幸せは私の中に そしてあなたの中に。 だけど本当の幸せって何だろう?

幸せは私の中に そしてあなたの中に。 だけど本当の幸せって何だろう?

克服出来ない病は世の中に沢山ある。自分も数々の克服出来ない心の病と身体の病に罹患している。他人の痛み知る努力をし、思い遣りの心で知り応援したい。努力によって人は誰しも大きな失敗でも取り戻せる。努力によって人は誰しも生きる尊厳を取り戻す事ができる。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。  たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人のすまひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。あるいは露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つことなし。



『方丈記』



 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

長渕剛/西新宿の親父の唄

 

 

 

 

 

 

人は、健康を失った時に初めて「普通に生きる」という事の

 

 

難しさを知るのかもしれない。

 

 

僕は今、頚椎後縦靭帯骨化症、胸椎黄色靭帯骨化症、腰椎後

 

 

縦靭帯骨化症という三つの指定難病を抱えて生きている。

 

 

更に、現在の薬では発作を止める事が出来ない狭心症。

 

 

その他にも腹部動脈瘤など、身体の中には“いつ何が起きて

 

 

も不思議ではない”病気が幾つも存在している。

 

 

どの病気も「完治」を目指すものではなく、医療用麻薬によ

 

 

る痛みの緩和や、その場しのぎの対処療法。

 

 

そして狭心症の発作が起きれば救急搬送。

 

 

そんな毎日だった。

 

 

以前住んでいた場所では月に一回多い時は月に三回、救急車

 

 

に運ばれていた。
 

 

夜中に胸を押し潰されるような激痛が来る度、「今回は助か

 

 

るのだろうか」と考えていた。

 

 

救急隊員の顔も、病院の天井も、心電図の機械音も、段々と

 

 

見慣れていく。
 

 

それは決して慣れてはいけない日常だった。

 

 

大学病院に通っていた。
 

 

設備も医師も揃っている、日本でも高度な医療を受けられる

 

 

環境だった。

 

 

けれど、心のどこかで常に孤独だった。

 

 

そして昨年の十一月。
 

 

僕はUターンし、実家へ戻った。

 

 

正直に言えば、不安は大きかった。
 

 

大学病院から町医者へ。
 

 

「本当に大丈夫なのか?」という気持ちは今でもある。

 

 

しかし、不思議な事が起きた。

 

 

Uターンしてから、一度も救急搬送されていない。

 

 

あれほど頻繁に起きていた発作が、今は静かだ。

 

 

理由は分からない。
 

 

食事なのかもしれない。
 

 

水や空気なのかもしれない。
 

 

あるいは、「実家に居る」という安心感なのかもしれない。

 

 

人間の身体は、心と切り離せないのだと改めて思う。

 

 

どれだけ高度な医療があっても、心が休まらなければ身体は」

 

 

悲鳴を上げるのかもしれない。

 

 

逆に、完璧な医療環境ではなくても、「安心出来る場所」が人

 

 

を支える事もあるのだろう。

 

 

そして今、僕は地元の福祉制度にも助けられている。

 

 

この市には「マル福」という制度があり、医療費や薬剤費が

 

 

全て無料になる。

 

 

病院へ行く時は薬手帳だけ持って行けば良い。

 

 

これは本当に大きい。

 

 

難病を抱えて生きるという事は、病気そのものだけではなく

 

 

金銭的負担とも戦う事だからだ。

 

 

薬代を気にする。
 

 

通院回数を減らそうとする。
 

 

「今月は検査をやめようか」と悩む。

 

 

病気を持つ人間にとって、“お金”は命に直結する現実だ。

 

 

だからこそ、この制度には心から感謝している。

 

 

もちろん、病気が治った訳ではない。
 

 

身体の痛みも消えていない。
 

 

狭心症の恐怖も消えない。

 

 

明日どうなるかは分からない。

 

 

けれど、「今日、救急車に乗らずに済んでいる」という事実

 

 

だけで、少しだけ穏やかな気持ちになれる。

 

 

健康な人から見れば、当たり前の日常かもしれない。
 

 

しかし僕にとっては、その“当たり前”が奇跡だ。

 

 

普通に朝を迎え、普通にご飯を食べ、普通に夜を迎える。

 

 

その積み重ねが、今の僕には何より尊い。

 

 

病気は人から多くのものを奪う。
 

 

身体の自由。
 

 

未来への安心。
 

 

時には夢や希望さえ奪っていく。

 

 

それでも、人は小さな幸せを見つけながら生きていくしかない。

 

 

救急車のサイレンが鳴らない夜。
 

 

それだけで、今日は少し良い日なのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

長渕剛/西新宿の親父の唄

 

 

 

 

 

 

 

今日から仕事という方も多いのだろう。
 

 

世間では大型連休が終わり、駅には少し疲れた顔と、まだ休

 

 

み足りないという空気が戻って来る頃だ。

 

 

中には10日頃まで休みという企業もある。
 

 

大企業には、そういう恵まれた環境があるのだろう。

 

 

もちろん、それは簡単に手に入ったものではなく、学生時代

 

 

から自由を犠牲にして勉強し、競争を勝ち抜いて来た人達の

 

 

努力の結果でもある。

 

 

僕が勤めていた所も入社の倍率は10~15倍だった。

 

 

いわば狭き門。

 

 

勝ち誇る訳では無いけど、夢を叶える為に努力いてきたのは

 

 

間違いない

 

 

だから、それを羨ましいとか不公平だとは思わない。

 

 

ただ僕自身は、そういう「普通の会社員」とは少し違う人生

 

 

を歩いて来た。

 

 

振り返れば、僕はこれまで、労働基準法に守られた一般企業

 

 

のような働き方を、ほとんど経験していない。
 

 

いわゆる特別職のような仕事ばかりだった。

 

 

そこには「完全な休日」というものが存在しなかった。

 

 

休日であっても、本当の意味で休みではない。
 

 

常に「待機」があった。

 

 

電話一本で呼び出されるかもしれない。
 

 

何かが起きれば、すぐ動かなければならない。
 

 

だから遠くへは行けない。

 

 

酒も自由には飲めない。

 

 

酒を飲んでいてもタクシーで臨場した。

 

 

気持ちも完全には緩められない。

 

 

普通の会社員の人から見れば、窮屈な生き方に見えるのかも

 

 

しれない。

 

 

けれど、不思議なことに、僕はそれを苦痛だと思ったことが

 

 

ない。

 

 

嫌だと思ったこともない。
 

 

「なぜ自分だけこんな働き方なんだ」と不満を持ったこと

 

 

もない。

 

 

それが僕にとっての“当たり前”だったからだ。

 

 

世の中には色々な仕事がある。
 

 

毎日決まった時間に出勤して、定時で帰る仕事もある。
 

 

休日がきちんと保証されている仕事もある。

 

 

一方で、社会のどこかで誰かが休んでいる時でも、動き続け

 

 

なければならない仕事もある。

 

 

災害も、事故も、緊急事態も、カレンダーの都合など関係な

 

 

く起きる。
 

 

年末年始も、盆も、ゴールデンウィークも関係ない。

 

 

だから、「待機」は仕事の一部だった。

 

 

家族で出掛ける時も制限があった。
 

 

都内や県外から離れてはいけない。
 

 

何かあれば戻れる場所にいなければならない。

 

 

家族が帰省しても、自分だけ行けないこともある。
 

 

「お父さんは仕事だから」と送り出す側になる。

 

 

今思えば、あれは家族にとっては辛かったかもしれない。

 

 

子どもは「なんで一緒に来られないの?」と思っただろうし

 

 

妻も本当は色々我慢していたのだと思う。

 

 

僕自身は平気だった。
 

 

でも、周囲はそうではなかったのかもしれない。

 

 

仕事というものは、本人だけで成立しているわけではない。
 

 

家族の理解と犠牲の上に成り立っている部分がある。

 

 

当時は、それを深く考える余裕も無かった。

 

 

ただ、自分の役割を果たすことだけを考えていた。

 

 

世間では、「働き方改革」だとか、「ワークライフバランス」

 

 

だとか、色々言われるようになった。
 

 

それはとても良いことだと思う。

 

 

休める時は休んだ方がいい。
 

 

家族との時間も大切にした方がいい。
 

 

人生は仕事だけではない。

 

 

けれど一方で、世の中には、どうしても“待機”を宿命として

 

 

働いている人達がいる。

 

 

休日でも気が抜けない人。
 

 

携帯電話を枕元に置いて眠る人。
 

 

呼び出しを前提に生活している人。

 

 

そういう人達がいるから、社会は静かに回っている。

 

 

誰かが遊んでいる時、誰かが備えている。
 

 

誰かが休んでいる時、誰かが緊張を持ち続けている。

 

 

それは決して特別なことではなく、昔から社会に必要とされ

 

 

て来た役割だ。

 

 

もし今、もう一度働ける身体と年齢だったとしても僕は多分

 

 

同じように働くだろう。
 

 

そして、それを嫌だとは思わない気がする。

 

 

性分なのだろう。

 

 

「休みが欲しい」と強く願ったことがない。
 

 

むしろ、誰かの役に立っている感覚の方が、自分には大きか

 

 

った。

 

 

もちろん、楽ではなかった。
 

 

責任も重かった。
 

 

気を抜ける瞬間も少なかった。

 

 

それでも、自分で選んで歩いて来た道だ。

 

 

だから後悔はない。

 

 

ただ、今になって思うのは、家族にはもっと感謝を伝えてお

 

 

けば良かったということだ。

 

 

当たり前のように待っていてくれた。
 

 

当たり前のように理解してくれていた。

 

 

でも、本当は当たり前ではない。

 

 

仕事に誇りを持つことは大切だ。
 

 

けれど、その仕事を支えてくれる人への感謝は、もっと大切

 

 

だったのだと思う。

 

 

長い休みを取れる人もいれば、そうではない人もいる。
 

 

カレンダー通りに休める人もいれば、「待機」という見えな

 

 

い勤務の中にいる人もいる。

 

 

どちらが正しいという話ではない。

 

 

それぞれが、それぞれの場所で役割を果たしている。

 

 

僕はただ、自分の人生を振り返った時、
 

 

「本当の休日」は少なかったけれど、
 

 

それでも、自分なりに誇りを持って生きて来たのだと思って

 

 

いる。

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

夜はふたりで / オフコース

 

 

 

 

 

毎日がゴールデンウィークのような生活、と聞くと、多くの

 

 

人は羨ましいと感じるかもしれない。

 

 

けれど、その中身は決して単純な「休み」ではない。

 

 

自由であるはずの時間は、どこか輪郭がぼやけ、喜びや張り

 

 

合いもまた曖昧になる。

 

 

かつて働いていた頃、ゴールデンウィークには確かな始まり

 

 

と終わりがあった。

 

 

連休に入る前日の、あの胸が軽くなるような解放感。

 

 

そして終わりが近づくにつれて、少しずつ忍び寄る憂鬱。

 

 

あの感情の振れ幅こそが、日々の生活にリズムを与えていた

 

 

のだと思う。

 

 

今はどうだろう。

 

 

毎日が休みのようでありながら、あの「始まりの嬉しさ」も

 

 

「終わりの切なさ」もない。

 

 

ただ静かに時間が流れていく。

 

 

日々の予定はある。

 

 

通院の日、100円ショップへ必要なものを買いに行く日、ガ

 

 

ソリンを入れに行く日。

 

 

晴れて暖かい日には、電動カートで少し遠くまで出かける。

 

 

いわば自分なりの「遠足」だ。

 

 

帰ってきた後は、障碍者用の手押し車を使い、近くの畑の道

 

 

で日向ぼっこをする。

 

 

特別なことではないけれど、こうした時間が確かに一日の中

 

 

に存在している。

 

 

去年のことを思い出す。

 

 

顔も腕も手も、日差しに焼けて真っ黒になった。

 

 

今年も同じように、いやそれ以上に焼けたいと思っている。

 

 

なぜだろうか。

 

 

ただの見た目の問題かもしれない。

 

 

それでも少しでも「健康に見える自分」でいたいという気持

 

 

ちがある。

 

 

肌の色ひとつで、外から見える印象は変わる。

 

 

せめてそこだけでも、かつての自分に近づきたいと思う。

 

 

不思議なことに、冬から春にかけて蓄えた体重は、夏になる

 

 

と自然と落ちていく。

 

 

遠足に出る回数が増えるからだろうか。

 

 

特別な運動をしているわけではないが、外に出て動く機会が

 

 

増えることで、身体は素直に反応する。

 

 

今年もそうであってほしいと、少しだけ期待している。

 

 

そんな日常の中で、どうしても気が重くなる予定がある。

 

 

それが通院だ。

 

 

月に何度か訪れるその日は、他のどの予定よりも気が進まない。

 

 

診察といっても、実際には処方箋をもらうための形式的なや

 

 

り取りに感じてしまうことが多い。

 

 

これにどれほどの意味があるのだろう、と考えてしまう。

 

 

思い出すのは、コロナ禍の頃の対応だ。

 

 

あの時は、対面の診察を省略して、医師が薬局へ直接連絡を

 

 

送るような仕組みがあった。

 

 

ああした方法が、今も続いていればどれだけ楽だろうと思う。

 

 

毎回足を運ぶ必要がなければ、その分の負担は確実に減る。

 

 

医療の在り方も、もう少し柔軟になってもいいのではないか

 

 

と感じる。

 

 

毎日がゴールデンウィークのような生活。

 

 

その響きの裏側には、単なる自由とは違う現実がある。

 

 

それでも、晴れた日に外へ出て風を感じたり、少しずつ季節

 

 

の変化を体で受け取ったりする中で、小さな楽しみは確かに

 

 

存在している。

 

 

特別な出来事がなくてもいい。

 

 

ただ、今年もまた、夏の終わりに「よく日に焼けたな」と思

 

 

えたら、それで十分なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.