ラルフ・エリスン『見えない人間』 | ホーストダンスのブログ

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ラルフ・エリスンの『見えない人間』を読みました。

世界小説100選に名を連ねる作品ですが、日本語訳が絶版となっていたため、これまで読むことができなかったのですが、最近復刻版が出版されたことで、ようやく手に取ることができました。


前編は、まだ黒人に対する人種差別が根深く残るアメリカ南部出身の黒人主人公が、その才能を見出されて奨学金を得て大学に進学しながらも、偶発的な事件のせいで大学を追い出されてしまい、学費を稼ぐために移り住んだニューヨークでも数々の困難に遭うという展開です。

後編では、ニューヨークでたまたま演説の才能を見出された主人公が黒人の人権活動組織に誘われ、そこで様々な活躍をするようになり、自分の居場所を見つけたかと思っていたところ、結局は組織の意のままに行動することしか許されないことに気づき、自分は白人社会でも、黒人社会でも『見えない人間』であると悟って穴ぐらに篭って暮らすようになる、という結末となります。ちなみに、この作品の冒頭で主人公は、地下室で電力会社から盗んだ電気で生活しているという自身の現状を語った後、自分の半生を振り返る形で物語は始まりますので、作品の結末が冒頭につながる循環的構造を持っていることになります。


作品の前半では、アメリカ南部の黒人学生の中で輝かしい才能を見出された主人公が、大学進学を契機に人生の成功の階段を登っていくサクセスストーリーかと思わせますが、ある時、主人公は、大学の創設者グループの一人である白人の老紳士に大学周辺を案内するという役目を仰せつかり、自動車の運転手を務めますが、その途中でたまたま旧奴隷地区に入り込んでしまい、そこで白人の老紳士と掃き溜めのような黒人たちを引き合わせてしまいます。

それまで見たこともなかったような人種に遭遇した老紳士は気分が悪くなってしまいますが、主人公がそこへ案内したこと自体は責めませんでした。しかし、そのことを知った黒人学長は主人公に激怒し、停学を言い渡し、学費を稼ぐためニューヨークに行くよう命じます。学長はニューヨークでの就職に役立つようにと何通かの有力者に対する紹介状を手渡しますが、ニューヨークでそれらの紹介状は全く役に立たず、たまたま紹介状の文面を見た主人公は、その内容に愕然とします。(そこには何と、主人公は既に大学を退学したことになっている、と書かれていたのです。)

黒人学長の偽善者ぶりがよくわかった主人公は、あるペンキ屋で働くことになりますが、そこでもトラブル続きで、労働災害に遭って入院することになります。退院後は、ひょんなことで知り合った優しい老婦人の経営するアパートにほとんど家賃なしのような形で入居することになります。(殺伐としたこの作品の中で、この老婦人のアパートでの場面だけが主人公だけでなく読者にとっても心安らぐ時となっています。)

その後、主人公はたまたま黒人世帯がアパートから強制的に立ち退かされようとしているところに出くわし、そこで白人警察官たちに反発する多くの黒人たちの前で素晴らしい演説を行い、それが黒人たちによる集団暴動を引き起こします。その演説を聞いていたある人権組織のメンバーからその組織への加入の誘いを受けた主人公は、家賃の支払いもままならない状況の下で、組織への加入を決断します。

主人公は組織への加入後は、持ち前の演説の才能を開花させ、組織の活動拡大に貢献しますが、内部からの嫉妬の対象にもなります。また、組織から脱退したかつての同志が白人警官に射殺される現場を見た主人公は、自分の判断で彼の葬儀を執り行い、演説までしますが、組織の幹部からはそんなことを勝手に行うことは認められない、と厳しく責められます。このことで、主人公は、自分は組織のコマとしてしか扱われていないことを認識し、絶望感を味わいます。

そして組織の力が弱まっている地区に異動させられ、その地区での暴動に巻き込まれる中でマンホールの穴に落ちてしまい、穴ぐらの中で生活していくことを決意するところで物語は結末を迎え(冒頭に戻り)ます。


表題の『見えない人間』は、白人中心の社会で黒人は、「ある一人の黒人」としてしか認知されず、個性などは全く尊重されないこと、そして、それは黒人社会の中でも同様で、「ある一人の人間」程度にしか認識されず、代わりはいくらでもいて、いなくなっても誰も困らないような存在であること、などを意味していると思われます。

主人公は、様々な過酷な経験を通してこのことを身に沁みて痛感することになります。普通であれば人生に絶望して自暴自棄になってしまいそうなところですが、それでも地下に潜伏してしぶとく生きていこうとするところに主人公のへこたれなさが現れていますし、読者も、そのような不屈の精神を持つ主人公を応援したくなる気持ちにさせられます。


『ビラヴド』などに続く黒人文学の傑作の系譜に位置付けられる傑作です。

多くの方に一読をおすすめします。