ジョゼ・サラマーゴ『白の闇』 | ホーストダンスのブログ

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ポルトガルのノーベル賞作家、ジョゼ・サラマーゴの『白の闇』を読みました。

ジョゼ・サラマーゴはポルトガルでは非常に有名な作家らしいですが、この作品は彼のノーベル文学賞受賞のきっかけとなった作品とのことです。


舞台となっているのは架空の国のある都市で、正体不明の伝染病が蔓延し、市民のほぼ全員が次々と失明する中で社会が崩壊していく様子が描かれています。

主人公である眼科医の妻は、彼女の夫も含め周りの人が全員失明しながらも何故か彼女だけは失明せず、眼が見える状態のままでしたが、収容施設に隔離されることになった夫を案じ、自らも失明したと嘘をついて一緒に収容施設に入所します。

劣悪な環境の収容施設に隔離され、わずかな食料しか届けられない中で共同生活を送る失明者たちは徐々に理性を失い、獣性や凶暴性を剥き出しにして生きるようになり、施設内の秩序は崩壊していくことになります。しかし、唯一視力を失っていない眼科医の妻は、入所者たちをサポートし、収容施設内の秩序を何とか維持するよう懸命の努力を続けます。

そのうち拳銃を持つ人間が施設内の独裁者として君臨するようになり、眼科医とその妻を含む多くの収容者は奴隷のような生活を送ることになります。その生活ぶりの描写は非常にリアリティがありますが、人間の持つ卑しい性質がこれでもかというほど暴露され、多くの読者は不快感すら覚えることでしょう。

しかし、やがて独裁者は、目の見える眼科医の妻によって殺害され、その後を継いだ者とその手下たちも彼らに恨みを持つ収容者が引き起こした火事により全員焼死します。眼科医の妻たちは収容施設から脱出し、街に戻りますが、そこで荒れ果てた街並と通りを彷徨う多くの失明者たちを見て、自分たちが収容施設にいる間に市民が皆失明し、社会が完全に崩壊してしまったことを知ります。

眼科医の家に集まり共同生活を始めたグループは、街中のスーパーの倉庫から調達したわずかな食料で食い繋ぎながら、どうにか生きながらえていきますが、ある日を境に、視力を取り戻す者が続出するようになります。街の至る所からも「見える!」という叫びが聞こえてくるようになり、市民が元の生活を取り戻すことができそうだという希望が広がっていく中で作品は終わります。


伝染病が蔓延していく中で人々が恐怖に支配される姿を描いているという点ではカミュの『ペスト』に通じるところがありますが、一般社会から隔離された空間の中で人間が凶暴性を露わにしながら生活する姿が生々しく描かれている点ではウィリアム・ゴールディングの『蝿の王』により近い作品だと言えるでしょう。しかし、『蝿の王』で描かれているのがまだ小さい少年たちの集団生活であるのに対し、この作品で描かれているのは大人たちの集団生活であり、そこに表れる人間の卑しさはより生々しく、強烈です。

この作品を読んだ人は、絶対にその内容を忘れることはないでしょう。


作者サラマーゴは無神論者であるそうです。確かに、この作品に描かれた人間という獣が本性を晒しながら生きる世界には神などというものは存在するはずもなく、喩えるなら、言葉も道具も手にしていない原始人たちが突然視力を失った時、どんな社会が出現するかを実験的に表現したものとも言えそうです。


木村佳乃さんらの出演で映画化されているそうなので、いずれかの機会に見てみようと思います。