※BGMでも聴きながらお読みください。
K 『Only Human』
いつ死んでもおかしくない——
それは、医者から告げられた言葉ではなく、日常の中で静かに
自分自身が理解している現実だ。
治らない難病を抱え、発作がいつ起きるか分からない身体と
共に生きるということは、「生の終わり」が常に隣にあるという
ことでもある。
多くの人は、遠い未来を前提に生きている。
来年の予定、数年後の夢、老後の安心。
けれど僕には、それがない。
あるのは、「今日」と、せいぜい「明日」くらいだ。
そんな僕が「生きる意味」を探そうとしている。
それはどこか滑稽で、無謀で、そして少しだけ美しいことの様
にも思える。
なぜなら、終わりが見えている旅だからこそ、その一歩一歩が
濃くなるからだ。
もし、自分の命が永遠に続くと分かっていたら、「生きる意味」
なんて深く考えなかったかもしれない。
ただ流されるように日々を過ごし、気がつけば時間だけが過ぎ
ていく。
でも僕は違う。
限りがあると分かっているからこそ、「なぜ生きるのか」と問い
続けてしまう。
そして気付いたことがある。
生きる意味というのは、「見つけるもの」ではなく「感じるもの」
なのかもしれない、ということだ。
例えば、何気なく外を見たときの空の色。
ふと耳に入ってくる風の音や鳥の声。
誰かと交わした、たった一言の会話。
そんな一つ一つが、「ああ、今自分は生きているんだ」と感じさ
せてくれる。
それは決して大きな出来事ではない。
むしろ、あまりにも小さくて、普段なら見過ごしてしまうような
瞬間だ。
でも、その小さな瞬間の積み重ねこそが、僕にとっての「生き
る意味」なのではないかと思う。
だからこの人生は、壮大な冒険なのだ。
ゴールがどこにあるのかも分からない。
そもそもゴールがあるのかどうかすら分からない。
それでも僕は、自分の足で進んでいく。
体は思うように動かないし、不安や恐怖が消えることもない。
「もういい」と思う日だってある。
それでも、また次の日が来る。
その繰り返しの中で、僕は少しずつ何かを見つけている気が
する。
それは明確な答えではない。
誰かに説明できるような立派な理由でもない。
でも確かに、「生きている意味のかけら」のようなものだ。
もしかしたら、この旅の本当の価値は、「答えに辿り着くこと」
ではないのかもしれない。
探し続けること、そのものに意味があるのかもしれない。
だとしたら——
僕の人生は、決して不幸なだけのものではない。
むしろ、誰にも真似できないような、濃くて深いアドベンチャー
なのだと思う。
いつ終わるか分からない旅。
だからこそ僕は、今日もまた一歩進む。
生きる意味を探しながら。
そして、その探すという行為そのものを、生きる意味にしな
がら・・・・・・・・・・。
May be the best year of my life.
















