幸せは私の中に そしてあなたの中に。 -28ページ目

幸せは私の中に そしてあなたの中に。

克服出来ない病は世の中に沢山ある。自分も数々の克服出来ない心の病と身体の病に罹患している。他人の痛み知る努力をし、思い遣りの心で知り応援したい。努力によって人は誰しも大きな失敗でも取り戻せる。努力によって人は誰しも生きる尊厳を取り戻す事ができる。

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

いとしのエリー・サザンオールスターズ

 

 

 

 

 

 

 

 

台湾で製作中の安倍総理の銅像。

 

 

台湾の人々がクラウドファンディングで作ったのだとか。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それに比べザイコが中心とはいえ、「国葬反対」とか犯人を

 

 

英雄視し被害者の安倍総理をザイコが貶める事を許す日本

 

 

政府。

 

 

今直ぐ、ザイコの一斉強制送還とスパイ防止法制定による反

 

 

日左翼を撲滅しなければならない。

 

 

林芳正なんて公用の帰りのヘリの中で一方を聞き「やったー」 

 

 

と周りも憚らず飛び跳ねて喜んだ。

 

 

やはり中共のスパイというのは単なる噂じゃ無かったよう

 

 

だね。

 

 

岸田も笑顔を押し殺してたというし。

 

 

あの記者会見で見せた涙目は、何所の製薬会社の目薬だろ

 

 

うか?

 

 

判ったら株価下がり倒産かもね。

 

 

だけど責任は岸田にあるのだから岸田が私財を投げ打ってで

 

 

も、救わないといけないし、慰謝料も払わないといけないだ

 

 

ろう。

 

 

萩生田さんと西村さんと高市さんで売国2銃士を鬼退治しな

 

 

いといけないみたいだね。

 

 

西村さんと高市さんは内閣府一致で辞表を叩きつけて政局に持っ

 

 

て行く。

 

 

萩生田さんは、謝謝茂木以外の党役員を取り込んでおく。

 

 

総裁選の準備だ。

 

 

出来れば高市内閣が良いが、それで派閥をまとめ上げれる

 

 

力があるのは萩生田さんか、西村さんか、参議院は下村博文

 

 

さんだが、高市氏を担ぎ上げるのじゃ無く自派閥から総裁

 

 

選に 出すとしたら萩生田さんか西村さんしかいないかもし

 

 

れないがダークホースで岸信夫氏という線も良いかもしれな

 

 

い。

 

 

敢えて清和研から出すので有れば当選回数は少ないけど、国

 

 

民からの信頼も厚かった大臣だった岸信夫氏が良いかもしれ

 

 

ない。

 

 

生マスゴミが何の影響力も無く何を騒いでいるのか判らない

 

 

単に昔霊感商法を行ったカルト教団が色々と政界でチョロチ

 

 

ョロしてて、それが政界に何か影響を与える程の力なのか?

 

 

生マスゴミが騒いでいるのは単純に話題を逸らし中共に話が

 

 

行き国民の関心が向けられない様にするだけだろう。

 

 

それだけ、中共に我が意が向いたら困るから中共からの指令

 

 

に従っているだけの腐った日本生マスゴミ。

 

 

 

 

 

 

特亜三国人は現在人が持っているDNAが、欠損している原

 

 

始人で恩は恩で返すという事は永遠に理解不能な事だろうか

 

 

ら日本が出資して正しい歴史認識を広める韓国の運動家達に

 

 

資金を援助して少女像の隣にライダイハンの銅像も設置すれ

 

 

ば良い。

 

 

それも韓国中に。

 

 

そして日本人なのに朝鮮から違法に来て働き本国よりも多く

 

 

収入を得たのに何が徴用工だよ。

 

 

マジ、恩知らずと言うか「恩」という言葉すら知らない、ザ

 

 

イコ達笑わせてくれる朝鮮人。

 

 

早く同じ民族同士殺し合い絶滅して欲しい。

 

 

売春が大昔から韓国の国技なのに非難されると自分達の都合

 

 

の良い様に言い繕う。

 

 

もう既に世界中に真実がバレているのに諦めの悪い人達で

 

 

「嘘も言い続ければ真実になる」という、かの国民の国是と

 

 

も言える事を未だに信じて息を吐く様に嘘をつくのが韓国人

 

 

と日本のみならず、今や世界のスタンダードになっている事

 

 

を韓国政府・国民は知っているのだろうか?

 

 

知っててもやってるなら、はやり、知能指数の低い原始人で

 

 

DNAの一部が欠損している原始人であると言わざるを得な

 

 

い。

 

 

かの国はローマ法王が言う様に「霊的に生まれ変わらないと

 

 

何も変わらない」という言葉の通り、滅びなくてはいけない

 

 

民族なのだ。

 

 

まぁこのまま行けば、日本も他人事では無いけど対策を講じ

 

 

政府も資金を投入し公費で通常の3割負担で妊活出来る様に

 

 

したりしているし高校生までは教育費が掛からない。

 

 

この際、大学まで無償化すれば、日本は更なる高みに行ける。

 

 

まぁ、かの国は国が生き残れるかの瀬戸際で、どこも助けて

 

 

くれない。

 

 

頼みのアメリカからも断られ、日本は韓国の謝罪と国際法違

 

 

反状態を是正し、友好国である日本の自衛隊機に火器を管制

 

 

レーダーを照射するという普通の国家なら爆撃され撃沈され

 

 

た上、戦争にまでエスカレートしてもおかしくない事例だが

 

 

我が国が普通の主権国家じゃ無いから助かっただけだが、そ

 

 

れも謝罪し責任者の首を差し出して貰わないと事は終わりま

 

 

せん。

 

 

そして日本は助ける振りをして助けず、かの半島で南北が殺

 

 

し合い滅びれば世界には朗報である。

 

 

アメリカ軍も助ける振りをして安全な場所に避難するか横田

 

 

基地に避難すれば良い。

 

 

「韓国は自力で対処可能」とか言ってさ。

 

 

そして半島は、国内外のザイコや民族全てを殺害するか終身

 

 

刑にして半島は国連で日本の信託地にしアメリカと共に軍事

 

 

基地を各地に作り、中共とロシアへの防波堤とするのだ。

 

 

各国は、思い切り、戦前の体制に戻し、台湾が正規の中国で

 

 

あり中共は国では無く反社ですから、断交して台湾と戦前と

 

 

同じ様に国交を結び、西側での軍事訓練に台湾も招き、台湾

 

 

のなるべく近くで演習を行い、日本政府は、その際に南西諸

 

 

島の避難訓練も同時に行い5年とか眠たい期間では無く年1

 

 

~2年以内に必ず起きる台湾有事と現在進行形のウクライナ

 

 

戦争と共に考えた時、これはWW3だと言わざるを得ないが

 

 

出来るなら各国の要人は何があろうと核のボタンにだけは手

 

 

を掛けないで欲しいが、残念な事に核を持っている国は持っ

 

 

ていない国には強気なので、この際、世界の西側の軍隊で、

 

 

キチンとシビリアンコントロールが効いている国には核を保

 

 

有させるべきだと思うし、日本は様々な運搬手段を独自に持

 

 

っているので、持っていない国に対し西側諸国がNTATO

 

 

を再編して日本等の様にアジアの国だから等という軍事には

 

 

国境は無いと思うので、外交+外務がセットになっている西

 

 

側のみで専制主義は絶対に認めない国際組織を作り、世界の

 

 

平和を監視し、NATOと同じ概念で一国が専制主義国に攻

 

 

撃を受けたら西側諸国は連合で立ち向かう。

 

 

そして全ての南西諸島には全ての住民が、数カ月避難可能な

 

 

シェルターを整備しなければならない。

 

 

それは自衛隊や民間のフェリーが本国に住民を避難させられ

 

 

るまで使えれば良い。

 

 

しかし、日本は現行憲法では無理なので次の臨時国会でも通

 

 

常国会でも良いから成立させて、そこで今、自民党総裁選挙

 

 

を控えているけど、岸田総理を早々に辞めさせ同時に新しい

 

 

保守派から選ばれる総理・総裁の元で衆参同時解散総選挙

 

 

を行い、公明党とは選挙協力も選挙後も連立は組まないと、

 

 

公約に入れたら自民党は何とか辛勝するかもしれない。

 

 

そして、出来るなら野党第一党には「国民民主党」か「維新

 

 

の会」になって欲しいと個人的には思っているし、自民党と

 

 

国民民主党の真の保守議員のみで、自由民主党の稲田朋美や

 

 

岸田もだがリベラル派を一掃してリベラル派には「除名処分」

 

 

する。

 

 

そして志を同じくする自民党議員と国民民主党議員と維新の

 

 

会議員は新しい体制の自由民主党を作り上げ、今は無き安倍

 

 

晋三総理大臣が描いていた「戦後レジュームからの脱却」と

 

 

「美しい日本」とアベノミクスの更なる進化と深化を進めて

 

 

日本を立ち直らせ、安倍総理の遺志を真に遂げられる新しい

 

 

総理大臣を出さないといけない。

 

 

しかし、その前に憲法改正とスパイ防止法の制定と施行を直

 

 

ぐに行い、国内スパイを即、各都道府県県の公安部が逮捕し

 

 

警視庁は公安部外事課が中心となり海外のスパイを海外に脱

 

 

出させない様に空港も、通常の路線も、もしスパイなら外交

 

 

特権も剥奪し逮捕する。

 

 

スパイ罪の最高刑は死刑。

 

 

次に新たに終身刑を立法させ、スパイ罪は、この2つ以外の

 

 

刑罰は要らない。

 

 

その位、厳しくしないと日本でのスパイ活動は命懸けになる

 

 

から大幅にスパイ活動は減るだろう。

 

 

そして警視庁公安部外事課は大幅に人員を増強しなければな

 

 

らない。

 

 

プライベートジェットでも脱出はさせないし、海は海上保安

 

 

庁と海上自衛隊が対処し、それでも逃げようとしたら撃沈だ。

 

 

真面目な話し、スパイ専用の刑務所を網走に作り、冷暖房は

 

 

職員が利用する所だけで、どうせ死刑になるか終身刑なので

 

 

早く死にたいだろうから、そういう環境を与えるだけだ。

 

 

食事も1日1食で十分だろうし、公費が勿体ないので直ぐに

 

 

死刑を執行し、刑務所内に火葬場も作り、骨を捨てる骨捨て

 

 

る場所を作るか海に散骨し魚の餌にすれば良い。

 

 

スパイの本国には家族も居るだろうし家族を帯同しているス

 

 

パイもいるだろうから、その場合、5歳未満なら児童相談所

 

 

に預け、施設に入れ、親はどちらもスパイ罪で死刑か終身刑

 

 

で良い。

 

 

そういう国に日本もして他の西側諸国と同じくなりNATO

 

 

に代わる西側諸国の新たな組織のリーダーはアメリカだろう

 

 

けど3役には入りたいものだな。

 

 

そして、組織は共同で武器やミサイル等の開発を積極的に行

 

 

えば各国の軍事費は軍人の待遇改善や福利厚生費にも充てら

 

 

れる。

 

 

そして、常に各国から数名の軍人を本部に常駐させておき、

 

 

万が一には即応体制を取らないといけない。

 

 

日本は現在、恥ずかしい事に普通の主権国家では無く特殊な

 

 

主権国家である。

 

 

僕は、それが、物凄く恥ずかしい。

 

 

日本を普通の主権国家にしてくれる国のリーダーは誰か?

 

 

前回の自由民主党の総裁選では足りない部分があるにせよ、

 

 

まとも国家感を持ち、まともな政治信条を持ち、まともな政

 

 

策を持ち、しかも具体的な策まで打ち出していたのは高市早

 

 

苗氏だけだった。

 

 

今回の総裁選もメンツを見ても高市早苗大臣しかいない。

 

 

なのに、過去に何度も破れてて、党員・党友票を多く集める

 

 

事が出来た河野太郎は、中共とベッタリだった事件が発覚し

 

 

て無かったら危うく、中共の属国になる事間違い無しの総理

 

 

になるところだったし、岸田は、安倍派とかが岸田の本性を

 

 

見抜けなかった事が間違いの始まりであり、特に安倍総理な

 

 

んかは長い期間、岸田を外務大臣に据えていたが、逆に考え

 

 

たら外交の殆どは自身がやっており岸田は単なるオマケ大臣

 

 

だったから、奴の本性を見抜けなかったし、いつか必ず安倍

 

 

派には目に見ぬ形で復讐してやりたいと長年思ってたし、も

 

 

しかしたら岸田と淋が凄腕のスナイパーをアメリカや中共、

 

 

ロシア等のの元特殊部隊でスナイパーをしてた人を雇い入れ

 

 

特殊弾でずっと輸血し続ける事で、形跡を消せる事が出来て

 

 

体内で溶けてしまい、それが輸血により外に出るから、輸血

 

 

しても出ている血を全て保管してたら、何の特殊弾だったの

 

 

か出血した血を全て保管し調査していたら判ったと思う。

 

 

「水銀弾」「ガリウム弾」等があるが、今現在、多くの人が

 

 

言っているのは「ガリウム弾」であり、そうなれば山上容疑

 

 

者は単なる見せ掛けでスナイパーは近くのビルから悠々と脱

 

 

出したのだろう。

 

 

なにせ大きな事件を捜査した事の無い鹿奈良県警ですから。

 

 

もしも管轄の奈良県警の他に警視庁刑事部捜査一課が捜査の

 

 

実権を握り操作していたら、キチンと犯人逮捕と何の銃弾を

 

 

使い、何所から射撃したのか?ライフルの種類まで特定出来

 

 

ただろう。

 

 

奈良県は、せめてもの安倍総理を慕う多く国民への償いと安

 

 

倍総理御自身の為に狙撃され暗殺された現場の半径30mを

 

 

立ち入り禁止区域にし慰霊碑と銅像を建て「安倍内閣総理大

 

 

臣殉職の地」と未来永劫守って欲しいと思う。

 

 

しかし、おそらく犯行国に阿り銅像すら作らせなかったのは

 

 

恐らく犯行国と深い繋がりのある知事が邪魔したのだろう。

 

 

僕は中共と中共と深い繋がりのある政、もしくは国会議員の

 

 

依頼による犯行とみている。

 

 

国葬反対とか言っているのは日本人じゃ無い、所詮はザイコ

 

 

なので相手にする必要は無いし反対するなら日本から母国に

 

 

帰れと言いたい。

 

 

母国の皆さんは、もう直ぐ、日本は滅び、母国が日本にとっ

 

 

て代わるといっているのだから、母国に帰るべきだし、政府

 

 

もザイコ一斉清掃を行い国内に居住する特亜三国人は例え帰

 

 

化してても帰化取り消しの上国籍を剥奪して母国に強制送還

 

 

するべきだ。

 

 

奴等の事がニュースで流れてるのを見る度に不快で堪らない。

 

 

日本は日本が好きな人だけで良いのだ。

 

 

だから、安倍総理の事を未だに悪く言う奴は逮捕しても良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.

 

 

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

 

花火/とんぼちゃん

 

 

 

 

 

 

 

色々と考え、試し、工夫しているのですが、どうあがいても

 

 

医療用麻薬には勝ち目がありません。

 

 

日中、起きて、夜、寝るという普通の生活にしたいのですが

 

 

入眠し眠りを深くして悪夢を見ない様にする事で少し前に起

 

 

きてた解離性健忘症は無くなりました。

 

 

その悪夢というか眠りが浅くて夢を見るのを防ぐ為に、改善

 

 

前は睡眠薬をネルボン最高量でした。

 

 

しかし改善する前に最初はネルボン最高量にサイレース最高

 

 

量を足したのが主治医のチョイスだったのですが、その組み

 

 

合わせと量だと朝の薬を飲ませる為に家内に起こされてた時

 

 

も帰省して家内に頼まれた母から起こされても、まるで死人

 

 

を起こすかの様に大変で僕自身もしんどいし、いつも、おね

 

 

しょしてるし、これじゃぁ無理だと、最初はサイレースはそ

 

 

のままにし、ネルボンの量を最高量が3錠でしたので2錠に

 

 

してみたのですが、余り変化は無くて、次に1錠にしてみた

 

 

のですが、それでも変化は無くてベンゾジアゼピン系睡眠薬

 

 

としてサイレースは「中間型」と位置付けられてて「超短時

 

 

間型」「短時間型」「長時間型」と薬名が違うけど4種類あ

 

 

り、入眠に問題が無く、睡眠中にも眠りが深くてと考えたら

 

 

「中間型」のサイレースは合っていると思う。

 

 

それでも、おねしょまでは行かないけど、お漏らし程度はサ

 

 

イレース最高量だとあるけど、家内曰く「悪夢を見て解離性

 

 

健忘症になるよりは良い。

 

 

別におねしょシーツを使いシーツを変え着替えれば良いだけ

 

 

だから」と。

 

 

家内を神だと思った。

 

 

だから、睡眠薬には何も問題は無く、今はネルボンは1錠も

 

 

入れておらずサイレースだけで良い睡眠が出来ていると思う

 

 

けど、問題なのは医療用麻薬のフェントステープで、主な副

 

 

作用として、便秘、傾眠、吐き気、嘔吐、貼付部のかゆみ・

 

 

紅斑・発疹等がありますが、この中で僕に当てはまる

 

 

副作用は「傾眠」だけです。

 

 

しかし、この傾眠という副作用のせいで日中眠くて、パソコ

 

 

ンに向かいYuTube番組を観てたりする時、椅子で途中

 

 

で寝てる時が往々にしてあります。

 

 

往々にしてというよりも、ほぼ50%程度は寝てます。

 

 

これが実に困る。

 

 

夜も睡眠薬を飲む前にブログのマイページを開けて「いいね」

 

 

している内に眠気が襲ってきてマウスを握ったまま寝てる時

 

 

もありました。

 

 

流石に最近は身体も慣れたのか眠くはなりますが、何とかマ

 

 

ウスを握ったまま夜、寝て、朝になってたという事は無くな

 

 

りましたが日中、YouTube番組を観ながら寝てると起

 

 

きた時に斜めに寝てると首が痛くて堪りません。

 

 

なのでYouTube番組を観る時は椅子の肘掛けに寄り掛

 

 

からず、真っ直ぐな姿勢で観る様にしてます。

 

 

それに眠気が来たら、無理して起きてないで寝る様にしてい

 

 

ます。

 

 

それに何故か僕が元々、夜行性動物というのもあるかもしれ

 

 

ないけど、夜は余りというか殆ど睡眠薬を飲むまでは眠くな

 

 

らないのです。

 

 

これを防ぐには医療用麻薬のフェントステープを止めて再び

 

 

痛い日々に戻るか今の夜は睡眠薬で眠い、日中は医療用麻薬

 

 

のフェントステープ眠い、常に眠い状態で、家内と過ごす僅

 

 

かな時間でさえ居眠りしている。

 

 

まるで生きてるのか息をしたまま死んでいる植物人間状態(

 

 

もし気を悪くした方が居たら御免なさい)です。

 

 

でも、あの痛い日々には、もう戻りたくないし戻れない。

 

 

主治医か、近所の整形外科専門病院で患部を見つけてくれて

 

 

治すには手術しかないと思うけど、その手術は今の主治医に

 

 

執刀して欲しい。

 

 

何故なら今の主治医の先生は以前、腰の手術をした時、6c

 

 

mも切ったのに無痛手術でした。

 

 

術後、麻酔から覚めた時に枕元にある筈の麻薬が無くて家内

 

 

と最初は「無いぞ!!!」とパニックになったのですが、能

 

 

々考えたら、そもそも痛く無い。

 

 

お義母さんが手を握ってくれてて母が、そこに居てくれてる

 

 

感じがしてて、ただ「痛く無い、痛く無い」を連発してたら

 

 

しいです。

 

 

頚椎後縦靭帯骨化症の時も胸椎黄色靭帯骨化症の時も死んだ

 

 

方がマシだと思う位、もし、窓が全開に開くなら飛び降りて

 

 

死にたいと思う程、痛かったので今回も6cmも切るのだか

 

 

ら痛いに決まってると、最初から思ってたので驚いたし感動

 

 

した。

 

 

だから、今、つくづく思う。

 

 

頚椎後縦靭帯骨化症の時も胸椎黄色靭帯骨化症の時も今の主

 

 

治医の先生だったら、同じ痛いにしても痛みのレベルが0~

 

 

10まであるとして0です。しかし実家のある県の研修医以

 

 

下のレベルは10です。共産党の医者による今から数えれば

 

 

23年前、当時でも15年前の術式で、元官憲で共産党の敵

 

 

だからとワザと15年前の術式でやれば予後、どんな事にな

 

 

るか医者なら知ってた筈で共産党員には人間としての良心は

 

 

無いのだと改めて思いましたし、まさか、実家の県に共産党

 

 

が経営する病院が有り、医者も看護師も共産党員という飯だ

 

 

けは美味しかっただけの最低病院で、何故、厚労省は共産党

 

 

に病院経営を許すのか?

 

 

東京2020オリパラの時に院長室の窓に「憤怒」とか貼り

 

 

紙した病院も共産党経営の病院だ。

 

 

当然、あの院長も共産党員だ。

 

 

そう聞けば「あ~なるほどなぁ」と理解する人も多い筈。

 

 

厚労省内に相当、共産党員が浸透しているとしか思えず、警

 

 

察庁は、共産党に病院経営をさせない様に、厚労省に命じる

 

 

べきだ。

 

 

もしも警察庁で力不足なら国家公安委員会が厚労省に命じて

 

 

今直ぐ、全国の共産党経営の病院の閉鎖と共産党員の医者の

 

 

医師免許剥奪をすべきだ。

 

 

そして全国の僕を含めた共産党系病院による被害者の救済を

 

 

行う事が、病院経営を許した厚労省の責任の取り方だろう。

 

 

今、僕が通院している医大の麻酔科の先生は「君も酷い目に

 

 

遭ったけど、全国には、もっと酷い目に遭わされた人が大勢

 

 

いて、彼らの、やり口は僕の様に法には抵触しない数十年前

 

 

の術式を適用させて、普通の病院で手術したら普通の生活に

 

 

戻れるのに二度と社会復帰出来ない様にしたりされた人を大

 

 

勢見ている」と聞いた事があり、僕も故意の傷害罪で刑事告

 

 

訴出来ないか、所轄署の捜査員とも相談したりして、先ずは

 

 

今の主治医の先生に所轄署の方から意見を聞くという事にな

 

 

ったのですが、医者は医者を庇う。

 

 

その身内というか医者が医者を庇うのは警察が警察官を庇う

 

 

なんていうレベルじゃない程に庇うのが業界の掟らしい。

 

 

なので結局、立件は不可能という事になりました。

 

 

もしかしたら共産党員による家族への危害を恐れているのか

 

 

もしれないし、共産党なら犯罪者を使い殺人教唆位は、いと

 

 

も簡単にやりそうな気がします。

 

 

奴等を、やるとしたら公安調査庁と公安部と組対部とがタッ

 

 

グを組んで元から日本国からコミンテルンを消し去るしか無

 

 

いが、その前にスパイ防止法も成立させておきたいというの

 

 

が当局の思惑かもしれない。

 

 

実は従弟の娘は、その病院の附属看護学校で学び、その病院

 

 

に勤めているが、共産党員にはなってない事を願うだけだ。

 

 

話しが、また逸れたけど、もしも、今の主治医の先生に全て

 

 

の手術をして貰えていたら、少なくても首と背中の痛みは無

 

 

かったと思うと秋田県という他県では研修医としても通用し

 

 

ない様な奴が大学病院で「助教」という肩書を得れる。

 

 

秋田県は使えない医師のゴミ箱的なゴミ医者の救いの県なの

 

 

かもしれない。

 

 

他の都道府県が使えないと判断したゴミ・カス医者が秋田県

 

 

に集結しているのだろう。

 

 

本来、見つけてれば生きられた初期の肺癌を見逃されて殺さ

 

 

れた同級生。

 

 

お腹を開けた時に、もう手の施しようが無く手術を継続して

 

 

も患者の寿命を縮め、更に苦しい思いをさせるのに、家族に

 

 

一言も相談せず勝手に手術を続行し、親父は最期の最期まで

 

 

苦しんで逝った。

 

 

僕が致死性心室細動で蘇生し、その後は何とか生きられる様

 

 

にしてくれた以外と出来る医者は他県に引っ張られて、その

 

 

病院を退職して他県に行った。

 

 

此所に移住する少し前に出会った同じ医大からの派遣されて

 

 

きた医者は初めて出会った出来る医者で、障碍者年金の意見

 

 

書を前の主治医の同じ医大の助教が書いたのを見て「これは

 

 

酷いな」と言い、それまでは受けた事の無い検査をして異常

 

 

の有無を隅々まで調べてくれ、脳の詳細なMRI検査までし

 

 

てくれた。

 

 

僕が移住してから少しして、やはり他県の大学病院に移動し

 

 

たと聞いた。

 

 

僕は永遠に消える見込みの無い首の痛みと、二度と骨は生え

 

 

て来ないから死ぬまで永遠に続く背中の痛みに苦しんでいる

 

 

し、他県の病院に通院してたら生きられたのに死んでいる人

 

 

が何人いるか厚労省が調べられるなら多分、全国で断トツで

 

 

医療のレベルが低く、多分、医師免許の試験も不正だらけな

 

 

んじゃないかと思う。

 

 

そして、医者としてのレベルが高い医者は他県に流れてしま

 

 

い、残っているのは、他県では使えない研修医レベルのカス

 

 

だけだと思う。

 

 

だから指導者層の教授や助教授は他県から招聘して来ないと

 

 

指導出来ない。

 

 

そして、育て上げても出来てた人は大学を離れて他県に行き

 

 

何所でも使えない奴ばかりが秋田県の病院で偉そうにのさば

 

 

っているのが現状。

 

 

だから、僕が此所に移住してきて一番、驚いたのが医療の質

 

 

が天と地の差があるという事と、市役所とかの対応。

 

 

実家に居た頃は市役所に行き「車椅子」を右側しか力が入ら

 

 

ないから四苦八苦して前に進もうとしているのを職員は知っ

 

 

てて見てるのに見て見ぬ振りをしていたし、役所なんて、ど

 

 

こでも似た様なものだけど、実家の県は酷いなぁとは思って

 

 

た。

 

 

しかし此所の県に移住し、住民票とか印鑑証明とか戸籍の手

 

 

続きとかしに市役所に行き、やはり車椅子で四苦八苦してた

 

 

ら直ぐに職員とか元職員で市役所で色々なボランティア活動

 

 

をしている高齢者の方が走り寄ってきて車椅子を押してくれ

 

 

ただけじゃなくて、全ての手続きを終えるまで、色々な手伝

 

 

いをしてくれたりして下さり、最後は「ありがとうございま

 

 

す。もう良いですよ」と言ったのに「いえ、車でいらっしゃ

 

 

ったのなら車の所まで車椅子を押して行きますよ」と本当に

 

 

車の所まで押して行ってくれた時は、正直、驚きました。

 

 

どこの自治体でも、此所の県内でも、此所の市役所しか知ら

 

 

ないけど、こんな親切な市役所は東京にも無かったし、役所

 

 

も実家のある県の市役所とは天と地の差があるなと驚いた。

 

 

最初、僕が移住して来た頃、此所の県は3年連続で「幸福度

 

 

No.1」でした。

 

 

しかし、何故なのか理由が判らずに居たのですが、病院の看

 

 

護師や職員も丁寧で優しい、市役所なんて言うまでも無く、

 

 

驚いたのは病院にも市役所にも必ず年配者か最近、リタイヤ

 

 

したばかりでしょうという様な方が必ずボランティア活動を

 

 

して患者や、市役所に用事があり来ても困っている高齢者や

 

 

障碍者に寄り添い助けてくれてるのを見て体験して、家内だ

 

 

けじゃ無く娘達、義妹夫婦、家内の両親、再婚して入籍後に

 

 

挨拶に回った家内の親族の皆が、余所者の僕に皆、優しい。

 

 

これは、自分が幸福だから他人にも優しくなれて、その連鎖

 

 

で、此所の県に住んでいる人達は幸せなのだと思う。

 

 

確かに他県に比べて身内内での殺人・傷害事件の認知件数は

 

 

少ないとニュースを観てても判る。

 

 

 

 

 

 

優しくなりたい 斉藤和義

 

 

 

 

 

 

 

僕は、優しくないと思う。

 

 

自分でも思う。

 

 

此所の県の人の中には、僕よりも優しくない人も居るだろう

 

 

が極少数派だと思う。

 

 

家内にも家族にも、何よりも他人にも優しくありたい。

 

 

そして話を表題の件に戻すけど、こればかりは原因の患部が

 

 

見つかり一時的に手術で痛い思いをしても治せられたら、一

 

 

気に医療用麻薬は止める事は出来ないので術後の痛みの減少

 

 

に合わせて麻薬も最終的には止めれたら最高だ。

 

 

多分、医療麻薬を使い続けていて、そのお陰で痛みは和らい

 

 

で、もう硬膜外ブロック注射は必要無い程度になっているか

 

 

ら、日中、幾ら頑張っても傾眠しちゃうのは副作用なのだか

 

 

ら仕方が無い。

 

 

ただ、首の金具が曲がったり折れたりして半身不随とかには

 

 

なりたく無いので、それだけは気を付けていたい。

 

 

家内も家に居る時は時々、部屋を見に来てくれて椅子に座っ

 

 

たまま寝て無いかチェックしてくれてる。

 

 

眠いならベッドで寝ろと言ってくれる。

 

 

僕は家内に甘えている。

 

 

でも、家内に甘えたい。

 

 

そういう夫婦生活が出来る家内と30数年前に出会い、そし

 

 

たら娘達も戸籍謄本を見ない限りは僕を本当の父親だと思っ

 

 

ててくれたと思うし、家内との間にも子が3~5人位は居た

 

 

と思うな(笑)

 

 

きっと幸せな家庭生活と夫婦生活を送れていたと自信を持っ

 

 

て確信出来ます。

 

 

無駄な30数年を送った事を心から悔いています。

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 

May be the best year of my life.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読みください。

 

 

 

安倍晋三 ピアノ演奏 [花は咲く]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 TODAY'S
 
滑走路にひざまづき手を合わせた安倍総理

 

 

 

 

 

今日は2023年8月29日。

 

 

安倍晋三・元首相がテロリストの凶弾に倒れ、無念の死を遂げて

 

 

から1年と数日が過ぎました。

 

 

安倍元首相といえば、必ず思い出す写真があります。今日はその

 

 

写真を紹介し、人柄を思い出し、故人を偲びたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2013年4月、ひざまずき滑走路をなでる安倍首相(出典

 

 

首相官邸facebook

 

 

飛行場で両手両足をつき、滑走路をなでているのは安倍首相

 

 

(当時)です。

 

 

時は2013年4月14日(日)。

 

 

場所は小笠原諸島の南端近くに位置する硫黄島(正式名称

 

 

「いおうとう」)の自衛隊基地。

 

 

この日、安倍首相は休みを返上し、東京から約1,250km

 

 

離れた硫黄島を訪れ、遺骨収集作業を視察しました。

 

 

その硫黄島で、なぜ一国の首相がひざまずいているのか。

 

 

そのいきさつです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 TODAY'S
 
英霊が眠る硫黄島

 

 

 

 

 

硫黄島がなぜ「最激戦地」となったのか

出典:読谷バーチャル平和資料館

 

 

 

 

東京都からはるか遠くに位置する硫黄島は、先の太平洋戦争

 

 

で日米両軍が最も激しく戦った場所でした。

 

 

どれほど凄まじい戦闘だったかは、双方の戦傷者の数から知

 

 

ることができます。

 

 

日本軍の守備兵力約2万名余のうち、その95%が戦死ある

 

 

いは

 

 

行方不明。

 

 

生き残ったのは捕虜となった約1千名のみで、そのほとんど

 

 

が重傷者だったとか。

 

 

一方のアメリカ軍は上陸兵約6万名のうち、戦死者約6,80

 

 

0名、戦傷者21,800名との記録が残されています。

 

 

双方これほどまでの犠牲者を出しながら、なぜ東西8km南北

 

 

4kmほどの小さな島を奪い合ったのか。

 

 

実は米軍は硫黄島に飛行場を整備・造成し、日本本土爆撃の

 

 

支援基地とする計画でした。

 

 

この島を奪いさえすれば、東京をはじめ日本のどこでも大規

 

 

模な爆撃が可能となります。

 

 

それは戦闘とは関係のない一般市民からおびただしい数の死

 

 

傷者が出ることを意味します。

 

 

当初、米軍は硫黄島を5日間で占領する予定で、上陸前3日

 

 

間に島の形が変わるほどの艦砲射撃と爆撃を行いました。

 

 

その凄まじさは、海兵隊員が「(上陸する)おれたち用の日

 

 

本人は残っているかな?」と冗談を交わすほどだったそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 TODAY'S
 
34日間耐えた兵士たちの支え

 

 

 

 

 

W. Eugene Smith, The LIFE Picture Collection/Getty Images
NATIONAL GEOGRAPHIC 日本版サイト

 

 

 

 

 

一方、栗林忠道陸軍中将率いる日本軍は島の地下に総計18

 

 

mに及ぶとされる地下壕を巡らせ、1000基近くのトー

 

 

チカを構築。

 

 

地下壕内の60度近い地熱とのどの渇きに苦しみながらも、

 

 

米軍と死闘を繰り広げること実に34日間にも及びました。

 

 

死ぬ運命しか残っていない将兵たちを支えたのは、「自分た

 

 

ちが敵の攻撃に耐えているうちは、父母も妻子も無事なのだ」

 

 

という思いだけでした。

 

 

一日長く耐え忍べば、一日祖国への爆撃を遅らせることがで

 

 

る。

 

 

それは妻や子の命を一日長らえさせることになる。

 

 

どんなに苦しく辛くとも、何としてもこの島を守り抜くのだ

 

 

という気迫が、この奇蹟を生んだと言われています。

 

 

 

 

 

 

ジョー・ローゼンタール(Associated Press所属)撮影『硫黄島の星条旗』

 

 

 

 

 

 TODAY'S
 
遺体の上に敷かれたアスファルト

 

 

 
 

前置きが長くなりました。安倍首相が滑走路にひざまずいた

 

 

理由でしたね。

 

 

硫黄島を占拠した後、急ぎ滑走路の整備・造成を急いだアメ

 

 

リカ軍。

 

 

おびただしい数の日本兵の遺体を回収しないまま、その上に

 

 

直接アスファルトを敷き、飛行場を完成させたと言われてい

 

 

ます。

 

 

1968年に硫黄島が日本に返還され、滑走路は自衛隊に引

 

 

き渡されました。

 

 

安倍首相が訪れる2013年まで、一部の遺骨は収容された

 

 

ものの、大部分は地下に放置されたまま。

 

 

アメリカ機は45年もの間、日本兵の遺骨の上で日々の離着

 

 

陸を繰り返していたのです。

 

 

祖国と次の世代を守るために言葉に尽くせないほどの辛苦を

 

 

耐え忍び、ふるさとを遠く離れて亡くなった多くの英霊。彼

 

 

らに何を語りかけたのか、首相は明らかにしていません。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

安倍首相が地下の遺骨収容に向け、滑走路を移設することを表明

 

 

したのは、その年の8月のことでした。

 

 

◆安倍総理 硫黄島訪問 – 平成25年4月14日(出典:首相

 

 

官邸

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 TODAY'S
 
追記

 

 

 

 

 

前統合幕僚長の証言

 

 

 

 

 

前自衛隊統合幕僚長 河野克俊氏(出典:ENCOUNT

 

 

2022年7月12日、自衛隊前統合幕僚長の河野克俊氏が

 

 

ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。この時の

 

 

安倍氏の様子を次のように語っている。

 

 

 

 

 

『私が海上幕僚長だった時代、安倍元総理が2013年に硫

 

 

黄島を視察されました。

 

 

硫黄島は海上自衛隊が管理しているので、当時、海上幕僚長

 

 

だった私がお出迎えしました。

 

 

最後にお見送りをするときに、飛行機でお帰りになるので、

 

 

滑走路を通過して行かれます。

 

 

私もまったく予期していなかったのですが、突然、安倍元総

 

 

理が滑走路に跪き、手を合わされたのです。

 

 

滑走路に。

 

 

私も恥ずかしながら突然のことで、どのように対応していい

 

 

のかわかりませんでした。

 

 

滑走路の下にも多くのご遺骨が眠っているのですが、そのこ

 

 

とを安倍元総理はご存知で、自然とそのような行動に出られ

 

 

たのだと思います。

 

 

その行動を見て、本当に「戦没者に対する哀悼の念が深い方

 

 

だな」と心底思いました。

 

 

おそらく日米双方の御慰霊に対して敬意を表されたのだと思

 

 

います。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 TODAY'S
 
硫黄島の戦いで日本軍司令官栗林中将の戦闘開始から戦闘終結までの動向

 

 

 

 

 

硫黄島の戦い(1945年2月19日から3月26日)は、

 

 

太平洋戦争中における激戦の一つで、アメリカ軍と日本軍の

 

 

間で行われました。

 

 

日本軍の司令官は栗林中将(Kuribayashi Tadamichi)

 

 

でした。

 

 

以下は、彼の戦闘開始から終結までの動向の概要です。

 

 

戦闘開始(1945年2月19日): 硫黄島の戦いが始まる

 

 

栗林中将は島の防衛を指揮しました。

 

 

彼は従来の戦術を避け地下壕やトンネルを使った新たな戦術

 

 

を採用しました。

 

 

これにより、アメリカ軍の上陸部隊に対して強力な抵抗を示

 

 

すことができました。

 

 

 

 

 

  • 防衛戦の展開: 栗林中将は、硫黄島の地形を利用して、日本軍兵士たちによる堅固な陣地を築きました。アメリカ軍が上陸すると、栗林中将の指揮する日本軍は壕や地下トンネルからの砲撃や奇襲攻撃などで反撃し、激しい戦闘が続きました。栗林中将は、持久戦の戦術をとり、アメリカ軍の進撃を遅らせることに成功しました。

  • 日本軍の抵抗の継続: 栗林中将は、島の地下に指揮所を設置し、日本軍兵士たちに持久戦を指導し続けました。食糧や弾薬が不足するなかで、彼は兵士たちに対して厳しい訓練と士気の維持を行いました。

  • 戦闘終結(1945年3月26日): アメリカ軍は徐々に島内を制圧し、栗林中将の防衛戦術にもかかわらず、硫黄島を包囲しました。栗林中将は最後まで指揮を執り続けましたが、最終的に日本軍の抵抗は崩れ、多くの兵士が戦死しました。栗林中将も自決し、硫黄島の戦いはアメリカ軍の勝利に終わりました。

 
 
 
 
 

この戦いは激しい戦闘と犠牲を伴いましたが、アメリカ軍の

 

 

優勢と日本軍の固く持久的な抵抗が特徴でした。

 

 

栗林中将は、限られた資源と状況の中で最善を尽くし、硫黄

 

 

島の戦いを可能な限り長引かせるために努力しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 TODAY'S
 
硫黄島で戦った栗林中将の人物像と硫黄島で戦った日米の主だった将校。

 

 

 

 

 

 

硫黄島での戦いは、第二次世界大戦中の1945年に行われ

 

 

た激しい戦闘です。

 

 

この戦いで日本陸軍の栗林中将が指揮を執りました。

 

 

以下に、栗林中将の人物像と硫黄島で戦った主な日米の人物

 

 

について説明します。

 

 

日本陸軍栗林中将(Kuribayashi Tadamichi):

  • 栗林中将は日本陸軍の将校で、硫黄島の戦いにおいて日本軍の指揮を執りました。
  • 彼は優れた戦略家であり、硫黄島の防衛を図るために地下壕やトンネルを建設し、ゲリラ戦術や地形を活かした防御戦術を用いました。
  • 栗林中将は部下との親密な関係を築き、士気を高めるために努力しましたが、最終的には日本軍の兵力不足や物資不足などに苦しむ中で、敵の上陸に対抗し続けました。
  • 彼は硫黄島での戦いの中で最後まで指揮を執り、戦闘の結果を見ることなく戦死しました。彼の指導力と防御戦術は、硫黄島での日本軍の抵抗に影響を与えました。

 

 

 

 

 

硫黄島で戦った主な日米の人物:

  • アメリカ軍:

    • レイモンド・スプルーアンス大将(Raymond Spruance): アメリカ太平洋艦隊司令官で、硫黄島の戦いにおけるアメリカ軍の指揮官でした。
    • ハリー・シュミット少将(Harry Schmidt): アメリカ海兵隊の指揮官で、硫黄島での戦闘を指揮しました。
  • 日本軍:

    • 上記の栗林中将に加えて、多くの日本軍将兵が硫黄島で戦ったが、個々の名前は特に有名なものはありません。彼らは栗林中将の指揮の下、苦境に立ちながらも奮戦しました。
    • 硫黄島で悲劇的な死を遂げた日本人金メダリスト・バロン西の伝説が凄まじすぎる 2年連続のオリンピックイヤーである。 2021年の東京五輪では、日本選手が馬術の個人種目で79年振りに入賞した。 その際、引き合いに出されたのが1932年のロサンゼルス大会の馬術障害飛越で金メダルを手にした西竹一(1902〜45年)である。
 
 
 
 

硫黄島での戦いは、激しい戦闘と犠牲の多い戦いでした。

 

 

この戦いは日本軍の最後の頑強な抵抗の一例とされており、

 

 

その後の戦局に影響を与える出来事となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.