※BGMでも聴きながらお読みください。
とんぼ 長渕剛
今日は朝から、麻痺しているはずの左膝が猛烈に痛い。
「麻痺しているのだから痛みも感じないのではないか」
そう思われる方もいるかもしれない。
しかし現実はそう簡単ではない。
左の上下肢は麻痺している。
それでも痛みだけはしっかりと存在する。
感覚が鈍くなっている部分もあるのに、なぜか痛みだけは
遠慮なく襲ってくる。
何とも理不尽な話だ。
先日、病院で痛み止めの注射を打っていただいた。
おかげで一時的には楽になったのだが、その注射は週に一度
しか打てないらしい。そして今日がちょうど一週間ほど経過
した日になる。
先日の診察ではレントゲンも撮ってもらった。
しかし結果としては、もう痛み止めの注射以外に有効な手立
てはないらしい。
医師もできる限りのことはしてくださっているのだろう。
それでも、「これ以上方法がない」という言葉は重い。
患者としては、どこかにまだ希望があるのではないかと思
いたい。
しかし現実には、病気や障害には限界がある。
治療にも限界がある。
その現実を受け入れなければならない。
それにしても不思議だ。
麻痺しているはずの膝が、どうしてこんなにも痛むのだ
ろう。
神経が傷ついているからなのか。
麻痺と痛みは別の問題なのか。
専門的なことは分からない。
ただ一つ分かるのは、今この瞬間も痛いということだ
けだ。
身体というものは本当に不思議であり、時には残酷でも
ある。
動かしたくても動かない。
歩きたくても思うように歩けない。
それなのに痛みだけはしっかりと感じる。
まるで身体が私に何かを訴えているかのようだ。
そして明日の天気予報を見ると、台風や熱帯低気圧の影響で
暴風雨になるらしい。
そうなると病院へ行くのも大変になる。
今日行くか。
それとも雨が過ぎる三日後まで耐えるか。
そんな選択を考えなければならない。
しかし正直なところ、もう我慢するのは嫌だ。
私はこれまで何度も我慢してきた。
難病の痛みも我慢した。
麻痺も受け入れてきた。
狭心症の不安とも付き合ってきた。
精神的な苦しみにも耐えてきた。
もちろん、今後も生きていく以上ある程度の我慢は必要
なのだろう。
だが、人間には限界がある。
痛みは身体だけではなく心も削る。
痛みが続けば気力も奪われる。
楽しみも減る。
笑顔も減る。
だから今日は病院へ行こうと思う。
お医者さんがいる午後三時から四時の間に。
たとえ一時的であっても、この痛みを少しでも和らげ
たい。
「弱音を吐くな」
そう言われることもあるかもしれない。
しかし、私は思う。
痛い時には痛いと言ってもいい。
苦しい時には苦しいと言ってもいい。
無理に強がる必要はない。
私は決して強い人間ではない。
だからこそ、助けを求められる時には助けを求めたい。
病院へ行けるなら行きたい。
医師に診てもらえるなら診てもらいたい。
少しでも楽になれる可能性があるなら、その可能性に
賭けたい。
難病を抱えながら生きるということは、毎日が身体との
対話なのかもしれない。
今日は調子が良い。
今日は少し悪い。
今日は動けない。
そんなことの繰り返しだ。
そして今日の身体は、はっきりとこう訴えている。
「痛い」と。
だから私はその声を無視しない。
今日は病院へ行こうと思う。
そして願うことはただ一つ。
これ以上、身体の痛みはいらない。
本当に、それだけである。
May Be The Best Year Of My Life.













