今夜はライフコーチ養成講座、鹿児島での第三回目でした。濃い懇親会を経て、参加者を自宅に送り今帰宅しました。
今日もみんなとっても楽しんでくれて、成長していって、何と言うか、「この仕事をしていて良かった」とか「生きてて良かった」と感じる瞬間です。
3月からは福岡、4月以降は、京都を皮切りに東京・名古屋でも開催していく予定です。今から各地での開催をとても楽しみにしています。
そんな中、今日の講座の不思議な体験をシェアします。
※ちょっとスピリチュアルな話なのでそういうの嫌いな方はスルーしてください。
「ライフコーチは、言葉はもちろんのこと、それ以上にクライアントに発する波動・エネルギーが大切だ」
ということを体感してもらうために、講座中にふと一つのワークを思いつきました。
コーチ役がクライアント役の背後に立ち、黙って両手をクライアントの肩に添える、というものでした。
そして手を通じて、「受容・共感・承認」をしようと伝えました。
さらには、手を通じて、「クライアントの中にある光を見よう」と伝えました。
そのとき僕の口から勝手に出てきた参加者全体に対してのいくつかの何かの言葉をつむいだ後、僕も無言で参加者のひとりの肩に手をおきました。
数秒後、その参加者の肩から強烈なエネルギーの震えを感じました。
でもそれは不快なものではなく、何かとてつもなく深淵なもの触れたような感覚でした。
そのエネルギーを僕が感じた瞬間、その参加者は号泣しました。
後でどういうことだったのかをその参加者に聴いたところ、「イメージの中で大きな草原で安心している自分の姿を確認し、気づいたら泣けてきた」というのです。
ちなみにその参加者は、遅刻して来たため、全く今の状況や心境など聴くことないまま、僕はただ、肩に手をおいただけだったのです。
その体験で感じました。
言葉でどんなセッションをするよりも、深いセッションだったと。
そして、自分がやっている「ライフコーチング」ということの本質も垣間みたような気がしました。
言葉やテクニックは色々あるけれど、結局のところは、相手を愛そのものとして見ること。光そのものとして見ること。
そうして見ているこの自分も愛そのものとして存在すること。光そのものとして存在すること。
その集中が高まったあるとき、コーチもクライアントもなく「一体に」なる瞬間が訪れること。
僕は普段から何気なくしゃべってると相手に号泣されることが最近結構あったのですが、理由が何となくわかりました。
深淵なものに触れたとき、人は泣けてくるんだと思います。
その深淵なものは、テレビやラジオの電波のようにこの世界には溢れている。
後はそれをキャッチする受信機を備えているかどうかの話だったのだと感じたのです。
今日の体験はその受信機の精度が上がったかのような体験でした。
本当に上がったのかどうかは永遠にわからないし、どっちでもいいのです。
この深淵なものに触れた僕の感覚は、また何か新しい波動をまとって、そして今日の残りと新しい明日を生きていくのです。
素晴らしい体験を分かち合えた仲間たちに心から感謝しています。
そして各地の講座を通して、これから分かち合える仲間たちにも心から感謝しています。
また、今このときまで導いてくれた全ての出会った人や、家族、メンターたちに心から感謝しています。
深夜になると、手が勝手に書いてるかのような投稿が起きてくることがあり、翌朝に奥さんに「何かあったの?」と突っ込まれるのですが(笑)、不思議なことに朝起きたらすっかり空っぽになっているのです。
でもまあ手が動くからには必要な誰かに届くんじゃないかと思って最後まで書いてみました。ちなみにその必要な誰かとは僕のことです。
本当にありがとうございました。
おやすみなさい。