006/12/24 早稲田〇33-22●慶応 第43回大学選手権2回戦 秩父宮ラグビー場(※関東学院が優勝)
2008/1/12 早稲田〇26-6●慶応 第44回大学選手権決勝 国立競技場(※早稲田が優勝)
2018/12/22 早稲田〇20-19●慶応 第55回大学選手権準々決勝 秩父宮ラグビー場(※明治が優勝)
ご覧の通り、11/23の定期戦としての「ラグビー早慶戦」以外に、
早稲田と慶応は大学選手権などで11度対戦し、早稲田が8勝、慶応が2勝、1分という結果である。
1969(昭和44)年には、第5回大学選手権決勝で早慶両校が激突し、14-14で引き分け、早慶両校が優勝という、激闘を繰り広げた。
記憶に新しいところでは、2008(平成20)年、第44回大学選手権決勝の舞台で、
39年振りに「早慶戦での大学選手権決勝」が実現したが、この時は早稲田が26-6で慶応を破り、早稲田が優勝した。
というわけで、これまで大学選手権の決勝では早慶は2度戦い、早稲田の1勝1分という結果が残っている。
<日本のラグビーのルーツ校は慶応!!~1899(明治31)年、慶応の英語教師、E・B・クラークにより、慶応の学生にラグビーが教えられる>
ところで、日本にラグビーが伝来したのは1899(明治31)年であるが、
1899(明治31)年、当時、慶應義塾の英語教師を務めていた、E・B・クラークが、慶応の学生達にラグビーを教えたのが、
日本におけるラグビーの歴史の始まりである。
E・B・クラークは、1874(明治7)年、横浜に生まれ、横浜のパブリックスクールを卒業した後、イギリス本国に渡った。
その後、ケンブリッジ大学を卒業した後、再び来日したE・B・クラークは、慶応の英語教師となり、慶応の学生達にラグビーを教えた。
つまり、慶応こそが、日本におけるラグビーのルーツ校である。
当初、慶応はコーチである田中銀之助や、横浜外人クラブ(YCAC=横浜クリケット・アンド・アスレチック・クラブ)から譲ってもらった、「お古」のボールを大事に使っていたが、やがて、横浜の商社を通じて、新品のラグビー・ボールが届くと、
慶応の初代キャプテン・松岡正男は、嬉しさのあまり、そのボールを一晩抱いて寝たというエピソードが残っている。
<日本のラグビーのルーツ校・慶応の奮闘~日本最古のラグビー定期戦、慶応-同志社の「慶同戦」もスタート>
こうして、日本におけるラグビーのルーツ校となった慶応は、熱心にラグビーの練習に取り組み、ラグビーの技術を貪欲に吸収して行った。
1901(明治34)年、慶応はYCACとの初の対外試合に挑み、5-35と大敗したが、1908(明治40)年には、慶応は、そのYCACに12-0で勝ち、記念すべき初勝利を挙げた。
その後、慶応は1911(明治44)年に、日本における邦人同士の初めての試合となった、旧制・三高との対決に39-0で勝利し、1912(明治45)年には、慶応は同志社との初対決にも24-3で勝利した。
なお、慶応と同志社の対決(慶同戦)は、日本最古のラグビー定期戦として、今日もなお開催されている、伝統の一戦である。
<1918(大正7)年…早稲田ラグビー部が創部!!~慶応のライバル・早稲田でもラグビーが始められる>
当初、ラグビーは慶応を除くと、関西の学校を中心に行われており、関東では全く根付いていなかったが、
1918(大正7)年、早稲田大学でもラグビー部が創部された。
慶応の好敵手・早稲田でもラグビーが始められた事により、漸く、関東でもラグビーは注目されるようになって行った。
なお、早稲田ラグビー部は、昨年(2018年)、ちょうど創部100周年を迎えたが、
その間、早稲田ラグビー部は、日本における大学ラグビーを代表する強豪として、数々の名勝負を繰り広げ、多数の名選手を輩出して来た。
そして、早稲田には慶応や明治などのライバルが居た事も、早稲田ラグビー部の発展には欠かせなかったと言って良いであろう。
<1922(大正11)年11月23日…第1回「ラグビー早慶戦」が開催!!~野球の早慶戦の中止(1906年)以来、断絶していた早慶両校の関係が改善される~「第1回ラグビー早慶戦」は、14-0で慶応が勝利>
早稲田にラグビー部が誕生した、1918(大正7)年当時、実は、早稲田と慶応の関係は、完全に断絶していた。
1906(明治39)年、野球の早慶戦が、早慶両校による応援合戦の過熱が原因となり、中止に追い込まれてしまったが、
その後、早慶両校は「金輪際、早慶はスポーツで試合をする事は無い」と、「早慶不戦の決議」が為されるほど、関係が悪化していた。
しかし、1922(大正11)年、早慶両校のラグビー部は、「是非とも試合をやろう」と申し合わせ、
様々な障壁を乗り越え、1922(大正11)年11月23日、三田綱町グラウンドで、遂に歴史的な「第1回ラグビー早慶戦」が開催された。
なお、何故、11月23日に開催されたのかというと、11月23日は晴れる事が多い、「晴れの特異日」であるという事を、
当時の早稲田ラグビー部のマネージャー・中村元一が、統計を調べ上げた結果、突き止めたからだという。
こうして開催された、「第1回ラグビー早慶戦」は、先輩格の慶応が14-0で勝利したが、以後、「ラグビー早慶戦」は、毎年11/23に開催される事が決まり、今日に至っている。
そして、この「ラグビー早慶戦」をキッカケに、早慶両校の関係は改善され、また以前のように、良きライバル同士の関係に戻ったのであった。
<数々の名勝負を繰り広げ、日本ラグビー界を牽引した、早稲田、慶応、明治の伝統校…「関東大学ラグビー対抗戦」で、覇を競う~1923(大正12)年以来続く「ラグビー慶明戦」、「ラグビー早明戦」も、黄金カードに>
現在、関東大学ラグビーの「対抗戦Aグループ」には、早稲田、慶応、明治の伝統校や、
近年、圧倒的な強さを発揮し、大学ラグビーの王者に長く君臨した帝京大などが所属し、鎬を削っているが、
やはり、早稲田、慶応、明治の伝統校同士の対決は、一番盛り上がる対決として、ファンの人気を集めている。
ご紹介した通り、「ラグビー早慶戦」は1922(大正11)年に始まったが、
翌1923(大正12)年には「ラグビー慶明戦」も始まり、これまた人気カードとなった。
そして、何と言っても、日本ラグビー最大の黄金カードといえば、
これまた1923(大正12)年に始まった、早稲田VS明治による「ラグビー早明戦」であろう。
これらの対決は、ファンを熱狂させ、日本ラグビー界を牽引して来たわけであるが、
その名勝負の数々などについては、また別の機会にでもご紹介する事としたい。
(※近々、「ラグビー早明戦」についての記事も書く予定である)