企画展「超細密工芸」 細かい!リアル!美の玉手箱(清水三年坂美術館・京都) | ひつぞうとおサル妻の山旅日記

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企画展「超細密工芸」

 

往訪日:2023年8月24日

会場:清水三年坂美術館

会期:2023年6月10日~9月3日

開館時間:(月火定休)10:00~17:00

観覧料:一般1,000円 学生600円

アクセス:JR京都駅より市バス206系統乗車→清水道下車徒歩7分

駐車場:なし

※終了しました

 

※写真の幾つかをネットを介して拝借いたしました

 

ひつぞうです。7月初旬に往訪したあべのハルカス美術館の企画展「超絶技巧、未来へ!」に出品された明治工芸の殆どが清水三年坂美術館の所蔵品でしたが、その本家で更に細密な“超細密工芸”が展示中と知り、この際、体系的に理解するべく往訪しました。以下、鑑賞記です。

 

★ ★ ★

 

館長・村田理如氏の強い熱意がなければ、明治細密工芸を身近に鑑賞する機会は得られなかったかもしれない。大手電子メーカー、村田製作所の役員を務めた理如氏が偶然出逢った印籠。それが一大コレクションの皮切りとなり、2000年9月の美術館開設に繋がった。

 

 

この日は薄曇り。午前中からひどく蒸し暑かった。会期末間近ということで、五条坂の長い道を我慢して歩いた。続く三年坂清水寺を中心とした車が進入できない観光小みち。ようやくたどり着いたものの、なかば熱中症気味。一服して館内に。1フロア約20畳の二階建て。展示スペースは限られ、一般の鑑賞ならば所要時間1時間で足りるだろう(メモを取りながらだったので2.5時間要した…)。

 

「いつまでおるんや」サル

 

一階は常設展示。二階が企画展示となる。蒐集の範囲は漆工、彫刻、金工、七宝、京薩摩と幅広い。それに企画展示が続く。居並ぶ作家は石川光明、旭玉山、柴田是真、正阿弥勝義、濤川惣助、逸見東洋、加納夏雄、杉野光晴、並河靖之。(興味のない方には何のことやらかも知れないが)錚々たる顔ぶれだ。ただし、館内は一切撮影禁止。掻い摘んでの備忘録とする。

 

《常設展示》 幕末・明治の名宝

 

=漆工・彫刻=

 

(展示対象外)安藤緑山《南国珍果》 牙彫

 

実際は出張中のあべのハルカス美術館で鑑賞した。象牙による牙彫(がちょう)の傑作。当時高級品だったバナナとパイナップルの質感を彫りと彩色で再現。バナナの皮のフニャフニャ感やパインの棘の痛そうな感じがよく出ている。まさに明治の超絶技巧。

 

山崎南海《伊勢海老》 牙彫

 

30㌢程度の大振りの牙彫。さすがはプロの仕事。象牙の質感ではなく、どう見ても伊勢海老のそれなのだ。もちろん可動。リアルに動く。明治自在工芸の白眉。

 

芝山政由《桐鳳凰図提箪笥》

 

これも30㌢程度。芝山細工は江戸中期に下総の芝山仙蔵が始めたといわれる象嵌細工だ。これは金蒔絵に螺鈿と金銀の象嵌が施された贅沢な手提げ箪笥。

 

「鳳凰の尾が掛かっている角の処がすごくね」サル

 

なめらかに加工されている。すごい!

 

蒔絵は湿度75%、温度20℃でなければ乾燥しないウルシの性質を利用したもの。蒔絵筆という猫やネズミの体毛を使った専用の筆で描くそうだ。そして、最後に磨きを入れる。

 

「すっごく細かい部分はどうやるのち?」サル

 

犬や鯛の牙で磨くんだって。

 

「気が狂いそうだにゃ」サル できん!

 

おサルは超細かい作業が苦手なのだ。

 

 

=金工=

 

正阿弥勝義《群鶏図香炉》

 

他にも《古瓦鳩香炉》《蜻蛉図香合》などが展示。スーパー象嵌師・正阿弥勝義のすごさはデザインセンスだけではなく、やはり象嵌のテクニック。当たり前だが、柔らかい金属に硬い金属を象嵌するのは難しい。基層の金属が潰れてしまうからだ。蓋の上のカマキリの造形も唸るしかない。断っておくが、これは人間が鑿と槌で彫ったもの。

 

「だからずいぶんお値段も張るわけにゃ」サル ほしい

 

鑑定団でもいい値段つくもんね。本物ならだけど。

 

 

=七宝=

 

七つの宝珠を散りばめたように美しい処からその名がついた。尾張の梶常吉(1803‐1983)が開祖と言われ、当初は招線琺瑯が手本になっていた。そのため、くすんだ色合いで、明治以降の艶やかな質感は殖産興業に預かる処が大きい。

 

並河靖之《蝶図瓢型花瓶》

 

近代七宝といえば並河靖之(1845-1927)だろう。特徴は有線七宝。対して殖線(釉薬を垂らす際に色を分ける金属線)を施さない無線七宝を開拓したのが濤川惣助(1847-1910)。同じ「ナミカワ」で最大のライバルだった。七宝は当然として茄子の造形がまた見事。この黒色釉薬は並河の開発だ。

 

「水茄子かの」サル

 

七宝細工は子供の頃に授業でやったが、実はかなり手間のかかる工芸で、殖線はなんとランの根から取る澱粉糊(白芨)で張り付けるという。これだけで気が遠くなる。更に焼成まで施釉を5~8回も繰り返す。最後にベンガラで磨いて完成。

 

「だからピカピカなのきゃ!」サル 手間かかってゆー

 

 

=京薩摩=

 

開国以降、パリ万博(1867年)での成功をバネに海外輸出されるようになった薩摩焼。派手好きな西洋人の好みに合致したのだろう。その機運を京都の焼き物職人も見逃さなかった。粟田口焼(京焼)の七代目・錦光山宗兵衛は薩摩焼に京風の絵つけで人気を博した。これを京薩摩といった(しかし続いたのは数十年。その超人技は今では京都の人すら殆ど知らない)。その流れは近畿一円に伝播。神戸では工房《精巧山》の名品が生まれた。

 

精巧山《雀蝶尽し茶碗》

 

茶碗の内部には(老眼鏡を用いても細部が判然としない)1.5㍉程度の極小の赤と緑の蝶がビッシリ。そして表には雀の飛び交う群れが、リズミカルかつ精緻に描き込まれている。ただ派手というだけに留まらず、将に超細密工芸の技の限りを尽くした作品だ。実物を眼にしないと多分伝わらない。

 

「おサルには茶碗は判らん」サル

 

いや。僕もまだまだ。

 

 

《企画展示》 超細密工芸

 

ここからが極小細密工芸の世界だ。

 

杉野光晴《林檎》 5.0×5.4×6.0㌢

 

今回の目玉ともいえる精巧にして微細、箱庭的なリリカルさが溢れる逸品だ。約5㌢の立法サイズ。掌に収まるくらいだ。

 

「リンゴの形と色がリアルだの」サル

 

小さな林檎を齧ったら、そこに仙人卿があったという見立てかな。材質は象牙だろう。難しい最奥は裏側から虫喰いを模して彫り込まれている。色目もいい。昔の林檎ってこういう筋目が入っていたね。

 

無銘《仙人図鐔印籠》 8.7×7.1×2.9㌢

 

縦8.7㌢の極小サイズの印籠には刀の鐔(しかも儒者を思わせる象嵌が施されている)が嵌め込まれ、内部には蒔絵つきの化粧棚を模した箱が作り込まれている。これで無銘。江戸時代までの蒔絵や金工の需要がここまで職人の技を磨かせた。産業の発展と芸術の進化が比例するひとつの証左だと言える。

 

「しかし、なんで明治になってバーッと超絶技巧が増えたのかにゃ?」サル

 

明治新政府になって廃刀令が出たでしょ。すると武具甲冑や刀剣の需要が無くなるわけよ。で、これはまずいと殖産興業にあわせて、陶磁器や工芸品を輸出用に奨励することにした。帝室技芸員制度の発足や宮内省買い上げの制度もそのひとつ。

 

「ふむふむ」サル それ静嘉堂文庫でみた

 

ところが戦争が始まると職人も減り、義務教育は十代前半が命といわれる職人技術の習得の機会を奪ったんだ。戦後、明治工芸の命脈は立ち消えるかに見たけれど、そのDNAが復活していることはあべのハルカスで観た通り。むしろ工芸品の専門美術館の開館こそ、これからの発展の基地になると思う。

 

加納夏雄《茄子鉈豆前金具・蟻図裏座》 3.4㌢ 3.6㌢


他にも高村光雲の弟子・高村東雲(1826‐1879)の十一面観音菩薩像。天才蒔絵師と謳われた白川松哉の蒔絵や水谷崋山(1867-1928)の極小の鉄筆もよかった。明治工芸の特徴は江戸の《粋》と京都の《雅び》を巧みに組み合わせた所にあるそうだ。

 

しかし、どうやったら、これほどのコレクションができるのだろうか。今回の展示品はそのごく一部に過ぎない。今後の企画展も目が離せないね。

 

「サルもほしー」サル ゼニになりそうやのー

 

魂胆があさましくね?

 

(おわり)

 

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