名建築シリーズ272
ホテル イル・パラッツオ
往訪日:2025年5月2日~5月3日
所在地:福岡市中央区春吉3-13-1
営業時間:(IN)16時(OUT)12時
料金:【203号室】16,990円(税別)
※現在20,000~30,000円/人(含食事・税別)
客室:77室
アクセス:地下鉄・櫛田神社前駅から5分
駐車場:10台(先着順)
■設計:アルド・ロッシ
■施工:辰村組
■竣工:1989年(2023年改装)
《エフェソスの遺跡を思いだした》
渡辺翁記念会館に満足し、関門海峡を渡って福岡市内に入った。両親が鬼籍に入って以降、滅多に帰省することがなくなったが、建築という観点でいえば、まだまだ課題だらけの街である。この日の宿はプリツカー賞建築家のアルド・ロッシが手がけたホテル イル・パラッツォだ。
(黒服不在のチャンスは早朝の極わずかな時間しかない)
チェックインは16時と遅め。但し、駐車場が10台分しかなく、先着順なので遅れることはできない。黒服に身を包んだ金髪碧眼の白人女性と、眼光鋭いインド系の男性がフロント両脇をガッチリ固め、ニコリともせずに応じる。
「車を止めたいんですけどにゃ」![]()
しばらく待たされたのち、顎をしゃくるようにして「こっちにこい」と合図する。
(ここも同じ経営のホテルだった)
誘われるままに徐行して隣のホテルの脇に停車した。
ここで建築家についておさらいを。
アルド・ロッシ(1931-1997)。イタリア・ミラノ生まれの建築家。ミラノ工科大学卒。都市計画論を中心に多くの論考を発表。ポストモダニズムの時代にありながら、古典的理念に基づく建築を発表。日本国内ではバブルの象徴のように捉える向き(事実そういう嫌いがないでもない)もあるが、建築と都市のありようについて、ひとつの回答を示した建築家だと思っている。
地上8階SRC+RC造。圧倒するようなファザード。巨大なオーダーやパラペット。普通は客室の連続窓が定番だが。
「無機質なデザインだの」![]()
赤・青・緑の原色がアルドの定番だが、この色づかいと造形は画家デ・キリコの影響によると本人も語っている。空漠に支配された印象はまさに形而上学絵画の世界観に通じる。
化粧石はすべてイタリア産レッド・トラバーチン。
一階正面の入り口から入る。この先左におれて地階へ。かつては階段だったがエレベーターに改装された。
正面の薔薇のアイコンが印象的だ。
竣工は1989年。まさにバブル絶頂期の企画。建築はアルド・ロッシ。内装デザインチーフに内田繁(1943-2016)。バーの意匠設計にソットサス、ガエダーノ・ペッシェ、倉俣史朗。そしてロゴデザインに田中一光(1930-2002)。今では考えられない贅沢な布陣だ。
(田中によるロゴデザイン)
当時の春吉は風紀の悪い界隈として知られ、地元の人間でもあまり足を踏みいれなかった。そこに突如として現れたバブルの象徴。なかば胡散臭げに語られたが、今思えば最先端のクリエーターたちによる美の競演だったといえる。
(待合にはアルドのスケッチ)
施工は辰村組。現在は合併によって社名は変わっているが、石川県発祥の中堅ゼネコンで戦前の石川県内の洋風建築に携わった名門企業だ。
創業後、バブル崩壊はホテル経営を直撃。倉俣のバーが結婚式場になるなど、2009年の大改装でほぼ原形を失ってしまう。だがジャスマックからワンファイブズホテルズに経営譲渡され、約18億円の予算をかけて復元改装。2023年8月に完工した。犠牲は最低限に抑えられ、アルドや内田、倉俣たちの仕事が甦った。
チェックイン後は側面からも入館できる。
翼廊の風除室。ペールブルーの色使いがいい。ティファニーブルー。
明り取りも。
一階に製氷機がある。誰でも入れる空間なのに。かるい違和感。
「どこからはいるのち?」![]()
ここからが曲者だった。
一見なんの扉か判らない。そりゃそうだ。不審者が侵入しないとも限らないし。入り方は単純。Elevatorと記された箇所にタッチキーを重ねるだけ。それでも迷ったことを白状しておく。
「ただ物覚えが悪いだけでは?」![]()
そうともいう。
こんな感じ。奥にエレベーターがある。
僕らのお泊りの部屋は二階。
「え。二階?」![]()
日本人客だからなめられたんだよ。きっと。←被害妄想の権化。ていうか国内資本だ
「ビュー悪いじゃん」![]()
同じエレベーターに乗った若いカップルが上層階にあがっていく。なぜ?
この時計は内田デザイン。まだ生きていた。
姿見にはアルドのドローイングが転写されている。
天井はヴォールト。照明が美しい。
内田デザイン事務所による渾身の改修作。
僕らの部屋。203号室。天井が高くみえる。
入ると実際に高かった…。
おサルの背丈と比較するとよく判るだろう。
スランバーランド社製。マットの厚みに注目。小柄なおサルはよじ登らないといけなかった。
締め切るとこんな感じだが…
カーテンを開けるとガラリと雰囲気が変わる。とここで気がついた。
ベランダつきの部屋ということでこの部屋を選んだのだった。
「そうであった」![]()
最近ふたりとも記憶力の衰えがひどい。(というよりなんでも人のせいにするのはまずい)
あれって陸庇からの引用なのだろうか。(この設計を請け負うにあたってアルドは日本建築を広く取材したそうだ)
さて荷物も片付いたし。夕食までゆっくりしよう。
テーブルにはホテルからのささやかなプレゼントが。佐野隆さんがプロデュースする高級チョコ店《チョコレートショップ》の生トリュフチョコだ。
チョコというより芸術品だね。
このひとはチョコより酒だった。
しばし泡風呂で読書。
=夕 食=
夕食も朝食も地下1階のラウンジ《エル・ドラド》でのバイキングスタイル。
開業時は2階にあったレセプションは2023年の改修で地下1階に変更された。ラウンジ《エル・ドラド》と平面で繋ぎ、サービスの無駄を省く工夫だと思われる。
開業時はディスコ。その後バンケットルームに変更された。
席はかなり空いている。スタッフに指定されるが、変えて欲しければ言えばいい。基本的にビジター(非宿泊者)向けのランチ、ディナーとして人気。逆にインバウンドの宿泊客は(屋台とかもつ鍋とか)外で食べる傾向にあるので逆転現象が起きている。
21時から午前3時まではバーに。本当は行きたかったが起きていられない。
中央にはダンシング・ウォーター。今回の復元改装で太陽の道、ガレリアの道も復活。
中央にアルドのドローイング。誰も気にもしないが。メニューは豊富。通常のバイキングとは違って旨い。
(どれもいい値段だ)
折角なのでワインをボトルでとった。皆水しか飲まない。バブル世代は浮いている。イタ飯にイタ車。服はアルマーニにベルサーチ。日本人全体がイタリア病に侵されていた時代だった。
スタッフは皆浅黒いインド系?の若者。とても優しくてチャーミング。だが、スクリュー式なのにオープナーで強引に切るものだから、いつまでも開かない。開くわけがない。
せっかくのシャブリも生ぬるくなって。ワインの開け方を知らんらしい…。
まず一皿目。野菜中心に攻める。血糖値があがらないように。酒飲んだら一緒という説もある。
二皿目。鶏ハムでカロリーを抑えて、好きな豆はガッツリと。ここで潔く終了。「全品完食しました!」と喜び顔で報告するビジターの記事も眼にするが。趣味ではない。ていうか肥る。
というのは言い訳でドルチェを好きなだけ食べたかっただけ。カシスがベースになっていて色合いもアルドレッドなのだ。オシャレ。
=翌 朝=
この日は大濠公園までけやき通りをぬけてジョグ。懐かしい風景がつづく。
こんなものができていた…。福岡市科学館か。噂には聞いていたが。佐藤総合計画かなと思ったがNTTファシリティーズだった。
《青陵の街・六本松》(2018)という銅像も。人も街もどんどん変わっていく。
=朝 食=
今日こそはあの場所で食事だ。
奇蹟的に残っていたバーの棚を再利用している。ファザードと相似だ。
中二階のスペースはいずれダイニングテラスか何かになると書かれていた。
どうでもいいけどオートミールの髭ができているよ。
このパンが名物らしい。
朝もアルドレッドで攻める。
でもさすがに和食が欲しくなる。やっぱり博多に戻ったら辛子高菜とめんたいやろ。
12時までゆっくりできる。食事もエンドレスにできる。でもそれが目的じゃない。
食事を済ませてチェックアウト。まずは市内へと飛び出した。
※料金はAIによる変動価格制。一年前はGWでもこのクラスにしては控え目。その後の展開はある程度予想はしていたが、最近の旅館・ホテルの料金の値あがりはすさまじい。「行きたい旅館やホテルは早めに」という判断は間違ってなかったと思う。
(つづく)
ご訪問ありがとうございました。




























































