宰予の昼寝。 -2ページ目

宰予の昼寝。

気の向くまま。
生業:システムエンジニア
知識傾向:東洋史

はじめの記事から全く更新しておりませんでしたので、近況でも。




あれから、Beginning JavaEE6のスライドをつくって、勉強会で発表しました。


3人の勉強会なのですが、残りの2人も読まないとどうにもならないということで、講読。




▼Amazon Beginning JavaEE6


http://www.amazon.co.jp/Beginning-GlassFish-3%E3%81%A7%E5%A7%8B%E3%82%81%E3%82%8B%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BAJava-Programmer%E2%80%99s-SELECTION/dp/4798124605




▼Beginning JavaEE6 スライド


  (かなり要領よくまとめられています。)

※追記:誤解のないように書きますが、私の書いたやつではないです。


http://www.slideshare.net/makingx/beginning-java-ee-6-1-java-ee-6




その後、担当分担してFWを作ろうということで、EJB担当になりました。


だれもEJBを使ったことがないなかで、(strutsだのspringだのしか使ったことがない)、


トランザクション制御と、SessionBeanの方式設計をすることになりました。




Oracle Silverの資格勉強で手一杯で、今はあまり取り組めていません。


しかしながら、EJBのクライアント側の使い方が記載されている本て少ない印象。


EJB 2.xはあるのだけれど、


3.xでもリモートインターフェースをつかうときにnarrow変換とか必要なんだろうか、とか。




池袋のジュンク堂で探したけれど、オライリーもBeginningのちょいたしぐらいの印象。


あとは2.x台。


ネットで探してみようと思う。

場所も時代もひとがらも違う2人の人物が、偶々似たような場面に臨んだときのお話。


1人目の主人公は蕭何という。

中国秦末・漢初(紀元前200年頃)の人。

沛という県の官吏だったが、同郷に劉邦・後の漢の高祖が居たことで、

彼の一生も大きく変わる。

劉邦が秦打倒の兵を挙げると、彼はその補佐官となり、数次の戦を経て、遂に秦の都・咸陽に至る。


そのときのこと――


「諸将皆争いて金帛・財物の府に走り、之を分く。

 何、独り先ず入りて、秦の丞相・御史の律令・図書の蔵を収め、之く(ゆく)。」


(諸将は皆争って財貨の蔵に走り、これを分配した。

 蕭何は独りで真っ先に都城に入ると、秦の内閣・裁判所の法令・統計の書庫を接収し、去った。)


――『史記』蕭相国世家



2人目の主人公は、江藤新平といい、幕末佐賀藩の人。

と、ここまで書いて、司馬遼太郎『歳月』を開くと、そこにあらかた書きたいようなことが書いてあった。

何が書いてあるかは、該書を読んでみてほしい。


蕭何は晩年、多くの漢の功臣がそうであったように、高祖劉邦から疑われた。

彼は、わざと財貨を貪るような風をみせ、韜晦し、難を逃れた。

江藤は明治6年の政変で大久保に敗れ、翌年佐賀の乱を起こして鎮圧され、梟首される。


2人はひとつの政権が滅びるに臨み、同じふるまいをした。

未来の民政の基(もとい)は、亡国の文書蔵に眠る法令であり、各国各種の統計であると、おそらく信じ、

周囲に構わずそれを収めた。

そして、それら文書を基に蕭何は関中(現在の中国陝西省)を治め、

項羽と戦う劉邦に絶え間なく兵と食糧を送り続け、

江藤はフランス風の自由主義的法治体制を目指し、急進的な改革を続けた。


司馬氏の言う通り、後世の江藤の方が、自らを蕭何に擬したのだろう。

政治家というには、およそ調整感覚のない、錐のような行動力をもった、このラディカルな理想主義者は、

しかし、蕭何のようには終わりを全うできなかった。

ただ、その生涯の光彩は、後世に自らを江藤に擬せんとする者を生むような輝きを放っている。

読書備忘。新テーマです。


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■経緯のはなし

会社の先輩と同期と勉強会をやっています。

今年度下期のテーマを私が出すことになり、苦し紛れに

『JavaEEだけ(StrutsやiBatisやSpringを使わない)でアプリケーションフレームワークをつくろう』

と提案したのが、このテーマを立てることになったきっかけです。


仕事(BtoBの新規システム開発をやってます)では、Spring、iBatis(とSwing)を使ってるのだけれども、

どうやら、JavaEEだけでDIもORMもできる、らしい、ということをその先輩と同期に聞いたので、

当方、調べて、先月簡単なプレゼンをしました。

さあ、じゃぁ次は実際つくるぞ、となるわけですが、素地がないので、またまなび。


ここには、その備忘を書いていくつもりです。

なるべく誠実に書くつもりですが、力量不足からくる記事の正確性の欠如等は

ご容赦ください。


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■ネタ本のはなし

しばらく、

ここ

▼ThinkIT様

http://thinkit.co.jp/book/2010/01/08/619

やここ

▼CodeZine様

http://codezine.jp/article/corner/409

を見ていたのですが、情報がたりません。


これがいい、というので、先週の日曜日に買ってきました。

(そして即日、章ごとに切り裂いて、ホッチキスで14分冊にしました。)

▼Bignning JavaEE6(翔泳社)

http://books.shoeisha.co.jp/book/b92647.html


会社の行き帰りに読んで、かえって時間があれば、このブログを書こうと思います。

しばらく、三国志の読書はお休み。

代わりに(?)こんなのを毎日2頁読んでます。

▼ヒルティ『眠られぬ夜のために』

http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN4-00-336381-S


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■JavaEEてなんだ

「エンタープライズアプリケーション開発のために必要な機能をまとめた一連の仕様」

「仕様」なんですね。

「仕様」。国語辞典を引いてもピンとこないので、自分なりに超訳すると、


仕様=外部からの入力に対し、どのような出力をするか定めたもの(内部構造はとわない)。


というところでしょうか。


具体的にJavaEE6では約30の仕様がJSR(Java Specification Request)として内含されています。


それでは「エンタープライズアプリケーション開発のために必要な機能」てなんだ。

以下、JavaEE6の新機能・キーワードとともに考えてみようと思います。


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■データの永続化=データベースアクセス

□キーワード:JPA(Java Persistence API)


誰かが、今のエンタープライズアプリケーションの大部分は、

「DB周りにぺっとGUIはっただけの代物」などと

言っていましたが、確かにそんな気もします。


そういう意味で、データ永続化はエンタープライズアプリケーション開発で必須。

しかしながら、RDBとオブジェクトを操作するJavaではデータを取り扱う考え方が違うため、

その間をつなぐ必要があります。

その間をつなぐのがORM(Object Relation Mapping)という考え方。

JavaEE6では、JPAを、ORMの標準APIにしています。

※ちなみに私の今の仕事ではiBatisをつかってます。


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■トランザクション管理

□キーワード:JTA(JavaTransactionAPI)


データ永続化に関連しますが、データは一貫性を保持するため、ひとつのまとまりで

更新・削除・登録をおこなわねばなりません。

そのひとまとまりがトランザクションであり、その管理をするのがJTA(らしい)。

※今の仕事ではSpringでトランザクション境界を設定しているのですが、

  これも、標準でできるようです。


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■依存性注入(DI:Dependency Injection)

うまく説明できませんが。おいおい。

Springでできてたところが標準仕様になったらしい。


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■ユーザーインターフェイス

□JSF(JavaSeverFaces)

JSPに代わる、プレゼンテーション層の仕様のようです。

いまSwingなのですが、ぽとぺたとかできるツールあるのかな…。


こう書いてみて、とても書ききれないことに気付いて……。

その、じつはEJBってよく分かってないのですが、これを機会に勉強したいと思います。

『Bignning』の柱はJPA・EJB・JSF・別システムとの相互連携(Webサービスなど)の4本。

まず、JPA・EJB・JSFの3本をざっと通覧しようと思います。


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■閑話。(Javaと周王朝)

Javaの標準化史をみて、中国史に似てると思ったりしました。

とくに、いろんなフレームワーク(Spring・Struts・Hibernate etc)ができて、

それが標準仕様に取り込まれるあたり。

Strutsは袁紹であり、Springは曹操であり、Hibernateは孫権であり、標準仕様JSRは献帝?


むしろ、春秋時代っぽく、まず力をつけ覇を争うのは諸侯(さまざまなFW)で

最終的に勝ち残ったSpring桓公が、JSR周王朝を擁して、それが権威を持つ、みたいな。


封建制というゆるい支配体制をもつ周王朝が700年続いたように、

仕様として提示されるというゆるい紐帯で結びつくJavaも今後長く続いていくのだろうか。


そんな閑話で、第1回は終了いたしたく候。

サブタイトルだけ思いつきました!
いま王修伝。
内容は明日!


――以下追記。

遅くなってしまいました。

今日はマリインスキー歌劇場管弦楽団・ゲルギエフ指揮の演奏会を見てきましたー。


▼協賛の富士通さんのサイト。

http://jad.fujitsu.com/event/2012/mariinsky/


勢いでチケットを買ったものの、かなり楽しみでした。

聴き方がわからないところもあったものの、圧倒される音響でした。

最後にゲルギエフ氏のサイン会……。

もらってみました。プログラムにさささっと書いてくれました。


さて、セイレンジャーの件です。

珍しくひとりひとり紹介。


■袁渙 曜卿(レッド) 出身:陳郡扶楽県。最終官位:郎中令。

父は司徒のサラブレッド。劉備に推挙され、袁術に任用され、呂布に囚われ、最後に曹操に仕える。

勇気凛々。呂布に脅されても屈せず、劉備の死を寿がず。まさにレッド。


■張範 公儀(限りなく透明に近いブルー )出身:河内郡修武県。最終官位:議郎・参丞相軍事。

こちらも父は太尉の名家。彼の伝のほとんどが弟張承の行動なんだな……。

太子だった文帝に付けられ、何事も張範に相談せよ、といわれたのだから信頼されていたようだ。

賊に捕まったわが子と兄の子を助けに行く際、幼さを哀れむと言って兄の子を助けた。


■涼茂 伯方(オレンジ) 出身:山陽郡昌邑県。最終官位:中尉・奉常。

魏初代の尚書僕射。曹操を攻撃しようとする公孫度に「正義の軍に無名の師を起こしても、

存亡は明らかだぜ。せいぜい頑張りな。」といいのける剛直さ。

ちなみにセイレンジャーの面々はとても遼東にゆかりが深い。青州出身者が多いからだろうが。


■国淵 子尼(グリーン) 出身:楽安国蓋県。最終官位:太僕。

青州四兄弟の一人。鄭玄に師事し、三兄弟([丙β]原・管寧)みんなで遼東避難。

綿密な屯田計画を立てたり、田銀・蘇伯の反乱を鎮圧したり、三兄弟の中ではイチバン実務家。

勉強の場所は岩の上。「討ったりとはいえ、敵は反乱軍。討伐数を過大に見せるのは恥です。」


■田疇 子泰(ブラック) 出身:右北平郡無終県。最終官位:議郎。

徐無山の大親分。山に入ること数年、五千軒の町を作り、法律を整備し、教育を施す。

恩ある劉虞が殺されてからというもの、袁紹にそっぽを向き、曹操の烏丸討伐には協力したものの、

官位は固辞。


■王修 叔治(イエロー) 出身:北海郡営陵県。最終官位:大司農・郎中令。

青州四兄弟の一人。必ず来る人。

孔融が賊に襲われると助けに現れ、袁譚が袁尚に攻撃されても救助に現れ、

厳才が反乱を起こすと、とことこ徒歩で助けに現れる。

曹操「あれ、絶対、叔治だな。」


■[丙β]原 根矩(パープル) 出身:北海郡朱虚県。最終官位:五官将長吏。

青州四兄弟の一人。鄭玄に師事+遼東避難は三兄弟とおなじ。

別伝モチで、それを見るといろいろと学問を渡り歩いている。

鄭玄と並び称されたくらいなので、相当の学者と思われる。


■管寧 幼安(ホワイト) 出身:北海郡朱虚県。最終官位:太中大夫

青州四兄弟の一人。[丙β]原の友達。遼東避難も一緒。

後半からこの人を召しだす→断るのやりとりが延々とつづく。


そう、彼らがセイレンジャー。中原の醇風は彼が守る。

裴松之注に『魏略』『高士伝』が引かれていて、隠者とか楚狂みたいなひとも収められている。

ちょっとほかの伝とは色合いが違って見えるのは、

本伝がそんな傾向があったこともあり、裴注がそれをさらに広げていることもあり。


少しはみ出したような人々の伝。


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ふらふらと続けきた【読三国志】シリーズですが、

ややペースを落とします(これ以上?)。

仕事のほうで、いろいろと勉強しなければいけなさそうなこともあり、

そちらの記事を書くかもしれません(書かないかもしれません。)


ではでは、今日はこのへんです。



働きすぎで残業規制がかかっているのにこの時間。
尽きせぬタスクの泉。

さて、荀令君と荀軍師の伝を読み終えました。

〇多士済々、荀家の絢爛。
令君と軍師以外にも高名な方々が沢山。あとこんなに豪華に描かれるのは同じ潁川の陳家、河内の司馬家くらいでは。

〇令君は後方で大きな見取り図を示し、軍師は従軍し局面の確かな策略を献じた、と総括できそう。

〇全く個人的な話だけれど軍師が好き。
弱気になった曹操に対して常に一歩踏み出せと叱咤してるような。
それでいて、内面の光を愚かさで包みこむってどんなだ。そして董卓暗殺を企てる胆の太さ。
うむむむむ、すごい。
令君が憂死したときは、どんなだったのだろうか。

〇令君の5男、荀サンが振るってる。五経など聖人の残り滓だと。傅カや太初先生と仲が良かったらしいが、彼ら2人の言論も面白い。
(太初先生は一昨日触れたが、傅カはその伝を読むとき改めて触れると思う)

次は賈文和伝へ。

以上!