僕がうつ病と診断された本当の理由と、一瞬で治癒した奇跡の実話 | ライフコーチかめちゃんのブログ

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霧島と沖縄と代官山で3拠点生活しながらセミナー講師しています。2021年までは鹿児島でヨガスタジオを経営してました。2022年セミナー講師業で5億円を売り上げました。セミナーの様子をYouTubeで配信しています。

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2015年12月23日発行のメルマガより
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こんにちは。
亀井弘喜です。



今朝の鹿児島は

暗い空、そしてシトシトと

雨が降っています。



昨夜はヨガクラスを

自分のスタジオで持ちました。



ヨガスタジオの

生徒さんから



「メルマガ楽しみに

 読んでいます」



というお声がけを

いただきました。



僕のもともとの

活動としての

ライフコーチングと



昨年からの

活動としての

ヨガスタジオ経営。



2つの事業は

性質が違うし



ヨガのお客さんは

コーチングには

興味がないんじゃないか?



という先入観が

ありました。



それが

ガラガラと音を

立てて崩れました(笑)。



ライフコーチングも

ヨガも

本質は同じです。



「ほんとうの自分を

 思い出すプロセス」



なのです。


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「自分の本当の望みを知り、
 それが実現する」

奇跡のライフコーチングとは
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ライフコーチングを

取り入れて人生を

見てみたとき



それまでとは

見え方が一変する、

ということがあります。



「表面的な問題」と

「本当の問題」は

異なるのです。



そして多くの人は

「表面的な問題」に

取り組んだり改善したり

しようとします。



それでももちろん

人生は前進しますが



「自分のパターン」

に気づいて



それを変えないかぎり

相手や場所を変えて

同じ問題は起こり続けるのです。




僕自身それを

体験してきました。



27歳のとき、

外資系のコンサル会社に

勤めていた僕。



全く性格の合わない

(と当時は思っていた)

上司の男性と2人プロジェクトに

就きました。



その上司は

僕のことを全く評価して

くれませんでした。



それどころか

呆れたような表情をしたり

小馬鹿にするような言動

(と当時は受け止めていた)

を連日されていました。



3ヶ月後、僕は

重度のうつ病と診断されました。



寝れなくなって

起きれなくなって

食べれなくなって

電車に乗れなくなりました。



当時は

コーチングのことや

心理学のことなど全く

知りませんでした。



問題は

「上司の言動」

にあるとして



結果は

「僕のうつ病」

だと思っていました。



その後、

通院して

薬を飲み続けました。



ますます僕は

元気がなくなりました。



お金が尽きて、

会社も休職期間の限界が

近づいていました。



意を決したように

実家に帰って



父親と生前の母親に

謝りに行きました。



「ここまで育ててもらったのに

 ごめんなさい。



 こんな年になって

 うつになって

 働けなくなっちゃいました。」



小学校低学年以来、

号泣しながら

父親に謝る僕。



勘当されると

思っていました。



「そんなやつはうちの

 子どもではない」

と言われると思っていました。



実際に父親に言われた

言葉は違っていました。



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父:「いいじゃないか。



僕:「え?」



父:「うつ病で別にいいじゃないか。

働けなくたって何も問題はないぞ。




お前一人くらい一生食わしてやるから

安心しろ。」



僕:「…。」(号泣)



父:「お前は親の気持ちを

わかってないかもしれないが



俺とお母さんはな、

お前が生まれた瞬間から

いつ交通事故にあって

植物人間になったとしても



一生面倒見ていく覚悟で

お前を育ててきたんだぞ。




うつ病になるくらい

どうってことはない。



一生うつのままだって

別にいいぞ。



ただな、

1つだけお願いがある。



笑ってくれ。



お前が笑ってないのを

見るのが本当に辛い。



仕事なんてしなくていいから

学生時代のころのように

麻雀したりテレビゲームしたりして



笑ってる姿を見せてくれ。



笑えるようになるまで

仙台に帰ってきて

ゆっくりしていいぞ。」



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父親に認められるために

がんばり続けて来た僕の

緊張が一気に溶けて

なくなった瞬間でした。



しばらく

嗚咽をもらすように

僕はリビングで泣いていました。



父も生前の母も

そっとそんな僕を

見守ってくれていました。



その日の夜、

実家のゴミ箱に

大量に持参していた

うつ病の薬を投げ捨てました。



一瞬でうつ病は

治癒したことが

わかったのです。



というか、

僕はうつ病ではなかった

ことがわかったのです。



父親との関係性というテーマと

向き合うことから逃げるために

うつ病という立場を

利用しただけでした。



東京に戻る決心をし

二度と心療内科には行かず



転職活動をして

再び社会人として

東京で暮らし始めたのです。





僕がうつ病と診断されたこと。



表面的な「原因」「問題」は

上司の言動、でした。



でも真の「原因」「問題」は

僕の「父親を怖れる心」

でした。



「愛されていないという

 誤解」でした。






今でも何か辛いことが

起きると、

あのときの父の言葉を

思い出します。



それは

無条件の愛

そのものでした。



人は無条件の愛を受けると

強くなれます。



人は無条件の愛を受けると

優しくなれます。



そしてどんな親も

本当は子どもに対して

無条件の愛を持っています。




そう思えない関係だったとしても

「本当はそうである」

可能性にオープンでいてください。



親の無条件の愛を

受け取ったとき



全ては調和し

うまく動きだします。



「愛されていないんじゃないか」

「認められなければいけないんじゃないか」



という幻想の世界から

抜けだしてください。



あなたは

ずっと愛されているし

ずっと認められてきたのです。



怖れは幻想の中にしか

 存在できません。



 真実はいつも

 やさしいのです。




アランから教わったことです。



やさしい真実の中で

あなたの人生が進みますように。



今日も素晴らしい一日を

お過ごしください。



HIROKI