無条件に愛して欲しい | ライフコーチかめちゃんのブログ

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霧島と沖縄と代官山で3拠点生活しながらセミナー講師しています。2021年までは鹿児島でヨガスタジオを経営してました。2022年セミナー講師業で5億円を売り上げました。セミナーの様子をYouTubeで配信しています。

品川のホテルをそろそろ出て、代官山に向かいます。昨日のグループセッションも僕にとって、それから参加者にとって素晴らしい体験になりました。
 
 
コーチングを始めるようになってから、無数に聴いてきた、人の人生。
今抱えている問題や状況。
 
 
不思議なことに、その人が今抱えている問題や状況と、その人自身の「両親との関係」はつながっているように思えます。
 
 
逆に言えば、両親との関係が調和していて理想的だと、人生の問題や困難は現れてこないか、現れたとしてもすぐにもとに戻れるのかもしれません。(実際にそういう人を1人僕は知っています)
 
 
昨夜もそうでした。
 
 
両親との関係の中で未消化な部分があると、それを消化させるためかのように出来事が浮上してくるのです。
 
 
例えば、親に感謝を伝える。
これは皆さん簡単にクリアできるようです。
 
 
例えば、「親に本当はどうして欲しかったか」伝える。
これはなかなか難しい。
ポイントは「本当は」というところです。
 
 
「就職先を自由に決めさせて欲しかった」
という望みがあるとしたら、その奥には、
 
 
「私のことを認めて欲しかった」
があり、さらにその奥には、
 
 
「私の人生の選択を尊重して欲しかった」
があり、さらにその奥には、
 
 
「私のことを無条件で愛して欲しかった」
があったりするのです。
 
 
「就職先を自由に決めさせて欲しかった」は伝えることができても、「私のことを無条件で愛して欲しかった」は伝えることはおろか、そんな望みを持ってることすら忘れてしまうことがほとんどです。 
 
 
「お母さんと仲良くして欲しかった」
という望みがあるとしたら、その奥には
 
 
「お母さんを愛して欲しかった」
「お母さんに優しくして欲しかった」
があり、その奥には
 
 
「私を愛して欲しかった」
「私に優しくして欲しかった」
があったりするのです。
 
 
そしてそれは「して欲しい」だけではなく「したい」も同じなのです。
 
 
「私はお父さんを認めたかった」
「私はお父さんの人生を尊重したかった」
「私はお父さんを無条件で愛したかった」
となり
 
 
「私はお母さんと仲良くしたかった」
「私はお母さんを愛したかった」
「私はお母さんに優しくしたかった」
となっていきます。
 
 
クライアントさんが癒され、変容していくのを目撃する瞬間とは、結局のところ、クライアントさん自身が自分の中にある大いなる愛に気づく瞬間とも言えるのです。
 
 
「無条件に愛して欲しかった」
「無条件に愛したかった」
 
 
これを大切な相手(ほとんどの場合、親かパートナー)に言えたり表現できるようになると、人生が大きくシフトするようです。
 
 
そしてそれは僕が体験したストーリーそのものとも言えます。その感覚を体験するために、例えばセンターピースやコーチングプログラムやマウイリトリートに足しげく通ったのでした。
 
 
 
僕は今、すべての人に、無条件で愛して欲しいです。
 
 
僕は今、すべての人を、無条件で愛したいです。
 
 
次の瞬間、誰かをジャッジし、条件付きで愛したり、条件つけても愛することさえできない、人間的な自分が現れることも知っています。
 
 
それでも「無条件の愛」という場所に戻り続けながら、生きて、死ぬのです。
 
 
アランとの再会、新しい仲間との出会い、何から何までワクワクします。
これを書いていたら、花粉症の症状もすっと止みました。
 
 
代官山に行ってきます。
 
 
今日も人生は続きます。