POPSのリズムは、鉄路のリズム。
日々是更新!! 加齢臭すら分からなくなった親父が、
昭和と平成の和洋POPSを回顧し、
今までにもまして身勝手なブログに私はなりたい。
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この10年ぐらいだろうか?
線状降水帯。
初めて聴いたときに、瞬時に「筋肉少女帯」に似ているって思ったので、
線状降水帯って報道されても、
脳内では、
「筋肉少女帯ではない。防災上重要」
って反芻するので、切迫感が時間差なのだ。
それに加え、
「降水帯」って、帯状なんだから、当然「線状」じゃないのか?
危険が危ない。頭痛が痛い。馬から落馬する。
みたいな。
そんな気もするのだけどね。
帯状なのだけど、帯の幅が狭くて、線状なのか、
帯状だけど、長いので線状なのか?
流石に、「帯状降水線」はなさそう。
これって、語感が「環状7号線」だ。
ともあれ、明日未明にかけて線状降水帯が発生するかもっちゅう報道なので、
テレビつけっぱなしで寝るんだろうな?
さて、今日は土曜日で、天気が雨。
そう。
♪
雨に濡れながら たたずむ人がいる
傘の花が咲く 土曜の昼下がり
約束した時間だけが 体をすり抜ける
道行く人は 誰一人も
見向きもしない
(以下、略)
1972年(昭和47年)、
三善英史のデビュー曲「雨」だけども、
この歌詞は、
週休二日制が普及どころか、まだ「四週五休」すらもなく、
土曜日は「半ドン」=12時まで仕事で、
恋人たちは、その後待ち合わせだったのだ。
スマホなどないので、あらかじめ、待ち合わせ日時・場所を決めておく必要があるのだ。
この歌は、雨の中、待ちぼうけを食っている彼女の心情を歌っている。
「土曜日の半ドン」を知らないと、この曲の含意がわからないのだ。
もし、令和の今、国語の入試でこの歌詞を取り上げられたら、
令和のヤングには、結構な難問になるかもな。
(1)「傘の花」とは、具体的にどのようなことなのか。
単に「傘が開く」ではなく、「傘の花」と表現しているところを踏まえて、40字程度で書け。
(2)「土曜の昼下がり」とはどういう場面設定なのか、30字以内で書け。
(3)主人公の職業や年齢などその属性を歌詞の内容に即して、100字以内で書け。
「雨」三善英史(昭和47年)
作詞:千家和也
作曲:浜圭介
着拒。着信拒否の略語だけど、
黒電話の時代は、相手の電話番号もわからないので、迷惑電話対策はなかったに等しい。
いつぞや、ナンバーディスプレーの固定電話が普及して、ようやく、着信拒否ができるようになったし、
「非通知」番号を一律に着拒できるようにもなった。
非通知って、名も名乗らずに電話をするのだから、非礼極まりない。
「猪口才な小僧め名を、名を名乗れ!」
「赤胴!鈴之助だ! 」
「名を名乗れ」って、「頭痛が痛い」と同じ重複表現っぽいけどね。
0800とか、0120とかは、まず出ない。
すると、4~5回のコールで向こうから切って来るし。
スマホへの迷惑電話は、速攻で着拒。
怪しげな番号は、ネット検索して着拒。
それを考えるに、黒電話時代の、特に夜更けとかの迷惑電話は困ったものだ。
♪
誕生日には カトレアを忘れない
優しい人だったみたい けれどおしまい
夜更けの電話 あなたでしょ
話すことなど 何もない
Making good things better
愛は消えたのよ 二度とかけてこないで
疲れ果てたあなた 私の幻を愛したの
♪
黒電話だと、せいぜい「二度とかけてこないで」って拒否するくらいしか術がない。
いまや、着拒。ラインなら消去。
未練たらしくがたがた言うものなら、ストーカー扱いで警察介入。
車中で、オリビアを聴きながらそう思う初夏だぜ!
オリビアを聴きながら
1978年 杏里デビュー曲
作詞・作曲 尾崎亜美
我が家の桜も、昨日の風雨、花散らしの雨、今朝の風で花吹雪状態。
最高気温も24℃とかで、もはや初夏。
街路樹のつつじも満開だし。
晩春なのか、初夏なのか。
とはいえ、気持ち的には、桜も咲いて、「春うらら」と言えば、
♪春のうららの隅田川
のぼりくだりの船人が
櫂のしずくも 花と散る
ながめを何に たとうべき
文部省唱歌「花」
タイトルが「墨田川」じゃないところがクイズのネタ。
♪ ウララ ウララ ウラウラで
ウララ ウララ ウラウラよ
ウララ ウララ ウラウラの
この世は私のためにある
これって、いまでも甲子園の高校野球、応援演奏の定番
1973年山本リンダ「狙いうち」
「ウララ」は何回歌われるか?というクイズのネタにもなっているみたいだった。
で、本日取り上げるのは、弊ブログだと、
田山雅充 「春うらら」(1976年)
なのだが、
そもそも「うらら」って、
漢字で「麗しい」の「麗ら」。
空が晴れて、日が柔らかくのどかに照っているさま。
っちゅう意味らしい。
♪
という風情で、
以下、お話が想像の通り進行していく。
吉田拓郎の「旅の宿」っぽい感じもある。
ともあれ、若い人はいいよな。
昭和のヤングには、知っている人も多いと思うけども、
「さようなら」って、「左様ならば」っちゅう接続詞が語源。
続いていた話題に一区切りをつけ、「それならば」「しからば」「そういうことでしたら」という結論へいたるための接続詞だとか。
以下、鎌倉女子大学の「たより」から抄録するに、
日本人は、ある出来事から次の出来事に移る時、そこで一旦立ち止まってその場を総括すると いう傾向がある。
そこを総括することが次のことに移っていく、新たな展開を可能にする というところがある。
つまり、日本人は、それまでの経験を振り返り、それを確認することによって、将まさ に来きた ら んとする新しい世界に臨もうと身構えるのだ、あるいは覚悟するのだというのです。
そし て、これまで何とか無事に歩んで来たことを確認出来たわけだから、そうであるならば ・・・・・・・・ 、
その先もきっと同じように歩んでいくことが出来るに違いない、だからきっと大丈夫だよ、
「さようなら」という言葉の中には、そうした決然とした思いや祈りにも似た願いが込め られているというのです。
なるほど。
「さようなら」だけでは別れの意味はなく、「さようならば」といったん話を打ち切って、「これにて失礼します」と挨拶後を述べるのが正しい別れの挨拶ということのようだ。
「さらば」も同様で、漢字で「然らば」と書き、
「そうであるならば」という意味の接続詞が転じて、「さようなら」と同様に、別れの挨拶として使われるようになった。
「仰げば尊し」の「今こそわかれめ いざさらば」
ってそういう感じ。
ということを踏まえると、
「さよなら」よりも「さようなら」のほうが意味を実感しやすいっちゅうことだ。
いずれにせよ、
「さよならは別れのことばじゃなくて」というのは大正解。
さりとて、
「再び会うまでの遠い約束」なのかどうかは不明。
ともあれ、「さようならは五つのひらがな」に過ぎないわけであるけども、
「たった五つのひらがなに秘められた女のすすりなき」に留意しなければならない。
あしたから あしたから ただひとり
あなたのくれた 悲しみを
あなたの 代わりに抱いていくのよ
こりゃ、
昭和40年代中葉の演歌的女性観。
「さようならは五つのひらがな」
黒沢明とロス・プリモス(1968年)
作詞:星野哲郎
作曲:中川博之
ムード歌謡グループだけど、
ベースギターは、ポールマッカートニーご愛用の
バイオリンベース!!
時代を感じるぜ!