のがれの場
天草の地と海が舞台の「もんしぇん」という映画を観ました。
特に悲しいシーンがあるわけでも、登場する人物に自分を重ねて感情移入したわけでもないのに、涙が出ました。
帰りの電車でも、何度かこみあげてきそうな涙を隠すために視線をあげて電車の広告を見ているふりをしました。
「なんで泣くのかなぁ」とか考えながら思い出したのは、約5年ほど前にハワイ島に行ったときに訪れた「ホナウナウの遺跡」のこと。
ホナウナウの遺跡は、正式な名前を「プゥホヌア・オ・ホナウナウ」といい、ハワイ語で「逃れの場」という意味だそうです。
その時のツアーは現地集合現地解散で、時差を考えずに、復路をツアー終了日の翌日の便で予約してしまった私は、最後の日の具体的な予定もなく出発。
ツアー中に「ツーステップというところに行くと良いよ」という情報を得て、最後の一日は「ホナウナウの遺跡の隣にある入り江ツーステップに行く」ことに決定しました。
ツーステップでは「あぁ、海に身をゆだねるってこういう感じなんだぁ」という感覚を初めて体験した後、海からあがって、隣のホナウナウへ。
現在、ホナウナウは国立公園になっており、パンレットによると「王族がいた昔のハワイには、カプ制度という法があり、この法に反した人は厳罰に処せられるが、定められた『逃れの場=聖域』にたどりつけば罪が許され、再び普通の生活に戻ることが許された」のだそうです。
この聖域の一つがホナウナウで、王族やカプの執行者が住み、儀式を行っていた場所。
当時の姿を再現したいくつかの遺跡と椰子の木がたち、白い砂に小さな池。
船着き場跡には、たくさんのカメが集まり、とてもゆったりした時間と、気持ちの良い空気に満ちた場所でした。
高台にある宿に戻って、シャワーをあびて、ホナウナウのあたりを見下ろしながら海をみていたら、何とも言えない穏やかな気持ちになって、涙が出ました。
今日、「もんしぇん」を観て、あの時の感覚が懐かしく思い出されたのかもしれません。
日常の中で疲れてしまった人、はみ出してしまった人たちが、自然と呼び寄せられるようにしてたどり着く場で、たどり着いた人と、それを受け入れる人たちが、土人形を作りながら暮らすおとぎ話のような映画でした。
私には、ホナウナウのような「のがれの場」として映りました。
日本で、このような場があるとしたら、確かに天草はぴったり。
簡単には行けない「遠いところ」。
でも、だからこそ守られてきたような、包んでくれるような穏やかな空気。
古代の日本にも、このような場としても存在していたコミュニティがあったようですが、日常が窮屈になってしまったときに「のがれの場」が、どこかにあることを知っているというのは、日々生きることの支えになるのかもしれません
。
特に悲しいシーンがあるわけでも、登場する人物に自分を重ねて感情移入したわけでもないのに、涙が出ました。
帰りの電車でも、何度かこみあげてきそうな涙を隠すために視線をあげて電車の広告を見ているふりをしました。
「なんで泣くのかなぁ」とか考えながら思い出したのは、約5年ほど前にハワイ島に行ったときに訪れた「ホナウナウの遺跡」のこと。
ホナウナウの遺跡は、正式な名前を「プゥホヌア・オ・ホナウナウ」といい、ハワイ語で「逃れの場」という意味だそうです。
その時のツアーは現地集合現地解散で、時差を考えずに、復路をツアー終了日の翌日の便で予約してしまった私は、最後の日の具体的な予定もなく出発。
ツアー中に「ツーステップというところに行くと良いよ」という情報を得て、最後の一日は「ホナウナウの遺跡の隣にある入り江ツーステップに行く」ことに決定しました。
ツーステップでは「あぁ、海に身をゆだねるってこういう感じなんだぁ」という感覚を初めて体験した後、海からあがって、隣のホナウナウへ。
現在、ホナウナウは国立公園になっており、パンレットによると「王族がいた昔のハワイには、カプ制度という法があり、この法に反した人は厳罰に処せられるが、定められた『逃れの場=聖域』にたどりつけば罪が許され、再び普通の生活に戻ることが許された」のだそうです。
この聖域の一つがホナウナウで、王族やカプの執行者が住み、儀式を行っていた場所。
当時の姿を再現したいくつかの遺跡と椰子の木がたち、白い砂に小さな池。
船着き場跡には、たくさんのカメが集まり、とてもゆったりした時間と、気持ちの良い空気に満ちた場所でした。
高台にある宿に戻って、シャワーをあびて、ホナウナウのあたりを見下ろしながら海をみていたら、何とも言えない穏やかな気持ちになって、涙が出ました。
今日、「もんしぇん」を観て、あの時の感覚が懐かしく思い出されたのかもしれません。
日常の中で疲れてしまった人、はみ出してしまった人たちが、自然と呼び寄せられるようにしてたどり着く場で、たどり着いた人と、それを受け入れる人たちが、土人形を作りながら暮らすおとぎ話のような映画でした。
私には、ホナウナウのような「のがれの場」として映りました。
日本で、このような場があるとしたら、確かに天草はぴったり。
簡単には行けない「遠いところ」。
でも、だからこそ守られてきたような、包んでくれるような穏やかな空気。
古代の日本にも、このような場としても存在していたコミュニティがあったようですが、日常が窮屈になってしまったときに「のがれの場」が、どこかにあることを知っているというのは、日々生きることの支えになるのかもしれません
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