ギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』を読みました。グラスはドイツ人作家として1999年にはノーベル賞を受賞しています。
文庫本で3冊、1000ページ近くに及ぶ大作で、奇抜な主人公のキャラクター、第二次世界大戦下のドイツという陰鬱な時代設定、頻繁に描かれる性や死の描写といった構成要素が読者に強烈な印象を残します。
主人公オスカルは、生まれながらに大人並みの知性を持ち、自らの身体的成長を拒否し、事故を装う形で身長1m足らずの状態で成人を迎えるという、いわば身体障害者にも見える人物です。
また、その出自にまつわるエピソードも凄いもので、祖母は放火犯を自分の大きなスカートの下に匿い、その間にオスカルの母親となる娘を妊娠してしまいます。
また、そうした経緯を経て生まれたオスカルの母アグネスは、実直な料理人マツェラートと結婚しながら従兄弟のヴロンスキーと定期的に相引きを繰り返すような女性で、オスカル自身も、自分の父親は戸籍上はマツェラートだが、現実にはヴロンスキーが父親なのではないかと考えています。
オスカルは3歳の時、この作品の表題にもなっているブリキの太鼓を玩具として買い与えられますが、このブリキの太鼓は生涯にわたってオスカルの人生にさまざまな影響を及ぼすことになります。
オスカルは子供の頃、ブリキの太鼓と彼の独特の声で周りのガラスを割ってしまうという特技(?)を身につけ、その能力によって盗みを働いたりましす。また、成人後は、長年にわたって磨かれてきた太鼓の演奏能力によってジャズバンドの一員となり、最終的には自身のレコードが爆発的に売れ、大金を手にするようになります。
さらに、彼を取り巻く多彩な人間たちとの交流もこの作品の重要な要素となっていますが、特に多くの女性との交際を通じてオスカルはシニカルに成長していきます。特に、少年時代の恋人マリアは彼にとって妻と言えるような存在ですが、そのマリアは彼の戸籍上の父親マツェラートの後妻(既にオスカルの母親アグネスは自殺していました)となり、オスカルは自分の恋人が義理の母となってしまうという境遇に置かれます。しかも、アグネスの子クルトは、戸籍上はオスカルの異母弟になりますが、オスカル自身は自分の子どもだと信じて疑わないのです。
その他にもオスカルの周りには様々な人物が現れ、彼の人物形成に大きな影響を与えるのですが、その多くは不幸な形で死を迎えます。
やがて作品の終盤でオスカルは30歳を迎えますが、その頃には彼は大いなる孤独を感じ、人生の無常を悟るようになります。
独特の精神構造と身体的特徴を備えた主人公の成長の過程を記した教養小説のひとつに数えることができ、そういう意味では、同じドイツ人作家トーマス・マンの『魔の山』に通じるところもあるように思われます。
一時衰退傾向にあったドイツ文学を復興させた作品として、一読の価値ありです。