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他の記事にも書かれているが、私が戸塚ヨットスクールを知ったのは、今に始まった訳では無い。 2008年の時に見た、ある雑誌。戸塚ヨットスクール事件を8歳の時に知り、 ゾッとしたのは、今でも覚えている。
2016年か2017年に戸塚ヨットスクールのサイトを観て、おぞましさを痛感した。 その時は高校生で夜間定時制高校に通っていた。(中退したが)
2025年に令和ヨットスクールを観るようになり、信者のチャンネルも、その過程で知り、 歪さを痛感する程の信者と支持者のワッショイとヨイショが酷かった。 そして、見事に戸塚宏の支持者と信者になっていた。
サイトや、機関紙?である、ういんどを見て、 令和ヨットスクールを観て、本格的に知るようになった。
という認識を、私は持つようになった。 スパルタの海や平成ジレンマの一部を見たときにはまさに衝撃だった。
自分達は聖人君主の集まりだと思われるような内容が多く、 本質的な事に対して、一切触れられずに、 ただただ、戸塚ヨットスクールに賛同する存在以外が、 全てが敵だったことだけをしたと描かれていた。
下手したら、信者と支持者になりかけていた。(実際、数日間、信者と信者になっていた) もちろん、思考する事を学んだ私には到底受け入れられないものであった。 戸塚宏、戸塚ヨットスクール関連のYouTube動画を中心に、ひとチャンネル。 Twitter(X)やInstagramなどで、信者と支持者達と徹底的に言い争いをしていた。
1人のアンチである私と、信者と支持者と話が噛み合わない事は、 痛いほどわかって来た。そして、信者と支持者は、 誰も本質的に答えてくれない人が大半である。
そして、全て平行線で終わって、ロクな結果が無い。
戸塚ヨットスクール、戸塚宏関連の別の動画やチャンネルであえて、 コメント欄に書きこむことすることにした。
(そこでも、言い争いをし、私が関わらなくても戦場化していた)
アンチも支持者も信者も無反応になったからだ。どういう訳か。
アンチも支持者も信者も、まずは自分たちを見つめること。これが肝要なのだ。 私にも分からないが、少なくともこれまでのように、 一方的な賛美と賞賛、批判ではなく、物事の正負の面を見ることができる、 冷静な思考を持つことになると思われる。 |
戸塚ヨットスクールに反対する会・被害者の会の
SNSを順次拡大していきます。
2月から3月末まで、Facebookの開設。
noteは、ゴールデンウイーク明けから6月末を予定しています。
7月以降にサイトを作る予定です。
皆様。よろしくお願いします。
YouTubeは、準備会合後に、開設予定です。
戸塚宏の偽善は誰も説明してない。
戸塚ヨットスクールの事件から責任を取らず、
偽善的で現場の人間に都合がいいだけの理想論を垂れ流ししてるのが戸塚宏。
確かに生徒、子どもの中に一部バカがいる、しかし教員、親の中にも一部バカがいる。
戸塚宏は一部のバカです。どちらも自制が効かない。
社会、マスコミ、刑務所で叩かれても躾られない。
明らかに躾失敗です。体罰の効果はなかったと言う事。
そして、精神病院に入ろうが、老人ホームに入ろうが、同じ調子が待っている。
さらには、ある信者の動画を観たが、全く響き渡らない。
それどころか、おぞましさと歪さが盛り上がっていった。
余談ですが、ある人からの情報提供。
その、戸塚ヨットスクールのあるコーチは、
後に学校の先生になっていた。
確か戸塚宏がある動画で言ってましたが、(どの動画かは知りませんが)
ヨットスクールで戸塚宏の考えに、
洗脳されたらしい。
そのコーチが後に学校の先生になれたけど、
生徒に体罰をして先生をクビになったそうです。
暴力は暴力を生むのだった。
昔の戸塚宏は本当に良かったとして、
しかしながら、理想論ばら撒いて責任も取らず、
一切反省せず、過去の行いに向き合ってないのは戸塚宏。
「現場の人間こそ客観的に見て判断し行動する事ができない」
これは、戸塚ヨットスクールで起きた事件の背景であり、
スタンフォード監獄実験の実験結果でもある。
また社会で大なり小なり頻繁に起こしてきた事象ですよ?
客観的に見れてない戸塚宏の「主観」からの理想論と申し上げます。
「現場」と言う客観的に見て判断し行動する事ができないのが人と言う種の悪癖です。
私の理屈ではなく実証実験の結果であり社会で頻繁に起こしてきた事象である。
科学的にやらないかんと言うが大和魂何が?どう科学的?
スタンフォード監獄実験の結果を見てコイツの話と裁判記録見てから評価するべき。
いまだに気がつかない、戸塚ヨットスクールと、
スタンフォード監獄実験をしてた教授と同じ事になってる。
戸塚宏の批判してるリベラルや教育、メディア、偏差値、理解がズレてしかも偏見すごいと思う。
現場を知れとも言ってるが戸塚宏ほど現代の現場を知らない。
科学は再現性と言うが、また殺人犯して、極刑であろう。
戸塚ヨットスクールは 「甘やかし教育への疑問」や「規律・忍耐の必要性」
という理念レベルの問題提起は理解できる。
しかし、評価されるべきは理念ではなく手法と結果。
体罰・恐怖支配・人格否定は、教育学・心理学・人権の、
いずれの基準でも明確に否定されている。 しかも死亡事件という、
不可逆の結果が出ている以上、
「厳しさ」や「鍛錬」で擁護する余地はない。
厳しさと暴力を混同した時点で、それは教育ではなく虐待であり、 暴力であり、犯罪であり、
歴史的には反面教師としてのみ語られる存在である。
戸塚宏と戸塚ヨットスクールのコーチ、さらには、信者と支持者の異常性。
人を何人も殺めて服役した人間が先生と呼ばれる、コメ欄の異常さ。
これが、私が戸塚宏を否定する主な要因である。
戸塚宏が出てる動画にも同じような、コメントがあった時に、
戸塚宏の信者らしき連中が「前科や刑務所に行った事の一つや二つくらい 誰だってある!
そんな事で戸塚先生に偉そうに文句を言うな!」って袋叩きにしてました…
私もその信者と何度も言い争いをしていました。
あっちの界隈では「そんな事」で済まされるそうです。ヤバいですね。
私には前科も刑務所に入った経験もありません。
そのコメント書いた人はあるんでしょうね、開き直るところがまた異常ですが。
死亡を軽く扱う人間が戸塚宏を擁護しているのですね。
命の蔑視と軽視。
例え、お地蔵さんやお墓が立てられても、罪は永遠に消えないし、
反省アピールでしかない。お地蔵さんに対する冒涜である。
これを、よくリベラルと非難されるが、
そもそも、「殺人したらどんなことがあっても悪い」という定義はなぜ間違っているのですか?
「リベラルで作られた常識」といいますが、いつ作られたのですか?
作られる前後という転換期があるはずです。
それはいつですか? 作られる前はどのような常識が共有されていたのですか?
戸塚ヨットスクールに反対する会・被害者の会で、
いずれ行われる、準備会合について。
内容についてですが、
集まった皆さんで挨拶をして、自己紹介した後、
会長と副会長の選出。
幹部の指名。
会の規則作り。
会の活動方針。
この四つを決めていきたいと思っています。
会場に参加できない場合は、Zoomを交える事も考えています。
会場がどこになるかは、わかりませんが、
今年はやりません。
その前に公式サイトと、Facebook、noteの開設が先ですが。
戸塚ヨットスクールの内部で起きた犯罪や被害の声を、
告白・告発には大きなリスクが伴います。
辛くて悲しい伏せてきた思いを蘇らせるだけでも、
心に大きな負担が圧し掛かります。決して良い事など何もありませんが、
それでも勇気をもって声をあげた、皆さまは矢面に立ちながらも、
この問題を解決する目標をもち、自分たち以外の、遺族・被害者のためにも、
声をあげて糾弾して、戸塚ヨットスクールと戦うために努力し続けます。
あなた達の事は何も残らないけれど、これは、反対勢力の存亡をかけた、
終わりなき戦いになるかもしれません。
だからこそ、反戸塚宏、反戸塚ヨットスクールの皆さんは、
立ち上がって、令和ヨットスクールと戸塚ヨットスクールに抗い、
戦わないといけないときは、いずれ到来します。
だからこそ、我々はこの外道集団に、暴力集団に、何としても勝たないといけません。
勝ては官軍と言えば、本当にその通りです。
ですが、戸塚ヨットスクールと戸塚宏に関しては、
何としても、最後まで、最後の最後まで笑いものにしないといけないのです。
反対する声を潰そうとする、支持者と信者に断固として戦う姿勢を突きつけましょう。
戸塚宏に影響されて彼の意見が正しい!ほかは薄っぺらい!
彼しかいない!彼だけ!
って主張してる奴が一番頭も悪いし、
戸塚ヨットスクール入れるべき対象なんだよな。皮肉なことに。
さらには、戸塚ヨットスクールの訓練生として入る事を奴等は拒んでいる。
おかしな話である。
アンチである私もだが。
私は戸塚宏は嫌いだが、意見やコメントを見ると、
リベラルは悪だと言わざるを得ないが、厳密に言えばリベラルそのものが悪ではなく、
自由主義に見せかけた我儘リベラルなのだが。
それを否定する信者や支持者は、 自己中暴力集団なのです。
海外の子ども達は殴られて育っていませんが、
常に責任を課された教育を受けています。
海外の子達が年齢に反して恐ろしく大人びているのはその為です。
日本も、その時期に差し掛かっているのかと思います。
全ての課題に責任を持たせるという事です。
大人として扱うことのほうが寧ろ成長するのですね。
出来なかったでは済まさない事です。
外郎売りのセリフもテストや宿題では多くの人が覚えて来ないものが、
仕事となると覚えてくるのは責任の違いです。
子どもであっても悪いことをすれば大人と同様に警察に捕まり罰せられる。
少年犯罪の厳罰化もその一つです。