科学論文、『公式』見解に疑問を呈する場合、極端な検閲対象に:コロナ・AIDS・ワクチン・気候・ウイルス他
2022年3月20日(日) 記入者: イーサン・ハフTags: arXiv, badclimate, badmedicine, badscience, banned, Big Tech, Censored, Censorship, deception, inflammatory content, junk science, Papers, science, science clowns, scientific, scientific material, scientific studies, unprofessional language
科学的資料のオープンアクセス・アーカイブと無料配布サービスであるコーネル大学の arXivサーバーの「モデレーター(仲裁者)」が「扇動的な内容や専門外の言葉」が含まれていると主張する科学研究を検閲している。
プレプリントサーバーが「扇動的」な科学論文を削除し、検閲で訴えられる
科学的研究の予備的バージョンの為の「査読前論文サーバー」であり、モデリングはされているが、未だ査読も出版もされていない arXiv は、何が出版されるかに関して中立であると考えられている。
しかし、現実には、 arXiv は研究を選択的に検閲し「論争的」な視点を持つ研究を発表した科学者を禁止する事さえ有るのです。
或る例では、研究者達が、室温超伝導に関する別の研究に対して反対意見を提示する研究を発表しようとした事がありました。
反対意見の研究に賛同した研究者達は『コンセンサス 』に敢えて逆らったとして、現在 arXiv で『炎上』していると伝えられています。
このサーバーはまた、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)の理論物理学者ホルヘ・ヒルシュの見解の相違に対する罰として、このプラットフォームへの投稿を6ヶ月間禁止する事を進めています。
「ランガ・ディアスが率いるチームが」
「2020年10月にネイチャー誌に発表した論文から」
「特定のトピックに関する」
「異なる視点を表現し様とする論文の多くを」
「執筆していた」
「科学者がする様に」
「ヒルシュは、研究結果に懐疑的で」
「ディアスに、生データを要求し」
「その一部は、何度も拒否された後」
「最終的に共著者から提供されたのです」
「科学者同士の関係は険悪になり」
「それはその後の論文にも表れています」
と、Reclaim the Net は報告しています。
ヒルシュは、その後、このデータに基いて自身の論文を2本発表したが、いずれも arXiv の管理者によってブロックされ、更にディアスの論文も削除された。又、多くの研究が偽の査読の為に撤回されている。
大手科学雑誌が偽の査読付き論文を掲載し、64本の論文を取り消し
後者については「扇動的な内容」「悪口」という説明がなされているが、ヒルシュは、自分とディアスの両名が、論文を発表できない様にすべきではないと述べている。
「ヒルシュは、禁止と削除が」「『非常に不公平』であると考えており」
「 arXiv に対して」
「科学者が妨げられない議論を行い」
「彼らの議論が」
「『そのメリットに基いて判断』される権利よりも」
「『独善的な礼儀作法基準』を」
「優先しない様に呼び掛けています」
発表された「科学」は、実際にどの程度本当の科学なのでしょうか?
200万以上の査読前論文をホストしている arXiv とその200人の、モデレーター(仲裁役)は「正しい」結論を持つ論文だけが出版される様にする為に、検閲が必要だと弁明している。
「こんな事を許したら」「arXivとTwitterの間に」
「どんな違いが有るのか」
と、arXiv の諮問委員を務めるオックスフォード大学の物理学者ポール・フェンドリーは問い掛けます。
不正な査読や、現代の「科学」のその他の問題点について、マーシャ・アンジェル博士(医学博士)は、特別な利害関係者が特定の物語だけを公表する為に「科学」を如何に改竄して居るかについて解き明かす講演を行いました。
製薬会社の真実:講演会 - マーシャ・アンジェル博士
アンジェル博士は、ハーバード大学医学部出身で、『 The New England Journal of Medicine(NEJM)』の、元編集長である。
彼女は長年に渡り、それが不人気で「陰謀論的」で在った時代にも、この問題について内部告発を続けて来た。
「最近の科学は」「検証可能な真実や事実よりも」
「嘘を吐く術に長けている」
と、ナチュラル・ニュースのある人物は書いている。
「査読や学術雑誌の」「正直さや誠実さを信じるのは」
「もう沢山だ」
と、別の人は表現している。
arXiv に関しては、その貯蔵庫は、明らかに現状維持の疑似科学を支持する一方で「論争の的になる」科学を全面的に検閲する事によって、Big Techの足跡を辿って居るのである。
この話の教訓は、何を「科学」として受け入れるか注意せよ、と云う事であり、それは見掛けとは違うかも知れないのである。