幸せは私の中に そしてあなたの中に。 -6ページ目

幸せは私の中に そしてあなたの中に。

克服出来ない病は世の中に沢山ある。自分も数々の克服出来ない心の病と身体の病に罹患している。他人の痛み知る努力をし、思い遣りの心で知り応援したい。努力によって人は誰しも大きな失敗でも取り戻せる。努力によって人は誰しも生きる尊厳を取り戻す事ができる。

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

酒井法子「碧いうさぎ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、目覚めたらパソコンのスイッチを入れコーヒーを飲みな

 

 

がら記事を書く。

 

 

今日は暑くも寒くも無い淀んだ空。

 

 

明日はどうかな?

 

 

そして何を書こうかな?と少し考えてから記事に貼る音楽を

 

 

める。

 

 

その時の気分や、皆様に訴えたい気持ちの歌詞の曲を選ぶ。

 

 

僕は自分を、もう死んだ人間だと思ってる。

 

 

今、生きていられるのは、頑張って突っ走って生き急いでき

 

 

事への、単なる「おまけ」だ。

 

 

だから、どうせその内、直ぐに壊れる。

 

 

生き急いで普通の人が経験する様な事は全て経験して、本当

 

 

なら、もう寿命だったんだけど、親父と、婚約者に、この世

 

 

に戻されて連れと出逢わせてくれて優しい娘達に囲まれ幸せ

 

 

な生活を少しでも送れる様にと、「おまけ」をくれたのだ。

 

 

熟睡出来ない時は、寝ると夢を見る。

 

 

以前の夢で僕は小さな雑貨店を経営してて、その店には婚約

 

 

者の写真をあちこちに飾ってあり、本当は二人で写した写真

 

 

高校生の頃に僕の担任の先生が撮ってくれた白黒のが1枚

 

 

か無かった筈なのに何故かカラーの写真が何枚か有った。

 

 

しかし、そこに悪夢の様に前妻が出てきて、前にたった1枚

 

 

写真を破り捨てた時と同じ事をされてた。

 

 

殺してやりたいと思い夢の中で探してたけど逃亡された後で

 

 

た。

 

 

 

そして、その後に何故か前妻に騙され僕を憎んでいる筈の長

 

 

男夫婦が孫二人とキャンプに行きバーベキューをしてきたと

 

 

遊びに来た。

 

 

長男と何か面白かったか?とか話し、孫とも話し義娘とも話

 

 

した孫達は、もう大きくなってる筈なのに僕が此所に移住し

 

 

てくる1~2日前に見た時のままでした。

 

 

その後も何名が昔の友人が訪ねてきたりしてたんだけど、何

 

 

か死んだ筈の婚約者が他の人と結婚してて子供(確か男の

 

 

と女の子)を連れて来たのだ。

 

 

まぁ夢だからなんだけど、僕は、もう絶望的に悲しくなってた。

 

 

有り得ない話しなんだけど・・・・で、気付いて目覚めた。

 

 

婚約者はもう死んで、この世には居ない。

 

 

でも今の僕には愛する家内と娘達が居て世界一幸せだ。

 

 

今回の夢を見て思ったのだけど、今度、実家に戻ったら長男

 

 

は一度、キッチリ膝を交えて話をして真実を教えないとい

 

 

けないと思った。

 

 

そして5男を引き取り、彼が大学を卒業するまで僕が育てよ

 

 

と思ました。

 

 

悪夢は見たくない・・・現実は暗い事ばかりなのだからせめ

 

 

て夢くらいは楽しいのにして欲しいもの。

 

 

それに二度と前妻を夢には出さないで欲しい。

 

 

マジで気分が超悪くて一日中嫌な気分になる。

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 

May be the best year of my life.
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

ただ・・・逢いたくて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忘れてはならないと思う事がある。

 

 

家内は、僕やメグを看て疲れていて、まともに寝る事も出来

 

 

ない状況なのに、声を荒げて怒りを爆発させたり、気分が悪

 

 

いからと口を利かないとか、意地の悪い事等をした事は一度

 

 

も無い。

 

 

僕が解離性健忘症に罹患し普通の女性なら間違いなく離婚と

 

 

いう場面でも耐え忍び、僕を、そうさせているのは病のせい

 

 

だと信じてくれて僕を大きく包んでくれた。

 

 

しかし、僕は長い事、その深さに気付かずにいた。

 

 

解離性健忘症の時だけじゃ無い。

 

 

今まで数々の暴言や無理を言ってたかもしれない。

 

 

しかし、家内は怒りを面には出さず、静かに微笑んでくれて

 

 

いた。

 

 

家内は、その辛さや悲しみを心の奥底に噛み締めて涙では無

 

 

く笑顔で包んでいたのだと思う。

 

 

 

 

怒りを爆発させるのは簡単だ。

 

 

その思いを爆発させるか、涙を見せるか、笑顔で包み込むか

 

 

だけの違いなのかもしれない。

 

 

しかし、心の底に秘めた辛い思いや悲しい思いを噛み締め、

 

 

笑顔で隠して包み込んでいる事は容易な事では無いと思う。

 

 

僕は、そんな家内の笑顔の裏にある気持ちを、理解しようと

 

 

努力していただろうか?

 

 

今の僕は家内の苦労を知り分かち合おうとしているだろうか?

 

 

家内が僕の前で涙を見せたのは結婚9年間でたったの3回か

 

 

4回だけだ。

 

 

家内は涙を流す時、僕が居ない場所で泣いている。

 

 

それは正直、夫としては淋しい事だ。

 

 

出来るなら涙の理由を教えて欲しい。

 

 

そして僕の胸で泣いて欲しい。

 

 

何故なら労苦を共にするのが夫婦だと思うからです。

 

 

逆を言えば、それだけ僕は家内にとって言うだけ無駄な頼り

 

 

のない夫だという事なのだろう。

 

 

愚かな僕は、その微笑みの裏にある悲しみや淋しさにどれだ

 

 

け気付いて、そして家内を労われていただろうか?

 

 

改めて考えると自分の小ささが情けなく、そして悲しくなる。

 

 

心が病んでいるのは臨床的に間違っていない。

 

 

確かに僕が今までしてきた事、言ってきた事の殆どは、病が

 

 

そうさせてきたと断言できる。

 

 

しかし、だからといって家内の微笑みの裏に隠した悲しみや

 

 

淋しさにに甘えてばかりじゃ男じゃ無い。

 

 

夫だと胸を張れようか?張れると言えるなら僕は阿呆だ。

 

 

そして、そんな僕は知恵のある人間じゃ無いと思う。

 

 

だから家内は自分の辛さや悲しみを僕には打ち分けてはくれ

 

 

ないで独り涙しているのだろう。

 

 

畜生にも劣る奴だと自分を情けなく思う。

 

 

 

 

 

家内が紙粘土で作ってくれた小さなお地蔵様と、更に小さな

 

 

お地蔵様、二体が僕の机の目の前に置いてあります。

 

 

合計で三体。

 

 

毎晩、「今夜はメグと家内がゆっくりと寝れます様に」とお

 

 

祈りしている。

 

 

微笑みを絶やさない優しい家内が、心を込めて作ってくれた

 

 

お地蔵様だから必ずご利益があると信じ祈っている。

 

 

僕の宝物だ。

 

 

そのお地蔵様の御姿とお顔の笑顔は正に家内そのものだ。

 

 

手作りの物には、作った人の性格や心根が現れる。

 

 

手を汚す仕事を長年続け、心も汚れている僕には何も作れな

 

 

い。

 

 

元々、不器用で、親父も母も弟も器用でしたが、僕だけが不

 

 

器用で何を作っても出来が悪くて、子供の頃から親父には罵

 

 

倒され、その代わり、田圃の汚れ仕事や力仕事は全て僕がや

 

 

らされた。

 

 

大雨の日でも田圃に暗渠を掘るのも僕一人の仕事でした。

 

 

親父は傘をさし、ずぶ濡れで仕事をしている僕を見下ろして

 

 

いた何の手伝いもせず・・・。

 

 

弟も、その手伝いをさせられず友達と遊んでいた。

 

 

婚約者との婚約の報告に行った時、その暗渠を掘る仕事は弟

 

 

では無く重機を使っていた。

 

 

殺意を感じる程の物凄い怒りを感じました。

 

 

仕事でも、社会人としても、人としても、まだ半人前でした

 

 

からね。

 

 

しかし、僕は長男だけど嫌で家を捨て東京に行った身、二度

 

 

と、この家と関わる事は無いのだと心を静めたけど、その恨

 

 

みや怒りは今も忘れられない。

 

 

祖父母にも親父にも復讐してやったけど、未だに心は晴れな

 

 

い。

 

 

家内の様に微笑んで許す事等到底出来ない。

 

 

だから、祖父母、親父が死んだ時、涙の一粒も出なかった。

 

 

叔母ちゃんが死んだ時には号泣したのにだ。

 

 

母も祖父母や親父に虐められながらも、僕と弟の為に耐えた。

 

 

母の兄、叔父が「家に戻ってきても良いぞ」と言ってくれて

 

 

も耐えていた。

 

 

僕は微笑んだり出来ているのだろうか?

 

 

母も結構、気が強いというか、気が強く無ければ、あの家に

 

 

は居れなかったのだろうけど、幼い頃、僕は母の笑顔を見て

 

 

ると心が安らげていた・・・。

 

 

今も母の笑顔が目に浮かぶ。

 

 

そして、家内の家族も優しい笑顔を僕にしてくれる。

 

 

有難い事だ。

 

 

その家族の笑顔を絶やさない様に僕も自重しなければいけな

 

 

いと強く心から思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

松任谷由実 – ノーサイド

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「義を見てせざるは勇無きなり」という言葉は日本の武士道

 

 

や倫理観に関連する格言です。意味は、「正義や義理を目の

 

 

前にして行動しないことは、勇気のないことである」という

 

 

ことです。

 

 

この言葉は、勇気や行動力を持つ者が、正義や義理を果たす

 

 

ことの重要性を強調しています。単に義理や正義を理解する

 

 

だけでなく、それに基づいて実際に行動することが求められ

 

 

るという教えが込められています。

 

 

武士道の精神においては、個人の名誉や義務、忠誠心などが

 

 

重視されます。この格言は、武士道の中で生まれたものであ

 

 

り、武士階級における行動規範とし、て広く受け入れられま

 

 

した。

 

 

また、一般の人々にも勇気や正義の重要性を訴える格言とし

 

 

て広く知られています。

 

 

この言葉は、様々な状況での行動指針として活用されること

 

 

があります。

 

 

例えば、社会的な不正や不正義に直面した場合、黙って見過

 

 

ごすのではなく、勇気を持って立ち上がるべきだということ

 

 

を示唆しています。

 

 

また、個人的な義務や責任に対しても同様に適用することが

 

 

できます。

 

 

つまり、「義を見てせざるは勇無きなり」とは、正義や義理

 

 

を果たすためには勇気を持って行動することが重要であると

 

 

いう教えを表しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.