母が亡くなって初七日の29日には子供たちも全員日本に着いて、みんなでお別れしました。
次男はとくに母と仲が良かったので、ずっと泣いておりました・・・。
わたしはしばらく全く使い物にならず・・・
仕事に打ち込んでいれば気がまぎれるかと 無理をした挙句、
かえってみなさんの足を引っ張りまして、ご迷惑をおかけしましたこと本当に申し訳ありませんでした。![]()
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ここ数日は、母の教えといいますか、小言が四六時中聞こえておりまして、
掃除の天才だった母が肩に乗ってあれやらこれやら指示しているような気分で、
がんばって断捨離に励んでおります。苦笑。
かなり思い切って、あれこれ捨ててはおりますが・・・
いやぁ、なかなか「勿体無い星人」でして捨てれない性格です。
途方に暮れております。
またガレージセールでもしてお譲りしますー
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子供の頃からの母の口癖と教え(小言)
・この家ではわたしがバイブルよ!!! (汗
)
・起きたら、すぐに身なりを整えなさい
・いつも自分なりに身なりに気をつけなさい
・髪をきれいに整えなさい
・いつでも色のついた紅をつけていなさい
・にっこり微笑んでいなさい
・ガツガツと食事をしない
・食卓で肘をつかない
・箸をただしく使いなさい
・口の中に食べ物がある時にしゃべらない
・どこでもきちんと挨拶をしなさい
・常に周囲の人の気配を感じなさい
・出したものは片づけなさい
・整理整頓
・女はでしゃばらない
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まぁ・・・日々の過ごし方についてが最も口うるさくて、
子供の頃は 鬱陶しいなぁと 眉をしかめて知らん顔をしたりしていましたねぇ・・・
九州も九州。The HAKATA のふるーい家だったので、
今や もう時代錯誤ですが、まさしく「男尊女卑」という空気感がしっかり流れている家庭でしたわ。
一番最後の小言なんて、わたし・・・きっと最もできなかったものじゃないでしょうかね 滝汗。
女はお料理とお掃除がうまければ良いと、高校のころ本気で言われたものです。
ふー
いやいや・・父が帰ってくると まさしくみんなで玄関で三つ指ついて的な感じでしたねぇ。。。
もちろん、今になって 感謝していることも多いことは確かです。
身だしなみには 本当にうるさい母で、緩和病棟にいて朝、自分で着替えられなくなったときが、もっとも辛そうだったこと。。。
これは本当に母には耐え難かったであろうと思います。
そんなこんなで、いろいろなことを思い出し、涙涙でどっぷり母に浸っておりましたが、そろそろ前向きに仕事も始めないと。
みなさんには、励まされるメッセージやコメントを本当にたくさんいただきまして感謝しております。
元気なさすぎて、お返事もろくにできずごめんなさい
みなさんのコメント全てにはお返事できていないことは、どうかご容赦くださいませ。
ひとつひとつ しっかり受け取らせていただいています。
ありがとうございました
年明けは、講義は開催するつもりです。
画像は 父がコロナ禍直前に逝去したあと、フライトに乗れず、
コロナ明けてから屋久島に納骨をしに行ったときのものです。
このときも、そんなに足の出る半ズボンのようなものを履いて!!なんてことでしょう、とか言われてましたなぁ・・・・汗。
まさか、こんなに早く母も連れて行くことになるとはですが・・・
娘として、親がこの世を去るのは本当に心身に厳しいものですね・・
自分の子供のことを考えると、
両親にいただいたこの命はわたしもしっかりまっとうしなければと、心した12月。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
有馬陽子


