追悼 田村正和 | HONDAのブログ

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昭和18年 生まれの田村正和、 昭和17年同じ京都生まれの 

近藤正臣は愛人(芸者)の子供であり 何の肩書もなかった

新人時代 坂東妻三郎の御曹司であり 何の苦労もなく主役

をGETできる 田村正和に負けまいと頑張ったというのを聞い

たことがある。たぶんそれは木下惠介・人間の歌シリーズ

(TBS)「冬の雲」(1971年)での共演持のことであろう。

田村正和は映画界期待のスター候補だったが、

(70年結婚の姉さん女房) 

現代やくざ 与太者仁義(1969年、東映) - 勝又徹

超高層のあけぼの(1969年、東映)

風林火山(1969年、東宝) - 武田信繁

やくざ絶唱(1970年、ダイニチ映配) - 犬丸裕二

旅路 おふくろさんより(1971年、松竹) - 北村尭

女囚さそり 701号怨み節(1973年、東映) - 工藤安男

北の宿から(1976年、松竹) - 東畑勉

日本の黒幕(フィクサー)(1979年、東映) - 今泉岳男

と出演していたが いまいちパットしなかった。

TVに活動を移し (田村いわく)自分の好む 

ラブストーリーに出演していたが、これもいまいちだった

のに 

(田村 三兄弟)

パパはニュースキャスター(1987年)で ズッコケキャラで(本人は

不満だったようだが)視聴率男となったこの時44歳 ここかは 

世間の知るところの視聴率男となった。

高倉健と違う意味で 最後まで「田村正和」をつらぬいた

ということか。 合掌