さて、知ってか知らずか、
自分に備わっているパターンで
自然にモノゴトを捉え、判断して
私たちはその都度の言動を
見出しています。
その、いわば自動ドア的な
思考や言動を切り替えるとすれば、
それはどういうことなのか、
どうするということなのか?
これが簡単なことだ!
と仰る人達がいらっしゃいます。
自分のことなんだから、
自分でコントロールするだけ!と。
いやぁ~。
自分が信じ切っている常識、
当たり前という感覚。
よく遣う「普通」という感覚を
打ち破るということですよね。
これって、結構大変なことでは?
確かに、自分の常識は他人の非常識。
「普通」って何?そんなのはない!
という感覚は誰にでもあると
思います。
そうなんですけれども、
自分の感覚と異なる言動を
肯定的にイメージするのは
少なからず抵抗感がありますよね。
その時の自分の感覚が、果たして
自分だけの常識や固定観念に
捉われていないか?と
一つ一つ観察し検証するのは
簡単ではないと思います。
いわゆる「気づき」「覚醒」の
類い、ですね。
気づかない、気にならない、
目覚めないのって、
ある意味とっても「ラク」なこと。
仮に「あれっ?」と気がついても、
気にしなくて大丈夫!と
自分を納得させるのは容易です。
自分を簡単に説き伏せられます。
その「気楽さ」をはねのけて、
その選択、判断は自分にとっての
最上の幸せや満足につながるのか、
トコトン自分と向き合った上で、
あなたが選んだ道なのか。
それを日々、瞬時の言動の判断で、
その気づきや覚醒を絡ませる。
それを自然とやってのけられる。
そんな自分づくりに取り組む、
ということですよね。
ということは・・・。
今自分の目の前のモノゴトは、
ある意味では「現実」です。
でもその一方で、
他者参照をすると、
「非現実」かもしれないという
自己矛盾の不思議なモノゴト、
とも捉えることができます。
ん??これってホントに、
簡単に取り組めることなのかな?