「チェ・ヨンさん!」

 

兵舎に戻る道すがら、声をかけられる。

 

「ちょっと、聞こえてる?」

 

聞こえたら、毎回足を止めねばならぬのか

 

「ハァハァ…待ってよ。速すぎて…ハァハァ…もう、息が切れちゃった」

 

不覚にもウンスに袖を掴まれた。

 

「なんです?」

「…お、教えて欲しいことが、あるんだけど」

 

猛ダッシュをしたのだろう。完全に息が上がり、頰を真っ赤に染めている。

何を焦って、と訝しくもあるが、ここ最近よくこうして呼び止められる。

それも、差し迫った用事が無いときに限ってだ。

 

内通者がいるのか?

…テマナ、もしくはトクマン辺りか

 

「俺に、わかることでしょうか」

 

コクコクと何度も頷きながら、胸に手を当て息を整えている。

 

「ふう…あのさ、これから四阿に行かない? あそこなら二人だけで落ち着いて話が出来るわ」

 

俺が落ち着かぬ

 

だが…

 

「伝居明けです。付き合いましょう。で、何が知りたいのです?」

 

渋々と云った口調とは裏腹に、チェ・ヨンの足取りは軽かった。

 

 

☆☆☆

 

陽と陰、清と濁、天界と魔界…陽と陰が交感し、雲煙が立ちこめ、太陽、月、星、そして花、鶏、虫、魚が生まれたという。

 

 

善と悪が区別され、万物が修行を重ねることで、神仙や妖魔が現れた。

その後何万年も後、肉体を持つ人間が誕生する。

 

花界は天界に属するも、4000年前花神が世を去った後天界から離れ、この世の第六界を成したのである(以上ドラマ字幕の台詞を元にして記載)

 

「花界にいる老胡だっけかな? 彼が花の精霊達に説明するんだけど、花界以外の界って、天界、魔界、人間界、それと何なのかしら?」

 

説話の話しか?

 

「市井で隣国の説話が流行っているらしい。あの方も聞きに行かれてる」

「誰とだ?」

「おや、悋気か?」

「誰がっ!」

「まあいいさ。ちゃんと護衛はついてるから安心しな」

「腕は確かなんだろうな?」

「さあてね」

 

数日前、スリバンと匹敵するほどの情報通からそう聞いている。

 

叔母上も人が悪い

どうせマンボ姐かジホかシウルあたりだ

名無しという線もあるか…

 

「おそらく、所伝や言い伝えの類いでしょう」

 

仏教で六界を括れば、天界、人間界、修羅界、畜生界、餓鬼界、地獄界のこと

魔界は容易に想像がつくが、花界…

 

「天界って、最上階にあって天帝が治めてるところよね。魔界には魔族、人間界には人間、花界には花や果樹を司る24人の芳主達がいて…」

 

指を折りながら真剣そのものだ。軽く受け流せばよかろうものの、ことウンスに関してチェ・ヨンはそれが出来ないのも事実。

 

「ならば、その説話がどのようなものか説明を」

 

 

☆☆☆ 以下多少のネタバレがあります ☆☆☆

 

花界、天界、魔界、人間界が存在した遙か遠い昔…花神がひとりの女の子を産んだ。愛と嫉妬、信頼と裏切りが入り交じり、産まれたばかりの赤子は母の手によって隕丹を飲まされ “愛” という感情を封印されて育つ。

 

「一万年の間に、情で苦しむ我が子の未来が見えたのね。自分と同じように苦しんで欲しくない、自由に生きて欲しいっていう親心なのかな。でも、果たしてそれが自由なのかしら? 錦覓(きんべき)は愛を理解出来ないから、自分の気持ちに気がつかない。それが原因で、いろんな誤解を招いたあげく、悲劇が起きちゃうの」

 

天帝にはふたりの息子がいた。庶子で長男の夜神と、嫡子の次男火神。この二人が錦覓を愛するようになる。

 

「火神は感情の起伏が激しいツンデレだけど、その愛はものすごく深いの。夜神は物静かだけど、胸くそが悪くなるくらいの策士よ」

 

ほう、イムジャ、貴女は策士を好まぬと?

 

「錦覓が上神するために、歷劫っていうのをするんだけど、それ、人間界で生老病死と怨憎、求不得に愛別の苦しみを経験することなんですって」

 

チェ・ヨンの知る歷劫とは、菩薩が過去・現在・未来の三世において転生を繰り返して修行することだが、上手くなぞっていて、説話といえども侮れない。

 

「人間界で何が起きたのです?」

「それがね…斯く斯く然々。で、ふたりは結局ああなってこうなって…最終的は無事に歷劫が終わって、錦覓と火神は、仲睦まじく天界に戻ってくるんだけど、実は同じ時期、夜神にも辛いことが起きてたの」

「それは、どのような?」

 

ウンスの話しを聞くうちに、その世界感が見えてくる。チェ・ヨンはいつの間にか引き込まれていった。

 

「…それからは、錦覓と火神にとって不幸のオンパレード状態。そのほとんどが夜神の策略よ。酷すぎるわ! 錦覓の本当の気持ちにずっと前から気づいてたのにっ」

 

欲というにはあまりに度を超している

己の存在を掛けていたのか…

 

「夜神とは真逆に、火神は自らを責めたの。何もかも捨てて錦覓を探したわ」

 

惚れ抜いた女人(ひと)だ

忘れることなど、どうしてできよう

 

「でもさ、不思議なのよね」

「なにがです?」

「火神はどうしてあそこまでひたむきになれたのかしら。何度も拒絶されて、挙げ句の果てには刺されちゃったわ」

「火神は純粋で真っ直ぐな気性。錦覓の幸せを思いやる度量もある。それに、何よりも己の気持ちを信じていたのではないかと」
「幸せね。カラスさん(※)にそこまで想われるなんて…あ〜もう六界なんてどうでもよくなっちゃった。ね、お腹空かない? 非番なら付き合ってよ、マンボさんのクッパ! ね?」

 

イムジャ

貴女にわかるだろうか

火神のように態度で示せたら、どんなにいいか

その手を取って、貴女は俺の女人(ひと)だと、そう云えたなら…

 

 

☆☆☆

 

「やっぱりおいしい! 来て正解ね。そうだわ、別の話も聞いたのよ。それがまたおっかしいの…」

 

話しを聞くのはやぶさかではない。その大きな瞳を輝かせ、くるくると変わってゆく表情を、心置きなく見つめられるから。しかし…

 

イムジャ、食べるか話すかどちらかに

 

 

 

終わります

 

 

 

※花界に落ちてきた火神旭鳳(きょくほう)をカラスと勘違いした錦覓は、彼をカラスさんって呼ぶんです。

 

 

火神、黑を纏うと確かにカラスっぽい?!

ちなみに…

 

 

夜神は魚さんで…

 

 

火神と夜神の叔父、月下仙人はキツネさん

 

 

 

昨今気になるダン・ルンとヤン・ズーが主演した『霜花の姫』。途中まではヘラヘラしながら、夜神があれこれ悪事に手を染め始めてからはイライラと、真実を隠蔽されてからはあれこれと暴かれてゆく過程をオモシロがりながら、全63話、楽しく視聴してました。あれれ? 六界って何さ、ですよね。

まあ、ウンスがいろいろとヨンに聞かせたかった、ということで…

 

見終わってからちょっと間があいているので、記憶が曖昧だったりして…<m(__)m>