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インスト番付

朝日新聞のbe business版に「フジマキに聞け」というコーナーがあり、ここのフジマキお兄さんの記事に興味持ちました。

「ビジネスで一番頼りになる部下は、英語ができて仕事もできる人」(ごもっとも(°∀°)b)
「次に頼りになるのは英語はできないが仕事はできる人」(なるほど(^-^))
「まー仕様がないかなーと思うのは、英語も仕事もできない人」(ふむふむ(゚ー゚)
「最悪なのは仕事ができないのに英語だけできる人」(へぇぇぇぇぇー(  ゚ ▽ ゚ ;))
これは、フジマキお兄さんの知人の談らしいのですが、何でも「仕事×で英語だけ○」な人は、自信過剰で仕事の話をぶち壊してくるヤツが多いから…というのが、最悪の理由だとか。
まぁこの話は、かなり英語ができて、日常的な仕事に英語が必要な人たちの話ですから、私なんかには共感する資格もないかもしれませんが、ちょっと真似て、私の英会話のインストラクター観を番付してみたくなりました。

「英会話のインストラクターで、一番良いのは、生まれたときから英語を話していて、幅広い知識を持ち、日本の文化にも興味を持っている適度に明るめのキャラの人」(横綱o(〃^▽^〃)o)
「次に良いのは、自国語は英語じゃないけど、専門の知識を持ち、日本の文化にも興味を持っている適度に明るめのキャラの人」(大関(^∇^))
「その次は、生まれたときから英語を話していて、適度に明るめのキャラの人」(関脇(・∀・))
「まー仕様がないかなぁというのは、自国語は英語じゃないけど日本語はできて、適度に明るめのキャラの人」(小結(;^_^A)

横綱の条件の幅広い知識(教養あるってことですね)があれば、こっちが何ぶつけても、いい加減な英語で話したり、単語がみつからなくて詰まっていても、きっちり拾ってくれるんですよね。
今のところ、横綱は品川LSのMatthewのみです。もう一人くらい横綱確保したいなぁ。
レッスン予約の際、プロフィールでかならずチェックするのが、大学の時の専攻と前職。専門知識があって、私も少しは知ってる分野だと、一応会話らしき格好にはなります。
関脇と小結の場合は、なんとなーく表面的な話だったけど、まぁ和やかでしたねって感じでレッスン修了。

「アーティスト」だとか、「アート専攻」と書いてあるのは、結構「しまった…」というケースが多かったので、最近は避ける傾向にあります。
理由は、我が強くて自己主張が前面に出る人だったり、あんまりアートの「知識」を持っていなかったりで、がっかり…のケースが重なったから。

テキスト使わないことと、とっかえひっかえインストラクターを毎回変えているからでしょうが、「会話」っていうのは、結局その人が持ってる知識や相手を許容する柔軟性がないと成り立たないんだなぁと感じます。
でも、これは英会話スクール内での話。
実際のEnglish Speaking人は、教養があろうと柔軟性があろうと、大抵忙しいので、そんなに辛抱強く私の言いたいことを待ってくれやしないっていうのは、RBRで十分に体験済み(^^;)。
たとえ幕下のインストラクターでも、十分会話が成り立つように、もう一踏ん張り柔道







やっぱりHOKUSAI

「己(おのれ)六才より物の形状を写の癖ありて、半百の比(ころ)より数々(しばしば)画図を顕すといへども、七十年前画く所は実に取に足るものなし、…」(画狂老人卍述)
葛飾北斎は、90才まで生き、画号を次々に変えたことでも知られていますが、70代後半以降は「画狂老人卍」と名乗り、上記のような文章を残しています。
「70才以前の作品は取るに足りないものだ…」
尽きることを知らない才能をして言わしめた言葉ですが、もう、もう、天晴れ!というしかありません\(゜□゜)/。
この後、「百有十歳にしては一点一格にして生るがごとくならん願わくは長寿の君子予が言の妄ならざる」と続き、北斎先生100+10×n才まで生きるつもりだったようです(^o^;)。

江戸東京博物館で行われている「北斎-風景画の世界」で、学芸員の方がミュージアムトークで絵の説明をしてくださるというので、行ってきました。
今回は、ミュージアムトークの資料に記載してあった冒頭にあげた文章と「諸国瀧廻り」の作品が収穫。
「諸国瀧廻り」は、昨年末のプラネタリウムでも映像の一部に使われていたし、一昨年の近代博物館「北斎展」でも観ていたはずですが、今回あらためてシリーズの8点をまとまって観せてもらうと、初めて観るような驚きがありました。

私的には、刷り物(版画)は、画号「為一」(60代後半~70代前半)の時が一番乗っている時期だと思います。
最も有名なグレイト・ウェイブ「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」(大波の向こうに小さく富士山が見えてるあの絵)もこの時期の作品ですが、「諸国瀧廻り」の方がすごいかも…。
見えてるものを見えてるままに描く具象の世界というのは、ある程度トレーニングを積めばできます。(広重なんかはこのあたりかな)
どんな見方をするかっていうのが、そのアーティストのセンスで、北斎のセンスの良さは、私などが語らずとも一目瞭然ですが、具象を描きながら、抽象の世界も同時に表現し得ているというのは、やはり変化を求めて挑戦し続け、天賦の才を磨いた北斎がたどり着いた境地と言えると思います。
抽象は固定観念が強いと描けない世界で、元から邪気のないナイーブアートの作家でないのなら、元から自我が弱いか、意図的に自我を取っ払わないとできません(と私は思う)。だから、具象と抽象が同時に存在するのっていうのは、凡人にはできない技。
同じく具象と抽象の世界を巧みに表現したクリムトは、北斎の影響受けていると思います。影響受けて、自分の世界として表現できるのも、天才だからできることですが…。

また、今回作品を近くで観ることができたので、よくわかったのですが、やはり版画の色の繊細さ、細かいニュアンスは、ぜーったいに印刷ではでないものがあるんですよね。
筆で彩色するのとは違う、重ねて出した深い色合いも堪能できて大満足。

「諸国瀧廻り」の前では、なんかもう「参りましたぁ!」って手を挙げてしまうような感じで、しばらくぼぉーっと作品の前にあるソファに座ってました。
作品数の多いアーティストだからできることですが、大規模な展覧会より、ちょっとずつ違う作品をじっくり味わうのが北斎作品の観方かもしれません。

いまさらですが、すごいぞHOKUSAI波


けなげな無意識

以前コーチングの勉強をしたことがあり、その頃の知人から「自分のオフィスで毎月行っている少人数が集まる会で、今やっている『アート』について話してみないか」という誘いを受けて、今日行ってきました。

2週間くらい前から「どんな話をしようかな…」と、あれこれ頭の中で考えたのですが、まずはコーチングの勉強をしていたのは何年前だったかを確認するために、当時の資料を掘り出すことに…。

どんなものを書いたかすっかり忘れていたのですが、資料をみて驚きました\(゜□゜)/。
セルフコーチングワークショップでは、参加者それぞれが目標とする状況=夢を絵に描いたのですが、私の資料に描かれていたのは、個展会場にいる自分と、外国人に自分の絵を観せてコミュニケーションしている自分の姿。

この資料をつくったのは5年前です。
その前の年、私は「絵を描きたい自分」に気づき、「もう一度描き始める」とは口では言っていたものの、まだ描くことに関して再スタートを切ることができずにもがいているだけの状態でした。
作品もないのに個展をやることなど夢でした。
ましてRBRも知らなかったし、英語が苦手の私が、外国人とコミュニケーションをとるなんて非現実もいいところ。

でも、個展開催は現実になりましたし、今、来年のRBRでの個展に向けて、英会話の勉強もしつつ、作品をつくっています。
小難しい話をするよりも、これをみてもらうのが一番だなぁと思って、今日はこの資料を持っていきました。

意識にはなかったのに、私の無意識は、この時に描いた目標をひたすらに追ってきたということでしょうか。
夢って、形にして表してやると、本当にかなうものかもしれません虹



New RBR

来年私が個展を開く予定のRBRが、今年の初めに移転したので、マンスリーコンサートを聴き(観?)がてら行ってきました。

これまで、韓国大使館の向かいって言えばわかる場所だったのですが、もう少し六本木よりの住宅街のど真ん中になったので、ちょっとわかりづらいところが難かな?
今日は、大江戸線の麻布十番駅から向かいましたが、六本木からの経路の方がわかりやすいのかもしれません。

歩くと10分程度の短い距離なのですが、鳥居坂に暗闇坂、狸坂…を登って降りて登って降りて…。
麻布にこんなに坂があるとは知りませんでした。これは新たな発見(^.^)。途中の目印は、オーストリア大使館前とセントメリー教会(結婚式場か?)です。


さて、New RBRに到着。
普通の日本家屋だったところを、どなたか外国の方がリフォームして、その後RBRが借りたようです(たぶん、そんな感じでした)。
Old RBRは、ショールーム用に建てられた建物を借りていたので、洗練された雰囲気が漂っていたのですが、Newの方は、がらっと変わってアットホームな雰囲気。
Old RBRがよかった…という方もいらっしゃると思いますが、少し足を踏み入れにくい雰囲気もあったので(特に日本人には)、New RBRは、よそんちにおじゃまするみたいな感じで親しみやすくなって、いいんじゃないかと思います。
ギャラリースペースは狭くなったのですが、私の作品は大作ではないので、かえって観やすくなるのと、建物内の窓にカーテンやブラインドの代わりに障子が入っているので、これも紙をベースにしている私の作品との相性はいいはず。
障子をうまく利用させてもらうアイデアも浮かびました。

また、コンサートのない普通の日にも訪れて、建物内の雰囲気などをじっくり感じてみたいと思ってます。

今日のマンスリーコンサートは、ニャマ カンテ&ジェリドンによる西アフリカの歌とダンス。
アフリカ人のアフリカンダンスを生で観るのは初めて。ニャマさんのダンスと歌のパワフルさに驚き、また堪能させてもらいました。
ドラムは歌のバックってことで控えめだったのか、青山のアフリカンダンスレッスンのドラムの方が迫力あったかなぁ。
にしても、New RBRは住宅街のど真ん中。
昼間とはいえ、ご近所にあの大音響は大丈夫だったでしょうか((゚m゚;)?
そんなことをちょびっとだけ心配しながら帰途につきました足あと


自由

何年か前ですが、「自由」という言葉の意味のとり方の違いについて驚いたことがありました。

私が担当している本に法律関係のものがあるのですが、その原稿に「個々人が自由勝手に建築を行うと秩序が乱れ…」というような表現がありました。
「『自由』っていうのは、私は良い印象を与える言葉だと思うので、ここでは異なる表現にするか、ただ『勝手に』ではダメでしょうか?」
と会議の席で著者に聞いたら、
「いや、法に沿わないことが『自由』なので、これはこのままでよい」
との返事。
「法の範囲内での『自由』っていうのもあるのでは…?」
「それは、『自由』とは言わない」
「はぁ、そうですかぁ…(@ ̄Д ̄@;)」
目を丸くしている私に対して、別の著者が
「あっ、うちの子どもと同じようなとり方してたんだ。文明人がまた一人生まれたかな?」

法律の専門家は、大きく分けて法をつくる人(立法)と、守らせる人(司法)に大別されるようですが、これらの発言は立法側の先生方でした。
どうやら、立法側の考えでは「自由」というのは、文明から離れた野蛮人のもののようなんですね。
立法の専門家の立場では、「社会」に生きる者は「自由(=法に沿わない)」であってはならない…。

それまで、「自由」という言葉に対してもっていた「限りなく拡がる空や海」とか、「束縛されない開放感、心地よさ」というイメージがガラガラ崩れた瞬間・°・(ノД`)・°・。
野蛮人と言われるかもしれないけど、やっぱり私はこの先生方のように「自由」という言葉を解釈したくはなかったので、「立法の立場ではそうなのね。了解。」で終わりました…。

確かに会議で聞いた「自由」の解釈は「正しい」だろうし、法をつくる人にとっては、そうでないと、世の中混乱するのでしょう。
もちろん「法」は、何が「正しく」何が「正しくないか」の判断基準として必要。でも、私の中の野生は、「正しさ」って視点や立場を変えたら、いくらでもあり得るわけですよねぇ…と抗するのでしたクラブダイヤスペード


のがれの場

天草の地と海が舞台の「もんしぇん」という映画を観ました。

特に悲しいシーンがあるわけでも、登場する人物に自分を重ねて感情移入したわけでもないのに、涙が出ました。
帰りの電車でも、何度かこみあげてきそうな涙を隠すために視線をあげて電車の広告を見ているふりをしました。
「なんで泣くのかなぁ」とか考えながら思い出したのは、約5年ほど前にハワイ島に行ったときに訪れた「ホナウナウの遺跡」のこと。
ホナウナウの遺跡は、正式な名前を「プゥホヌア・オ・ホナウナウ」といい、ハワイ語で「逃れの場」という意味だそうです。

その時のツアーは現地集合現地解散で、時差を考えずに、復路をツアー終了日の翌日の便で予約してしまった私は、最後の日の具体的な予定もなく出発。
ツアー中に「ツーステップというところに行くと良いよ」という情報を得て、最後の一日は「ホナウナウの遺跡の隣にある入り江ツーステップに行く」ことに決定しました。

ツーステップでは「あぁ、海に身をゆだねるってこういう感じなんだぁ」という感覚を初めて体験した後、海からあがって、隣のホナウナウへ。
現在、ホナウナウは国立公園になっており、パンレットによると「王族がいた昔のハワイには、カプ制度という法があり、この法に反した人は厳罰に処せられるが、定められた『逃れの場=聖域』にたどりつけば罪が許され、再び普通の生活に戻ることが許された」のだそうです。
この聖域の一つがホナウナウで、王族やカプの執行者が住み、儀式を行っていた場所。
当時の姿を再現したいくつかの遺跡と椰子の木がたち、白い砂に小さな池。
船着き場跡には、たくさんのカメが集まり、とてもゆったりした時間と、気持ちの良い空気に満ちた場所でした。

高台にある宿に戻って、シャワーをあびて、ホナウナウのあたりを見下ろしながら海をみていたら、何とも言えない穏やかな気持ちになって、涙が出ました。

今日、「もんしぇん」を観て、あの時の感覚が懐かしく思い出されたのかもしれません。
日常の中で疲れてしまった人、はみ出してしまった人たちが、自然と呼び寄せられるようにしてたどり着く場で、たどり着いた人と、それを受け入れる人たちが、土人形を作りながら暮らすおとぎ話のような映画でした。
私には、ホナウナウのような「のがれの場」として映りました。
日本で、このような場があるとしたら、確かに天草はぴったり。
簡単には行けない「遠いところ」。
でも、だからこそ守られてきたような、包んでくれるような穏やかな空気。

古代の日本にも、このような場としても存在していたコミュニティがあったようですが、日常が窮屈になってしまったときに「のがれの場」が、どこかにあることを知っているというのは、日々生きることの支えになるのかもしれません船


びつくり

びっくりすることってあるじゃないですか。いわゆる「驚く」です。

いや、ふと思ったんですが。
驚くと、素に戻るんだなぁと…。

私は、ぼーっと考え事して歩いてる事が多いので、知り合いに声をかけられて「びっくり!」って事が、よくあります。そういう場合、驚いた後、声を発する前に、まず笑ってしまうんですよね。ふいをつかれて。
「えぇぇっ!なんでそんなことするの」って、怒ったり。
「えぇ~っ、なんでー」って、がっかりしたり。泣いたり。
「えーっ!本当?」って、喜んだり。
何ででしょう?驚きって感情を動かしますよね。

そもそも、驚くっていうのは、その驚きの大きさはいろいろでしょうけれど、まず予想外の事が起こるとき。
予想外のことに、それまで稼働していた左脳というか、理性というかが一瞬ストップするので、急に右脳の出番になるのでしょうか?

「驚く」って、結構面白いキーワードです(^.^)。
ちょっと、考えてみよう爆弾


真・善・美

回章資料として回ってきた雑誌を読んでいたら、「『善』という字は、牛をかたどったものらしい」との記述を発見。
「美」が羊の形を表すっていうのは、何かで読んだことがあります。「善が牛」は初耳でした。
「ほぉ、『善』が牛で、『美』が羊…」
とくるとなんか真・善・美とそろえてみたくなるじゃないですか。
『真』はどうなの?と久々に漢字事典を開きました。

まず、雑誌の記述の真偽を確認するために「善」のページ。
「白川静 常用字解(平凡社)」によると、善は「羊」+「言」を2つ横に並べた文字で構成されているとのこと。
「羊」は、「神様が裁く裁判に用いる『解たい(薦のくさかんむりがない字)』と呼ばれる羊に似た神聖な獣」。
「言言」は、「神様がくだした神判にあたって、神に誓いを立てた原告と被告」なんだそうです。
ということで「善」とは、「原告と被告が、解たいっていう獣の前で神判を受けて、よいかよくないかを決めること」。
ふーん( ゜∋゜)。
「羊」をみると、シンプルに「前から見た羊の形」と書いてあり、「羊は牛などとともに神に供えるいけにえや、羊神判にも使用された」とも。
「羊に似た神聖な獣である『解たい』」っていうのの代わりに「羊」が使われていたのかもしれません。
それでもって、いけにえには羊や牛を用いていたので、「善が牛」説が生まれたのか…?。

それにしても「解たい」って、どんな動物なんでしょう?
おそらくは麒麟のように想像上の動物でしょうが、絵がどこかに残っていれば、ぜひ観てみたいものです。

で、「真」ですが、ちょっとびっくりな内容でした。
「真」ていうのは、死んだ人を表し、それはもう変化することのないものだから「永遠のもの=まこと」なんだそうです。
ということは、「生きている=変化する」ってことかぁ(=◇=;)。
「真」の文字のつくりは、人を逆さまにした形と、首をさかさまにかけている形を組み合わせたものだそうで、ここで私はタロットカードの「THE HANGED MAN(吊し人)」をイメージしてしまいました。
この「THE HANGED MAN(吊し人)」は、樹に逆さまにくくりつけられた男の人が描いてあるのですが、「犠牲」になっていることを表しているそうです。

最初にもった「『善』が牛で、『美』が羊…なら、『真』も何か動物かなぁ」という安易な推測は成り立ちませんでしたが、おもしろかった(^.^)ヒツジ

ジャンベの余韻…

アフリカです、今年は。決めました。
って何のことだか…( ̄ー ̄;?ですが、アフリカンダンスの体験レッスン受けてきました。

一昨年、体調が悪化し、病院に行くと、「異常に血圧が低くなっており、加齢による代謝の悪さと運動不足が原因している」とのことで、サーキットトレーニングのジムに通い始めました。
30秒ごとにマシンを替わっていくシステムが合っていたのか、私にしては珍しく1年以上続けて、結構気に入っていたのですが、昨年暮れにジムが閉鎖。
今、体調維持のための、代わりのものを捜しています(正確には「いました」(^^;))。
同じようなシステムのサーキットトレーニングのジムも候補にあがっていたのですが、やっぱり踊りたいなぁという気持ちから、今までやったことないけど、やってみたかったアフリカンダンスのクラスにおじゃましました。
いやぁ、予想をはるかに超えてすごいハードでした。今までいろいろダンスはやっているので、身体はついていくのですが、体力がどうも…。
生のジャンベ(アフリカの打楽器)に合わせて、踊る踊る。しかも、休みナシ。
久々にTシャツ絞れるくらい汗かきました。
ドラマーが三人、ずっと演奏してくれるのですが、かなりの腕前の方とお見受けしました。
先生も昨日アフリカから帰ってきたばかりの、舞踏民俗学の研究もしておられる方。
これで、踊らなきゃもったいない!ということで、今年はアフリカンダンスで決まりです。
アフリカンダンスは、とにかく腰を落とすことが基本なのだそうです。
同じように腰を落とす踊りは、日本をはじめ、アジア各国やハワイのフラなんかもそうですね。おそらく古来の神事に関係したところに起源があるのだと思います。

帰って、シャワー浴びて着替えたら、足の裏に血豆が…(ノ゚ο゚)ノ。そんなに踏みしめてたんだぁ。
明日は、会社で節々の痛みをこらえながら、仕事するのだろうなぁ…あし


精霊の王

中沢新一さんの「精霊の王」読みました。

なんだか推理小説を読んでいるみたいに「それで?それで?その次はどうなるの?」という感じで、むさぼるようにページをめくり、読み終わったら軽く放心状態(^^;)。
古代日本人が祀っていた宿神がどういう神で、日本各地でどんな風に姿を消したか。また、ごく一部の地域や芸能の世界で、どんな風に消えそうな蝋燭の灯を懸命に守るように継がれてきたか…。
これらを知るのみならず、日本の社会や宗教の歴史も「あぁ、そうだったんだぁ」と納得。

本に限らず、いろんなことで大満足を体験したら、しばらくそれから離れてみるというのが、私のお約束なので、中沢さんの本はしばらくお休みです。

本を読み終わって、気づいたのですが、今の朝日の連載小説のタイトルが「宿神」(夢枕獏さん作)でした。
何とはなしに読んでましたが、急に興味が倍増ニコニコ