3歳のグレーな娘・律と、0歳の息子・樹を育てています。
【律(りつ)】
1歳半健診で引っかかってから親子で迷走中。
保育園の加配有り、半年に1回の発達相談有り、受給者証や療育は無しの、グレーオブグレーな娘です。
【樹(いつき)】
2023年10月誕生。今の所は定型発達?
詳しくはこちらをお読みください。
旦那の事を信頼できなくなってから、もう半年が経ちました。
あれから大きな変化は特にありませんが、あまりケンカをしなくなった気がします。
それが良い事なのかは分かりません。
前は、旦那が私の考えとは大きく違う発言や行動を起こした時には、必ず反論してケンカにつながっていました。
たとえば、宅配で料理を注文する時。
旦那は些細な入れ間違いでも、すぐに電話をかけて相手に何かしらの対応を求めるタイプです。
対する私は事なかれ主義。
小さな間違いであれば、「忙しいから仕方がないよね。」と気にせずに食べてしまいます。
数年前、宅配ピザのサイドメニューのソースの種類が違った程度で電話をかけようとしていた旦那。
私が希望したサイドメニューだったので、「このソースも食べられるから大丈夫。」と言ったのですが、「ソース代も払ってるんだから言わないと。」と頑なな旦那。
「そんな事でクレーム入れてたら次から注文しづらくなるやんか!」とキレる私。
キレる私にキレ返す旦那。
ケンカの末、ピザを取られて一口も食べられませんでした。
思い返すとしょうもないケンカです
今はそんなケンカは起きません。
旦那がクレームを入れようとしたら基本お任せします。
人として間違った事をしていない限りは何も言いません。
前はなぜ、旦那の行動を止めるためにあんなに必死だったのか?
多分、心の奥底に、「夫婦は価値観をすり合わせ、お互いに納得できる選択をしていかなくてはならない。」という信念の様な物があったからだと思います。
私が納得していない事を旦那がするのはおかしい。
逆に旦那が納得していない時は、あの手この手で説得して、何としてでも納得させなければならない。
そんな気持ちから強く反論してしまう事がよくあり、ケンカにつながっていました。
今は違います。
夫婦と言っても別の人間で、考え方が違うのは当たり前。
自分が納得できない事でも、相手にとっては必要な事もある。
自分が気に入らない、納得できないからと言う理由で、相手のやりたい事を否定してはいけない。
そんな気持ちで接しています。
そんな一方で、「どうせ分かってもらえない。」という気持ちも大きくなりました。
ケンカになりそうな時は、なるべく早くその場から離れる。
夜であれば子どもと一緒に早めに寝て、旦那と話し合う機会を持たない。
何か決める時も、大きな事でなければ旦那に相談する事はしない。
基本事後報告で、後から言われそうな時だけ「こうするけど良いよね?」と相談ではなく確認の体で話す。
反対された場合は、説得を試みるよりも妥協できそうな別の案を提案して了解をもらう。
何だかビジネスみたいな関係ですね。
ケンカは避けられますが、楽しくはありません。
でも、「楽しい」よりも「不快にならない」方を優先してしまうんです。
「雨降って地固まる」よりも「触らぬ神に祟りなし」と言った所でしょうか。
数年前の私は、数十年後も当たり前に旦那と一緒に暮らしているものだと思っていました。
今は違います。
子どもが大きくなったら別々に暮らしたい。
今の家は子どもの実家&旦那の家という事にして、私はたまに帰って来る程度にしたい。
退職後しばらくは、定住地を持たないのも良いかもしれません。
全国の色々な所に住んでみたい。
魚を食べるのが好きなので、海の近くに住んで新鮮な美味しい魚を毎日食べたりしたい。
ずっと住みたい場所が見つかったら、そこに住んで生活を安定させながら、何かしらのボランティアをして暮らしたい。
旦那はボランティアという概念が嫌いです。
正当な対価を要求するタイプで、私が参加するのも嫌だと言います。
旦那の目が無ければ、したい活動をのびのびとする事ができます。
あれもしたい、これもしたいと夢が広がります。
数年前、「卒婚」と言う言葉を聞いて不快感を覚えた事がありました。
離婚をわざわざ別の言い方に変えて何がしたいのだろう。
「一緒にいられないから離れる」という本質は同じなのに綺麗事を言って現実から目を逸らしている、と思っていました。
今は、そういうのもありかなと思っています。
将来離婚したいかと言われれば、今は分かりません。
子どもの気持ちを思えば、一緒に住んでいなくても籍はあった方が嬉しいのかもしれません。
でも、それさえ困難な理由があれば、離婚もやむを得ないと思います。
そして、何十年と頑張って来た自分を労う意味でも、「卒婚」という言葉を使うのは悪い事ではないと思います。
その他、事実婚や別居婚等。
どれも、数年前の私には理解できなかった言葉です。
夫婦と言うのは、一緒にいるのが当たり前。
籍を入れるのも子どもや相続の際には大切な事だ。
そんな風に考えていました。
今は、その選択をする方達の気持ちのほんの一部が分かった様な気がします。
辛い経験を通して、新たな価値観を受け入れやすくなった様な気がします。
私たち夫婦も、夫婦のあり方を変えた方が上手くいくのかもしれません。
それでも、今は。
子ども達が安心して過ごせる様に、これまでと同じ生活を続けていきたいと思います。
(旦那の名誉のために言っておきますが、子ども達はパパが大好きです。)
こんな風に書いていると気持ちが落ち着いている様に見えるかもしれませんが。
今この文章を書きながら、なぜか涙が溢れて来ています。
はっきりとした理由は分かりません。
数年前、幸せな結婚生活を描いていた自分に対する哀れみの涙なのか。
今、一番近くにいる人に期待する事をやめた自分に対する失望の涙なのか。
どちらにしろ、悲しい事には違いなさそうです。
こうなってしまった責任は自分にもあるので、後悔する気持ちでいっぱいです。
時間を戻せるなら戻したいです。
それでも真面目に生きていたらいつか、これも人生の醍醐味の一つだったと思える日が来るのかもしれません。
最後に。
将来、1人で暮らしたいと思っていますが、一つだけ心配な事があります。
それは、私がお酒が大好きな事です。
1人で好きなテレビを観ながら美味しい魚を食べていたら、いくらでもお酒が進みそうです。
今は健康志向な旦那のおかげで、飲酒も週に1日程度と控えめにできています。
1人暮らしになった途端、アル中になったら困り物です。
別々に住んでも、晩酌の助言はたまに欲しいかもしれません。