幸せは私の中に そしてあなたの中に。 だけど本当の幸せって何だろう?

幸せは私の中に そしてあなたの中に。 だけど本当の幸せって何だろう?

克服出来ない病は世の中に沢山ある。自分も数々の克服出来ない心の病と身体の病に罹患している。他人の痛み知る努力をし、思い遣りの心で知り応援したい。努力によって人は誰しも大きな失敗でも取り戻せる。努力によって人は誰しも生きる尊厳を取り戻す事ができる。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。  たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人のすまひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。あるいは露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つことなし。



『方丈記』



 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読みください。

 

 

 

とんぼ 長渕剛

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は朝から、麻痺しているはずの左膝が猛烈に痛い。

 

 

「麻痺しているのだから痛みも感じないのではないか」

 

 

そう思われる方もいるかもしれない。

 

 

しかし現実はそう簡単ではない。

 

 

左の上下肢は麻痺している。

 

 

それでも痛みだけはしっかりと存在する。

 

 

感覚が鈍くなっている部分もあるのに、なぜか痛みだけは

 

 

遠慮なく襲ってくる。

 

 

何とも理不尽な話だ。

 

 

先日、病院で痛み止めの注射を打っていただいた。

 

 

おかげで一時的には楽になったのだが、その注射は週に一度

 

 

しか打てないらしい。そして今日がちょうど一週間ほど経過

 

 

した日になる。

 

 

先日の診察ではレントゲンも撮ってもらった。

 

 

しかし結果としては、もう痛み止めの注射以外に有効な手立

 

 

てはないらしい。

 

 

医師もできる限りのことはしてくださっているのだろう。

 

 

それでも、「これ以上方法がない」という言葉は重い。

 

 

患者としては、どこかにまだ希望があるのではないかと思

 

 

いたい。

 

 

しかし現実には、病気や障害には限界がある。

 

 

治療にも限界がある。

 

 

その現実を受け入れなければならない。

 

 

それにしても不思議だ。

 

 

麻痺しているはずの膝が、どうしてこんなにも痛むのだ

 

 

ろう。

 

 

神経が傷ついているからなのか。

 

 

麻痺と痛みは別の問題なのか。

 

 

専門的なことは分からない。

 

 

ただ一つ分かるのは、今この瞬間も痛いということだ

 

 

けだ。

 

 

身体というものは本当に不思議であり、時には残酷でも

 

 

ある。

 

 

動かしたくても動かない。

 

 

歩きたくても思うように歩けない。

 

 

それなのに痛みだけはしっかりと感じる。

 

 

まるで身体が私に何かを訴えているかのようだ。

 

 

そして明日の天気予報を見ると、台風や熱帯低気圧の影響で

 

 

暴風雨になるらしい。

 

 

そうなると病院へ行くのも大変になる。

 

 

今日行くか。

 

 

それとも雨が過ぎる三日後まで耐えるか。

 

 

そんな選択を考えなければならない。

 

 

しかし正直なところ、もう我慢するのは嫌だ。

 

 

私はこれまで何度も我慢してきた。

 

 

難病の痛みも我慢した。

 

 

麻痺も受け入れてきた。

 

 

狭心症の不安とも付き合ってきた。

 

 

精神的な苦しみにも耐えてきた。

 

 

もちろん、今後も生きていく以上ある程度の我慢は必要

 

 

なのだろう。

 

 

だが、人間には限界がある。

 

 

痛みは身体だけではなく心も削る。

 

 

痛みが続けば気力も奪われる。

 

 

楽しみも減る。

 

 

笑顔も減る。

 

 

だから今日は病院へ行こうと思う。

 

 

お医者さんがいる午後三時から四時の間に。

 

 

たとえ一時的であっても、この痛みを少しでも和らげ

 

 

たい。

 

 

「弱音を吐くな」

 

 

そう言われることもあるかもしれない。

 

 

しかし、私は思う。

 

 

痛い時には痛いと言ってもいい。

 

 

苦しい時には苦しいと言ってもいい。

 

 

無理に強がる必要はない。

 

 

私は決して強い人間ではない。

 

 

だからこそ、助けを求められる時には助けを求めたい。

 

 

病院へ行けるなら行きたい。

 

 

医師に診てもらえるなら診てもらいたい。

 

 

少しでも楽になれる可能性があるなら、その可能性に

 

 

賭けたい。

 

 

難病を抱えながら生きるということは、毎日が身体との

 

 

対話なのかもしれない。

 

 

今日は調子が良い。

 

 

今日は少し悪い。

 

 

今日は動けない。

 

 

そんなことの繰り返しだ。

 

 

そして今日の身体は、はっきりとこう訴えている。

 

 

「痛い」と。

 

 

だから私はその声を無視しない。

 

 

今日は病院へ行こうと思う。

 

 

そして願うことはただ一つ。

 

 

これ以上、身体の痛みはいらない。

 

 

本当に、それだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May  Be  The Best  Year  Of  My  Life.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

J-WALK「何も言えなくて・・・夏」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、立て続けに訃報が入った。

 

 

年齢を重ねれば当たり前のことなのかもしれない。しかし、

 

 

こうも続くと人の命の儚さや人生の短さについて考えずには

 

 

いられない。

 

 

最初に訃報が入ったのは親父の従弟だった。

 

 

この家の子供たちは二人とも既に家を出ている。

 

 

 

一人はこの地域で教員免許の取得を目指し、十年近く努力を

 

 

続けたそうだ。

 

 

しかし残念ながら免許を取得することはできず、今は東京で

 

 

仕事をしているらしい。

 

 

もう一人の娘さんは結婚し、家庭を持っている。

 

 

残されたのは奥様一人だ。

 

 

長年連れ添った夫を失う悲しみは、経験したことのない私に

 

 

は本当の意味では分からない。

 

 

しかし、想像するだけでも胸が苦しくなる。夫婦として長い

 

 

年月を共に歩み、苦楽を分かち合ってきた相手が突然いなく

 

 

なる。

 

 

その寂しさは計り知れないものだろう。

 

 

次に訃報が届いたのは近所のおじさんだった。

 

 

最近は認知症が進んでいたようで、家から出られなかったの

 

 

か、それとも家族が心配して外出を控えさせていたのかは分

 

 

からない。

 

 

いずれにしても、ここしばらく姿を見かけることがなかった。

 

 

我が家と特別深い付き合いがあったわけではない。それでも

 

 

長年同じ地域で暮らしてきた方だ。

 

 

とりあえずお参りだけはしてきた。

 

 

そして何よりも、衝撃だったのが、先週亡くなった従兄の

 

 

訃報だった。

 

 

突然死だった。

 

 

人はいつか死ぬ。

 

 

そんなことは誰でも知っている。

 

 

しかし、「いつか」という言葉の中には、どこか遠い未来を

 

 

勝手に想像している自分がいる。

 

 

だからこそ、突然の別れは受け入れ難い。

 

 

従兄は、私がこの地を離れていた九年間、母のことを気に掛

 

 

けてくれていた。

 

 

友人の船で魚釣りに出掛けた際には、帰りに我が家へ立ち寄

 

 

り、母の様子を見てくれていたという。

 

 

私が知らないところで、母を支えてくれていたのだ。

 

 

もう一人の従姉も同じだった。

 

 

しょっちゅう母の様子を見に来てくれたそうだ。

 

 

人は困った時に初めて、自分がどれほど多くの人たちに支えられ

 

 

ているかを知る。

 

 

そして何よりも弟には感謝しかない。

 

 

毎週日曜日になると家へ来て、壊れた場所を修繕し、畑仕事

 

 

を手伝い、伸びた草を刈り、母を助けてくれた。

 

 

それだけではない。

 

 

馬鹿な兄である私のことまで助けてくれた。

 

 

私は難病を抱え、身体の自由を失った。

 

 

思うように動けないことも多い。

 

 

それでも弟は文句一つ言わずに来てくれる。

 

 

それがどれほどありがたいことなのか、言葉では表せない。

 

 

振り返れば私は世界一の親不孝息子かもしれない。

 

 

この地を離れていた頃、大きな病気に何度も罹患した。

 

 

そのたびに母へ心配を掛けた。

 

 

電話の向こうで母がどれほど心を痛めていたのかを思うと申

 

 

し訳ない気持ちになる。

 

 

親は子供が何歳になっても親なのだろう。

 

 

子供が病気になれば心配する。

 

 

苦しんでいれば胸を痛める。

 

 

それが親という存在なのだと思う。

 

 

だからこそ私は親不孝だった。

 

 

遠く離れた場所で病に倒れ、母を安心させることができな

 

 

かった。

 

 

今は少しでもその穴埋めができればと思いながら暮らして

 

 

いる。

 

 

高齢になった母のそばにいる。

 

 

病院への付き添いをする。

 

 

買い物をする。

 

 

話し相手になる。

 

 

そんな当たり前のことしかできない。

 

 

それでも、かつて掛けた心配を少しでも返せているなら嬉

 

 

しい。

 

 

しかし現実はそう簡単ではない。

 

 

私は難病によって身体に障害を抱え、今もなお母に心配ばか

 

 

り掛けている。

 

 

具合が悪くなれば母は心配する。

 

 

病院へ行けば心配する。

 

 

苦しそうにしていれば心配する。

 

 

結局のところ、私は今でも親不孝息子なのかもしれない。

 

 

時々考えることがある。

 

 

私はこの故郷に帰って来て良かったのだろうか。

 

 

それとも帰って来ない方が良かったのだろうか。

 

 

遠くで暮らしていた方が母は余計な心配をせずに済んだので

 

 

はないか。

 

 

逆に、今こうしてそばにいることで安心してくれている部分

 

 

もあるのではないか。

 

 

答えは分からない。

 

 

何度考えても答えは出ない。

 

 

だから今も自問自答を繰り返している。

 

 

しかし一つだけ確かなことがある。

 

 

それは、人との別れは突然やって来るということだ。

 

 

今回の訃報がそれを改めて教えてくれた。

 

 

明日が来る保証は誰にもない。

 

 

来年も再来年も会える保証はない。

 

 

だからこそ、生きている今を大切にしなければならないのだ

 

 

と思う。

 

 

感謝の気持ちは生きているうちに伝える。

 

 

会いたい人には会う。

 

 

話したい人とは話す。

 

 

支えてくれる人には「ありがとう」と伝える。

 

 

それが後悔を少しでも減らす生き方なのかもしれない。

 

 

立て続けの訃報に接しながら、私はそんなことを考えて

 

 

いた。

 

 

亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りするとともに、今

 

 

も私や母を支えてくれている家族や親戚への感謝を忘れず、

 

 

一日一日を大切に生きていきたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May  Be The  Best Year  Of  My  Life. 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴いてお読みください。

 

 

雨音はショパンの調べ 小林麻美

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は、いつものように病院巡りの日でした。

 

 

私の場合、一日に3か所の病院を回らなければなりません。

 

 

それも、できるだけ午前中のうちに終わらせる必要があります。

 

 

まず最初は精神科の病院。

 

 

次に整形外科。

 

 

そして最後に、狭心症や難病など、さまざまな病気を診ても

 

 

らっている病院へ向かいます。

 

 

診察が終われば、それで終わりではありません。

 

 

最後は薬局へ行き、それぞれの病院で処方された薬を受け取

 

 

ります。

 

 

ここで、毎回申し訳なく思ってしまうことがあります。

 

 

精神科の病院だけは院内処方のため、その場で薬を受け取

 

 

ります。

 

 

しかし、自宅で薬を管理しやすいように、薬局の皆さんに

 

 

お願いして、精神科で受け取った薬も、ほかの病院の薬と

 

 

一緒に袋へまとめてもらっています。

 

 

本来なら薬局の仕事ではないにもかかわらず、快く対応して

 

 

くださる薬剤師の皆さんには、本当に感謝しかありません。

 

 

そのたびに「申し訳ありません」と頭を下げています。

 

 

一方で、通院の予定を組むことには、もう一つ大きな悩みが

 

 

あります。

 

 

精神科の病院は予約時間にとても厳格で、少し早く受診しよ

 

 

うとしても受け付けてもらえず、診察日を前倒しすることも

 

 

ほとんどできません。

 

 

ところが、整形外科や内科など他の病院では、1週間程度で

 

 

あれば受診日を調整してもらえることがあります。

 

 

そのため、私は精神科の診察日に合わせて、ほかの2つの

 

 

病院の予約も調整するようにしています。

 

 

なぜなら、自宅へ帰ってから大量の薬をピルケースへ仕分け

 

 

する作業があるからです。

 

 

私は複数の病気を抱えているため、毎日服用する薬の種類も

 

 

量も非常に多くあります。

 

 

もし病院ごとに受診日がバラバラになると、その都度薬を

 

 

整理しなければならず、身体的にも精神的にも大きな負担に

 

 

なってしまいます。

 

 

もちろん、病院には病院のルールや事情があることは理解し

 

 

ています。

 

 

だから、「自分の都合だけを優先してほしい」と言いたい訳

 

 

ではありません。

 

 

ただ、慢性的な病気を抱え、多くの診療科を受診しなければ

 

 

ならない患者にとっては、ほんの少しの柔軟な対応が、通院

 

 

の負担を大きく軽くしてくれることがあります。

 

 

もし精神科でも1週間程度の予約変更や調整が可能になれば

 

 

複数の病院を受診している患者さんにとって、とても助かる

 

 

のではないでしょうか。

 

 

これは私のわがままなのかもしれません。

 

 

それでも、同じように多くの病気と向き合い、多くの薬を飲

 

 

み続けている方なら、この苦労を分かっていただけるのでは

 

 

ないかと思います。

 

 

病気と闘うことだけでも大変です。

 

 

だからこそ、治療を続けやすい環境づくりについても、少し

 

 

ずつ考えていただけたら、本当にありがたいと感じています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May Be The BestY Year  Of My Llife.