ごろごろまるまるネコづくし
往訪日:2025年4月30日
会場:ひろしま美術館
会期:2025年4月26日~2025年6月22日
開館:9時~17時(会期中無休)
常設:一般2000円 高大生1000円 小中生500円
アクセス:市内電車・紙屋町東駅から5分
駐車場:なし
※撮影NG(常設OK)

あちこちの美術館に巡回したので観たひとも多いのではないか。サブタイトルにあるように、浮世絵にみる猫の生態、猫と人間のかかわり、そして猫を擬人化して描いた江戸の世相。そんなものを一挙にみせる企画展だ。ただし全て個人蔵。なのでアップするのは遠慮する。
「サルはイヌ派」
猫は好きだ。むしろ比類なき愛猫家だと思っている。しかし、こうも大量に見せられると個々の作品をつぶさに鑑賞する気力がついてこず、すぐにお腹いっぱいになってしまった。
「じゃ常設だけでよかったんじゃ」
この美術館に常設チケットはないのよね。ということで常設室へ。
第1展示室 ロマン派あら印象派まで
一企業が蒐集したとは思えないクオリティ。近代西洋画の蒐集においては大原美術館にも負けない。

クールベ《雪の中の鹿のたたかい》(1868頃)
《世紀の起源》の存在を知ったのは中学生の頃。それ以来クールベの何たるかも究めず、ひたすら追いかけてきた。その度ごとに写実とはなにかを教えてもらった。

コロー《花の輪を持つ農婦》(1869頃)
この絵はよく知っている。コローといえば必ず美術の教科書で取り上げられるバルビゾン派の大家。初めて現物にふれて感動した。
「女性の顔が怖いね」
独特の写実性があるんだよね。ただリアルに写すというだけではなく。

ミレー《ヒツジの毛刈り》(1862)
「これから丸裸にされるんだの」

ルノワール《パリスの審判》(1012-14頃)
円熟期の作。もう利き手の自由が利かなかった頃。

古来多くの画家がとりあげたギリシャ神話の逸話。三人の女神を前にして、魅力的な賄賂工作をはかったアフロディーテに「一番美しい女神はあなたです!」と黄金のリンゴを差し出す審判パリス。これをきっかけにトロイア戦争が勃発するのだが、その割に緊迫感がない。
第2展示室 ポスト印象派と新印象主義

シニャック《パリ、ポン=ヌフ》(1931)
色彩分割の先駆者。

ロートレック《アリスティド・ブリュアン》(1893)グワッシュ、油彩・紙
ノーベル平和賞も受賞したフランス左派の政治家・ブリュアンを描いた作。ポスター画の試作だろう。

入念な塗り直しがある。

アンリ・ルソー《要塞の眺め》(1909)
こういう暗い画が好きだ。絵の嗜好は観る人の性格が反映される。

アンドレ・ボーシャン《人物》(1928)
こういう野放図に明るい画も好きだ。

ボナール《白いコルサージュの少女》(1930)
ボナールが描く女性はほぼその妻マルトが務めている。これもそうだろう。入浴シーンでないボナールは逆に新鮮。というより不思議。
「女性のヌードが一番美しいからでしょ」
美術史的な解説だとそうなるけど、ボナール家ではちと事情が違うんだ。

マルトというひとは異常なまでの潔癖症で、一日の殆どを入浴に費やしていたんだ。
「おぅ!同志!」
おサルは温泉じゃん。
第3展示室 フォービスムとピカソ
なかなか強引な括りだ(笑)。

デュフィ《エプソム、ダービーの行進》(1930)
マティス次世代のデュフィはそのテキスタイル的な洗練性を継承している。

ザックリ描いているようで、入念な描き直しがみられる。

ヴラマンク《木のある風景》(1950頃)
やはりヴラマンクは天才だ。佐伯が惚れたのも判る。

ヴラマンク《雪景色》(1920以降)
これなんか《立てる自画像》の頃の佐伯そのもの。

「逆でしょ?」

ルオー《ピエロ》(1937-38)
いまだルオーの絵が判らない。同じ構図と色彩で道化師やキリストばかりを描いてなにが生まれるのか。加藤周一によれば「ルオーは自己を追求したのではない。世界を巻き込んだ悲しみを、自らの存在を超えた眼で描いたのだろう」と書いている。

そして、その黒い線と原色と見紛う鮮烈な色彩はルオーだけが見た世界である、という意味のことも。

ピカソ《酒場の二人の女》(1902)
個人的には青の時代の頃が一番いい。

ピカソ《女の半身像(フェルナンド)》(1909)
この頃もいい。

ピカソ《仔羊を連れたポール、画家の息子、二歳》(1923)
キュビスムに傾倒しすぎて、そして描きすぎてピカソはダメになった。むしろ後年の遅くできた息子の絵に画家本来の画力が素直にでていて好感が持てた。
「いつも否定から入ってない?」
そういう性分なのよね。

レジェ《踊り(第1作)》(1929)
レジェもまた(ボテロと同じ意味において)苦手な画家だったがこの絵はいい。

少し好きになった。

ブラック《果物入れと果物》(1935)
第4展示室 エコール・ド・パリ
象徴表現主義流行以前の近代絵画で一番好きな画家があつまっているのはこの領域かもしれない。

モディリアーニ《頭部像》(1911-12)
巨大な漬けもの石かと思った。

ユトリロ《モンモランシーの通り》(1912年頃)
アマノジャクな性格なので大衆的な人気画家はあまり見てきていない(ピカソの時とは逆なことをいうようだが)。ユトリロもそのひとり。

でもこの絵はいい。丁寧な手の加え方に心惹かれた。

キース・ヴァン・ドンゲン《トゥーツの像》(1957)
もう少し絵画熱の再発が早ければ汐留の回顧展を観にいけたことだろう。ひとつのことに熱中するとそればかりになる癖はいまだ治らない。治るどころか加速すらしている。ドンゲンの描く女性はほかのパリ派の画家同様大きく誇張され、どこか退廃と艶冶な空気を帯びている。

とりわけ現実ばなれした大きな双の眼と赤い唇。他のフォービニストと違ってデッサンを捨てきっていないところが惹かれる要因かもしれない。

パスキン《緑衣の女》(1927)
パスキンについては国吉康雄との関連でいくつか書いてきた。35歳。自殺する3年前の作。若描きのパスキンは自分を壊そうとして、無理な破壊と再構築を繰り返している歪さが出過ぎであまり好きではなかった。20年代の一連の作に至って詩情と余裕を取り戻した気がする。

だが、私生活は破綻のさなかにあった。パスキンは何のために描いていたのだろう。手に入らない女の理想の姿(「姿」とはリアリティとしてのそればかりを云うのではない)を手慰みとして描いたのだろうか。間近で見る絵筆の運びは本当に美しかった。

シャイム・スーチン《椅子に寄る女性》(19191頃)
もしバーンズがスーチンを掘り出さなかったら、歴史に埋もれていただろう。殴り描きのようなタッチ、歪んだデッサン、陰影や抑揚の放擲。この画家の豊かさと複雑さを認めるには幾千という画家と作品に触れなければならない。そんな気がする。

モディリアーニ《青いブラウスの婦人像》(1910年頃)
モディリアーニの場合は親友フジタと対比してしまう。裕福な家庭に生まれ、愛に貪婪で肉体の錬磨も絶やさず、モードを追求し、最後は母国を棄て、信仰に生き81歳の生涯を全うしたフジタ。対するアメディオは極貧に甘んじ、精悍ながら薬物とアルコールに溺れ、ひとりの女性ジャンヌ・エピュテルヌを愛し愛されつつ、結核に犯されて35歳で死んだ。どちらの絵も好きだが、死ぬまで素敵な絵を描いたのはアメディオではないだろうか。

キスリング《ルーマニアの女》(1929)
キスリングへの飽くなき情熱をといた読書家がいた。そのひとの文章を読むのが好きで、多くの現代海外文学の書き手の存在とキスリングの魅力を教えてもらった。

キスリングが描く少女像に惹かれる理由は様々だが、やや焦点を失ったようなアーモンド型の瞳にある。そしてどこか挑発的で、投げやりでもある。

レオナール・フジタ《三王礼拝》《十字架降下》《受胎告知》(1927)
決してフジタを軽んじている訳ではない。むしろ逆。

やはり初期のレオナールはいい。

レオナール・フジタ《裸婦と猫》(1923)
この絵は2018年の藤田嗣治展以来7年ぶりの鑑賞。裸婦と猫はよく似合う。
「ネコがいいアクセントだの」
ちょっと警戒してる感じがね。

エドゥアール・ヴュイヤール《アトリエの裸婦立像》(1909)デトランプ・紙
ナビ派のひとりヴュイヤールの裸婦。フォーヴィスムの嵐が去ったあと、色彩と形と構成を静かに取り戻した一連の画家の中にあって、取り分け平面的で装飾的な画家と教科書的には説明されている。

だが、豊かな奥行きと、ひとつの色調に統一されたこの室内画を、いわゆる「ナビ派」の一語で括りたくない。そんな魅力を湛えた作品だ。

シャガール《インスピレーション》(1925-26)
シャガールもなんか苦手。この場合は生理的な問題。旨い下手とかそういう問題ではない。

でもいつもの「よのなか皆平和」みたいなシャガールじゃなくていいよね。これ。
最後に
観光気分であれば常設30分+企画30分程度の展示数だが、本格的に絵画の勉強をしている人ながらば常設だけで1時間は欲しい。静かないい美術館だった。
(つづく)
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