織田信長が伯父。

豊臣秀吉が養父。

徳川家康が義父。

江は、江戸幕府2代将軍・秀忠の妻であり、3代将軍・家光の母でもあった。

当時の結婚は、ほとんどが政略であったといわれる。

当人同士の意向が顧みられることは少なかった。


今は、個人の気持ちが優先される時代である。

見合い結婚より、恋愛結婚を人は好む。

しかし、それゆえ新たな困難も。

晩婚化や未婚化は、その一つの表れに違いない。


社会学者のロバート・ベラー教授は、

かつて本紙のインタビューに、こう答えた。


昔の人々は、洋の東西を問わず

相互の献身のなかに結婚の意義を認めていた。

が…

昨今は「困難に直面すると、利害が一致しないといって、すぐに別れてしまい」がち。

そこに教授は、個人主義の弊害を見る。


恋愛については、やはり…

「必ず、賢明な第三者に、助言を求めるようにすることが大事であろう」

新しい人生へ、先輩の助言は貴重だと思う。


伴侶は、自己を映す〝鏡〟。

労苦もすべて、人間的成長への糧となる。


わが身を見つめ、互いに切磋琢磨する人生に、本物の幸福は輝こう。


 「大切なものは目にみえない」。


作家サン=テグジュペリの名作『星の王子さま』の一節が刻まれた、「見えない障害バッジ」が話題を呼んでいる。

内部疾患や発達障害など、認知されにくく、福祉政策でも支援を受けづらい、目に見えない障がいや困難を抱える人のためのバッジだ。


外見では気付かれにくいため、怠け者と思われたり、電車でも席を譲ってくれない。


そんな状況を何とかしたい、と難病患者らの輪から誕生した。


障がい者に文字通り、「レッテルを貼る」ことにならないか、差別につながらないか、との懸念はある。

しかし、病気に限らず、人は何かしら内面に苦悩を抱えているもの。

表面に出ない“小さな声”に気付き、手を差し伸べるきっかけを作りたいという、関係者らの姿勢に共感を覚える。


仏教では、肉眼・天眼・慧眼・法眼・仏眼の「五眼」を説く。

同じものを見るにも、信心で生命を磨けば、より深く、微妙な部分まで見通せるようになるとの教えだ。


「一つの事柄から、何を感じ取るか。人の苦悩に対して想像力を広げることから、『同苦』は始まる」と聞いたことがある。

人の悩み、苦しみを感じ取る「心の眼」を磨き、励まし、寄り添う。

そこに人としての生き方の意味があるように思えてならない。


「運命はこのように扉を叩く」。


交響曲第5番、「運命」と呼ばれる曲の冒頭の音律について、ベートーベンは、こう語ったと言われる。

人生の苦難は、しばしば突然、襲ってくる。


楽聖ベートーベンの曲が今も胸を打つのは、聴覚が失われゆく苦悩との闘いの中から作品を生み出したからだ。

「苦悩を突き抜けて歓喜へ」。

彼の言葉を通し、想うことは…。


「試練に負けず、勇気をもって苦難に打ち勝つ、その時、自分らしい『歓喜の歌』が、わが生命の青空に轟き渡る」と。

運命を切り開く力は、わが生命の中にある。


6月1日は、1918年、「歓喜の歌」が日本で初演された日。

どんな苦難にも、断じて前へ――歓喜に至る前進を開始したい。