川内山塊の盟主を目指す/矢筈岳(マイナー12名山)④ | ひつぞうとおサル妻の山旅日記

ひつぞうとおサル妻の山旅日記

ひつぞうです。
おサル妻との山旅を中心に日々の出来事を綴ってみます。

日程:2019年5月3日~5日

天候:(3日目)快晴

行程:(3日目)幕営地5:47→8:33銀太郎山8:53→10:36銀次郎山10:50→12:02七郎平山→12:08水場12:28→15:08木六山→16:35水無平→17:17沢水場(沢)→18:20登山口→18:35チャレンジランド杉川

 

≪中杉川の支流とスラブ群≫

 

こんばんは。ひつぞうです。この週末も好い天気でしたね。雪解けも進み、山の景色は一足飛びに新緑の世界に。山選びに悩む季節です。週遅れになりましたが「矢筈岳」の最終回です。

 

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着替えをすませてテントに入ったのが夜の10時過ぎ。お隣りは完登の祝杯をあげたのち、食事もそこそこに就寝したようだ。大量の食材を残している僕らは、少しでも消費しないと荷物になる。湯を沸かしてカレーライスを作った。水分しか受けつけない弱った胃もカレーならば喉を通る。スパイスの効いた食材はこういう場面で重宝する。カレー万歳!

 

令和元年の登山は、奇しくも史上最難関の挑戦となった。残雪期の山は雪の状態次第で難度も変わる。四月中旬までにトライできていれば、ひょっとしたら二人で足跡を残せたかもしれない。

 

一方で藪ヤは雪田だけを拾う登山を潔しとしない。その意味では、今回の川内山塊縦走は会心の登山と言えなくもなかった。しかし、地元の先行者なしで、心折れることなく完遂できたかは疑わしい。

 

★ ★ ★

 

曇天予報の三日目。フライの隙から見える空は玻璃の如く澄んでいた。嬉しい誤算だった。時刻は午前四時。相変わらず寝不足の頭は重く濁り、バファリン一錠で誤魔化すしかなかった。かまびすしい野鳥の啼き声が谺するなか、朝食のラーメンを啜った。

 

この日は下山だが、アップダウンは往路と変わらない。十二時間は見ておく必要があった。疲れが抜けない両足の甲はパンパンに膨れあがり、堅固なネパールエポを履くのに苦労した。

 

 

午前五時四十五分。お二人に暇乞いを告げて幕営地を後にした。二日間で驚くほど融雪した斜面を下っていく。ここで今回のルート状況の整理。

 

①銀太郎山~五剣谷岳

(雪:藪=7:3) 危険箇所なし

 

②五剣谷岳~青里岳

(雪:藪=5:5) 危険箇所(JCTピークのトラバース、コル周辺の藪痩せ尾根)

 

③青里岳~矢筈岳

(雪:藪=8:2) 危険箇所(コル周辺の雪庇の崩壊、山頂直下の藪痩せ尾根)

 

【反省点】

・藪漕ぎ登山では軽量化はマスト。60㍑ザックは木に引っかかり、疲労がたまる。

・この季節の越後の山にワカンは不要。籔でのアイゼンの脱着はこまめにやる。

・融雪が進む午後の雪渓・雪庇直下の通過は慎重に。想像以上に雪崩が起きやすい。

 

 

融雪が進む前にどんどん距離を稼ごう。

 

 

まずは銀太郎山を目指す。そこまで行けば登山道があるのだ。

 

 

矢筈岳直下の激籔を経験した身としては、今更この程度の籔は怖くない。怖くないけれど不自由なのは変わりない。

 

 

もう味のない雪はコリゴリ。下山したらガリガリ君ソーダ味を喰うのだ。

 

 

この山に関しては熊の痕跡はあまりなかった。

 

 

五剣谷岳を振り返る。おそらく二度とこの場所に立つことはないだろうと、感懐を噛み締めつつ。直後に籔に突入。往路はつい斜面に逃げてしまいがちだったが、尾根通しで歩いた方が楽だった。しかし、大きなマンサクの株に邪魔されて、仕方なく西側の斜面を巻く。

 

 

いよいよ辛くなって尾根の反対側に逃げた。動物的勘が働いたのか、飛び出した先は偶然にも往路に歩いた雪原だった。

 

 

当たり前だけど、雪を拾えば進むスピードが全然違う。

 

 

そして最後の籔漕ぎ30メートル。

 

 

銀太郎山に戻ってきた。

 

「ひつぞう、なんか臭いにゃ」サル

 

 

ひと口分の給水と僅かな休憩ののち、次なる銀次郎山を目指す。

 

 

銀太郎山を見返す。

 

 

僕の足はすでに機能崩壊していた。足裏全体が地面に“叩きつけられる”日々だった。靴を脱いでどうなっているのか見るのが恐ろしい。

 

 

銀次郎山の山頂は融雪が進んで露出していた。遥か先に飯豊連峰の銀嶺が連なっていた。

 

 

出発して既に五時間近くが経過していた。

 

 

でも、七郎平は目と鼻の先だし、残すピークは木六山だけ。勝負はついたようなもの。

 

 

銀次郎山を見返す。そろそろ越後のお二人が追いつく頃。なお、この日は誰にも逢わなかった。こんな良い天気なので、銀太郎山までのハイカーくらいいそうなものだが。

 

 

七郎平山に到着。更に飯豊が近くなった。ここで越後のお二人に追い越される。ピークを少しくだった場所にお二人は銀シートを敷いて、軽食の準備を始められた。実はここに雪解け水の水場があったのだ。

 

 

枯葉が堆積しているので、土臭くないとはいえないが、冷たくて十分旨い水だった。ここで二人で4リットルの給水。これで安心だ。

 

 

下山時の核心部の一つだった雪面も、かなり緩んでツボ足で降ることができた。

 

 

最低コル周辺はヤブツバキの群生地で、この二日間の陽気が開花を促したのだろう。一面ツバキの深紅の花弁で彩られていた。ここから再び緩い登り。

 

「綺麗だにゃ~」サル

 

 

奈羅無登山が見えてくると、第二の核心部の痩せた巻き道が近い。

 

 

よくまあ、ひょいひょいと歩いていけるものだね。身軽って素晴らしいね。ヨロヨロ這いつくばりながらトラバースを終えると、西側の切れ落ちた斜面側に小さな花が幾つも咲いているのに気づいた。

 

 

キバナイカリソウだった。あたりにはショウジョウバカマ、イワウチワ、カタクリなど、お馴染みの春の花が咲き乱れていたが、復路でも花を撮る余裕がなかった。唯一撮ったのがこの花だった。

 

 

七郎平山を見返す。あの雪面を直登したわけだ。そりゃきついよ。

 

 

終日好天に恵まれたこの日。景色は文句のつけようもないほどだった。ただ暑さにやられて、給水した沢の水も残り少なくなり、ひと口含むだけで残量を確かめる。そのたびに憂鬱の度が増していった。

 

 

再びこの先で越後のお二人に抜かれた。通り過ぎ様に「どこから登ってきたんですか」と訊かれたので「チャレンジランド」と答えた。「そりゃ遠い」と返してきた二人は悪場峠かららしい。水無平から三十分で登山口。「乗せていきますよ」と言う誘いは、両足の自由を奪われつつある僕には魅力的に響いた。

 

だが、三日間の汗と埃にまみれた身体は、自分でも嫌になるほど臭い。これは通常の夏山とは違うレベルの臭さで、恐らく藪漕ぎで繊維の奥までしみ込んだ有機物と汗の化学反応によるものだと思う。事実下山後に手洗いすると何度洗っても、洗い水が真っ黒になって閉口した。

 

それに往路復路を自分の足で歩き通して、初めて縦走完踏と言えるのではないか。

 

「そんな意地っ張りにおサルをつき合わせるなんて!」サル

 

 

あの左側のコブが山頂のはず。でも全然到着する気配がない…。こんなに歩いたっけ?

 

 

三日目はこの木六山までの小さなアップダウンの連続が一番足腰に響いた。戻ってきて、初めて中央奥にあるのが銀次郎山であることが同定できるようになった。日没まで時間がない。ゆっくりしている暇はなかった。

 

 

稜線通しでくだると、まもなくグシノ峰方面への分岐に至る。水無平に続く道が(上の写真のように)藪化しているので、整備されたルートにおサルは簡単に誘い込まれていった。

 

おサル!そっちじゃないよ!

 

「むぴ?」サル

 

道迷いの女王、この日も健在なり。

 

 

この後は駆け足で水無平まで駆け下りた。

 

 

窪地を取り囲む山肌を見返すと、ヤマザクラの白い花叢があちこちに見える。その薄桃色の花弁が、鴇色に染まりつつある様子からして、僕らに与えられた時間が残り少ないことを物語っていた。夕闇がそこまで迫っている。

 

悪場峠への分岐に差し掛かったところ、越後のお二人が立休していた。一緒に行くことを勧めてくれたが、断腸の思いで辞退した。最後に別れの言葉を交わして、つづら折りのカタクリの小径を駆け下りてゆく。

 

 

一気に降りたところが沢の出合。ようやく水を補給できる。好きなだ飲めるって素晴らしい。これでもし、七郎平の水場を教えてもらってなかったら…考えるだけで恐ろしい。

 

 

森が朱く染まってきた。沢の音で僕らの気配が消えることを恐れて、ホイッスルを尾根を巻くたびに喧しく吹き続けた。クマゴロウの活動の時間だもんね。

 

 

そして最後の核心部。この巻き道には岩を抱きかかえて通過する場所や、厭らしい段差など、気を抜くと大事故に繋がりそうな場所が幾つもある。重いザックを背負っての残雪期登山。くれぐれも下山時は注意したい。どうにかこうにか日没前に下山できた。ほっ。

 

 

僕より数段元気だったおサルも、さすがに疲れ果ててしまったようだ。

 

「でも終わったよ~!」サル

 

 

15分ほど砂利道を歩けば、チャレンジランド杉川の立派なログハウス風の建物が見えてくる。この三日間のフィールド生活を終えた僕らには、穢れなきテントの前で夕餉を囲むファミリーキャンプの一群が、どこか場違いに見えた。いや場違いなのは僕らの方なのだが。

 

夕闇迫る暮色の野辺で賑やかに騒ぐキャンパーに好奇の視線を注がれながら、薄汚れたサルとヒツジは追放された者のように、片づけをすますとその場を足早に後にした。

 

【三日目の行動時間】 11時間54分

 

(終わり)

 

長らくおつきあい頂き、ありがとうございました。