禅問答のような喋り方は 意図的に上と下の立場を作り出す技法。
相手に「自分はまだ分かっていない」 と思わせること 戸塚宏の語りも同じ構造。
「君はまだ本当の知識を知らない」 「理屈で分かろうとするな」
理解できないのは、相手の未熟さ という構図を作る。
徹底的に意味を曖昧にして深そうに見せる これは奴の基本。
このコメント欄で戸塚宏の支持をする人、 もしかして正しいのかもと興味を持った人、
あなたはおかしくはない。だけど どうか騙されないで欲しい。
答えかのような強い言葉を渇望する 不安な時代の若者は支持されやすい。
ちなみに本当の意味の大和魂を ここに記す。 これは事実のみを元に書く。
「大和魂」言葉の初出は、「源氏物語」
もともと世界の中心だった中国に対して、
大和絵、かな、という女性的で日本的な応用 のことを示していた。
たったそれだけの意味。 時代と共にその言葉の意味は変わっていく。
中世〜近世の 武士道・尚武 近代〜戦時の 国家精神・自己犠牲。
さらに遡って 神道・卑弥呼・日本の原初性 気づいたかな。定義が一貫していない。
評価語であって、説明語ではない。
「大和魂」は 良い、尊い 誇らしい 日本らしい という価値判断を含んだ語であって、
何を指すかを説明しない。 中身を言わなくても、拍手が起きる言葉。
これは、思想操作にとって理想的で 煙に巻く便利な言葉。
私もだが、結局、大和魂とは何かを説明できないね。
だから、認められない。また、縄文は、ヤマトではない。
差別、征伐しといて、その歴史まで奪うのが侵略者の手法。
これが、勝者が作る、勝者の特権。それが、デタラメかつ偽りの歴史である。
「大和魂は科学」とか言うと批判されるのは当然である。
大和魂は当然、日本人として持っておくべきものだとは思うが、
それで教育が行われたわけでもないし、勿論、科学でもない。
論理的な整合性があるとは言えない話の展開になってますよね。
大和魂を辞世の句にした吉田松陰は、体罰よりも言葉と実践で生徒を導く教師でした。
生徒にも教えを乞う姿勢を見せていたのは、
戸塚宏は違うタイプの先生だと思います。
福沢諭吉は当時の日本においては、かなりリベラルだったと思いますし、
明治前半は「体罰は悪」という認識である。
また、戦前の体罰を元にした教育によっても凶悪事件は多数起きています。
戦前日本の教育現場では、
明治12年(1879年)の「教育令」から体罰は禁止されていました。
その後も、小学校令や国民学校令において、
学校の教員が児童に体罰を加えることを禁止する規定が引き継がれました。
戦前における体罰禁止の歴史
明治12年(1879年)教育令: 第46条で「生徒に体罰・殴打・拘束を加えることはできない」と規定されました。
明治23年(1890年)小学校令: 第63条で小学校の校長や教員に体罰を加えることが禁じられました。
明治33年(1900年)小学校令: 第47条で、懲戒権は認められつつも体罰は禁止されました。
昭和16年(1941年)国民学校令: 第20条で、懲戒権の範囲内であっても体罰は禁止されました。
端的に言えば、明治維新から日本は衰退していたことが考えられる。