⬆️このブログを読んだ方からFacebookでコメントが来ました。
ご本人の許可を得たのでシェアします。
「なるほど。納得しました。
白川村の白川郷の茅葺き屋根も残ってるのは、昔屋根をトタンに吹き替えるお金がなかったからだと聞いています。
お金がなく、茅葺き屋根で暮らしていかなければならなかった。
それが、時代と共に逆に周りがトタンになるにつれ、自分達の屋根が貴重な存在になるから守れ。と発言して村民と戦い、納得して守ろうと協力して守り通した人たちの家が世界遺産になった。
他と違うことで、それが誰かの心に印象に残れば弱点も良い特徴に変わるんですね。
この続きがあって、白川郷の茅葺きを残そうと思った人は、世の中の変化を良く観察しながら、自分達の持っている茅葺きの価値を比較して、これは、残さなければ。と考えた。
つまり、そこに住んでいる本人が、自分達の価値を見いだした事が大切だったし、残すための住民への訴えも大事。
自分達の価値を見いだして、それを反対者に伝える。
そして、理解を得る。
この、途轍もなく大きな反対者から理解を得るにはそうとうな年月がかかっただろうし、努力も、意思の強さや信念もなければ出来ない。
反対したまま、やねをとたんにした家、火事で、茅葺きが燃えてトタンにしたところ。
おかねがあって、トタンに変えたところ。
色んな状況で、守りたくても守れないことも起きているのも、地域にすんで、色んな人の話を聞いて、学んだこともある。
だから、こうして、世界遺産に登録になるまで守り続けたことはすごいし、そこに自信と、プライドがあることも当然。‥‥」
屋久島の人たちも、杉を切れなくなって,どうしようかと考えた。
杉を切れないなら,逆に杉を残して皆んなに見てもらおうと考えた。
つまり、林業から観光にシフトした。
そして、わたしたちは何千年もそこに立ち続けているヤクスギを観ることができる。