さいたまの老人ホームで暮らすおばあちゃんのところへきました。
ここは、とても不思議な空間。時間がゆっくり流れているような。時間が存在しないかのような。
おばあちゃんはますます記憶をしなくなったようで、1分前の話題をもう一度持ち出しては、僕からの返答を毎回感心して聴いて、嬉しそう。
しなければならないことは何もない。
してはいけないことは何もない。
お金を使うこともなく、稼ぐこともない。
(入所費は父が払ってますが)
旅行に行くこともなく、出かけることもない。
(イベントで出かけることはあるみたいですが)
何かを学ぶことも成長する必要もない。
ただ、日々を生きること。
その尊き営みを繰り返し続けるおばあちゃん。
神々しさが増していて、きっと悟りを開くとはこういうことなんだろうなと感じました。
過去を全く悔やまず、未来を全く憂いず。
周囲のすべての人に感謝して生きるおばあちゃん。
「ばあちゃんは幸せだよ。」
「ひろきくん、またいつか会いにきてね。」
毎月来るって言ってるのに、いつも今生の別れのように手を握り、涙ぐむおばあちゃん。
その手は、僕が握った人間の手の中で最も柔らかくて優しくて、きっと神様がいるとしたらこんな手をしてるのかなって思います。
おばあちゃんに手を握られると、すべてが愛しくなって涙が溢れてきます。
まだまだ一緒に生きるのがわかってるのに、とにかく泣けてくるのです。
ただ生きること。
何て素晴らしいこと。
何て素晴らしいこと。
今から実家の仙台に向かいます。