名建築シリーズ276
旧唐津銀行本店(現 辰野金吾記念館)
往訪日:2025年5月4日
所在地:佐賀県唐津市本町1513-15
開館:9時~18時(年末年始休館)
料金:無料
アクセス:西九州道・唐津ICから15分
駐車場:19台(100円/h)
■設計:(監修)辰野金吾(担当)田中実
■施工:清水組(現 清水建設)
■竣工:1912年
《名物は唐津くんちだけではない》
話は一度前日に戻る。美術館をでて実家の両親の霊前に線香をあげたあと、急ぎ足で佐賀市内に入った。あいにくの帰宅ラッシュで投宿は6時すぎ。コンビニの惣菜で飢えをしのぐ淋しい晩餐になった。相棒がいないと酒も欲しくない。
「サルは飲むね」![]()
その頃おサルは記憶も疎らな母を相手に晩酌に勤しんでいた。そして翌朝。僕はジョグから戻り、朝食難民の末尾に並び、快晴の空のもと飛び出したのだった。
まずは北に進路を取り、旧唐津銀行をめざす。唐津は近代建築の父、辰野金吾と曾禰達蔵の出生の地であり、その唐津に残る辰野式赤煉瓦建築となれば、建築巡礼者としてまずは押さえておく必要があった。
(南側正面)
建物の隣りにコイン式駐車場があり、わずか100円/hなので1時間前に入場。抜かりなく周辺を取材する。
(東側)
「思ったよりも小さいにゃ」![]()
駐車場側には肩を並べるだけの建物があったのだろう。見えない処は飾らない。贅沢しない。銀行だけに堅実だ。
(北側)
唐津銀行本店の竣工は1912(明治45)年。施主は唐津経済の父・大島小太郎(1859-1947)。この設計を依頼されたのが藩校・耐恒寮の同級生辰野だった。しかし、当時の辰野は人生最大の大仕事、東京停車場の設計を受託したばかり。そこで白羽の矢がたったのが東京帝大の教え子・田中実(1885-1949)だった。
卒業と同時に清水組(現:清水建設)の技師として就職した田中を、一時的に清水から引っこ抜いたのか、あるいは外注という態にしたのかは判らない。近代建築史において、兜町の開発で競いあった疑洋風建築の先達・清水喜助の興した会社に結果的に下駄をあずけるという偶然がまたおもしろい。その田中はのちに葛西万司と事務所を設立。大同生命保険福岡支店(1912)、国分商店(1915)、白木屋大阪支店(1921)、藤山工業図書館(1921)などを設計している。
クィーンアン様式を主体とした折衷式。一見赤煉瓦っぽいが、あくまで辰野へのリスペクト。実際は装飾タイルだ。天井は天然スレートで隅角に緑青色に輝くドームと尖塔が載る。大八車の車輪のようなアーチ窓と受飾り突石が辰野式。
(西側)
かつて相当酷い状態だったらしい。清水建設が改修工事を受託し、2010年完工。2011年から一般供用された。そして(いろいろ訳はあるのだろう)ひと月前の2025年4月から見学無料となった。
「タダだったんだ」![]()
北側に資料館が附設されている。
そして建物の脇に辰野と曽禰の銅像。
開館と同時に入場した。
当時一般的だった吹き抜けフロア。
赤煉瓦系の名建築は注意が必要。レトロの三文字は団体客を案内するのに容易だからだ。適度な説明だけで客を放せばいいし、これほど便利はものはない。だが、こっちは細に入り微を穿つ巡礼者。観たいのは建築の意匠であって、オジオバの尻背中ではない。
ザッと構造を確かめてディテールは後で追う。
かつて全国に200はあったという辰野が設計した(もしくは監修した)建築は現在国内に24箇所しかない。その多くがテナント利用。残念ながら建築としての素顔は判らない。展示内容は紋切り型でも記念館として残すのが、われわれ巡礼者には最善の策と実感した。
頭取室かな。
調度品は資料をもとに清水の担当者が復旧した。さすが京橋。
造りは煉瓦造二階建。
みればあれほどいた団体客はもういなかった。
「来たって証しが残ればいいんじゃね」![]()
この細工はあとづけかも。
応接室
端正な付け柱と腰板。
暖炉の導入は石炭産業が盛んな北部九州ならでは。
アールヌーヴォー風の漆喰装飾。
辰野関連の建築資料が展示されていた。
配膳室
小屋根に続く螺旋階段は田中の発案。旧大同生命保険福岡支社に同じものが残っている。
明治から大正に代わろうとする時代。
田中は最新のデザインを積極的に取り入れたそうだ。
一階イベントスペース。かつての執務室。
1885年創業の唐津銀行は三度にわたる大きな合併をへて1931年に佐賀中央銀行となり、唐津から佐賀市内に移転。戦後に佐賀興業銀行との合併ののち佐賀銀行となり現在に至っている。
最後に一階の大金庫室へ。
堅牢だ。
唐津銀行の銘板がしっかり残っていた。
実質的な共作に違いないのに「辰野金吾記念館」と看板をかかげられては田中も立つ瀬がない。ないが集客のためには致し方なし。客が来なければ建築そのものの命脈すら危うい。堅牢堅固にできているようみえて、ヘリテージ建築とは薄氷のうえに浮かぶ儚い存在なのだった。
(つづく)
ご訪問ありがとうございました。








































































































































































































































































































