3歳のグレーな娘・律と、0歳の息子・樹を育てています。
【律(りつ)】
1歳半健診様子見→2歳の心理士さんとの相談で更に様子見→2歳半の保健師さんからの電話で様子見終了。
その一方で、発達支援センターでの相談や言葉の教室参加、保育園での加配等、支援は増加する一方のグレーオブグレーな娘です。
【樹(いつき)】
2023年10月誕生。今の所は定型発達?
詳しくはこちらをお読みください。
2人目を産む前にすごく不安だった事。
それは自分が自由に過ごせる時間、すなわち「自分の時間」が減ってしまう事。
人生において、自分の時間はどんどん減っているように感じます。
一番自由だったのは大学4回生の時。
教員試験に卒論とゼミ、サークル、バイトとやる事はたくさんあったものの、お金を貯めてやっと始めた1人暮らしが楽しくて心の底から自由を感じていました。
朝好きな時間に起きて、好きなものを食べて、好きな時間に寝て。
予定の無い日は自分でやりたい事を考えて家を出て。
忙しくも幸せな日々でした。
働いてからもまだまだ自由でした。
仕事は大変だったものの、残業だらけという事も無く。
金曜日は同僚と飲みに行ったりカラオケに行ったり。
土日も行事前以外は自由に過ごせる事が多く。
充実した幸せな日々でした。
結婚してからも自由な時間はたくさんありました。
旦那とは同業者なので、平日は家事を分担して、土日はどちらかは遊びに行って。
共同生活にイライラする事はあったものの、自分の時間をまだまだたくさん作る事ができました。
一変したのは、子どもが産まれてからです。
いつ泣くか分からない赤ちゃん。
オムツを替えて、ミルクをあげて、それでも泣きやまなければ抱っこし続けて。
自分ではなく赤ちゃん中心の生活が始まり、一気に自由度が低くなりました。
赤ちゃんが少し大きくなると1人で遊んだり眠ったりできる時間が増えて来ましたが、それでも以前の自由時間が戻って来る事はありませんでした。
いつ呼ばれるか分からない。
いつ起きるか分からない。
何か作業を始めても中途半端に終わったり、そもそも始める意欲が湧かない事が増えました。
また、「しなければならない事」が増え、「やりたい事」がどんどん放置されるようになりました。
「子育ての時間」と「家事の時間」が日常の大部分を占め、自分の時間は大きく減ってしまいました。
共働きを始めてからの目まぐるしさは言わずもがなです。
自分の時間があれば、とにかく寝たいと思う程になりました。
育休に入った今はまた、家事と子育ての日々に戻りました。
「しなければならない事」に追われ続けています。
もちろん、子どもを産み育てる幸せはかけがえのないものです。
自分の時間が減ってしまったからと言って、決して後悔する事はありません。
ただ、子どもを産む前はあれ程自由で毎日自分の時間を作る事ができたのに、子どもを産んだら突然子ども中心の生活がずっと続いていく現実を受け入れるのが辛いんです。
出産して育休に入った今、共働きの頃よりは自分の時間を作りやすくなっています。
それでも基本は子育てと家事が中心だし、また共働きが始まったら自分の時間を犠牲にする日々を送らなければならないと考えると憂鬱でたまりません。
子どもに手がかからなくなるまで、十分な自分の時間は我慢しなければならないのだろうか??
そんな風に思ってしまいます。
そんな自分にとって考えられないのが、大家族のママです。
子どもをたくさん産んだら自分の時間は無くなる一方なのに、なぜそんなにたくさん産めるのか。
きっと子どもが大好きで、育児や家事をする時間も楽しさにあふれていて、自分とは全く違う人間なんだろうな。
でも少しでも、そんな大家族ママのマインドを真似する事ができたらなぁ。
そう思って石田さん家(9人の子どもがいらっしゃる)のママのインタビューを読んでみると、予想外な言葉が書かれていました。
「子育ては親が子どもの奴隷でいる期間のこと。そう考えておけば、少しでも自分の時間ができたときにラッキーって思えるでしょ?」(←ちょっと省略した書き方をしています。)
奴隷という言葉が出て来た事に衝撃を受けました。
そうか、子どもをたくさん産んでいるからと言って、家事も育児も苦ではないとは限らないのか。
このインタビューを読んですぐは、「奴隷と感じるくらいならそんなに産まなくても良いのでは?」と思ってしまいました。
が、その考えは浅はかなのかもしれません。
きっと、そんな期間を作ってでも産みたいと強く思えるような、理想の家族や希望する人生のイメージがあるのでしょう。
私が「自分の時間」と「家事育児の時間」を天秤にかけて憂鬱になっているのは、なんだか小さな人間であるような気がしました。
もちろん、自分の時間は必要です。
家事や育児の日々の中にも、無理やりでも自分の時間を作って心の健康を保つ事は大切だと思います。
ただ、「しなければならない事」の中に、自分が望んでいた生き方や暮らしが詰まっている事も忘れないようにしたいと思います。
まとめの言葉が思いつかないので、中途半端ですがここで終わります。