※BGMでも聴きながらお読み下さい。
EXILE / Rising Sun
物事には「終わり」がある様に必ず「始まり」があります。
終戦の8月15日には、まだ間がありますが、殆ど30歳代
か、40歳代の国民の多くは「終戦の詔勅」のラジオ放送で
昭和天皇陛下が放送されたのは御存知でしょう。
これは大東亜戦争の「終わり」を告げる昭和天皇陛下の御言
葉です。
しかし、先に書いた「始まり」の「開戦の詔勅」を聴いた事
がある日本国民は殆ど居ないでしょう。
もしも、それを知っていたなら日本が宣戦布告して「始めた」
大東亜戦争が「侵略戦争」では無く「自存・自衛」の為の戦
争であった事を知り、多くの国民で行ける場所に住んでいる
方は8月15日に靖国神社を参拝し、戦死した兵士や国民に
対し黙って哀悼の意を手を合わせ、戦後、アメリカGHQに
よって植え付けられた、自虐史が如何に誤りであり、確かに
戦争ですし現代も悪人がいるのと同じ様に戦争に赴いた兵士
や将官の全員が天皇陛下の真意を理解せず、戦地の現地人や
国内の国民を欺いたり、無体な事をした者も居た事も事実で
すが、多くの兵士や将官は、「武士道」もしくは「士道」に
忠実に、そして天皇陛下の御意思を理解して戦地で命を懸け
て日本国体及び国民を守る為に戦ったのだと思います。
日本軍の行いの全てが正しいとは言いません。
しかし、当時の敵であった米・英・欄にも同じく過ちはあっ
た筈です。
日本の過ちは教育であり、そして負け方を知らなかったが為
に多くの無垢な国民を無駄に死なせた事でしょう。
それは海軍も同じ軍部だから逃れる事は出来ないが、過ちの
多くは陸軍部にあったと思う。
1億玉砕などと唱えていたのは陸軍だけではありませんが、
終戦を決断し、通常は政府の方針に対し意見しない事が明治
天皇陛下以来通例だった事を昭和天皇陛下も引き継いできま
したが、終戦の意見を述べたのは、総理大臣、鈴木貫太郎の
要請によるものであり、軍部の、特に陸軍が強力に最後まで
1億総玉砕しても、戦争継続を主張していたのに対し、天皇
陛下は、国民の命を第一に考え、アメリカが日本の国体を壊
す事は無いと信じ、終戦の決意を述べ、涙し、その涙を白手
袋で拭った事は良く知られている事です。
戦後、GHQのマッカーサー元帥に昭和天皇陛下がモーニン
グを着て会いに行き、「私はどうなっても構いませんから、
国民が飢えない様に支援して頂きたい」と全て正しい言い方
かは自信がありませんが、殆どは間違っていないと思います。
その天皇陛下の言葉と態度にマッカーサー元帥は感動し、そ
れが天皇陛下に戦争責任は無いという結論に至った経緯だと
思います。
しかし、日本国民は新聞で天皇陛下はモーニングを着ている
のにマッカーサー元帥は軍人だから当然といえば当然ですが
軍服であり、天皇陛下は笑顔なのにマッカーサー元帥は上か
ら目線的な仏頂面の写真を見て涙し、敗戦したのだと心から
思ったでしょうし、悔しかったでしょう。
日本が戦争に突入したのはアメリカ内務省の「ハルノート」
が原因であり、アメリカを「どらえもん」のジャイアンだと
したら日本は資源も無い、のび太です。
叩かれて虐められて黙っていられる人がいるでしょうか?
しかも、ハルノートの内容を全て受け入れる事は日本がアメ
リカやイギリスの植民地化するか、国民が飢えるかであり、
死ぬか、戦うかの2択でした。
しかし、あの戦争WW2で真の勝者がいたのでしょうか?
確かにWW2の後に、アメリカGHQにより国民はオールド
メディアもGHQの犬となり国民に自虐的な事ばかり報じた
為に現在に至るまで勝者の倫理により洗脳されてきましたし
未だに「悪いのは全て日本」というふうに教育されています。
しかし「開戦の詔勅」を知れば、そうでは無い事を知り極東
の小さな島国で有色人種の日本人が白人で東アジアやアフリ
カを植民地としていたのに対し、極東の島国で同じ有色人種
の日本人が白人国相手に立ち上がり敗戦はしたものの有色人
種でも「やれば出来る」と戦後、白人国家により多くのアジ
アの国々が立ち上がり独立を果たしました。
韓国や中共を除くアジアの国々は日本に対し感謝の念と尊敬
の念を持って例えばフィリピンでは年に1度、特攻隊の崇高
な戦いに感謝し日の丸の旗を持ち行進している地区もあると
いいます。
台湾人で本省人(国民党軍)では無く、50年に渡り日本だ
った頃の台湾人は過去に自分は日本人だった事を誇りとし、
今も生きておられる方々は時々、集い、「和歌」や「俳句」
とかを日本語で書いたりしています。
故 李登輝元総統も「僕は23歳(間違ってるかもしれませ
ん)まで日本人だったんだよ」と日本軍の確か少尉までにな
っていた李登輝元総統は言っていました。
だからなのか、台湾は東アジアの中で一番の親日国なのだと
思います。
言葉を同じくする北京・中共政府よりも日本国を仲間だと思
っているのです。
それは同じく日本人にも言えるでしょう。
戦後、台湾生まれの人(湾生)が日本に帰ってきたというか
戻させられたという方が正確だと思いますが、彼らは台湾に
行くと「帰ってきた」と言うそうです。
僕も何度か台湾に行きましたが、言葉で困った事は一度もあ
りません。
しかし、中共にも同じく仕事で長期間滞在しましたが、言葉
を同じくしている台湾人の多くの方々は誠実ですが、中共人
は共産国家というのもあるのでしょうが、役人には賄賂を渡
さないといけないし、確かに何人かの心を許せる朋友もいま
したが、一日も早く帰国したいと思っていました。
台湾と言う素晴らしい国を蛮族の中共に汚して欲しくありま
せん。
もしも台湾と中共が戦争状態になった時、日本も他人事では
済みません。
必ず政治・軍事・生活と影響を受けるし、もしかしたら直接
攻撃で命を落とす一般国民が出るかもしれません。
出来るなら、中共政府が内部崩壊を起こしてくれたら世界に
とっても中共国民にとっても台湾国民にとっても、いや世界
中にとっても良いニュースになるでしょうけど、中々、難し
いかもしれません。
May be the best year of my life.



















