※BGMでも聴きながらお読みください。
365日の紙飛行機 /AKB48
自分には精神疾患もある。
双極Ⅱ型障碍と解離性健忘症だ。
その中でも、特に波が激しかった時期——重度の双極Ⅱ型障害
に深く飲み込まれていた頃のことは、今振り返っても現実だっ
たのか疑いたくなる。
ある日、理由という理由もなく、ただ突然、頭の中が「死」とい
う一つの言葉に支配された。悲しいとか、つらいとか、そういう
感情を通り越して、ただ「死ぬ」という一点に思考が固定されていく
感覚だった。
冷静さも、恐怖もなかった。
ただ、やらなければならないことのように、それを実行に移した。
腕の静脈は切ってもすぐに血が止まることを知っていた。
だから、より確実な方法を選んだ。
腕の奥にある動脈に刃を入れ、お風呂に温かいお湯を張り、そ
の中に腕を沈めた。
意識がゆっくりと遠のいていく。
ぼんやりとした中で、「これで終わる」と、どこか納得していた。
浴槽は赤では無く、どす黒いを超して黒かった。
――だが、その時間は途切れた。
帰ってくるはずのない時間に、母が帰ってきたのだ。
気がついた時には、救急搬送され、命は繋がっていた。
もしあの時、母が帰ってきていなければ——そう考えれば、
結果は明らかだったと思う。
自分はこれまでに何度も自殺未遂を繰り返してきた。
けれど、不思議なことに、その度に必ず母に見つかり、救急搬
送され、生き残ってしまった。
偶然なのか、運命なのか、それとも何かに引き戻されているの
か——今でも分からない。
世の中では、リストカットをする人の多くが「かまってほしいか
ら」だとか、「一時的な快感を得るため」だとか、軽く見られる事
がある。
確かにそういう側面がある人もいるのかもしれない。
けれど、自分のあの時は違った。
誰かに気づいてほしいわけでも、何かを訴えたかったわけでも
ない。
ただ純粋に、「終わらせる」ことしか考えていなかった。
それが、どれほど危うい状態だったのか、今になってようやく
理解できる。
そして今——
薬の影響なのか、それとも自分の精神が少しずつ元の状態に戻
ってきたのかは分からない。
だが、あの頃のように「死」だけに支配される感覚は、今はない。
むしろ、こう思うことがある。
「生きていて良かった」と。
あの時終わっていたかもしれない命が、今こうして続いている。
そのことに、はっきりとした意味は見出せないかもしれない。
それでも、確かに今、自分はここにいる。
もちろん、これで安心だとは思っていない。
またいつ、あの感覚が突然戻ってくるか分からないからだ。
理由もなく、前触れもなく、「死にたい」という思いが頭を埋め尽
くす瞬間が来るかもしれない。
それでも——
その時は、何とか踏みとどまりたいと思っている。
これまで何度も引き戻してくれた母の存在を思い出しながら。
あの時、帰ってきてくれたこと。
何度も命を繋ぎ止めてくれたこと。
せめて——
母よりは長く生きていたい。
それが今の、自分の小さな目標だ。
大きな夢や理想ではない。
ただ、「もう少しだけ生きてみる」という選択を、繰り返していく
こと。
あの時、止まったはずの命は、今も続いている。
その事実だけを、しっかりと握りしめながら。
May be the best year of my life.






















