幸せは私の中に そしてあなたの中に。 だけど本当の幸せって何だろう? -2ページ目

幸せは私の中に そしてあなたの中に。 だけど本当の幸せって何だろう?

克服出来ない病は世の中に沢山ある。自分も数々の克服出来ない心の病と身体の病に罹患している。他人の痛み知る努力をし、思い遣りの心で知り応援したい。努力によって人は誰しも大きな失敗でも取り戻せる。努力によって人は誰しも生きる尊厳を取り戻す事ができる。

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読みください。

 

 

365日の紙飛行機 /AKB48

 

 

 

 

 

 

 

自分には精神疾患もある。

 

 

双極Ⅱ型障碍と解離性健忘症だ。

 

 

その中でも、特に波が激しかった時期——重度の双極Ⅱ型障害

 

 

に深く飲み込まれていた頃のことは、今振り返っても現実だっ

 

 

たのか疑いたくなる。

 

 

ある日、理由という理由もなく、ただ突然、頭の中が「死」とい

 

 

う一つの言葉に支配された。悲しいとか、つらいとか、そういう

 

 

感情を通り越して、ただ「死ぬ」という一点に思考が固定されていく

 

 

感覚だった。

 

 

冷静さも、恐怖もなかった。
 

 

ただ、やらなければならないことのように、それを実行に移した。

 

 

腕の静脈は切ってもすぐに血が止まることを知っていた。

 

 

だから、より確実な方法を選んだ。

 

 

腕の奥にある動脈に刃を入れ、お風呂に温かいお湯を張り、そ

 

 

の中に腕を沈めた。

 

 

意識がゆっくりと遠のいていく。
 

 

ぼんやりとした中で、「これで終わる」と、どこか納得していた。

 

 

浴槽は赤では無く、どす黒いを超して黒かった。

 

 

――だが、その時間は途切れた。

 

 

帰ってくるはずのない時間に、母が帰ってきたのだ。

 

 

気がついた時には、救急搬送され、命は繋がっていた。

 

 

もしあの時、母が帰ってきていなければ——そう考えれば、

 

 

結果は明らかだったと思う。

 

 

自分はこれまでに何度も自殺未遂を繰り返してきた。
 

 

けれど、不思議なことに、その度に必ず母に見つかり、救急搬

 

 

送され、生き残ってしまった。

 

 

偶然なのか、運命なのか、それとも何かに引き戻されているの

 

 

か——今でも分からない。

 

 

世の中では、リストカットをする人の多くが「かまってほしいか

 

 

ら」だとか、「一時的な快感を得るため」だとか、軽く見られる事

 

 

がある。

 

 

確かにそういう側面がある人もいるのかもしれない。

 

 

けれど、自分のあの時は違った。

 

 

誰かに気づいてほしいわけでも、何かを訴えたかったわけでも

 

 

ない。

 

 

ただ純粋に、「終わらせる」ことしか考えていなかった。

 

 

それが、どれほど危うい状態だったのか、今になってようやく

 

 

理解できる。

 

 

そして今——

 

 

薬の影響なのか、それとも自分の精神が少しずつ元の状態に戻

 

 

ってきたのかは分からない。

 

 

だが、あの頃のように「死」だけに支配される感覚は、今はない。

 

 

むしろ、こう思うことがある。

 

 

「生きていて良かった」と。

 

 

あの時終わっていたかもしれない命が、今こうして続いている。

 

 

そのことに、はっきりとした意味は見出せないかもしれない。

 

 

それでも、確かに今、自分はここにいる。

 

 

もちろん、これで安心だとは思っていない。
 

 

またいつ、あの感覚が突然戻ってくるか分からないからだ。

 

 

理由もなく、前触れもなく、「死にたい」という思いが頭を埋め尽

 

 

くす瞬間が来るかもしれない。

 

 

それでも——

 

 

その時は、何とか踏みとどまりたいと思っている。

 

 

これまで何度も引き戻してくれた母の存在を思い出しながら。
 

 

あの時、帰ってきてくれたこと。

 

 

何度も命を繋ぎ止めてくれたこと。

 

 

せめて——
 

 

母よりは長く生きていたい。

 

 

それが今の、自分の小さな目標だ。

 

 

大きな夢や理想ではない。
 

 

ただ、「もう少しだけ生きてみる」という選択を、繰り返していく

 

 

こと。

 

 

あの時、止まったはずの命は、今も続いている。
 

 

その事実だけを、しっかりと握りしめながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読みください。

 

 

 

小さな幸せ 松山千春

 

 

 

 

 

 

 

母がペースメーカーを入れたのは、昨年の6月だったか、それと

 

 

も9月だったか―――正確な時期は曖昧になってしまったが、

 

 

あの日の緊張感だけは、今でもはっきりと覚えている。

 

 

ぐったりとしている母を無理矢理行きつけの医者にかかった時

 

 

のことだった。

 

 

診察を終えた医者は、険しい表情でこう言った。

 

 

「何故ここまで放っておいたんだ」

 

 

その一言に、ただならぬ状況だとすぐに分かった。

 

 

そして続けて、「このまま救急車を呼ぶ」とまで言われた。

 

 

あまりにも突然のことで、頭が追いつかなかった。

 

 

それでも「一度家に戻って入院の準備をしてから行きたい」

 

 

と伝えたが、医者は首を縦に振らなかった。

 

 

「駄目だ。このまま行くか、救急車を呼ぶかだ」

 

 

結局、僕が車で母を乗せて、そのまま病院へ向かった。

 

 

あの短い道のりが、妙に長く感じられたのを覚えている。

 

 

入院した病院では、すぐに緊急の簡易手術が行われた。

 

 

翌日、病院から指示された入院に必要な物を揃え、弟と一緒に

 

 

病院へ向かった。手術は部分麻酔で行われると聞いていたが、

 

 

それでも不安は消えなかった。

 

 

ただ、その時期はコロナやインフルエンザの影響があり、術後

 

 

すぐに会うことは許されなかった。

 

 

無事に終わったと聞いても、顔を見るまでは安心できない。

 

 

そんなもどかしい時間が続いた。

 

 

その後、週に2回、10分だけ面会が許されるようになり、その

 

 

わずかな時間を大切に通い続けた。

 

 

短い時間でも、顔を見て声を聞くだけで、少しずつ安心が積み

 

 

重なっていった。

 

 

やがて母は退院した。

 

 

本来であれば、苦しかったはずの状態から解放され、ペースメ

 

 

ーカーによって体調は安定し、以前より元気になってもおかし

 

 

くないはずだった。

 

 

だが——

 

 

実際の母は、どこか元気がない。

 

 

手術前よりも、むしろ覇気がなくなっているように見える。

 

 

身体の問題ではなく、心の問題のように感じる瞬間が増えて

 

 

いった。

 

 

心配になり、「病院に行こう」と何度も声をかけた。だが母は、

 

 

静かにこう言う。

 

 

「もう高齢だから、必要ない」

 

 

その言葉には、どこか諦めのようなものが滲んでいた。「生き

 

 

よう」という気力が、少しずつ薄れてしまっているように感じて

 

 

ならない。

 

 

それが何よりもつらい。

 

 

身体の不調であれば、まだ対処のしようがある。だが、心の灯

 

 

が弱くなってしまった時、それをどう支えればいいのか分から

 

 

ない。

 

 

だからこそ、今まで母がやっていたことを、少しずつ自分が代

 

 

わるようになった。

 

 

家のこと、細かな用事、日々の雑務——どれも特別なことでは

 

 

ないが、それを続けてきた母の存在の大きさを、今になって思

 

 

い知る。

 

 

本当は、ただ元気でいてくれればいい。

 

 

長生きしてほしい。

 

 

いや、正直に言えば——
 

 

親不孝かもしれないが、自分よりも長く生きていてほしいと

 

 

すら思ってしまう。

 

 

母がいなくなることを、想像したくない。

 

 

考えただけで、心のどこかが崩れてしまいそうになるからだ。

 

 

これから季節は暖かくなっていく。
 

 

母がこれまで生き甲斐として続けてきた畑作業の季節がやっ

 

 

てくる。

 

 

土に触れ、作物を育てるあの時間が、もう一度母の中にある

 

 

「生きる力」を呼び戻してくれるのではないかと、密かに期待

 

 

している。

 

 

太陽の下で、土の匂いを感じながら、少しずつでもいい。
 

 

また笑顔を見せてくれたら——

 

 

それだけでいい。

 

 

母の心に、もう一度、あたたかい灯がともることを願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読みください。

 

 

 

ワインの匂い / オフコース

 

 

 

 

 

 

息子が結婚したと聞いた時、胸の奥に静かに広がったのは、

 

 

 

言葉にしきれない複雑な想いだった。

 

 

嬉しさもあったし、どこか寂しさもあった。

 

 

そして何より、「よくここまで来たな」という、親としての安堵の

 

 

ような感情があった。

 

 

彼は海上自衛隊の潜水艦隊の士官を退官していた。

 


あの過酷な環境での任務を思えば、もう少し続けてほしかった

 

 

という気持ちも正直ある。

 

 

しかし結婚の障壁にもなっていたのかもしれない。

 

 

いつ出動し何所で何をするか、いつ帰るか例え妻でも言えない

 

 

というのは結婚している自衛官には大きな障壁だろう。

 

 

親同士が、そういう仕事なら理解できるかもしれないがーー

 

 

だが、結婚生活を考えれば、それもまた一つの正しい選択なの

 

 

だろう。

 

 

守るべきものができた人間が選ぶ道としては、自然な流れなのか

 

 

もしれない。

 

 

さらに、次の就職先もすでに決まっていた。
 

 

日本にある大手の船舶製造会社に再就職したという。

 

 

おそらく、海上自衛隊で培った経験が活かされる会社なのだ

 

 

ろうと思う。

 

 

息子は機関の士官だったからーーーー

 

 

そう考えると、彼なりにしっかりと未来を見据えて歩いている

 

 

のだと感じる。

 

 

本当は、どこの会社なのか、どんな仕事をしているのか、もっと

 

 

詳しく知りたい気持ちもあった。

 

 

けれど、それを聞くことにはどこか憚りがあった。

 

 

踏み込んではいけない距離というものが、確かに存在している。

 

 

だからこそ、自分に言い聞かせる。
 

 

「そんなことよりも大切なのは、彼が幸せであることだ」と。

 

 

彼の結婚相手についても同じだ。
 

 

母はすでに会っているらしいが、自分はまだ会ったことがない。

 

 

質素で可愛くて息子にはピッタリな相手だと言っていた。

 

 

この地に戻ってくる前の出来事だったからだ。

 

 

どんな人なのか、どんな笑顔を見せるのか。

 

 

息子が選んだ人だからこそ、会ってみたいという気持ちは強い。

 

 

そしてもし、これから新しい命が生まれるのなら――

 

 

孫を、この腕で抱いてみたい。

 

 

この場所に連れて帰ってきてほしい。
 

 

この空気を感じさせてあげたい。

 

 

そんな願いが、自然と心の中に湧いてくる。

 

 

だが現実は、そう簡単ではない。

 

 

息子は、自分のことを嫌っている。

 

 

理由は分かっているつもりだ。

 

 

これまでの自分の言動や選択、その積み重ねが、今の距離を作

 

 

ってしまったのだろう。

 

 

取り返せない時間と、取り戻せない関係。

 

 

だからこそ、「帰ってきてほしい」と願うことすら、どこかで遠慮

 

 

してしまう自分がいる。

 

 

それでも——

 

 

彼ももう、大人だ。
 

 

いつまでも子どものように根に持ち続ける人間ではないと、ど

 

 

こかで信じている。

 

 

時間が流れる中で、少しずつでもいい。
 

 

何かが変わっていく可能性を、完全には捨てきれない。

 

 

無理に距離を縮めようとは思わない。
 

 

許してほしいと強く求めることもできない。

 

 

ただ、静かに願うだけだ。

 

 

息子が幸せであること。
 

 

家庭が穏やかであること。
 

 

夫婦が支え合い、笑顔で過ごしていること。

 

 

そして——
 

 

丈夫な孫が生まれ、その命が健やかに育っていくこと。

 

 

それが、今の自分にできる精一杯の願いだ。

 

 

「家内安全」
 

 

「夫婦円満」

 

 

その言葉を心の中で何度も繰り返しながら、遠くにいる息子の

 

 

姿を思い浮かべる。

 

 

親として、できることはもう多くはないのかもしれない。
 

 

けれど、想うことだけはやめない。

 

 

たとえ届かなくても、形にならなくても——
 

 

この願いだけは、変わることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.