幸せは私の中に そしてあなたの中に。 -7ページ目

幸せは私の中に そしてあなたの中に。

克服出来ない病は世の中に沢山ある。自分も数々の克服出来ない心の病と身体の病に罹患している。他人の痛み知る努力をし、思い遣りの心で知り応援したい。努力によって人は誰しも大きな失敗でも取り戻せる。努力によって人は誰しも生きる尊厳を取り戻す事ができる。

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

EXILE / Rising Sun

 

 

 

 

 

 

 

物事には「終わり」がある様に必ず「始まり」があります。

 

 

終戦の8月15日には、まだ間がありますが、殆ど30歳代

 

 

か、40歳代の国民の多くは「終戦の詔勅」のラジオ放送で

 

 

昭和天皇陛下が放送されたのは御存知でしょう。

 

 

これは大東亜戦争の「終わり」を告げる昭和天皇陛下の御言

 

 

葉です。

 

 

しかし、先に書いた「始まり」の「開戦の詔勅」を聴いた事

 

 

がある日本国民は殆ど居ないでしょう。

 

 

もしも、それを知っていたなら日本が宣戦布告して「始めた」

 

 

大東亜戦争が「侵略戦争」では無く「自存・自衛」の為の戦

 

 

争であった事を知り、多くの国民で行ける場所に住んでいる

 

 

方は8月15日に靖国神社を参拝し、戦死した兵士や国民に

 

 

対し黙って哀悼の意を手を合わせ、戦後、アメリカGHQに

 

 

よって植え付けられた、自虐史が如何に誤りであり、確かに

 

 

戦争ですし現代も悪人がいるのと同じ様に戦争に赴いた兵士

 

 

や将官の全員が天皇陛下の真意を理解せず、戦地の現地人や

 

 

国内の国民を欺いたり、無体な事をした者も居た事も事実で

 

 

すが、多くの兵士や将官は、「武士道」もしくは「士道」に

 

 

忠実に、そして天皇陛下の御意思を理解して戦地で命を懸け

 

 

て日本国体及び国民を守る為に戦ったのだと思います。

 

 

日本軍の行いの全てが正しいとは言いません。

 

 

しかし、当時の敵であった米・英・欄にも同じく過ちはあっ

 

 

た筈です。

 

 

日本の過ちは教育であり、そして負け方を知らなかったが為

 

 

に多くの無垢な国民を無駄に死なせた事でしょう。

 

 

それは海軍も同じ軍部だから逃れる事は出来ないが、過ちの

 

 

多くは陸軍部にあったと思う。

 

 

1億玉砕などと唱えていたのは陸軍だけではありませんが、

 

 

終戦を決断し、通常は政府の方針に対し意見しない事が明治

 

 

天皇陛下以来通例だった事を昭和天皇陛下も引き継いできま

 

 

したが、終戦の意見を述べたのは、総理大臣、鈴木貫太郎の

 

 

要請によるものであり、軍部の、特に陸軍が強力に最後まで

 

 

1億総玉砕しても、戦争継続を主張していたのに対し、天皇

 

 

陛下は、国民の命を第一に考え、アメリカが日本の国体を壊

 

 

す事は無いと信じ、終戦の決意を述べ、涙し、その涙を白手

 

 

袋で拭った事は良く知られている事です。

 

 

戦後、GHQのマッカーサー元帥に昭和天皇陛下がモーニン

 

 

グを着て会いに行き、「私はどうなっても構いませんから、

 

 

国民が飢えない様に支援して頂きたい」と全て正しい言い方

 

 

かは自信がありませんが、殆どは間違っていないと思います。

 

 

その天皇陛下の言葉と態度にマッカーサー元帥は感動し、そ

 

 

れが天皇陛下に戦争責任は無いという結論に至った経緯だと

 

 

思います。

 

 

しかし、日本国民は新聞で天皇陛下はモーニングを着ている

 

 

のにマッカーサー元帥は軍人だから当然といえば当然ですが

 

 

軍服であり、天皇陛下は笑顔なのにマッカーサー元帥は上か

 

 

ら目線的な仏頂面の写真を見て涙し、敗戦したのだと心から

 

 

思ったでしょうし、悔しかったでしょう。

 

 

日本が戦争に突入したのはアメリカ内務省の「ハルノート」

 

 

が原因であり、アメリカを「どらえもん」のジャイアンだと

 

 

したら日本は資源も無い、のび太です。

 

 

叩かれて虐められて黙っていられる人がいるでしょうか?

 

 

しかも、ハルノートの内容を全て受け入れる事は日本がアメ

 

 

リカやイギリスの植民地化するか、国民が飢えるかであり、

 

 

死ぬか、戦うかの2択でした。

 

 

しかし、あの戦争WW2で真の勝者がいたのでしょうか?

 

 

確かにWW2の後に、アメリカGHQにより国民はオールド

 

 

メディアもGHQの犬となり国民に自虐的な事ばかり報じた

 

 

為に現在に至るまで勝者の倫理により洗脳されてきましたし

 

 

未だに「悪いのは全て日本」というふうに教育されています。

 

 

しかし「開戦の詔勅」を知れば、そうでは無い事を知り極東

 

 

の小さな島国で有色人種の日本人が白人で東アジアやアフリ

 

 

カを植民地としていたのに対し、極東の島国で同じ有色人種

 

 

の日本人が白人国相手に立ち上がり敗戦はしたものの有色人

 

 

種でも「やれば出来る」と戦後、白人国家により多くのアジ

 

 

アの国々が立ち上がり独立を果たしました。

 

 

韓国や中共を除くアジアの国々は日本に対し感謝の念と尊敬

 

 

の念を持って例えばフィリピンでは年に1度、特攻隊の崇高

 

 

な戦いに感謝し日の丸の旗を持ち行進している地区もあると

 

 

いいます。

 

 

台湾人で本省人(国民党軍)では無く、50年に渡り日本だ

 

 

った頃の台湾人は過去に自分は日本人だった事を誇りとし、

 

 

今も生きておられる方々は時々、集い、「和歌」や「俳句」

 

 

とかを日本語で書いたりしています。

 

 

故 李登輝元総統も「僕は23歳(間違ってるかもしれませ

 

 

ん)まで日本人だったんだよ」と日本軍の確か少尉までにな

 

 

っていた李登輝元総統は言っていました。

 

 

だからなのか、台湾は東アジアの中で一番の親日国なのだと

 

 

思います。

 

 

言葉を同じくする北京・中共政府よりも日本国を仲間だと思

 

 

っているのです。

 

 

それは同じく日本人にも言えるでしょう。

 

 

戦後、台湾生まれの人(湾生)が日本に帰ってきたというか

 

 

戻させられたという方が正確だと思いますが、彼らは台湾に

 

 

行くと「帰ってきた」と言うそうです。

 

 

僕も何度か台湾に行きましたが、言葉で困った事は一度もあ

 

 

りません。

 

 

しかし、中共にも同じく仕事で長期間滞在しましたが、言葉

 

 

を同じくしている台湾人の多くの方々は誠実ですが、中共人

 

 

は共産国家というのもあるのでしょうが、役人には賄賂を渡

 

 

さないといけないし、確かに何人かの心を許せる朋友もいま

 

 

したが、一日も早く帰国したいと思っていました。

 

 

台湾と言う素晴らしい国を蛮族の中共に汚して欲しくありま

 

 

せん。

 

 

もしも台湾と中共が戦争状態になった時、日本も他人事では

 

 

済みません。

 

 

必ず政治・軍事・生活と影響を受けるし、もしかしたら直接

 

 

攻撃で命を落とす一般国民が出るかもしれません。

 

 

出来るなら、中共政府が内部崩壊を起こしてくれたら世界に

 

 

とっても中共国民にとっても台湾国民にとっても、いや世界

 

 

中にとっても良いニュースになるでしょうけど、中々、難し

 

 

いかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

 

インディジョーンズ テーマ曲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バタフライ効果(バタフライエフェクト)は、カオス理論に

 

 

関連する概念であり、小さな変化が時間の経過とともに指数

 

 

関数的に拡大し、大きな結果をもたらす可能性があることを

 

 

指します。

 

 

この概念は、1972年に気象学者のエドワード・ローレンツに

 

 

よって初めて提案されました。

 

 

「バタフライ効果」という言葉は、ローレンツが自身の研究

 

 

での例え話として使用したことからきています。

 

 

彼は、ブラジルの一つの地点で発生したバタフライの羽ばた

 

 

きが、数週間後にはアメリカの他の地域で竜巻を引き起こす

 

 

可能性があると指摘しました。

 

 

つまり、微小な気象条件の変化が将来の大気パターンを変え

 

 

大きな天候イベントにつながる可能性があるということです。

 

 

バタフライ効果の重要な概念は、複雑なシステムにおける予

 

 

測の困難さです。

 

 

微小な変化や初期条件のわずかな違いが、結果に与える影響

 

 

が予測不能であることを意味します。

 

 

このため、長期的な予測や予測の精度を高めることは非常に

 

 

難しい場合があります。

 

 

バタフライ効果は、物理学や気象学だけでなく、経済学、生

 

 

態学、社会科学などの他の分野でも広く議論されています。

 

 

この概念は、我々の行動や決定が予期しない結果をもたらす

 

 

可能性があることを示唆し、複雑なシステムの理解とモデリ

 

 

ングの難しさを強調しています。

 

 

日本各地で起きている地震も、関連性があるのかもしれませ

 

 

んね。

 

 

ある地点で地震が起きて、その揺れと言うか影響が遠く離れ

 

 

た地域でも影響が起きて、例えば先日の石川県で起きた地震

 

 

の揺れが遠く離れた大阪とかでも影響を受けてましたよね。

 

 

東日本大震災の時は日本中が揺れたと思います。

 

 

近い将来に起きると予測されている南海トラフ地震、東京直

 

 

下地震の影響はおそらく東日本大震災レベルの災害になる事

 

 

でしょう。

 

 

そして、これも近い将来に起きると予測されている富士山の

 

 

噴火は他の山、例えば御嶽山とかの活火山を刺激して他の山

 

 

でも噴火が起きるかもしれない。

 

 

こういう現象もバタフライフェクトと言えるのかもしれない

 

 

ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

大切なもの 【AI】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明治維新は、日本の歴史において、明治時代の幕末から明治

 

 

初期にかけて行われた一連の政治的・社会的な変革のことを

 

 

指します。

 

 

明治維新は、1868年に起こった、江戸幕府の崩壊と明治

 

 

政府の樹立を含んでいます。

 

幕末の日本では、外国との交流や圧迫的な外交状況などが重

 

 

なり、国内では経済的・社会的な不満や不安定さが高まって

 

 

いました。

 

 

また、幕府の政治体制に対する批判も広まっており、尊王攘

 

 

夷思想や西洋文明の導入などを求める動きも生まていました。

 

明治維新の始まりは、1868年の王政復古と呼ばれる出来

 

 

事です。

 

 

この時、江戸幕府に代わって明治政府が樹立され、明治天皇

 

 

が即位しました。

 

 

明治政府は幕府の政治体制を廃止し、近代的な政治・社会制

 

 

度を導入するための改革を進めました。

 

明治政府は、国の近代化や強化を目指してさまざまな政策を

 

 

実施しました。これには、西洋の法律や制度を取り入れる「

 

 

五箇条の御誓文」の発布、地租改正や廃藩置県などの土地制

 

 

度の改革、教育制度の近代化、軍制の整備などが含まれてい

 

 

ます。

 

 

また、明治政府は西洋の文化や技術を積極的に取り入れ、近

 

 

代的な産業や交通・通信などの基盤整備も行いました。

 

明治維新によって、日本は急速な近代化を遂げ国際的な地位

 

 

を高めていきました。

 

 

明治政府の改革によって、日本は国内の統一や近代的な国家

 

 

体制の確立、産業の発展、教育の普及などを実現しました。

 

 

明治維新は、日本の歴史において重要な節目とされ、現代の

 

 

日本の基盤を築いた出来事として大きな影響を与えました。

 

 

明治時代に行われた主な改革の一つは、廃藩置県です。

 

 

これにより、封建的な藩制度が廃止され、全国を広域な県制

 

 

度に統一しました。

 

 

また、身分制度も廃止され、人々の社会的地位が大幅に改善

 

 

されました。

 

 

さらに、教育制度の改革も行われました。

 

 

西洋の教育制度が導入され、普通教育が普及しました。

 

 

また海外留学制度も整備され、多くの人々が欧米に留学して

 

 

知識や技術を学びました。

 

 

経済面では、産業の近代化が進みました。

 

 

鉄道や郵便、電信などのインフラ整備が行われ、産業の発展

 

 

を促しました。

 

 

また、外国からの資本や技術の導入も行われ、近代的な産業

 

 

が成長しました。

 

 

また大日本帝国憲法は、日本の歴史上、明治時代の1889

 

 

年2月11日に公布されました。

 

 

日本の正規な「憲法記念日」は2月11日です。

 

 

この憲法は、明治天皇の下で行われた近代化の進展と関連し

 

 

ています。

 

 

大日本帝国憲法は、西洋の憲法モデルを取り入れつつも日本

 

 

の伝統と文化に合致するように編纂されました。

 

 

この憲法は、天皇を最高の権力者と位置付け、立憲君主制を

 

 

確立しました。

 

 

また皇室や貴族制度、国会、行政権、司法権などについても

 

 

規定されました。

 

 

大日本帝国憲法の公布により、日本は国会制度を持つ立憲君

 

 

主制国家となりました。

 

 

しかし、憲法の解釈や運用は時代とともに変化し、第二次世

 

 

界大戦後の1947年には新しい日本国憲法が制定され現在

 

 

の日本の基本法となりました。

 

 

したがって、大日本帝国憲法は現行の憲法ではなく、歴史的

 

 

な文脈に位置するものです。

 

 

大日本帝国憲法は、明治時代の日本における憲法であり18

 

 

89年に施行されました。

 

 

この憲法は当時の日本政府が目指したいくつかの事柄を反映

 

 

しています。

 

 

 

  1. 政府の安定と統制: 大日本帝国憲法は、日本政府の安定と統制を重視しました。明治時代の日本は、急速な近代化と西洋化を遂行するための中央集権的な政府体制を必要としていました。この憲法は、天皇を最高の権威と位置づけ、国家権力の大部分を天皇とその代理人である内閣に集中させることで政府の統制を図りました。

  2. 民主主義の導入: 大日本帝国憲法は、当時の日本社会において前近代的な身分制度を廃止し、近代的な民主主義の原則を導入することを目指しました。憲法では、国民の権利と自由、議会制度、選挙権の付与などが規定されました。ただし、この民主主義は限定的であり、政府の統制や天皇の権威を尊重することが強調されました。

  3. 国家の近代化と国力の強化: 大日本帝国憲法は、日本の国家の近代化と国力の強化を促進することを目指しました。憲法では、教育の普及や技術の発展、国防力の強化、地方自治の推進などが重視されました。また、憲法は、国民の忠誠心と国家への奉仕を奨励する規定も含んでいました。

 

 

 

 

大日本帝国憲法は、明治時代から昭和時代初期までの日本の

 

 

基本法として機能しました。その後、第二次世界大戦の敗戦

 

 

に伴い、現行の日本国憲法が制定されました。

 

 

現在の憲法改正は大日本帝国憲法をシビリアンコントロール

 

 

に変えるだけで事足りると思います。

 

 

そうすべきだと思います。

 

 

現在のボンクラ政治家が作る憲法より、正しく、国益に即し

 

 

た憲法になると僕は確信しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.