おそらく
自分の人生の結果について
こうなってしまったのは
自分の取り巻く環境や
自分に悪影響を及ぼした
あの人のせいだと
思ってる人は、
きっといることだろう。


しかし
「環境のせいだ」「あの人のせいだ」
と言っている人のほとんどは
ただ、責任転嫁しているだけではないだろうか。


環境や他人のせいだと
わずかでも考える時には、
そう考えることを選んだ自分が
結果的に自分を一番不幸にしている。


逆にどう考えても
あの人のせいじゃないと思える時に
他人のせいにはせず

その現状から何が出来るかを考えて
自分というもの
自分の人生を作り変えていく人もいる。


今の自分は
過去からの選択、過去にいた自分
それらの結果である。


今、何かちょっといい話を聞いて
いいこと考えて、いい人に出会って
何だか自分が変わった気がする。


その気持ちは、確かに
本当かもしれない。


けれど、実際は
まだ何も変わってはいない。


そこからスタートして
他力から自力への
選択を積み重ねていった時に
自分が本当に変わるのでは、ないだろうか。


他力を本願とするならば
自分の人生は
環境や他人に振り回され続ける。


自力を本願とするならば
自分の人生は
何が起ころうとも
自分で切り開いていける。

“軍事の天才”と恐れられたナポレオンに対し

周辺諸国は懸命に戦った。

時代の行方を決めた激戦もあった。


勝敗を分けたものは何か?


ナポレオンのロシア遠征で最大の会戦となったボロジノの戦い。

文豪トルストイは『戦争と平和』で壮大に描いた。

押し寄せるナポレオン軍を前に一人のロシア人が叫ぶ。

「戦いに勝つのは、必ず勝とうと堅く決心した者だ」


ナポレオン最後の戦闘となったワーテルローの戦い。

ビクトル・ユゴーは『レ・ミゼラブル』で詳細に綴った。

彼は、最前線のイギリス兵たちこそ

ナポレオンを打ち破った英雄であると讃えた。


時代変革の原動力は

常に現場の闘士の胸中にたぎる“勝利への一念”だ。

強い一念と果敢な行動が不滅の人生の勝利を開くのではないだろうか。


徳川2代将軍・秀忠の妻である江。

信長の姪で、秀吉の義妹、家康の義娘。

戦国から江戸への移行期を、その中枢で生き抜いた希有な女性.。


愛しい人が、明日にも戦で死ぬかもしれない

そんなひりひりと切迫した時代

女たちはただひとえに争いのない日々を思い

恒久的な泰平を願っていたのではないだろうか。


女性の特質の一つは「愛する」こと。

男が名誉や利害のために戦う一方、

女性には愛する人々を守る“戦い”があった。


しかし、女性は戦乱を嘆き、平安を祈るだけの歴史の脇役ではない。

事実、考古学者のM・ギンブタスなど

「人類の歴史=戦争の歴史」という通説を覆す研究は多い。


例えば、欧州では紀元前数千年頃まで、女性原理を基盤とした、

母権的な平和の文化が花開いたとの説がある。

今の時代に私たちに必要なのは『女性の物語』なのではないだろうか。


「ゆりかごを動かす手が世界を動かす」とも言われる。

女性に心から感謝し尊敬する。

その時代を創ることが、平和を創ることなのではないだろうか。