もし、戸塚宏の教育論が科学的だというのなら、

ちゃんと論文にすればいい話である。

 

すると、左翼やリベラルもわかるようになる。

 

戸塚ヨットスクールが科学的な議論たり得る論文を出せばいいだけだと言っている。

もし、信者や支持者が誰一人として、出せないなら、科学ではない。

 

それは、似非科学である。

 

一部を除いて、戸塚宏と戸塚ヨットスクールを、

支持してるやつに信奉する奴に論文を書ける能力があるとは到底思えないが。

リベラルの一番よくないのは答えを出さずに、

答えを出したものを否定することしかできない。

 

と言うのは明確だが、

教育と言うものに答えを出したものってのがそもそも間違えてます。

戸塚宏自身「暴力」ではない「体罰」なんだと言うけれど、

それは、相手が受け入れるタイミングとか運にかかってくる問題です。

 

ただ殴られたってムカつくだけです。

つまり戸塚宏も答えらしい事を、ほざいてるが答えになってない。

 

そこに右翼や左翼、革新、リベラルも保守も関係ないです。

 

亡くなられたチャーリーカークの動画は、「体罰、暴力の必要性」について語ってはいません。

他の保守系論者も一緒でむしろリベラル学生、勢力の妨害、暴力に反対してました。

「暴力で抑えようとするな!」とね。

 

信者や支持者もそうの思うのでは?何故、教育だけ反対に必要だと思うのです?

それが答えだと?戸塚宏に騙されていませんか?

 

だから暴力はダメなんだよ。 合う合わないがあるんだろ?

もし合わなかったら、殴られた子はショックで自殺するかもしれない。

 

それなのに殴るということは、殴る教師は「殴ってダメになっても知らん」と、

思って無責任に殴ってるんだよ。 そこに子どもへの思いやりなんてない。

「俺が殴りたいから殴る」ってだけである。

 

思春期から体罰での教育を受けるとそうかもしれないですね。

多くは幼少期から体罰を経験していましたので、

思春期にはすっかり免疫が出来個人的には感謝している部分も有ります。

 

しかし戸塚宏の様に死人が出るような恐怖のみで支配する躾は明らかに違います。

別物です。

 

免疫が出来て体罰になれてしまったのなら、尚更体罰に意味はない。

ただ肉体的痛みがあるだけの体罰に教育効果などあるわけない。

 

 幼少期から叩かれていると、大半は自己肯定感は下がるし自尊心も無くなってしまう。

親からの愛情や理解が不足し常にストレスを抱えるようになる。

 

自分はダメな人間だという自覚ができてしまい、犯罪率も上がる。 

「自分が叩かれて育ったのだから、周りの人間も叩かれることに耐えるべきだ」

という他人に厳しい考えになり、パワハラやモラハラなどをするようになる。

 

痛みで分からせる?そんな必要はない。

なぜなら、それが悪いことかどうかなど、不良だって分かってるからな。

 心にストレスや不満があるから、悪いことをしたくなるのだから、

何に不満やストレスを感じているのか聞いて、理解してやればいい。

 

だから。殴る教師は無責任だと言ってるんだよ。 殴らずに更生させればいいだろ。 

殴られなくても更生した人間なんて山ほどいる。

 

​心理学には、最も感情が動いた瞬間(ピーク)の印象で全体の評価が決まる、

ピーク・エンドの法則があります。

 

 ​強烈な体験: 「殴られた」という痛みとショックは、

身体的な強い刺激として脳に刻まれます。

本来、心を動かしたのは教師による究極の自己犠牲と承認の言葉です。

 

しかし、暴力のインパクトがあまりに強すぎるため、

脳の中で「覚悟の言葉」と「暴力」がセットで保存され、

後から振り返った時に「殴られたことがスイッチだった」

と記憶が書き換えられてしまうのです。

 

体罰も殴りたいから殴ってるだけ。殴りたくないなら殴らない。

 

 

まず、理不尽な言葉をかけてくる奴がいるという経験については、教師である必要はないです。

むしろ教師であってはいけない。教師は信頼できる存在であるべきです。 

大好きな先生にビンタされて反省と言いますが、

ビンタされなければ大好きな先生が悲しむことを、やり続けてたんですか?

 

あなたの大好きって、その程度なのでしょうか?

悪さをする時に先生の顔が浮かばなかったのですか?

その先生はあなたのことを信頼していなかったのでしょうか?

先生が生徒を信頼し「君は悪いことをするような人ではない」

と信じていれば、生徒は悪いことはしません。

 

皆さんだって「こんな事をしたら先生は悲しむよな」と思えば、

悪さはしなかったはずです。

 

その信頼関係がないから、あなたは大好きな先生のことなど考えずに悪い事をした。

所詮その程度の関係性だったということです。 

信頼関係さえあればビンタなどなくても悪さはしなくなります。

 

ただ世の中には当たり前に、理不尽な事が有って社会に出た時初めて、

その理不尽さに触れるよりは私にとって、傷ではなく、勝手ながら、糧になったという、

勝手な個人の感想です。色んな考え、意見が有って当然ですが、

互いに相手の立場で考え気持ちを想像したいものですね。暴力と同じように言葉も人を傷つけます。

情緒障害を持つ人がショート動画やXの動画「以外」のコンテンツを視聴することはあります。

 

動画の視聴に関する好みや能力は、障害の種類、重症度、個人の特性によって大きく異なり、

Twitterの動画や、ショート動画しか見られないというわけではありません。

 

以下のような要因が影響します。

  • 集中力の問題: 一部の情緒障害(注意欠陥・多動性障害(ADHD)など)を持つ人は、注意を持続させるのが難しい場合があります。そのため、短くて刺激的なショート動画を好む傾向はありますが、これはすべての人がそうとは限りません。
  • コンテンツの種類: 興味や関心があれば、長時間のドキュメンタリー、映画、教育番組なども視聴できます。個人の興味が集中力を維持する鍵となります。
  • アクセシビリティとサポート: 字幕、音声ガイド、一時停止して見直す機能など、アクセシビリティ機能があれば、長時間のコンテンツも視聴しやすくなります。
  • 気分と感情の調整: メディアの消費は気分や感情に影響を与えるため、感情的なアップダウンを避けるために特定の種類のコンテンツを避ける人もいるかもしれません。
  • 習慣: ショート動画は中毒性があるように設計されているため、習慣的にそれらを選んでしまうという側面もあります。 

重要なのは、情緒障害を持つ人々のメディア消費行動は多様であり、個々のニーズや好み、

そして利用可能なサポートによって異なると理解することです。

 

 

私はショート動画やYouTubeの通常動画を最近観なくなったが、

情緒障がい者をバカにして、ここまで見下す、令和ヨットスクールのTwitter(X)

の、投稿に腹を立てました。

 

令和ヨットスクールのスタッフは精神異常者か?

やり取りもマトモに出来た試しがなく、私がいくら会釈しても、フル無視。

 

令和ヨットスクールはアンチ達を、トコトン馬鹿にして、見下して、

優位に立たないと気が済まない、自己中な奴等である。

ABEMAも観る価値が無い為、一秒も観ていませんが、

戸塚宏のお話のほとんどが中身のなく、説明がほぼ無い。

朝日新聞が良くないだとか、毎日新聞が良くないとか、

左翼、リベラル教育がダメと言った、反キリスト教、アンチ日教組の戸塚宏。

言ってることが、その辺の右翼や愛国者、右派と変わらない。

 

(未だにムスリムやイスラムの言及が無く、

北朝鮮、韓国、中華人民共和国に対する発言が無い)

 

そもそも戸塚ヨットスクールはオリンピック選手を育成することが目的とされているが、

オリンピック選手を輩出したことが無い。

 

サイトを観て調べたところ、

1981年の神戸のポートピア博覧会のレースに出ていたとサイトに記述されており、

それを最後に出ていないか、輩出を諦めて、止めたかと思われる。

 

他人に体罰をする学校というイメージしかない。

体罰と言えば学校教育よりも部活動のイメージが強い。

ただこういった、体罰教育がメインだったスポーツ界からもネガティブな声が大きいと思う。

 

さらには、戸塚宏は他のヨットマンから非常に嫌われています。

 

スポーツ界では大谷翔平や久保建英、三苫薫といった名プレイヤーが誕生している。

そんな日本の宝と呼ばれるような影響力あるスポーツ選手が体罰を受けていたのだろうか。

答えはノーである。いや先輩からのシゴキが完全に無かったとは言わないよ。

 

体罰は必要ないと言うのが結果として出ている。

そうなった時に体罰擁護論者は精神論を語る。この精神論が大和魂(?)であり、

それはとても科学的(?)であると。

 

この辺の具体性がなにもないので戸塚宏からは結論は言わないけど、

今の日本の教育はよくないと否定したいだけにしか思えない。

 

(明治維新から終わっているから尚更か)

 

まさに今、高市早苗を応援している連中が、

高市早苗の良さを具体的に語れない事象と酷似している。

そして彼らは前総理の石破や岸田を否定する。単なる反石破・反岸田なのだろう。

 

(余談だが、戸塚宏は高市早苗を好きだと公言している)

 

戸塚宏にもそのような反日教組のにおいがプンプン漂っていて、こんな奴だったら嫌だなって話。

 

戸塚宏を持ち上げてる連中も実際、戸塚ヨットスクールに行ってないからね。

これも愛国者がイキって憲法改正!と鼻息荒々しく吠えてるのと同じ。

 

だったら、さっさと自衛隊に入れと。別に自衛隊じゃなくてもいい。

PUBGで鍛えた知識を駆使し自前で軍隊を作ってもいい。

 

戸塚ヨットスクールすごい!とかいってる連中が弱者男性であることは言わずもがな。

コメント欄には、やたらめったら、坂上忍やたかまつなな、

ロンブー田村淳に対するアンチコメント多数。

 

(信者が投稿している動画でも、坂上忍の叩きが凄まじい。

私は両者ともに、どっちもどっちだと思うが)

 

信者や支持者のワッショイとヨイショが極めて目立ち、複数アカウント工作の可能性もある程には。


仮に自分に子どもがいてこの学校に入れたいかという話。

石原慎太郎がスパルタ教育で戸塚宏のことをべた褒めしていたけど、

四人の息子も入れてない訳でしょ。スパルタ教育を言ってる連中が自分の子どもに甘かったりする。

それはさすがに論点ずれてるかな?いやでもそれぐらい、

お門違いのこと、戸塚宏はおっしゃてましたんで、問題ないでしょうね。

 

さらに、余談ですが、戸塚宏は自分の嫁の戸塚幸子と娘二人に体罰は一切やっていないらしいです。

 

何だったら、尾木直樹は自分の教育論を自分の子どもに実践していません。

 

ハッキリ言って、教育は…これ以上は言えませんが。

これは、AIを参考に加筆した文章になります。

 

桜井誠と石原慎太郎の対談  場所は 東京都庁

 

設定:
これは完全に架空のシナリオです。2014年、石原慎太郎氏が都知事退任後から数年後、

東京都庁の特別会議室で、行動保守派の代表である桜井誠氏と「日本の在り方」について、

非公式に対談したという設定です。


石原: ふん、わざわざ呼び出しておいて、何の用だね、桜井誠よ。

 

桜井: 石原慎太郎、お忙しいところ恐縮です。私は桜井誠と申します。

「在日特権を許さない市民の会」の会長を務めております。

今日は、日本の未来について、石原慎太郎のお考えを伺いたく参上いたしました。

 

石原: 在特会? ああ、あの街宣車で騒いでいる連中かね。桜井君達のやっていることは、

まさに「大衆のエネルギー」ではあるが、いささか品がない。もっと大局を見据えんといかん。

 

桜井: 石原慎太郎、本日は貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございます。

活動家として、今の日本の現状に強い危機感を抱いており、

長年、日本のあり方を深く憂慮されてきた、石原慎太郎のお考えをぜひ伺いたく、参上いたしました。

 

石原: ふむ。桜井君のような人が、日本のことを真剣に考えているのは結構なことだ。

だが、言葉だけでは何も変わらん。行動、そして思想の深みが伴わねばな。

桜井君は、今の日本をどう見ているのだね?

 

桜井: 戦後の日本は、本来持つべき気概や誇りを失ってしまったように感じています。

経済的な豊かさと引き換えに、大切なものを手放してしまった。

特に、自国の歴史や文化に対する無関心さが広がっていることに、強い危機感を覚えています。

 

石原: それは私も常々感じていることだ。GHQによる占領政策以来、

日本人はどこか自信を失ってしまった。自虐的な史観が蔓延し、

本来持っている優れた精神性を否定する風潮がある。

桜井君の活動の根底には、その戦後体制に対する反発があるのだろう。

 

桜井: まさしくそうでございます。しかし、その危機感を訴えても、多くの国民には届いていないように感じます。

政治もメディアも、どこか表層的な議論ばかりで、国の根幹に関わる問題から目を背けているように見えます。

 

石原: 政治家というのは、票を得るために大衆に迎合しがちなものだ。本質的な議論を避け、

目先の利益を優先する。だが、それで国が持つわけがない。君たちのような存在が、

その停滞した空気を破ることも必要かもしれん。ただし、やり方というものがある。

 

桜井: 石原慎太郎のやり方は?

 

石原: ただ声高に叫ぶだけでは、大衆の支持は得られん。確固たる哲学と、それを論理的に語る力が必要だ。

感情論だけでは、一時の勢いはあっても、やがて廃れてしまう。

私は作家として言葉を紡いできたが、言葉には力がある。その力をどう使うか、よく考えるべきだ。

 

桜井: 我々は、日本の未来のために行動し、訴え続けていく覚悟です。

石原慎太郎のような経験豊富な方に、これからもご指導いただければ幸いです。

 

石原: 私は引退しかけているが、日本の行く末を案じる気持ちは変わらん。

桜井君の情熱には期待する部分もある。だが、冷静に、大局を見失わずに活動を進めなさい。

日本の再興は、一朝一夕には成し遂げられんのだから。

 

桜井: ありがとうございます。石原慎太郎の言葉、重く受け止めます。

 

 

それでも、桜井誠さんと石原慎太郎さんがお互い評価する訳が無かった。

これは、あくまでAIによる憶測の為、ご了承ください。

 

桜井誠氏と戸塚宏氏が出会った場合、日本社会の現状認識、民族・国家のアイデンティティ、

移民政策、教育問題、そして「日本」という国の将来について、互いの立場や思想をぶつけ合うような、

非常に白熱した議論になる可能性が高いでしょう。

桜井氏が「日本のアイデンティティと民族主義」を、

戸塚氏が「民族の伝統と文化保存」を、それぞれ核とするため、

「日本を守る」という大義の下で、その具体的な方法論や世界観の違いが対話の焦点となりそうです。

 

桜井誠(日本第一党 初代党首にして前党首)

戸塚宏(戸塚ヨットスクール 校長)

 

想定される対談テーマ

  1. 「日本」の定義と存続
    • 桜井氏:日本人の民族的純粋性や文化の継承を重視し、現状の危機感を表明。
    • 戸塚氏:日本固有の伝統や文化の価値を強調し、それをどう守り、未来に繋ぐか。
  2. 移民・外国人労働者政策
    • 桜井氏:外国人労働者の受け入れ拡大に反対し、民族共同体の維持を訴える。
    • 戸塚氏:日本の伝統文化を維持しつつ、外国との交流や共生をどう考えるか、という視点から議論。
  3. 教育と国家観
    • 桜井氏:教育の在り方を通じて、国民の愛国心や国家意識を高める必要性を主張。
    • 戸塚氏:歴史教育や道徳教育を通じて、日本の精神性を次世代に伝える重要性を説く。
  4. 現代社会の課題
    • 少子高齢化、経済問題、国際情勢など、様々な社会問題に対して、それぞれの立場から「日本」にとっての解決策を提示し合う。 

対話の展開

  • 共通認識: 「日本」という国家と民族、文化を守りたいという強い思いは共通している。
  • 相違点: その「守り方」や「理想像」が異なり、特に外国人との関係性や社会のあり方で激しく意見が対立する可能性がある。
  • 結論: 互いの主張を尊重しつつも、根本的な思想の違いから、完全な合意には至らず、むしろ相互理解を深めるよりも、それぞれの主張を再確認する形になるかもしれません。 

例えるなら
「日本」という船を、ある人は「鎖国して自給自足」の航海で守ろうとし(桜井氏)、

ある人は「鎖国はせず、伝統の羅針盤で航海する」ことを目指す(戸塚氏)ような、

根本的な航海方針の違いが浮き彫りになるでしょう。

私もあなたも誰も語ってはいけない。人権。

 

静岡刑務所の三悪人というプロパガンダの著作。

 

訓練生への傷害致死事件で有罪判決を受け、静岡刑務所で懲役6年の刑に服した戸塚宏が、

出所後に看守たちへの怒りをぶちまけた本。

著者の狙いは日本の刑務所における人権侵害の実態を暴露して糾弾することにあるが、

そういった本来の意図とは全く別の意味で面白い読み物となっている。

なにしろ言っていることが矛盾だらけで支離滅裂なのだ。

戸塚は刑務所の看守を

「およそ法の概念から外れたとんでもないことをやっています」(p.41)

「人権という概念をしっかり勉強してもらいたいものです」(p.49)

「民主主義がわかっていない」(p.101)

などと批判しているが、どれもこれも戸塚自身に最も当てはまることばかり。

「お前が言うな」という突っ込み待ちのギャグではなく、

当人は大真面目で言っているのである。

 

訓練生の人権をさんざん踏みにじってきた男が、

人権蹂躙される立場になるとニワカ人権派に早変わり。

「建前は矯正教育ということですが、やってることは圧政です」(p.87)

って、そりゃ戸塚ヨットスクールのことだろうよ。

このほか「甘やかされて育った連中は、成人になってからも反省の能力がついていない」

「弱ったことに、『反省』という言葉を知らない人たちが多数いるのです」(p.171-172)

とも、戸塚は書いている。自己紹介乙、と言う他ない。

また、戸塚は静岡刑務所で受けた扱いを「いじめ」(p.80)と呼んで糾弾しつつ、

刑務所から離れた文脈では突如として宗旨を変え、

「いじめられると、怒り、悲しみ、不安、といった不快感が生じますが、

その不快感が子どもを行動にかりたて、いじめられっ子を進歩させます」

「いじめられた側は、いじめた側よりもずっと大きな利益を得るわけです」(p.173)

「常々私が言っていることのひとつに、『強いというのは正しい』という厳然たる法則があります。

力というのは正義なのです」(p.182)

と強者による弱者へのいじめを肯定している。

おいおい、それなら静岡刑務所の看守からいじめてもらったことに感謝しろよ。力は正義なんだろ?

以上、本書の主張を要約すると「俺(戸塚)がやる人権侵害は正義だが、

俺に対する人権侵害は許さん」ということに尽きる。

実に本書こそは、おのれを棚に上げて二重基準を弄する「反人権派」の滑稽さを如実に示す一冊といえよう。

 

太陽族を作って風紀をみだした、石原慎太郎が、年いってから急に愛国心にめざめたり、
京大でゲバ棒ふってた人や元共産党員が「新しい歴史教科書をつくる会」をたちあげたり、
この人らは、不可解な行動をとることが、しばしば見受けられます。

 

『おやつを減らされた。いじめだ』

『刑務所は奴隷制度と同じ』

『刑務官は人権思想を勉強しろ』

『行進のやり方で怒られた』

自分は何人も死人だしておきながらこれだからな。
出所しても未だに反省してないどころか悪化してる。

精神病院でも似たようなことになるだろう。

 

つまり、奴は何が何でも一切反省しません。

 

普通だったら、戸塚ヨットスクールの前で抗議する人がいてもおかしくない程だ。

そして、反対勢力の団体が出来ても良い位だ。

 

だからこそ何度も言うが、戸塚宏を野放しにした人たちも糾弾しないといけないし、

戸塚宏を極刑にする、その時まで戦うぞ!

 

戸塚ヨットスクールに反対する会・被害者の会。結成まで、遠い道のりですが、

結成するために、今年も頑張ります。

 

それにしても、一団体、一個人で、戸塚ヨットスクールの真ん前で抗議した人間はいましたか?

戸塚宏は様々な教育評論家やアイドル、芸能人、タレント、

芸人と言った、雑魚を相手に叩いてウンザリしていると思う為、

戸塚宏に太刀打ちできそうな十人の漢を、私が厳選した。

 

ゆたぼん

ゆたぼんパパ

へずまりゅう

桜井誠

河井ゆうすけ

橋下徹

池上彰

吉野敏明

竹中平蔵

百田尚樹

 

の十人の漢達しか、戸塚宏とマトモな討論が出来ません。

そこらへんの連中とは、この十人とは格と力が違い過ぎるのは明確です。

 

ABEMAも真面目に考えるべきである。

戸塚宏の相手なら、この十人が相応しいと、全国に知らるべきである!

桜井誠氏と戸塚宏氏が個人的に会って対立した、あるいは会談したという客観的な事実は確認されていません

両名とも「保守思想」の持ち主とされることがありますが、その活動分野や主張の焦点は大きく異なるため、

仮に出会ったとしても、お互いの思想や手法に対する見解は異なり、意見が対立する可能性はあります。 

両者の主な違いは以下の通りです。

  • 戸塚宏氏: 主に教育分野におけるスパルタ式指導法(戸塚ヨットスクール)で知られ、教育の荒廃に対する独自の保守的な解決策を主張してきました。
  • 桜井誠氏: 主に政治活動家として、街頭での抗議活動やヘイトスピーチ規制に関する議論の中心人物であり、「日本第一党」の前党首を務めるなど、外国人政策や政治的な主張が活動の中心です。 

両者の支持者や第三者の中には、それぞれの「保守」としてのあり方(どちらが「本物」かなど)を比較し、

批判的に論じたり対立を煽ったりするような、

意見交換がSNS上で行われている例はありますが、本人同士が直接対立したという情報はありません。

 

桜井誠氏と戸塚宏氏は、ともに日本の保守的な思想を持つ人物と見なされることがありますが、

その活動分野、主張の焦点、手法には大きな違いがあります。

 

桜井誠氏: 政治活動と排外主義的主張

桜井誠氏(元「在日特権を許さない市民の会」会長、元「日本第一党」党首)の思想は、

主に政治的なナショナリズムと排外主義に焦点を当てています。 

  • 主な関心分野: 政治、外交、社会運動。
  • 主な主張:
    • 在日韓国・朝鮮人に対する特別永住者制度の批判や廃止を求める主張。
    • 特定の民族や国籍の人々を対象とした強い口調での批判やヘイトスピーチ(差別的言動)を伴う街宣活動・デモ活動。
    • 「日本第一」を掲げ、外国人政策や移民問題に対する強硬な姿勢。
    • 戦後日本のリベラルな価値観や「戦後民主主義」に対する批判的な見解。
  • 手法: インターネットを活用した情報発信や、街頭でのデモ・演説といった直接的な政治活動が中心です。 

戸塚宏氏: 教育とスパルタ式指導

戸塚宏氏(戸塚ヨットスクール校長)の思想は、主に教育論と人間形成に焦点を当てており、

その手法は極めてスパルタ的・権威主義的です。 

  • 主な関心分野: 教育、精神論。
  • 主な主張:
    • 戦後の「間違った教育論」が人間をダメにしたと批判し、体罰を肯定する「科学的精神論」を提唱。
    • 人間は生まれながらにして理性があるという戦後民主主義的な思想を否定し、理性は「創り上げるもの」と主張。
    • 「子どもに意見を言う資格はない」とし、大人(指導者)が厳しく導くべきという考え。
  • 手法: 戸塚ヨットスクールでのヨット訓練を通じた指導(訓練生への体罰や厳しい指導が事件に発展し、裁判となりました)

桜井誠と石原慎太郎の意見交換があったら 会話文

 

両者の過去の発言や政治的スタンス(強硬な対外姿勢、ナショナリズム、既存メディア批判など)

に基づき、もし意見交換が行われた場合のシミュレーションを提示します。


【仮想対談】日本再生への直言

 

桜井誠(以下、桜井):
「石原慎太郎、今の日本はもはや『不沈空母』どころか、舵を失った漂流船です。特

に外国人参政権や不法滞留者の問題に対し、既存の政治家はあまりに腰が引けている。

貴方がかつて『三国人』発言で喝を入れられたあの気概が、今の永田町には微塵もありません。」

 

石原慎太郎(以下、石原):
「桜井君、威勢がいいのは結構だが、言葉が少し尖りすぎているな。

だがね、今の日本人が『生への執着』を失い、国家のアイデンティティを自らドブに捨てているのは事実だ。

役人や政治家はアメリカの顔色を窺い、シナ(中国)の属国に甘んじようとしている。これは魂の堕落だよ。」

 

桜井:
「私はそれを『日本第一主義』で打破したい。綺麗事では国は守れません。

日本第一党の前党首として、嫌われても真実を叫ぶ。

石原慎太郎が都知事時代に尖閣諸島を買い取ろうとしたあの決断こそ、我々が求めている『行動』です。」

 

石原:
「あの時はね、国があまりに何もしないから、私が毒を食らわば皿までという思いで動いたんだ。

国家というものは、時に非情なまでの意志を持たねば維持できない。

桜井君の活動も、単なる排外主義に終わるのではなく、

この国をどういう『形』にしたいのか、その美学がなければ人は付いてこないぞ。」

 

桜井:
「美学以前に、この国は内側から腐っています。公金が外国人に流れ、

国民が窮乏している。私はまず、日本人の権利を取り戻す。そこからしか新しい国造りは始まらないと考えています。」

 

石原:
「フン、今の若者にそれだけの骨がある奴がどれだけいるか。だが、座して死を待つよりは、

桜井君のように騒がしく動く存在がいるのも、この死に体(てい)の日本には必要な刺激なのかもしれんな。」

 


補足:両者の関係性と共通点

  • 石原慎太郎氏: 伝統的な保守本流でありつつ、反米・反中を貫く「作家・政治家」。公的立場からの過激な発言で物議を醸しつつ、大衆の支持を得るスタイルでした。
  • 桜井誠氏: ネット右翼の台頭と共に現れた「行動する保守」。街頭宣伝や過激な言辞を用いて、既存の政治体制そのものを否定するスタイルです。

もし対談が実現していたなら、「日本の危機」「既存メディアへの不信感」では一致するものの、

桜井氏の直接的な大衆運動の手法に対し、

石原氏が「美学」や「統治の視点」から苦言を呈する形になった可能性が高いと考えられます。