※BGMでも聴きながらお読み下さい。
【君と歩いた青春】風
自分の事を書きます。
小さなコミュニティの集落に生を受け、幾ら大昔、その地域
では権勢を誇っていたとしても僕が生まれた時は単なる貧し
い農家の家だった。
物心着くまでは、それが普通だったし祖父母が何故、母を虐
めるのかが不思議でならなかった。
母を虐める祖父母や親父が大嫌いだった。
母は僕には反抗期が無かったと言ってたけど、反抗する相手
が親では無く祖父母だったという事だけ。
そして親父なんて相手にしてなかった。
むしろ軽蔑してた。
母や親父から、小遣いを余り貰えないから、よく祖父の財布
から金を抜いてたけど、元々、祖父は金遣いの荒い人だった
から自分で使ったのだと思ってただろう。
そもそも1度に大金を抜く事はせず、少しずつ頂いてたから。
ある意味、僕の母に代わり復讐してたつもり。
そして、土方として日雇いの仕事をしてた親父は収入も少な
くて貧しい上に更に貧しく、既に小学生の中学年頃には大き
くなっても絶対に親父の様にはならないし長男だから家を継
ぐ者として育てられてはいたけど、家を継ぐ気は更々無かっ
たし、あんな家や集落には居たく無く早く出たいと思ってい
ました。
しかし、その割には勉強一筋で、立身出世等という事も考え
ず、ただ、その時にしたい事をし、思う事をしてただけだ。
しかし、全く夢が無かったかといえば一応はありましたが、
その割に実際にしてた事は真逆というか反社では無いとは思
ってて単に若いエネルギーを爆発させてただけで、同類の奴
等との諍いはあったけど誰かの人生を狂わす程の事はしてい
ない。
漠然としてた夢を叶える為に全く努力はせず、運良く転がり
込んできた訳じゃ無い。
流れに流されながらも夢を叶える為に学びもした。
そうじゃないと申し訳ないと思う人も居たからだ。
しかし、僕が就きたい仕事は、倍率が高くて10~15倍
僕の頃には10~15倍の競争倍率だったから、自分の様な
中途半端な努力で叶うのだろうか?という不安はあったけど
何とか奇跡としか言えない運で夢が叶った。
夢が叶ったのは良いけど本当の意味で叶えるには更に1年の
苦行が待ってて、その苦行を乗り越えた者だけが、真の勝者
という世界でした。
その篩(ふるい)の目は大きく、少しでも怠けたり努力を惜
しむと、即、退学というか脱落する世界でした。
学びと実践の厳しい環境でした。
僕は何とか勝ち残り、正式に夢は叶ったし、そもそも実家に
居るのが嫌で逃げ出したい、長男だから家を継ぐというのか
ら逃れられたのだと油断していたのかもしれない。
そして、まさか、身内が自分を嵌めて不幸のどん底に突き落
とす様な真似をするなんてドラマの世界の話しで実際に自分
の身に起きる事だなんて思った事も想像すら出来なかったが
心根から腐っている祖父母を中心として家族の裏切りにより
夢は途中で断たれ、本来なら安倍総理の国葬の翌日が僕の定
年退官の日でした。
正しく運命が作動していて本来ならば・・・・。
長い〇〇官人生の最終日だった筈だった・・・・・。
本来なら花束でも貰って家に帰る筈でした。
そして一人だったか、どうかは判らないけど祝いの日で婚約
者は労いの言葉を言い、娘や、他の子供達と、祝っていたと
思う。
そして現実世界では僕等夫婦の結婚記念日でもある。
6年目に入ったのかな?
これも運命なのか・・・。
実家に戻ってから、幾ら考えを巡らせても楽しい事など1度
も無く、敢えて嬉しかったといえば祖父母の死とかだった。
僕は離婚して少し嫌な運命から逃れる事が出来きて少し目の
前が晴れた気がしたけど、しかし、再び、運命の拷問が続き
今度はザイコとザイコと思想信条が似てる心の腐ってる日本
人の策略で心を病み、そして心だけじゃ無く身体も病み、し
かし、余程、遺体が好きなのか?それが運命の仕事だとしか
思えない、あの世からの申し子の様に、再び、生甲斐に出来
た仕事は「葬祭ディレクター」という仕事で、生甲斐を感じ
人生最期の仕事にするつもりで居ました。
当然、働く為に学ばなくてはならない事は多く、元々、学ぶ
事は好きだったので、自分でも必死に学んだし先輩の所作や
言動からも学んだし、聞く事を恥とは思わぬ性格だったので
疑問に思う事は直ぐに聞いたし、自分でも考えた。
組織の中で生きるという事は個の力の結集でもある。
その力の中心になりたいという負けん気は消えて無かったけ
ど、その仕事も病により辞めざるを得なくなってしまい、も
う生甲斐も目標も目的も何も無くなり、働く意欲すら無くな
りました。
生きるという気力も消えた・・・。
心身共に障碍者。
しかも難病持ち。
精神疾患持ち。
他人にしたら気色が悪い危険人物に思えただろう。
親父が死に、別に悲しいとも淋しいとも思わなかったし、む
しろせいせいしてた気がする。
母と二人暮らしになり、出逢いも無いしあったとしても僕は
単なる病人で幸せになど出来る筈も無い。
それに出会うとしたら同じ心を病んだ病人しかおらず、病人
同士が一緒になっても上手く行く筈は無いと思ってた。
「一人で生き独りで死んでいく」のだと思っていたし、その
運命を受け入れていた。
しかし、出逢いは色々な事があり誰も信じないだろうけど、
実際に自分の身に起きた事であり、僕はそれを運命だと思っ
ているけど、家内に言わせれば僕に都合の良いだけの運命な
のかもしれない。
何故なら、僕は幸せだけど家内が幸せとは思えないからだ。
働きたくても、心身共に障碍のある普通なら今日、定年退職
を迎える初老の男を幾ら色々な知識や経験があり、学びは今
も継続してて知りたい事は誰かから教えて貰うものでは無く
自分で学びにいかないと知識も得れないし、自分から学びに
いき学んだ事じゃ無い事は自分のものには為らない。
夢を叶える為に学び、動き、活かして自分が得れる高見まで
行き、しかし人は一人で生きている訳じゃ無いし身内だから
家族だから必ずしも自分を不幸にしないかといえば不幸にす
る存在の場合もあるのだと経験則による本来、得ない方が良
い知識も得た。
家族だから全面的に信じてはいけない場合もあるという事だ。
まぁ、そういう経験をする人は、そうそう居るものじゃない
という世の中の非常識であるという事も知ってはいる。
今の僕には時間だけは他の人以上にあるから知りたい事は色
々と学びにいく事が出来る。
しかし、今の自分には得れた知識を活かす場が全く無い。
しかし僕の知識や学び等、世の中の全ての事の中ではミクロ
ン単位よりも小さなものだろう。
それでも知りたい事は学びたい。
知りたい。
知ったら、それを活かしたいと思うが、それは、今の自分の
置かれた環境や、持っている力、財力を含めたあらゆる力を
総動員しても活かす事は出来ない、無駄な知識といえば無駄
な知識で自己満足にしか過ぎないし、いつか叶えられる日が
来るかもしれない等という事も1ミクロン以下も無い。
やはり単なる自己満足に過ぎないけど、これからも知りたい
事は自分で学びにいく。
自分の為だけに・・・・。
誰かが教えてくれる事を待ってても、何年、何十年待っても
知識という形無いものは誰も持ってきてくれはしない。
学校で教えてくれる程度の事で満足出来る方なら、そういう
生き方もあるだろう。
しかし、世の中、知らない事だらけなのに、自分から学ばす
噂だの垢の他人からの押し付けの知識だの自己決定権の無い
考える事もしなくて良い事は知識とは言わない。
学校で教えてくれる事が100%正しいとも限らない。
教える側、人の思想信条を入れられると偏る。
それに国家レベルで間違った知識を植え付けられるという不
幸な事もある。
隣国のファンタジーの歴史教育然り、我が国のGHQにより
押し付けられ、誰も知りながらも修正もせずいる学者や役人
そして学ばされる我々国民も真実を知ったのなら嘘の自虐史
歴史教育に声を上げるべきであり不正義であり国際法にも準
じて無い、むしろ国際法を犯していたのは連合国側の方であ
り歴史を修正する為に自分等の都合の為に国際法を犯して開
いた東京裁判で何の罪も無い戦争指導者を勝者の復讐という
理念で行い、それをあろう事か敗戦国の国民に自国の指導者
を自虐する為の道具として使い、未だに国連という組織の中
で大東亜戦争敗戦国は敵国条項に入れられているのに、その
敵国が敵国の集団である連合国の国連を維持する為の金を世
界で3位以内支払っているという、お人好しというかハッキ
リ言えば馬鹿な国が日本なのである。
敵国なら1円も出す必要も無いし精々、年会費で国連に参加
する日本人1人当たり1万円程度で良いんじゃない?
そしたら精々、年に10万円も支払えば良い筈だ。
世界で3番目に支出させるなら、常任理事国になって当然で
あり、金を払えず戦勝国でも無い、中共、ロシア、フランス
が何故、デカい顔をして常任理事国してんの?
こんなふうに、ある程度の事を学習しただけで、色々な矛盾
や、国際社会の間違い、学校で教えられた歴史の嘘。
それを知りながら教えたのか知らない馬鹿が教師をしていて
教えたのか判らないけど、やはり団塊の世代の教育者が日本
を破壊し未だに害を成している。
一日も早く、そういう害を成す世代の害を成している人には
死んで償って欲しい。
そして、いい加減、政治家も教育者も国民を馬鹿にするのは
止めて欲しいし、国民も少しは自分で学ぶという姿勢を持た
ないと日本も隣国の様に政府の無為無策に踊らされる馬鹿国
民に成り下がり国際社会から見下される事になる。
少なくとも僕は、その一員に加わりたくは無い。
これからも自分から学びに行き、常に他人が言う事を疑い、
TVで教えている事を嘘だと思う所から始めて真実に辿り着
きたいと思う。
そうしないと馬鹿国民に仲間入りしてしまう。
元々、僕がしてたしてた仕事を知らない人は「人を疑う仕事
」という方がいる。
100%嘘だとは言わないけど、逆に「人を信じる仕事」な
んてあるのか?
あるとしたら、僕は、そいつらを阿呆と呼ばせて貰う。
May be the best year of my life.





















