幸せは私の中に そしてあなたの中に。 -30ページ目

幸せは私の中に そしてあなたの中に。

克服出来ない病は世の中に沢山ある。自分も数々の克服出来ない心の病と身体の病に罹患している。他人の痛み知る努力をし、思い遣りの心で知り応援したい。努力によって人は誰しも大きな失敗でも取り戻せる。努力によって人は誰しも生きる尊厳を取り戻す事ができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読みください。

 

 

スピッツ / チェリー

 

 

 

 

 

本題に入る前に少し、どうよ?という話し。

 

 

Amebaが20年目を迎えたらしいが、僕がAmebaブ

 

 

ログを始めたのが2007年7月。

 

 

だからブログ歴18年目という事。

 

 

という事は僕は17年を過ぎ18年目に入った訳で、Ame

 

 

ba開設から2年後から始めた事になる。

 

 

当時は、今の様に有名人や政治家のブログなど殆ど無かった

 

 

し、会員同士が誹謗・中傷したりして傷付いた人が退会して

 

 

いく何て事は少なくても僕の周囲では無かった。

 

 

和気あいあいと、お互いをリスペクトして励まし合い、悩ん

 

 

だり困っている人や病気している人には気遣っていた。

 

 

そして、Amebaが有名人ブログを開設する様になってか

 

 

らは段々と会員が増え、当然、増えてくると他のSNSと同

 

 

じく、誹謗・中傷して団体で、気に入らない人は潰していく

 

 

という事が頻発したり、Amebaにアカウントが無い人ま

 

 

でコメント出来てた頃は末期癌の人に「早く〇ね」とか平然

 

 

と人間か?畜生か?と言える様な輩までドンドン出てきた。

 

 

しかも、一番敏感でなければならない「入院・闘病」ジャン

 

 

ルにそういう輩が多くなり、病人が病人を誹謗・中傷してる

 

 

のを見ると悲しくなるし、健常者が病人を誹謗している記事

 

 

は書いてる人が逆に憐れになる。

 

 

Amebaは対策としてコメントを「Ameba会員限定」

 

 

という事が出来る様にしたけど、告知が行き渡らず、知らず

 

 

に全ての人のコメントを受け付けている人は、例えば僕のH

 

 

Nを使い非道なコメントをしたりしたのを信じてしまう。

 

 

しかし、普通に会員ならHNをクリックすれば、正しい人の

 

 

サイトに移動するのに、それすら知らずに、HNの人が書い

 

 

たのだと決めつけ、何も悪くない人が悪者にされる。

 

 

ブログという全世界に発信されるツールなのだからルールや

 

 

正しい使い方を理解してから書く様にした方が良い。

 

 

何も酷いコメントをしてもいないのに恨まれるのは間違って

 

 

いる。

 

 

酷いコメントをした奴が一番悪いのは当然だが、ルールや使

 

 

い方も知らないのに、ただ書きたいからと入会して、ブログ

 

 

の設定すら知らずに書いている方も、そういうコメントを受

 

 

けてたら、その方のHNをクリックしたら、正しいサイトに

 

 

飛ぶ事も知らず、HNをクリックしても飛ばないのは会員じ

 

 

ゃない外部の人で、それを受け入れている人は自己責任だ。

 

 

僕は、この手で2度別のアカウントだけど、いきなり削除さ

 

 

れた事がある。

 

 

僕は誹謗・中傷コメントは絶対にしない。

 

 

最近は誹謗・中傷コメントが来たら即ブロックしているし、

 

 

そういう卑怯な奴は他人のブログをリブログして悪口を書く。

 

 

そして通報される前に削除する。

 

 

今はリブログ機能を止めている。

 

 

Amebaで記事を書くのは僕にとって既に日常だ。

 

 

奪われたくない。

 

 

だから、設定とか見た事無いし知らないという方は一度、自

 

 

分の設定が自分の意図する様になっているか点検して欲しい。

 

 

Amebaも20年も経営してて何の対策もせず、卑怯な団

 

 

体が集団通報すれば書いてる人の意見は一切聞かずにいきな

 

 

り削除だ。

 

 

20年経って単に有名人や政治家ブログが増えただけで、中

 

 

身は改善されて無い、ある意味仕事してない会社になっただ

 

 

けだ。

 

 

 

大事な人を失うまで考えた事もなかったけど、ある意味、人

 

 

間性を捨てても何もかも捨て去っても、友達も無くして良い

 

 

親の愛も要らないと考えた時期もあったけど、若気の至りだ。

 

 

ただ、人生の勝ち負けだけを考えて長い間、生きて来た。

 

 

男なら思いを形で示せと思っていた。

 

 

それが他人を押しのけても勝ち続ける人生でした。

 

 

しかし、大好きな仕事から離れ、病気になり、勝ち続けてき

 

 

た人生から転落人生で未だに転落し続けている。

 

 

でも、最近、思う。

 

 

人生、勝ち続ける事など出来ないだろうし負けてみないと負

 

 

けという事がどういう事か判らない。

 

 

そして挫折も。

 

 

人間は歳を取る。

 

 

そうすれば必ず若い者に負ける日は必ず来る。

 

 

でも、それで良いじゃないか・・・喜んで負けて相手の勝ち

 

 

を祝福し相手の価値を認めてやろう。

 

 

心の中にある大事な物は一生消えないし、勝った喜び、負け

 

 

た悔しさ。挫折。

 

 

それらが全て揃って、初めて人生と呼べるのだろうと思う。

 

 

悲しければ泣けば良い。

 

 

涙が出る程、悲しいのは思いが強かった証拠だ。

 

 

悔しかったら泣け。

 

 

それだけ頑張った証拠だ。

 

 

他人は僕を人生の負け組と言うだろう。

 

 

実際に裏で蔑まれた事もあった。

 

 

その時は悔しいと思って爪が食い込む程手を握りしめた。

 

 

血尿が出た時もあった。

 

 

病院にいったけど泌尿器科系では問題無かった。

 

 

ストレスが酷いからだと言われた。

 

 

だけど今は負け組でも良いと思っている。

 

 

負け者の遠吠えと思うなら思えば良いし、ありきたりと思う

 

 

なら思えば良い。

 

 

僕は今、とても幸せだ。

 

 

幸せに勝ち負けは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

オフコース/ふたりで生きている

 

 

 

 

 

 

難病の長い手術の後の痛くて動けなくて辛い時期・・・・。

 

 

色々な事で辛い時、僕を救ってくれたのは音楽でした。

 

 

どのミュージシャンとか歌手とかジャンルとかは関係なく色

 

 

々な音楽を聴いています。

 

 

今も一日中病院の診察の時は必ずウオークマンとコードレス

 

 

イヤフォンを持って行く。

 

 

僕の音楽を聴く者の姿勢として考えているのは音楽の作り手

 

 

に失礼にならない様に最高の音質で聴くという事。

 

 

だからiPodよりも音質が格段に良いウオークマンを選び、イ

 

 

ヤフォンも必ず最高音質を再生する事が出来るのを選ぶ。

 

 

だけどイヤフォンだけは使ってみないと判らない。

 

 

イヤフォン、ヘッドフォン色々と試して最高の音質で聴ける

 

 

のが大体判ってきた。

 

 

ウオークマンも進化するA50➡A100、そしてハイエン

 

 

ドモデルの3種類を持っているけどハイエンドモデルは価格

 

 

が高過ぎて昔のだけど、今、僕が持っているウオークマンの

 

 

中で一番新しいのはA100だけど、流石に音質は最高に良

 

 

い。A50は売った。

 

 

それはチョイスするイヤフォンやヘッドフォンでも違うし有

 

 

線なのかコードレスなのかでも変わってくるけど、最高の音

 

 

質で聴く事がアーティストに対する礼儀だと僕は思っている。

 

 

耳を澄まさないと聞こえない楽器の音やコーラスでさえも楽

 

 

曲の一部だからだ。

 

 

そして、それを発見するのも楽しいしアーティスト同士でコ

 

 

ーラスをしている場合も多い。

 

 

僕が大好きな小田和正さんのアルバムもそうだ。

 

 

JUJUさんや松たか子さんや鈴木雅之さんとか色々なアー

 

 

ティストが参加している楽曲も多いし子供達のコーラスグル

 

 

ープが参加している楽曲も多い。

 

 

それを聞き洩らさない。

 

 

最高の楽曲を最高の音質で再生する。

 

 

ウオークマンには「ハイレゾ」という機能があり、CDより

 

 

も高音質な楽曲が聴けるし再生レベルも最高「320kbps」

 

 

まである。

 

 

対してiPodは「192kbps」までだ。

 

 

これでウオークマンの勝ちだという事が判るだろう。

 

 

ハイレゾの音楽をiPodで聴けば、それなりの音で再生される

 

 

だろうけどウオークマンには適わなかった。

 

 

且つて僕もiPodを所有してたから判る。

 

 

今のiPodは進化しただろうから今は判らないけど僕は永遠に

 

 

日本のメーカーSONYのウオークマンから浮気する気は全

 

 

く無い。

 

 

そして、もういい加減、イヤフォン、ヘッドフォン集めは止

 

 

めている。

 

 

遠くに電車とかで出掛ける時にはコードレスも持って行くけ

 

 

ど電池が切れても聴ける様に有線のイヤフォンや、どちらで

 

 

も使えるヘッドフォンを持って行きます。

 

 

先日、車を受け取りに茨城県まで行った時もずっと音楽を聴

 

 

いてたし、新しい車には何の楽曲もHDDに入って無いから

 

 

ウオークマンからブルートゥースで車と繋いで聴きながら帰

 

 

ってきました。

 

 

音楽が無ければ長旅は暇でしたでしょうね。

 

 

これからも好きなアーティストがアルバムを出したらレンタ

 

 

ルに行き、パソコンに一度取り込んでからウオークマンに入

 

 

れ、病院とかで聴いていると思います。

 

 

以前、パソコンのモニターを23インチから31.5インチ

 

 

に替えました。

 

 

老眼の僕でも字が大きくなったので見易くなった。

 

 

音楽は本当に良いものです。

 

 

人間の過去最高の発明だと思います。

 

 

因みに音楽を我々が、こうやって聴けるのはエジソンが自分

 

 

の声で遺言を録音する為に作った蓄音機だ。

 

 

まさかエジソンも自分の発明が何兆円にもなる産業になると

 

 

は思って無かったでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
May be the best year of my family.
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

K 『Only Human』

 

 

 

 

 

 

若い時の自分は野心の塊でした。

 

 

他人を押し抜けてまでとは思ってはいませんでしたが、とに

 

 

かく上に行く為の努力なら幾らでも惜しまず勉強し、働き、

 

 

自分の為にならない飲み会とかは一切断り、師匠が教えてく

 

 

れた通り、今、助けてくれる人間関係、将来、自分を助けて

 

 

くれたり自分が助けたりと、単にお遊びの人間関係では無く

 

 

実になる人間関係を作り守った。

 

 

とにかく、師匠の教えで破ったのは「20歳代は、とにかく

 

 

遊んで社会勉強をしろ」という部分であって、でもそれは別

 

 

に遊ばなくても師匠が教えてくれた、今、助け、教えを乞え

 

 

る方の話しを聞き、体験談、理想論、どんな努力をして、そ

 

 

の地位に上り詰めたのか?別に勉強でキャリアになったから

 

 

偉いのでは無く人間として学べる方から学んだし、同僚の上

 

 

司の悪口を散々聞かされていたので、そちらの悪い方の勉強

 

 

も出来た。

 

 

流石に都で全職員4万5千人も居れば、僕だけじゃ無く、僕

 

 

以上に努力したり、元々、大卒とかでスタート時点からハン

 

 

ディがあったとか、キャリア官僚の移動先という場合もある

 

 

から、僕だけが上を目指して努力してた訳じゃ無い。

 

 

それに僕の所属する課の450人(当時)の中にも、同じ様

 

 

に努力している人は居た。

 

 

しかし、これだけは間違いなく自信を持って言えるのは生き

 

 

る事と仕事をしていく事の上で、人生や仕事の師匠は必ず持

 

 

った方が良い。

 

 

但し、その方が単なる遊び人とか嘘吐きとか、誇張主義的な

 

 

人とか自分の為に本当になるのかという見極めは必要だと思

 

 

う。

 

 

僕も師匠と呼べる人は二人いるが、最初の師匠は同郷の大先

 

 

輩で、しかもキャリア官僚だった。

 

 

でも、キャリアで偉いから師匠と思った訳じゃ無い。

 

 

上司や色々な方々に師匠の事を聞いて回りました。

 

 

それは師匠の計らいで職場を移動した後でしたけど、菅義偉

 

 

元総理も同郷ですが、師匠は更に近い、同じ町の出身だった

 

 

ので実家からの情報もありました。

 

 

そして、この方に着いて行けば間違いないという結論になり

 

 

師匠にお願いしました。

 

 

「僕の人生と仕事の師匠になってください。別に僕が勝手に

 

 

思っているだけですから、その僕が見える範囲での仕事振り

 

 

や生き様を見させて下さい」と頼んだ。

 

 

そして師匠は「勝手にしろ。但し、俺を見て真似て失敗した

 

 

からといって俺のせいにはするな。

 

 

他人のやる事、言う事を真似るのは簡単だが、自分のオリジ

 

 

ナリティーの無い奴のやる事、言う事に素直に従う者はいな

 

 

いぞ。

 

 

あれ?どこかで見たぞとか、聞いたぞで終わる。

 

 

そしてお前が師匠と思うのは勝手だが、俺はお前を弟子とは

 

 

思わないし、お前の為に特別な事もしない。

 

 

ただ、俺のやる事、言う事に疑問や聞きたい事があれば答え

 

 

よう」と言って下さった。

 

 

それで僕は自分で言うのも何だが1度目の仕事では成功した

 

 

方だと素直に思うし、二人目の師匠が先日亡くなられたが、

 

 

それは僕が最も尊敬する一課長でした。

 

 

この課長の痺れる命令だったら、命を落としても構わないと

 

 

初めて思った課長でした。

 

 

それ以外の、歴代課長で尊敬まで出来た課長は残念ながら居

 

 

なかった。

 

 

単なる上司でした。

 

 

勿論、そういう課長でも命令は完全服従ですけどね。

 

 

僕の周りで、僕の年齢では幸いな事に追い越された事はあり

 

 

ませんでしたが、ある意味、羨ましい(今は逆に成らなくて

 

 

良かったと心から思ってます)職場に移動して行く同僚に対

 

 

し、口では「おめでとう」とか顔もニコニコはしてたとは思

 

 

うけど、心の中では「くそ~」と思ってたし顔だって作り笑

 

 

顔だった。

 

 

そんな自分は「何て卑しい人間なんだろう」と思った。

 

 

自分だって周囲の人に言わせれば、その職場に居る為に、特

 

 

例で他の人よりも早い年齢で昇進試験を受けさせて貰えたし

 

 

最後の昇進も通常の年齢よりも早かった。

 

 

だから、色々な人事とかを司る部門の方々には、名前を出し

 

 

て言ったかまでは判らないけど、苦情や、疑義を申した者も

 

 

居たでしょう。

 

 

もし逆の立場なら僕も疑義を申し立てていたかもしれない。

 

 

僕は、そういう卑しい人間でした。

 

 

家族に対しても誠実では無かった。

 

 

実家に戻り、僕には普通のサラリーマンしか出来ないけど、

 

 

弟は手に職を持ち、家の為になる事が出来た。

 

 

僕に出来るのは精々、雪寄せ位。

 

 

弟に対し僻んでいた情けない兄でした。

 

 

今は、弟や従兄が居るお陰で、僕は安心して600km離れ

 

 

た、この地で暮らせている。

 

 

しかし、この家でもきっと僕は卑しい人間なのだと思う。

 

 

家族に対して、思い遣りのない最低な義理父であり、夫なん

 

 

だろうと思う。

 

 

判っているなら何とかしろと言われても、今の僕は、これで

 

 

精一杯我慢し、色々な事や病に耐え生きているつもり。

 

 

まぁ実際の僕を知らない人には「ただ、自分の嫁を泣かす悪

 

 

い夫」としか映らないだろう。

 

 

でも、別にそれでも良い。

 

 

卑しい自分を自覚し、少しでも卑しい行動や言葉を言わない

 

 

様に注意して生きようと思う。

 

 

そして、これだけは自信を持って言える。

 

 

 

「我が人生に悔いあり」

 

 

 

卑しい人だから、残念ながら立派な事は言えない、書けない

 

 

のです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.