体罰は人間が使ったら正しくならないということは分かります、
体罰自体は善何ですけど人間が使ったら悪になるということです。
自分が思う正しいやり方とは、恐怖ではなく
「環境を整えること」と「次にすべき行動を教えること」です。
ですが、余裕がなくてこれができていない親御さんがほとんどなのが現実です。
その結果、子どもがただ本能で動いているだけなのに
「親を困らせるモンスター」に見えてしまい、つい手をあげてしまうのだと思います。
体罰を受けて子どもが改心したり、大人が完璧に理性を保って一発だけで、
終わらせたりして「善」になるのは、アニメやフィクションの中だけのファンタジーです。
現実の人間が怒りに任せて手を出せば、
それはただの感情の暴発であり、虐待へ繋がるリスクしかないんですよ。
「100%全員を救えない手法は正しくない」という前提や、
「だから戸塚氏の手法も完全否定できない」という結論には、
論理的な飛躍があると言わざるを得ません。
そもそも、子どもの人権や主体性を尊重する「環境調整」と、
暴力や強制を伴う「戸塚氏の手法」は、教育としての前提が真逆であり、
根本的に矛盾しています。
これらを親や教育者が器用に「使い分ける」ことは、理論上不可能です。
なぜなら、一度でも恐怖や強制による支配(戸塚氏の方法)を混ぜてしまえば、
信頼関係をベースとした環境調整の機能はすべて破壊されてしまうからです。
「完璧な正解がない」ということと、「人道的に問題のある手法を肯定していい」
ということは、全く別問題です。全員を救える魔法のような方法がないからこそ、
自分たちは手法の有効性と安全性を検証し続けなければならないのであって、
そこに暴力を選択肢として残す理由にはならない。
そもそも、自分は戸塚はやりすぎだって言ってる。
死者を何人も出しているし、体に負荷を与え続けた、
結果「外傷性ショック」とかで死んだ人もいるし
、他にもそこまでやるかってことをしてるからね。
せめて誰も死なない程度に行なえって思うんよ。
それに、戸塚は体罰をやれって動画で押し付けてくるから、そこが一番おかしい。
非行少年とかは言葉で言ってもそう簡単には通じなくなってるから、
暴力しかないって言うのはまだわかるけどね、
普通の子供にも体罰をしたほうがいいとか言ってるのが頭おかしいと思う。
もし親が暴力を振ったとしてもそれがさらに反抗的になって、
悪化する可能性あるから、それはもう自己責任だが。
100%全員救う魔法のような理論がなかったとしても、
「少なくとも戸塚のように死者を何人も出さないようにすること」は十分に可能ですよ。
教育や支援において、「全員を完璧に救えないなら、死者を出している手法と同類だ」
という極論は絶対に成り立ちません。100人が100人救えなくても、安全な方法で90人を救い、
残りの10人も命だけは守って次の専門的な支援に繋ぐ現代のアプローチと、
暴力によって物理的に命を奪うリスクのある手法の間には、
天と地ほどの差があります。「全員救えないなら議論は無駄」などと極論を言い、
実際に死者(外傷性ショック死など)を出している危険な手法を容認しようとする
論理は、命の重さをあまりに軽視している。
「100%完璧に救えなくても、子供の命を守る安全な方法を選ぶべきだ」
という命の最低ラインの話をしています。
それに対し、実際に死者(外傷性ショック死など)を出している手法と、
一人も死なさずに子供の命を守っているアプローチを、
無理やり「どちらも敗北」と同類に仕立て上げて本質から目を背けているのは、
戸塚ヨットの信者と支持者のほうです。
命を守るアプローチを敗北と呼ぶ、倫理観こそ、教育を語る資格はありません。