2023年1月20日(金)
今日の気分は?
後診察を終えてスッキリ!
木曜日の深夜3:45頃に手術を終えて代官山の自宅にタクシーで帰宅。
帰宅直前の病院内で撮った動画がこちら。
縫合手術の後は痛々しいけど、意外にこの時点では、右の眼や頬の周りは腫れていないことに気づく。
そして手術ハイとでも言うべきか、この動画を撮ってる時点では意識は明晰だし痛みもほとんど感じていなかった。(麻酔の影響ももちろんあるとは思うけど)
泥のように眠った金曜日朝
手術後の傷の痛みが麻酔の切れとともに顕在化してくる。
チクチクするような独特の痛み。
それでも長らく続いた緊張状態というか生命の危機みたいな状態に体は限界を迎えていたのかスッと寝ることができた。
ずっと寝ていて起きたのが午前10時くらいだった。
同じく寝てなかったはずの愛ちゃんは、僕が寝ている間に朝起きて何とライブ配信をして
ことの顛末を皆さんに報告してから、レオくんを保育園に送り届けていた。
本当に鉄人かのような献身ぶりに、あらためて頭が下がる思い。
午後の後問診の予約は、13:30スタート。
家を出る13:00くらいまで二人で昼寝をしてから、起きて愛ちゃんの運転で慶應大学病院へ。
怪我があった前夜は雨だったし寒かったのだけど、翌朝のこの日は快晴で比較的暖かく、自分達の心境を表しているかのようだった。
運命の後診断
そしていざ後診断へ。
前夜、深夜2時過ぎに、お休みだったのにもかかわらず呼び出されて手術をしてくれた形成外科の男性の若い先生と再び対面する。
前夜はさすがに眠そうというかテンションが低めだったが、この日は先生のテンションというかエネルギーがとても高くてびっくりした。
そしておそらく寝起き1〜2時間であれだけのオペをしてくれたこの若い先生に感謝の気持ちが溢れて止まらなかった。
先生は、いつも通りの視力チェックをした後、ガーゼを剥がして縫合後の傷をチェック。
大きな問題はなさそうということで、1週間後に抜糸して終わりにしましょうという治療方針となった。
目の骨は骨折しているため、心配な人は人工骨を入れたりして形を整える人もいるそうだけど、
僕の場合はそこまでこだわるタイプでもないため自然治癒したなりの顔の形で生きていくことにしたのだった。
後診断で一番恐れていたのは、前夜にはわからなかった体の不調や後遺症が残ったり発覚したりすることだった。
でも先生の力強い言葉で、それがないとわかって心から安心した。
「人間の体ってすごいんですよ。このくらいの傷なら直してしまうんです。」
先生が励ますように言ってくれたこの言葉に何か美しいものを感じてグッと来た。
1週間後の抜糸の予約をして診察室を後にした。
安心した父との電話
病院のお会計と、調剤薬局で薬をもらう手続きが鬼のように時間がかかるということで、愛ちゃんとカフェでも行こうとなった。
ちょうど目の前には慶應大学病院内のカフェドクリエがあった。
昔の病院内の喫茶店というイメージとは全く違い、とてもきれいで広い店内。
僕はナポリタンとアイスコーヒーを頼み、愛ちゃんはクリームパスタとアイスコーヒーを頼んだ。
パスタが来るまでの間、僕は仙台で暮らす実家の父に電話をした。
父はそれまでのYouTubeを見てくれていたので状況をわかってくれていて、脳や視力に後遺症が残らなかったのは本当に奇跡だと言ってくれた。
父の知り合いでもサウナや風呂で足を滑らせて大変なことになった人が何人かいるのだとか。
「去年ブレイクしたのはいいことだけど、とにかく色んなことを突っ走りすぎたのだと思う。
何となく嫌な予感がしたから昨日電話したんだ。」
と父の言葉。
そう、事故当日だった1月19日(木)の朝、僕は愛ちゃんと千葉のブロック解放祭りに車で移動していたのだが、
そのとき父から電話があったのだった。
肩の痛みからYouTubeライブ配信やメルマガをお休みしていたことを心配して電話をくれていたのだ。
今となっては覚えてもいないけど、肩の痛みで寝るのも動くのも何をするのもしんどかった1月19日(木)。
今思えば、肩の痛みのための父からの電話というよりは、その日の夜に起こる出来事を予期して父は電話をかけてくれたような気すらする。
家族とは、第六感とはとにかく不思議なものだ。
それでも術後、父の声を聞いてホッとした自分がいた。
やっぱりいざというとき人生で最も頼りになるのは、いくつになっても父親のようだ。
僕も自分の子供たちにとってそういう存在でありたいと思う。
事故後、初めての食事。めちゃめちゃ美味しかった院内カフェドクリエのパスタ
父との電話を終えて再びカフェドクリエへ。
到着したパスタ。
お腹の空いた僕は、パスタを食べようと口を開けると...激痛。
忘れていた。食べる時の表情筋の動きだけでこんなに痛いとは。
仕方なく、小さく刻まれたウインナーや野菜の部分だけを小さく口を開けて食べる。
それでも1日ぶりの食事はとても美味しかった。
だんだんとパスタも小さく丸めて少しずつ食べれば食べれることがわかった。
愛ちゃんもお腹が空いてたみたいで、珍しくほとんど一人前を食べていた。
ご飯を美味しく食べられるっていうだけでこんなにも感動することをあらためて思い知った。
カフェドクリエでパスタを
食べながら泣けた画像
僕がいなくても僕がいるかのようにいつも通りの席をセッティングして
僕がいなくてもいつも通り、コーチングのデモンストレーションをしていたというのだ。
その報告の写真を見たとき、僕は感動して涙が溢れてきた。
僕がいなくても、僕が創りたかった世界が創られていた。
死ぬときに見たい光景を先に見せてくれたかのような思わぬプレゼントだった。
右の目は腫れてきている上に、傷のガーゼで圧迫しているから涙を拭くこともできなかった。
人生で何番目かに入るような感動的な出来事と写真だった。
今日のまんぞくした瞬間
綺麗に縫合された20針手術後の自分
先生ありがとうございました!
このご恩は一生忘れません