ひつぞうとおサル妻の山旅日記 -9ページ目

ひつぞうとおサル妻の山旅日記

ひつぞうです。
おサル妻との山旅を中心に日々の出来事を綴ってみます。

名建築シリーズ263

ひろしま美術館

 

往訪日:2025年4月30日

所在地:広島市中区基町3-2

開館:9時~17時(会期中無休)

常設:企画展によります

アクセス:市内電車・紙屋町東駅から5分

駐車場:なし

■設計:日建設計/與謝野久

■施工:清水建設

■竣工:1978年

※常設室は撮影OK

 

《典雅なドームが特徴的》

 

美術の街広島シリーズ。つづいて訪ねたのはひろしま美術館。広島銀行の創業100周年事業として建設された財団法人系だ。

 

 

この日は猫の浮世絵の企画展が巡回していた。

 

 

敷地に入ると水平のラインが強調されたゲートが現れる。ここでチケットを購入する。脇にはカフェも併設。とてもオシャレ。たくさんの女性グループがお茶していた。

 

「いい美術館だよにゃー」サル

 

清水九兵衞《道標》(1995)

 

前庭には屋外彫刻も。ここにも清水九兵衞。もう何体観たか忘れそうだ。都度撮っているので特集が組めそう(笑)。

 

 

内庭にでるとドーム状の常設棟が現れる。原爆ドームと厳島神社の回廊がモチーフらしい。設計は日建設計。與謝野久氏(1946-)がチーフを務めたようだ。

 

アントワーヌ・ブールデル《果実を持つ裸婦》(1906)

 

象牙色の建築にはイタリアの近代彫刻がよく似合う。

 

エミリオ・グレコ《ラウラ》(1973)

 

新緑の美しい季節だった。

 

 

常設展示は著名な西洋近代絵画が中心。誰でも知っている画家が多い。そのわりにはお客の数はすくない。静かに鑑賞したい僕のような人間には嬉しい誤算だが。

 

 

建築家の與謝野久氏は大阪生まれで神戸大と早大で建築を修めた後、日建設計に入社。美術館や公共ホール、オフィスビルにおいて実績を納めている。また、後年は科学や哲学など文理横断的な思索を深め、多数の著書も著している。

 

 

当館の設立はのちに頭取をつとめた井藤勲雄氏の発案による。スルガ銀行とビュフェの関係を持ち出すまでもなく、銀行家が美術蒐集を行うことは珍しくない。

 

 

ただ、広島銀行の場合はあくまで企業としての活動だったことが特筆される。そのため、行内や監督官庁の間では好意的な受け止めばかりでなかったらしい。

 

舟越保武《りんどう》(1966)

 

しかし、その選択は間違っていなかった。美術館は安らぎの空間として今もあり続けている。

 

ロダン《カレーの市民・第二試作》(1885)

 

正門の扉をあけるとロダンの名作《カレーの市民》のマケットが眼に飛び込んでくる。

 

 

その奥ではマイヨールの名作《ヴィーナス》。

 

 

水盤に浮かぶがごとく出迎えてくれた。

 

 

いつみてもマイヨールの量感には圧倒される。


 

天蓋の高さはやや抑えられている。広島城の景観を遮らないようにとの配慮らしい。

 

 

テーマにそって四つの部屋に展示されていた。

 

 

鑑賞後はしばらくこのベンチで休憩した。ドームの構造は人間の心をおちつかせる効用があるのかもしれない。

 

「歩き疲れただけだよ」サル ヒツにつきあうのも大変💦

 

(アート篇につづく)

 

ご訪問ありがとうございました。

Collection Exhibition 2025-Ⅰ

 

往訪日:2025年4月30日

会場:広島市現代美術館

会期:2025年4月26日~2025年8月24日

開館:9時~17時(月曜休館)

常設:一般350円 大学生250円 高校生150円

アクセス:広島電鉄・比治山下駅から10分

駐車場:107台(無料)9時~17時

※撮影NGもあります

 

《絶対夢にでてくるヤツ》

 

続いてアート篇。広島出身の現代美術家が中心。良品揃いだった。

 

 

地方の常設展が好きだ。企画展の付録のように扱われ、素通りしてしまう客も多いなか、そこでしか観ることができない作品も多く、できるかぎり足を運んでいる。

 

 

今回も記憶に残る作品が粒揃いだった。

 

入野忠芳《精霊11-3》(2011)油彩

 

入野忠芳(1939-2013)。広島に生まれ、5歳で被爆した入野は生涯にわたり、被爆体験をもとに崩壊と生成を主題としてきた。

 

 

ディカルコマニーのような模様は、絵具を押したり引き摺ったりした痕跡。制作者の意図を離れて浮かび上がる形態を作品化した。それが燃え上がる生命の樹のイメージに鋭く繋がっている。

 

鈴木たかし《Cycle》(1990)ラワン材

 

鈴木たかし(1948-)もまた広島の美術家。ただしデビューは建築家だ。そののち彫刻を学びなおしてロンドンを中心に環境彫刻を発表。2004年から広島に拠点を変えて制作を続けている。

 

靉嘔《レインボー・ウーマン・マン ピースサイン》(2008)

 

本人からの寄贈品。デモクラート美術協会の俊英も今年95歳に。

 

 

関西ニューウェーブのひとり、中原浩大(1961-)は宇治川河畔でのツバメの生態記録を展開。

 

「これってアートなの?」サル

 

甲斐雅之《土に埋める77番8月6日ヒロシマから彫刻平和の祈り》(1995)土、糸・キャンバス

 

尾道出身の甲斐雅之(1958-)は渡仏後に美術を学んだ。キャンバスを土に埋める《アンテレ》シリーズで国際的な評価を得ている。

 

 

拡大すると画布だと判るね。

 

金田実生《明るい夜》(2012)銅版画・紙

 

金田実生(1963-)。東京生まれ。多摩美術大卒。僕らとほぼ同年代。版画から出発し、油彩に方法が変化していった。表現されているのは“明るい夜”のなかで感じた自身の心の動きらしい。

 

青木野枝《晴玉1》《晴玉3》(2004)

 

個展を見たあとはなぜか再会の機会が増える。ただの偶然だろうが。

 

村井正誠《たくましき人々》(1988)

 

今回の展示で一番強い関心を抱いたのは村井かもしれない。村井正誠(1905-1999)は渡仏後モンドリアンの幾何学性に影響をうけて、帰国後に山口薫長谷川三郎らと自由美術家協会を結成した。本作はヒロシマを主題にした委託制作品。

 

 

人間の持つ力強さと明るい心を色と容で表現している。この淡い輪郭に眼がとまる。

 

椿昇《ラブ・リバウンド》(1996)鉄・FRP

 

椿昇(1953-)。京都府生まれ。京都市立芸術大で洋画を専攻。なのに実作はこんな感じ。左は自動車衝突実験に使用されるダミー人形。右は…説明不要だろう。米ソ関係?ヤノケンさんとは違うけれど笑いとシュールの要素があるね。

 

加納光於《流動のセミオティークⅠ“Hiroshima”1988》(1988)インタリオ

 

独学の版画家・加納光於(1933-)に強く興味をいだくようになって日は浅い。だが、その吸引力は観るごとに強く感じる。単純なデカルコマニーとの違いは、セミオティーク(記号の伝心についての考察)として、自らの版画をつうじて観る者に問うている点にある。

 

菊畑茂久馬《天河 七》(1997)

 

これを観たときは茂久馬の没後5年。全国の茂久馬保有館が連携して特集を組んだ。この展示はその一環だ。独学で絵を学び、前衛集団「九州派」に加入した反骨の気風に(同郷という以外に)強く惹かれる。これは後期の大型油彩画シリーズ17点の一点。

 

 

「宇宙」「自然」「天空」が主題らしいが、ただのアリバイにしか聞こえない。自由闊達でいながら、画家自身の情熱と悲哀が画布のうえでぶつかりあっているように見えた。

 

森山安英《窓50(石内都写真集『ひろしま』による引用)》(2017)油彩・マスキングテープ

 

森山安英(1936-)。福岡県生まれ。九州派に影響をうけた「反芸術」系のハプニングを繰り返した。それら初期の活動ののち、1987年から銀色一色による絵画制作に没頭する。本作はその後色彩を取り戻したシリーズのひとつ。関東ではなかなか見られない良品。

 

「故郷を毛嫌いしているのでは?」サル

 

画家と政治家は別なんだよ。

 

片岡脩《平和アピール・片岡脩ポスター作品集》(1985-1987)

 

片岡脩(1932-1997)。広島生まれ。東京藝大卒。生前の片岡が当館オープンに際して寄贈したもの。本人も原爆後遺症に苦しみながら、被爆40周年を目前に平和を訴えるポスター100枚の制作にとりかかるが、74枚完成したところで他界した。

 

伊藤公象《黄土による赤・褐色のヒロシマのための作品》(1988)陶

 

伊藤公象(1932-)。石川県出身。陶芸家として出発するが「作為」への懐疑から新たな表現の世界に移った。

 

 

あれ?壁にクラックが走っている。修復工事したのでは?

 

「キャプションがついてる」サル

 

もとみやかをる《「修復と再生」美術館の壁を金継ぎ》(2008)

 

なんと。金継ぎをひとつのアートにしていた。センスあるね。

 

岡本太郎《若い夢》(1975/1995)

 

最後は唐突に太郎先生。

 

 

おまけ。日本建築学会賞(1990年)と第5回世界建築ビエンナーレでゴールドメダル受賞。らしい。

 

★ ★ ★

 

ちょうどランチタイム。併設されたカフェKAZEで食事をすることに。

 

 

おサルはヘルシー路線の世界一のサラダ(2,340円)。

 

「ヒツは?」サル

 

ブレックファストカレー(1,700円)。高カロリー食はこういうときしか食べられないし。

 

 

しかし。なぜつけあわせのサラダがレタス一枚なのか。

 

「ウサギの餌みたい」サル

 

フレンチドレッシングがかかっているので迂闊にナイフをいれたら飛び散るのなんのって。ストレスマックスなサラダだった。

 

 

大丈夫。カレーは手間がかかっていた。

 

 

トマトピューレをふんだんに使用しているようで酸味と甘みのバランスが最高だった。レタスの件はこれで帳消しにすることにした。

 

(つづく)

 

ご訪問ありがとうございます。

名建築シリーズ262

広島市現代美術館

 

往訪日:2025年4月30日

所在地:広島市南区比治山公園1-1

開館:9時~17時(月曜休館)

常設:一般350円 大学生250円 高校生150円

アクセス:広島電鉄・比治山下駅から10分

駐車場:107台(無料)9時~17時

■設計:黒川紀章 建築・都市設計事務所

■施工:清水・大日本土木・松本・錦・大互JV

■竣工:1988年

※展示室撮影一部OK

 

《サ・黒川神殿》

 

広島は美術館の街として知られる。手始めに黒川紀章(1934-2007)が54歳の時に監修した美術館建築の大作、広島市現代美術館を訪ねた。けっこう派手な外面なので知っている人も多いかもしれない。

 

 

比治山公園の高台の一角にそれはあった。徒歩だと坂道が結構つらい。(スカイウェイを利用するラクラク別ルートもある)この美術館も屋外彫刻があふれていた。

 

空充秋《根香》(1988)

 

香る根っこ?ワサビか?

 

野田正明《疾風フラッシュバック》(2000)

 

野田正明(1949-)は広島出身の美術家。大阪芸大卒業後はニューヨークを拠点に活動を続けてきた。現在も現役。版画・絵画・彫刻とマルチに作品を発表している。

 

新宮晋《私たちの星》(1988)

 

おなじみのキネティックアート。

 

澄川喜一《安芸の翼》(1987-88)

 

おなじみの劔のアート。

 

「説明版を見ると皆存命になっているね」サル

 

そりゃ僕も年を取るはずだ。

 

ヘンリー・ムーア《アーチ》(1963/69)

 

1985-86の鋳なおし。ここからの眺望がいい。

 

 

その向かいに神殿のような建築が聳えていた。

 

 

中央に円形のアプローチプラザを配置。その両翼にやや角度をかえて左に企画展示室、右に常設展示室を従える構造になっている。

 

 

2023年に大規模な改修工事をおえて部分的に竣工時と様を変えているそうだ。

 

 

想像していたよりもやや小振りだった。メタボリズム理論を提唱した頃の勢いというか、先進性はすでに失われ、大作の焼き直しの連続へと降下していった時代でもある。悪いと言っているのではない。それは設計事務所としての必然的要素でもある。

 

 

黒川の良さは初期の寒河江市庁舎や、東芝IHI館を始めとする一連の大阪万博パビリオン、そして中銀カプセルタワーなど、理論先行型で現場を強引に押し切った感のあるデザインにあった。もちろんこれは歴史を後から俯瞰し、整理しているから言えること。

 

「しかたなくね?」サル

 

バブル以降に建設された“頑丈な”要塞ばかりが残り、その結果「黒川=バブルの堕とし児」のように捉えらえてしまうのが残念でしかたない。

 

田窪恭治《広島ー1996・2023》(1996/2023)

 

枯れ木が落ちているとばかり思っていた。

 

 

まずは屋外彫刻をみよう。ガラス張りの側室は改修工事で増築された。

 

フェルナンド・ポテロ《小さな鳥》(1998)

 

「おサルこの人知ってる」サル

 

肥った人物や鳥で知られている。全然小さくないね。

 

岡本敦生《Earth Call HIroshima(地球電話)》(1996)

 

岡本敦生(1951-)もまた広島出身。多摩美術大大学院修了。切り出された石からイメージを膨らませた作品が多い。

 

菅木志雄《石で囲う》(1997)

 

真正もの派の伝道者にしては作為が現れすぎな気もする。

 

井上武吉《ヒロシマmy sky hole 88-5》(1988)

 

鉄と穴。今回の井上は砂に隠れている。

 

マグダレーナ・アバカノヴィッチ《ヒロシマ・鎮まりしものたち》(1992-93)

 

隊列を組む魂たち。三箇月前に京都国立近代美術館のコレクション展で初期のファイバーアートを観たばかりだが、ブロンズも手掛けていたとは知らなかった。

 

藤本由紀夫《ECHO(HIROSHIMA)》(2004)

 

藤本由紀夫(1951-)。名古屋市生まれ。大阪芸大音楽科卒。音を使ったインスタレーションで知られる。これはなんだろうね。影のなかに音を聴けということか。

 

 

広島城のイメージを重ねたのだろうか。切妻屋根は改修で張り替えられた。

 

 

僕にはむしろ前年竣工の名古屋市美術館と重なって見える。

 

 

では円筒形の風除室から入館。

 

 

天井が採光屋根になっている。

 

 

エントランスホール。床材は迎賓館と同じイタリア産のビアンコ・カッラーラ。支柱はもっとあったが状態のいい二本だけを残して後は撤去されている。再現がむつかしいそうな。

 

 

テーブルが建物の平面図になっている。

 

 

階段部。エレベーターが新設される前はこれだけが移動手段だった。

 

 

階段吹き抜けのスリット。

 

 

凹と凸。非対称のデザイン。

 

 

螺旋階段に巨大オブジェが。これも井上武吉の作品だった。

 

 

やはり凹と凸。井上の作品には陰と陽が補いあう世界観が感じられる。

 

 

ベンチのデザインも黒川によるものだろう。大阪万博へのオマージュ?

 

 

ここにも似たような構造物が。

 

 

増築部分。たしかに意匠がここだけ令和的。

 

 

ここから井上武吉階段が続く。

 

 

側壁の色目に濃淡が。採取した石山が閉山したので改修用を違う産地に求めた結果とか。

 

 

このポストモダン調が黒川後期のスタイル。三角錐とか艶消しのアルミパネルとか。

 

岡本敦生《CRUST(地殻)ー9/CRUSTーcocoon97ー2》(1993/1997)

 

岡本の石彫ってどこか生々しさがあるね。

 

山口牧生《四角い石と丸い石たち》(1988)

 

山口の彫刻はいつも温かみを感じさせる。

 

 

さて最後は井上武吉階段。

 

 

壊れて水が出なくなっていた。今回の改修で元に戻ったんだ。

 

井上武吉《my sky hole》(1988)

 

この階段は初期の埼玉県立近代美術館で使われていたモチーフの発展形かもしれない。

 

 

個人的には波打つガラスの壁は一番気に入った。

 

「ここ改修工事で足された部分だって」サル

 

なんだ。違うのか。

 

(アート篇につづく)

 

ご訪問ありがとうございました。

魅惑のパブリックアート⑪

イサムノグチ「つくる」(1951年)

 

往訪日:2025年4月30日

所在地:広島市中区大手町三丁目地先

アクセス:広島電鉄・袋町駅から5分

 

《あなたには何にみえる?》

 

広島市西消防署を見学したあと、一年前に見学した丹下健三の名作、広島平和記念資料館を横目に戻っていった。あの日は曇り空でイマイチだったが、今日は最高の撮れ高が期待できそうだった。だが、それ以外に未踏の地が山ほどある。断腸の思いで過ぎ去ったときだった。この高欄。なにかの写真で見たことある。

 

 

「またヘンなものに興味示して」サル

 

(施工写真・広島市現代美術館資料より。中央右よりにノグチがいる)

 

彫刻家のイサムノグチが関わった平和大橋のデザイン高欄だった。

 

 

平和大橋西平和大橋とともに1952(昭和27)年に竣工。一般公募によって命名された。デザインを託されたイサム・ノグチは「広島再建を祈念して名づけたい」という意味の言葉を述べている。

 

「つくる、きゃ」サル

 

《つくる》。ノグチの命名にしてはあまりに平凡だ。本当は《いきる》としたかったらしい。しかし、黒澤明の映画タイトルと重複を避けるために変更された。因みに西大橋は「しぬ」。あまり歓迎されそうにないね(笑)。死んじゃいかんじゃろ。

 

 

高欄部のフェアリング風の角度がモダンだが、なにかを象っているのだろうか。僕にはコウガイビルにみえて仕方がないのだが。

 

(施工写真・広島市現代美術館資料より)

 

現場はかなり苦労したのでは。芸術的な型枠によって形成されたことが写真に残っていた。

 

(つづく)

 

ご訪問ありがとうございます。

名建築シリーズ261

広島市西消防署

 

往訪日:2025年4月30日

所在地:広島市西区都町43-10

開館:9時~17時(水曜休館)

料金:無料

アクセス:広島電鉄・西観音町駅前

駐車場:なし

■設計:山本理顕設計工場

■施工:佐藤工業、上野谷建設、大起建設

■竣工:2000年

■BCS賞(2001年)

※展示室撮影OK

 

《手前の朝顔が邪魔だった…》

(文中敬称略)

 

2025年GWの旅六日目。人通りの少ない早朝からジョグに飛び出した。それにはある目的があった。一年前にプリツカー賞を受賞した山本理顕(1945-)が設計を手がけた広島市西消防署を観るためである。

 

 

平和大通りを西に3㌔。アウディ広島店を過ぎたあたりからその建物は見えてくる。塔屋が広告パネルの様にみえる。なかなかない設計。山本の作品は(横浜に住んでいるのに)横須賀美術館名古屋造形大学しか見たことがない。なのでとても愉しみにしていた。

 

 

横浜生まれの山本は日大理工学部を卒業したのち、東京藝大で建築を専攻し、更には東大では研究生として原広司に師事している。28歳で個人事務所を立ち上げたからやることは早かった。

 

 

それまで個人住宅ばかりだった山本理顕が、緑園都市シリーズの成功で大型公共施設に手を染めた頃、もっといえば最も脂の乗りきった頃の作品といえる。

 

「幾つのころ?」サル

 

55歳。

 

「なるほど」サル

 

逆光の消防署に佇んでいると、守衛室の若い職員と眼があってしまった。なんとなく「中って見学できますか?」と訊くと、受話器をとって何やら話し始めた。

 

 

すぐに受話器をおろして「今からでも大丈夫です」という。見学の是非だけ確認して、可能とあらば青空を狙って再訪するつもりだったのだが。こうなっては「結構です」ともいえず、ジョグウェアのまま入館することに。勿論サル付きである。

 

「まだ6時45分なのにね」サル

 

 

そのまま4階に上がってくれと言われた。たしかに展示ロビーと書いてある。

 

 

パーシャルにエマージェンシーカラーが採用されている処がカッコいい。

 

 

展示ロビー。消防関連のギアや西消防署の歴史が展示されている。

 

 

「床がスケルトンになっているにゃ」サル

 

 

人命救助という重い使命を担う建物のひとときの静寂。こんな時間でもときおり職員が足早に通り抜けていく。

 

 

床材はグレーチング。たまに足を止めて「足許が透けてぞっとするでしょ」と声をかける職員もいる。皆どこか誇らしげだった。

 

 

竣工して早25年。新しいようでいて実は四半世紀の時が過ぎている。その“若づくり”なデザインに惑わされがちだが。

 

 

救助訓練用の施設かな。

 

 

事務室と所長室も同じ4階に並んでいる。

 

 

外面には約2400枚のガラスを使用。簾のような模様入りのルーバーは50%の開放率となるように設計されていた。設計コンペで第一義にしたコンセプトは開放感。たしかに警察署や消防署は特別な感情抜きにしてもどこか権威的で閉鎖的に映る。地域と社会にとけこむシームレスな建築だった。

 

 

正直にいえば外観のみの偵察にとどめて内部は太陽が昇ってからと考えていた。まさか通してくれるとは思っていなかったので。だが、素顔の消防隊員と静寂にみちた見学者不在の消防署。考えてみればなかなかない機会を得た気がする。

 

(つづく)

 

ご訪問ありがとうございました。

サルヒツのグルメ探訪♪【第269回】

三瀧荘

℡)082-537-0220


カテゴリ:懐石料理

往訪日:2025年4月29日

所在地:広島市西区三滝町1-3

営業時間:(水曜定休)

(L)11時30分~15時

(D)17時30分~22時(土日祝:個室限定)

アクセス:JR横川駅から徒歩10分

駐車場:15台

■個室3室(6~18席)/総席数120席

■予算:(D)8,000円(税別)+酒

■予約:要

■カード:可

■開業:1946年

 

《器よし食事よし建築よし》

 

三瓶山から下山したのち、大河の趣きに満ちた江の川を遡行するかたちで分水嶺を越えて広島市内にはいった。そして、前年と同じホテルレジットに投宿した。一年前は駆け足だったし、日曜日と重なり、食事も目当ての店でできなかったのだ。

 

 

急いで荷物をかたづけて市内バスを乗り継ぐこと35分。西区三篠町のバス停でおりた。目指す三瀧荘は歩いてすぐだった。

 

 

昭和初期の豪邸をもとに1946年に開業した料亭旅館を結婚式場にコンバージョンしたもので、レストランは一般利用できる。原爆によってすべてが焼失した広島では貴重な建築だ。残念ながら設計・施工者は不明。コンバージョンのデザインは東京の㈱エイジが担当し2009年に完工している。

 

 

平日は立食可能なホールでの営業だが、週末は個室限定(三室)。むしろその方がいい。

 


 

その個室にこそ往時の数寄屋の贅が残されているからだ。見事な煤竹天井に下地窓風の刳り貫き窓。草庵風の処理が見え隠れする。

 

 

夜のコースは8,000円から14,000円まで各種。近頃ますます食が細くなったおサルの胃袋に合わせて8,000円のそれを予約した。

 

「充分すぎゆ♪」サル

 

 

恭しくスタッフが準備をしてくれる。

 

 

この照明。伊東静雄デザインのMAYUHANAかと。

 

 

広縁の椅子も。

 

 

ロビーの椅子も。どこかで見たことある様な…。マルニ木工?

 

「いいからお酒頼んでちょ」サル

 

 

県内と県外の特約店系も揃っている。定番だが。

 

 

折角なので広島の酒で。少し甘めだがうご月は昔から好きだし。その定番中の定番。

 

雨後の月 純米吟醸

生産者:相原酒造㈱

タイプ:純米吟醸 一回火入れ

使用米:八反・八反錦100%

精米歩合:麹米50%・掛米60%

アルコール:16%

出荷時期:2025年4月

販売価格:1,600円(税別)

 

「うむ。ふつうに旨い」サル

 

 

八寸 しめ鯖小袖寿司、長芋昆布巻、ドライトマト、新蓮根、翡翠茄子、鶏おかき揚げ、赤魚西京焼。小鉢に玉子チーズ豆腐

 

どれも丁寧な造りで美しい。翡翠茄子は肉味噌でバランスをつけているね。あしらいの紫蘭とツツジは季節を表している。

 

 

造里 本鮪、鯛、間八

 

カンパチのサクッとした新鮮な歯触りがたまらない。醤油は三瀧荘特製。

 

 

丁寧な平蒔絵。つい観いってしまう。

 

 

椀物 海老葛打ち、枝豆豆腐、新生姜

 

 

違い棚の焼物が気になってみてみた。

 

「食べながら行儀悪い!」サル

 

共箱つきの今井政之(1930-2023)の《象嵌彩瓢箪花花壺》。大阪生まれだが父の郷里の竹原に育ち、備前焼の修行を重ねたあと楠部彌弌に師事。象嵌の一種である苔泥彩を編み出した偉大な陶芸家だった。

 

「サッサと座らんかい!」サル

 

調度を愉しみながら(といって一時もジッとせずに)食事をする。落ち着きのない僕を以前は嫌がっていたが、最近は慣れというのか、あるいは見放されたというのか、さほど構わなくなった。夫婦の距離はこれくらいが丁度いい。離れすぎても駄目だが近すぎるとケチがつく。そろそろメイン。

 

 

焼物 国産牛炭火焼、焼き野菜

 

大胆な色使いの器が美しい。触りもいい。飾りの様にみえるのはコーンスプラウト。勿論食用。熟成感のある肉でトリュフ塩と山葵のどちらもよく合う。

 

「サルは絶対トリュフ」サル

 

高いもの好きだもんね。

 

「引っかかるいい方だのー」サル

 

 

強肴 伊佐木の松笠仕立て、山芋、人参、オクラ

 

銀餡のダシの香りが、ややもすれば生臭くなるイサキを上品に包む。

 

 

やはり個室がいい。しずかで。

 

 

酢の物 初鰹のたたき、香味野菜

 

ポン酢のジュレで。

 

 

うごつき二杯飲んで次の酒。“飲食店限定”の文字に負けてしまった。普段飲まない銘柄を頼むべきなのだが。但し辛口といいつつバランスの取れた造り。旨味もしっかり表現されている。

 

寳剱 純米吟醸 超辛口湧水仕込み

生産者:宝剣酒造㈱

タイプ:純米酒 一回火入れ

使用米:八反錦100%

精米歩合:60%

アルコール:15%

出荷時期:2025年4月

販売価格:1,540円(税別)

 

 

穴子と甘長の釜炊き御飯

 

最後にあなご飯。

 

 

適量をよそってくれた。

 

 

やっぱり穴子飯にも赤出汁か。

 

 

甘味 自家製ティラミス

 

枯山水を模しているね。

 

 

なかも抹茶のバニラのスポンジが交互に。

 

 

口直しに御抹茶か。憎いね。

 

 

最後まで大満足だった。

 

 

今度は床の間に目を凝らす。やや形は違うが久保惣コレクションで観た饕餮文斝だった。

 

 

木賊貼りの壁。食事のあとは夜の庭園を案内してくれるというのでお願いした。

 

 

ロビーもまた贅沢な造りだね。

 

 

バーコーナー。

 

 

そして屋外へ。

 

 

こちらが結婚式場。

 

 

内装もやや簡素な設計だ。

 

 

ここで失敗に気づいた。ギャンブレル風の迎賓館を日没前に観ておくべきだった。

 

 

ということで丁寧な解説を女性スタッフに最後までしてもらった。ここからバスを乗り継ぐのが大変だった。別にむつかしい訳ではないが遠くて。そして眠くて。

 

(六日目につづく)

 

ご訪問ありがとうございます。

女三瓶山(953m)/男三瓶山(1126m)/子三瓶山(961m)/孫三瓶山(903m)島根県

日本二百名山

 

日程:2025年4月29日

天気:晴

行程:東の原(登山口)9:25→10:13女三瓶10:20→11:00男三瓶11:08→11:55子三瓶12:05→12:30孫三瓶12:35→13:03大平山13:08→13:28東の原

■駐車場:約300台(無料)

■トイレ:あり

■登山ポスト:なし

■行動時間:3時間20分(休憩除く)

 

《低山と侮れない雄大な景観》

 

2025年GWの五日目は二百名山の三瓶山に登った。2023年3月の以来、実に二年振りの本格的な登山。とはいえ周回しても4時間あれば足りる。そのため余裕の9時過ぎスタートだった。

 

【三瓶山(東の原より周回)】

水平距離=8.7km、累積標高=910m

 

三瓶山は人気の山で登山口が東西南北にそれぞれある。

 

 

湯抱温泉からは西の原が一番便利なのだが午前中は逆光になり写真が映えない。そのため駐車場も広くて便利な東の原登山口から反時計回りに縦走することにした。

 

 

9時過ぎなので出発するハイカーは殆どいない。というより結構すいている。意外だ。

 

「GWなのに?」サル

 

さすがに遠いから?

 

 

観光リフトで展望テラスに向かう客しかいない。

 

「不遇な山なのち?」サル

 

そんなことないけどね。二百名山だし。

 

 

登山口だ。三瓶山での熊遭遇情報は聞いたことないが、一応カウンターアソールトは持参。ま、これはどんな山でも10年以上携行している。

 

 

すぐに原生林の森に。陽射しも差し始めた。テンションがあがる。

 

 

三瓶山といえばレンゲツツジだが、この季節はコバノミツバツツジ。

 

 

稜線に乗り上げるまでは地味。

 

 

スキー場と駐車場が遠くなった。

 

 

リフトトップが見えてきた。ここまでゆっくり30分。

 

 

少し登ると大平山女三瓶の鞍部につく。ここから一気に主峰・男三瓶を目指す。

 

 

「戻ってくるひとが多いにゃ」サル

 

そりゃね。もう10時近くだし。これまた意外だが周回するハイカーがあまりいない。

 

 

女三瓶についた。

 

 

山頂についたのに気圧の谷の通過で低層の雲に再び遮られた。テンションだださがり。

 

 

それでも眺めは最高。孫三瓶子三瓶が並ぶ。見れば判るが三瓶山は浸食が進んだ古い火山。

 

 

そして手前に最高峰の男三瓶山。

 

 

ジョグを初めて下半身が引き締まったと専らの評判。

 

 

兜山を通過。山という程の高低差はない。

 

 

あっという間に女三瓶が遠くなる。

 

 

ザレ場を通過。

 

 

なにがユートピアなのか。絶景ということか。

 

 

冬場は厳しい環境なのだろう。

 

 

岩場が迫ってきた。

 

 

この稜線一番の岩場。

 

 

このあたりは多少の変化があって面白い。

 

 

もっとひどいトラバースを過去散々経験したので楽勝だ。

 

 

アルペンチック。

 

 

まもなくピークだ。

 

 

この高揚感がいいなあ。長いこと忘れていたよ。

 

 

山頂に到着。

 

 

一等三角点だった。あまり目立つピークがないしね。このあたりは。

 

 

神社で無事を祈る。

 

 

眺望は最高。雲も抜けきったかも。

 

 

近くに展望台があった。

 

 

火口原と室の内池が望めた。火山性ガス噴出していた時代があり、鳥地獄の名がある。

 

 

では縦走再開。

 

 

男三瓶の山頂は平坦なんだね。

 

 

北西にみえるのは大江高山火山群。わずか800㍍あまりの連山だが、ノコギリ状に連なる景観は、今から70~150万年前に噴出した比較的若い溶岩ドームの集まりらしく、霊山の趣きを感じさせる。いつか(いったいいつになるのか判らないが)登ってみたい。

 

 

ここから急なくだり坂に。

 

 

子三瓶山をズーム。いい容だ。

 

「道がみえるね」サル

 

 

最後はちょっとしたゴーロ帯。

 

 

まもなく鞍部に。

 

 

存在感があるなあ。

 

 

少し登り返した肩でおサルを待つ。

 

 

「ついたのち?」サル

 

子三瓶山はこの先だよ。

 

 

「あれきゃ」サル

 

 

ちょうど先行者と入れ替わりに。子三瓶山に到着。水分補給して出発。

 

「なんか楽に登れゆ」サル

 

身体が軽くなったんだね。←自分もそう

 

 

なんとなく鈴鹿の竜ヶ岳を思いだした。

 

 

緩いくだりが続く。

 

 

爆裂火口を眺めやりながら。

 

 

最後の孫三瓶山はもうそこ。

 

 

しばらくザレ場が続く。

 

 

くだってきた稜線を見返す。

 

 

更に遠くなった。

 

 

「ついた!」サル

 

それぞれのピークにベンチがあって休憩もできる。

 

 

この麓方面におりれば三瓶温泉郷なんだよね。

 

「次回よろしくお頼む」サル

 

日帰りラリーはしない派なので。

 

 

結局見つけた花はコバノミツバツツジだけだった。そして誰にも遭遇しなかった。

 

 

「開けてきたにゃ」サル

 

 

ついたようだね。

 

「ここ何?」サル

 

大平山の山頂だよ。

 

 

山頂というより広場といった方が適切かも。

 

 

展望テラスからの絶景を堪能。遅く出てきて正解だったな。

 

ここから登山口まではすぐだった。

 

 

麓の周辺から望む三瓶山の山群は、小さな山の連なりのようにしかみえない。しかし、少し引いてみれば、起伏の緩やかな稜線のむこうに昂然と鎮座する存在感ある山として眼に映る。これを見て登りたいと思わないようなら山ヤとはいえない。それくらい魅力のある形をしていた。

 

(旅はつづく)

 

ご訪問ありがとうございます。

サルヒツの温泉めぐり♪【第190回】

湯抱温泉 中村旅館

℡)0855-75-1250

 

往訪日:2025年4月28日~4月29日

所在地:島根県邑智郡美郷町湯抱315-3

源泉名:湯抱温泉

泉質:含弱放射能ーナトリウムー塩化物・炭酸水素塩泉

泉温:(源泉)29.6℃(浴室)42℃

匂味:淡い金気臭、土類臭/強塩味、鉄味、炭酸味、苦味

色調:淡褐色透明

pH:6.8

湧量:ーL/min

その他:動力揚湯・加温

■営業時間:(IN)16時(OUT)10時

■料金:17,000円/人(税別)

■客室:1室

■アクセス:山陰道・三瓶山ICから25分

■駐車場:10台

■日帰り:11時~13時・昼食つきプラン(要予約)

 

《あこがれの千枚皿》

 

2025年GWの温泉二泊目は湯抱(ゆがかい)温泉中村旅館だった。おサルが「行きたい行きたい」と念仏のように唱え続けた宿。温泉フリークには夙に知られた名旅館である。かつて湯抱には数軒の宿があったが、日の出旅館が2016年に閉館。今はここ一軒が残るのみ。そのせいだろう。駐車場はやけに広かった。

 

 

中村旅館の投宿は一日一組限定。ネット情報によっては二組と書かれているものもあるが、それは日帰り休憩(食事含む)を一組とっているためだ。チェックインが16時とやや遅めなのはそうした理由による。いわゆる(不特定多数相手の)日帰り利用はできない。

 

 

創業は1916(大正5)年。なかなか予約が取れないという。運が良かった。

 

「サル頑張った!」サル ←我が家の予約担当

 

 

約束どおり16時ちょうどに到着すると、既に女将さんが玄関先で待っていてくれた。きっとセッカチな客と思われたに違いない(決して間違っていないけど)。

 

 

靴を脱ぎながら挨拶を交わす。眼鏡の奥にある優しい波目にその人柄を感じた。

 

 

一階の奥に浴場がある。これは途中の手洗い場。桃山風めいた意匠が往時の賑わいを語る。

 

 

部屋は二階。まずは階段で。

 

 

上がった先を左に。

 

 

突当りを今度は右に折れる。その先が今宵の部屋。

 

 

12畳ひと間の大部屋だった。床の間の造りも美しい。

 

 

なにより虎と竹林を描いた手前の襖絵がいい。

 

 

書院欄間の組子細工も大切に維持されていた。

 

 

部屋に通されてひと通り説明が終わると、織部風の茶碗で抹茶をたててくれた。

 

 

これが饅頭にあうわけで。

 

 

廊下から見える裏庭。このあたりから湯が沸いているのかな。

 

 

坪庭の風景。ここ数年の台風や大雨で石州瓦も台無しになったという。

 

ということで温泉探検へ!

 

=中村旅館はこんな宿=

 

・大正5年創業の老舗宿

・三瓶山麓に佇む一組限定の一軒宿

・析出物がすごい高濃度ラドン塩化物鉱泉

・料理がおいしく温かいもてなしの宿

 

=温泉利用法=

 

■浴場…内風呂一箇所のみ

■利用時間…16時~/翌朝7時~

入替利用…不要

■貸切利用…不要

■日帰利用…11時~13時(宿泊とラップなし)

 

一組だし浴場は一箇所だし。慌ただしさと無縁な点に惹かれたわけだし。ゆっくり入るだけ。

 

 

トイレは共用。同じ二階にある。建物は古いがトイレは清潔な洋式にリフォーム。この先を下れば先程の浴場に続く。

 

 

階段をくだる。

 

 

休憩所を経て…

 

 

手洗い場を過ぎればそこが夢の浴場。

 

 

レトロモダン調。年期が入った建物ながら奇麗に磨きこまれている。

 

 

ガラガラと引き戸を開ける。漆喰壁がまたいい味。床はやり直してある。

 

「愉しみ~♪」サル

 

湯小屋の御開帳。昂奮の瞬間だ。

 

 

「ほぅ♪」サル

 

 

表面に析出成分が厚い膜をなしている。

 

 

床はもはや千枚皿(笑)。土類泉特有の景色だ。ちなみに結晶は日々成長しているので直接踏んづけるとまともに歩けないほど痛い!

 

「だからマットがあるのにゃ」サル

 

 

暫くすると薪の燃える匂いが際立ってきた。山小屋での日々を思いだす。裏の竈で女将さんがスタンバっているので、ぬるいといえば焚きつけてくれるし、熱い場合は窓際のビニールに包まれたボタンを押せば源泉が出る。

 

 

ちなみに手前が洗い場だ。

 

 

小口タイルが昭和。まずは汗を流そう。

 

 

そして飛び込んでみる。キシキシの炭酸泉。カルシウムの膜が厚い。

 

「野趣があゆね」サル

 

 

釦を押して源泉様に触れてみた。というより味をみた。やはり塩味が強い。土類泉らしく苦味も。

 

 

温まったあとも周辺探索。ここが日帰り利用の通路か。

 

 

ここからあがるらしい。

 

(分析表)

 

ということで部屋でまったりすることに。

 

 

我が家の場合これしかない。以前は本を読んだり散策したりしていたものだが。

 

開春 石の顔(かんばせ) 純米無濾過生原酒

生産者:若林酒造㈱

タイプ:純米生原酒

使用米:島根県産山田錦100%

使用酵母:島大HA-11号

精米歩合:60%

アルコール:17%

杜氏:山口竜馬氏

出荷時期:2025年4月

販売価格:1,636円(税別)

 

島根大学が開発した酵母を使った純米酒。日本酒度-12は辛口の部類だが、酢酸イソアミル系のドライな味わいに南国フルーツを思わせる甘味が乗る。辛口が定番の開春とは真逆のチャレンジ酒か。といいつつツマミなしで飲むから酔うのなんのって。

 

「これから食事なのに」サル

 

 

=夕 食=

 

夕食は6時から。大広間に案内頂いた。

 

 

春とはいえ山間の盆地。夜は少し冷える。暖房が効いた部屋は温かかった。ムーディな音楽が流れ、女将さんも少し洒落た服に。なんだが湯治宿から料亭に変身した感じ。

 

 

前菜 帆立とナスのグラタン、玉葱のマリネ、枝豆の味噌和え

 

盛りつけも美しい。造りも丁寧。シャキシャキするマリネの食感がまたいい。

 

「酒を頼んでおくり」サル

 

湯治系なので酒は然程していなかったが、そこその四合瓶があった。

 

 

譽池月 純米八反錦60(白ラベル)2024BY

生産者:池月酒造㈱

タイプ:純米吟醸 木槽しぼり

使用米:三次産八反錦100%

精米歩合:60%

アルコール:15%

杜氏:末田誠一氏

出荷時期:2025年3月

販売価格:3,000円(税別)

市販価格:1,490円(税別)

 

八反錦を使ったいわゆる鑑評会仕様の地酒。飲みやすく食事の邪魔をしない。いいセレクト。価格も妥当。

 

 

アナゴみぞれ出汁

 

 

刺身(鯛・鮪・ハマチ)

 

 

天婦羅(海老、エノキ、ピーマン、大葉他)

 

 

おおち山くじら鍋。美郷町特産のイノシシ肉は濃厚で高蛋白な一品だった。

 

 

ツヤツヤの御飯と一緒に。

 

 

最後は蕎麦でしめ。ひと通り夕食を終えると調理担当の息子さんが挨拶に現れた。料亭仕込みというだけに味はしっかりしていた。

 

「ご馳走さまですた!」サル

 

=翌 朝=

 

この日はひさしぶりの登山。なのでジョギングはない。ゆっくりできるって素晴らしい。

 

(ここにもラダーバック。関連でもあるのか?)

 

とはいいつつ朝風呂は入る主義。女将さんの奮闘は続く。

 

 

初日以上に厚い膜が張っていた。入るとパリパリと肌に触れる。セメントの中に入っている気分(笑)。「湯加減どうですかー?」と背後から声が届いた。

 

=朝 食=

 

 

前夜と同じ会場で。柚子の風味が効いた味噌汁が飲み疲れた体に優しい。ほどよい量だった。

 

 

デザートにブルベリー&ブランマンジェ。以前はおサルに作ってもらったものだが。

 

「糖質が多いからダメ!」サル

 

ということらしい。最後にもうひと風呂浴びてお暇することに。

 

 

清算を終えた僕らを中村家の老夫妻と息子さんが車が見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。バックミラーの中でだんだん小さくなっていく三人の姿を見ながら「この先どうなるのだろう。息子さんが後を継ぐのだろうか。長く続いて欲しいな」などと思いを巡らす。余計なお節介かもしれないけれど。と15分ほど走ったところでおサルのスマホが激しく震動した。

 

「えっ!忘れ物ですかにゃ!」サル

 

聞けばタブレット端末を忘れているという。もうこれで三回目。慌てて戻ると、おサルの指痕まみれのタブレットを平盆のうえに恭しく掲げた女将さんが走り寄って来た。そして改めて高々と両手を振って別れを惜しんでくれた。宿の心配などしている場合ではなかった。心配すべきは僕ら自身だった。

 

「恥ずかしかった」サル

 

(五日目につづく)

 

ご訪問ありがとうございます。

名建築シリーズ260

仁摩サンドミュージアム

 

往訪日:2025年4月28日

所在地:島根県大田市仁摩町天河内975

開館:9時~17時(水曜休館)

料金:一般800円 小中生400円

アクセス:山陰道・石見銀山ICから3分

駐車場:170台

■設計:高松伸

■施工:?

■竣工:1990年

※展示室撮影OK

 

《ルーブルよりも先鋭的》

(文中敬称略)

 

石見銀山世界遺産センターを見終わり、いよいよ行く処がなくなり「少し早めに着きそうなのですが」と宿に連絡を入れたものの「お湯が沸かないので定刻の16時に来て欲しい」と言われて改めて途方に暮れてしまった。

 

「想定の範囲内だの」サル

 

しかし、おサルはめげない。得意のGoogle Mapを駆使して観光候補をあげた。そのなかに仁摩サンドミュージアムがあった。仁摩は鳴り砂で有名な琴ヶ浜の近傍。行けるならとっくに行っている。雨の日は鳴かないのだ。

 

「いかないのち?」サル

 

子供騙しっぽくない?

 

と言っても他に妙案はない。シブシブ行くことにした。建物正面は障碍者用らしいので川を渡った東側の駐車場に止めた。そして歩くこと約200㍍。

 

 

なにこれ?この造形?建築アンテナに何かが反応した。速攻でググると高松伸の設計だった。無知とは恐ろしい。

 

 

高松伸(1948-)。島根県仁摩町出身。京都大学建築学科卒。御年77歳。デザインが構造を駆逐するかのような初期の作風から存在論的ポストモダン調をへて後期のエレガントな作品に至るその作風の変遷はまさに観る者を愉しませる建築。個人的に崇拝している建築家のひとりだ。

 

(ここが入り口)

 

なるほど。島根県出身の高松伸が手掛けた作品が松江に多いことは知っていたが。まさかここが出生の地だったとは。イオ・ミン・ペイのルーブル・ピラミッドよりも尖っている。

 

 

「砂」「時」「環境」をテーマに1991年に竣工した博物館だ。島根県選出の竹下登内閣肝入りのふるさと創生事業が建築家の哲学にひとつの形を与えたといえる。その意味であの予算は無駄にはなっていない。

 

 

総ガラス張りの6基のピラミッド。遠くから見ると遊園地のように見えるがとんでもない。なおピラミッド型にしようと最初に考えたのは当時の町長らしい。

 

 

内観に溶け込むマッキントッシュのハイバックチェア(1903年)。ちなみに埼玉県立近代美術館にいけば実際に座ることができる。

 

 

金属的、幾何学的な要素が初期の高松のデザインと呼応する。

 

 

まずは一番大きなタイムホールへ。

 

 

当館の眼玉とも言うべき1年計砂時計。砂の重さは約1t。対するノズルの直径は約0.84㎜。

 

「1㎜ないんだ!」サル

 

毎年12月31日の午前0時に108人の綱引きで回転させるそうだ。

 

渡辺明節《砂の仕草》

 

戦後アートを牽引した美術家のひとり、渡辺明節(1929-1990)のキネティックアート。10分、30分、50分になると回転し、砂が形作る幾何学模様が変化する。福島県生まれの渡辺は東京藝大日本画科卒の変わり種で東京藝大大学美術館にその日本画が保管されている。

 

 

これも渡辺の作かと。

 


本当に大きい。高さ5.2㍍。容器はドイツのショット社製。空気を吹き入れながら成型。何度も熱をいれて半年かけて形を整えたそうだ。

 

「半分は人間の技なんだ」サル すげー

 

造船の三次元パーツの成型とかと同じだね。

 

 

砂は山形県飯豊町遅谷産の鳴り砂だとか。

 

 

坪庭。次は特設コーナーへ。

 

 

鳴り砂実体験。ホントにキュッキュッって鳴くね。

 

「手で触れちゃダメなんだね」サル

 

表面の微細な凹凸が擦れて音が出るから。油分で摩擦がなくなるとダメなんだ。

 

 

すべて岐阜県の神谷禎泰氏の寄贈。コレクターは数あれど砂を集める人は珍しい。なんでも1984年(39歳の時)にアメリカ出張記念に東海岸の砂を採取したのが事の始め。55歳の頃友人がくれたサウジのオレンジ色の砂の美しさに時めき、本格的に蒐集開始。国内中を集め歩いたそうだ。

 

「遠くの地味な山目指しておカネかけまくったヤツ知ってるよ」サル

 

山も沼だよね。

 

 

最初はくだらない趣味だとバカにされることもあったが、次第に知れ渡り、理解が深まると協力者に現れるようになった。35年経ち蒐集は博物館級になったが、そろそろ処分を考える歳になり、どこかいい嫁ぎ先がないかと思案していた矢先、当館を知るに及んだという。コレクター人生の情熱と孤独が表れていた。

 

「ブレンドして猫砂にしよう」サル

 

 

瑠璃貝。この海岸でも採れるんだ。砂よりこっちがいいかも。

 

「どっちもいらん」サル ←物が増えるのが嫌い

 

女性にはコレクター心理は判らんかもね。

 

 

天井のブレースも大胆にスケルトン。最後に環境コーナーで砂遊び体験。

 

 

時間がないので即興でラフに仕上げた魚のサンドアート。結構ハマる。砂絵や枯山水体験など他にも各種の体験ができる。子供さんにはいいかもね。勿論おとなでも充分楽しい。

 

 

何だかんだ言って面白かった。

 

 

外に出たら快晴に。残念ながら建築はいまだ背後に分厚い雲を背負っていたが。

 

高松の初期作品は母校のある京都のほか京阪神に集中している。小規模商用ビルや個人宅が多く、場所の特定が難しくて「そのうちに」なんてこと言ってる間に横浜に戻されてしまった。だがその高松が手がけた実物を直接観れたのは運以外の何物でもなかった。

 

「サルのおかげやろ」サル

 

(つづく)

 

ご訪問ありがとうございました。

石見銀山世界遺産センター

 

往訪日:2025年4月28日

所在地:島根県大田市大森町イ1597-3

開館:8時30分~18時(最終火曜休館)

料金:一般400円 小中生200円 

アクセス:山陰道・石見銀山ICから15分

駐車場:なし

※撮影OK

 

《俯瞰した方が美しいのだけど》

 

温泉津のクセ強温泉を満喫したあとは今宵の宿に泊まるだけ。だが、時間はまだたっぷりある。温泉津といえば石見銀山だ。しかし、一年前のGWに往訪済み。どうしよう。そのときふと「世界遺産センターに行ってない」ということに気がついた。

 

「前回は時間もなかったしにゃ」サル

 

 

本物を見たのに再現施設を後から見るというのも酔狂な話だが、建築に興味があったのだ。この日は平日で天気も今ひとつ。そのせいだろうか。第1、第2、第3駐車場まである(そもそもは石見銀山そのものの見学者用)が、あっさり第1駐車場に止めることができた。前回の混雑が嘘のようだ。

 

「よっぽどでないと二度は来ないにゃ」サル

 

またまたそんなこと。←事実ここにいる

 

 

調べてみたが、特別な建築家(建築事務所)はタッチしていない模様。石州瓦が美しいし、引いた写真をみててっきり内藤廣あたりと踏んでいたが。

 

「違ったにゃ」サル プッ!

 

 

たしかに内部は構造にも意匠にもこだわりのない(いい気味で道の駅のような)サッパリした造りだった。

 

 

石見銀山とその関連遺構が2007年7月に国内14番目の世界遺産に認定されたその翌年2008年に完成した。

 

 

「触っていいって」サル

 

御取納丁銀の5倍拡大銀製レプリカ。複製とはいえ銀含有率92.5%。26㌔もあるので足許に落ちたら唯事ではすまされない。

 

(これもレプリカ)

 

1560年の正親町天皇の即位に際して毛利元就が祝いの品として献上したもの。唯一現存するものが島根県立古代出雲歴史博物館に保存されているそうな。

 

「また行かないとね」サル 好きでしょー?

 

正親町天皇といえば京都に信長・信忠親子の霊を弔うために大雲院を建立したことで知られる。

 

 

展示室はこんな感じ。

 

 

温泉津(左端の盆地)とはこんな位置関係。赤破線の域内が石見銀山だ。

 

 

鉱山は柵で囲われていたんだね。この右下のエリアが現在公開されている本谷地区だ。

 

 

谷あいに精錬所が立ち並んでいた。

 

 

当時の比較的贅沢な暮らしを伝える陶器の出土品。

 

 

鉱山の技術と作業。

 

 

これ前回坑内でみたな。

 

「でもこれはなかったよ」サル

 

なになに?

 

 

灰吹き法で使用された鉄鍋(16世紀)だ。鉛を利用して鉱石内部の銀を抽出する方法だ。しかし、どうやってそんなことを考えついたんだろう。いつも不思議に思う。

 

 

そして唯一石見の遺構から発見された灰吹き法で精製された灰吹銀(18世紀)。

 

「ちっちゃ!」サル

 

現物は1㌢程度。

 

 

なんかその先に巨大な泥壁が。

 

 

廃棄されたズリ山の剥離標本だった。この中から灰吹銀は見つかったそうだ。ほぼ奇蹟。

 

 

坑道のレプリカもある。既に現場を歩いているので感動は今ひとつ。やはり最初に来ておくべきだったな。

 

《霰石》(大田市久利町松代)

 

松代の坑道で産出される完成度の高い霰石。石灰石と同じ成分だけど高温高圧な地底深くの環境ではこのような結晶化が進む。完成度の高い結晶を観ると、いつもJ・G・バラードの小説を思いだす。僕だけだろうか。

 

「まだ時間があるにゃあ」サル

 

14時だものね。

 

(つづく)

 

ご訪問ありがとうございます。